バイクギリギリ ラン地獄 スイム絶望
一時間後。
「おいまだかよ! 」
文句ばっかり。さっきからどれだけ文句を言えば気が済むんだ。
疲れと眠気と寂しさと切なさで。または恐怖からか雰囲気が悪くなる。
元々俺は地理が苦手だから。それはアイミも陸だってそう。
アイミがマシな方で俺は興味あればそれなりに。だが根本的なところがまったく。
陸は何も考えずに明後日な方向へ。
二人で迷うことも度々。そんな時は陸の示す方向の逆を行けばいい。
ただそれにばかり頼っていると痛い目を見ることになる。
それにしても電動とは言えよく日本一周自転車の旅などしたと思うよ。
恐らく奴だって少しは考えたんだろうな。
「あのもしかして…… 迷子になった? 」
誰も口にしないが希ちゃんは違う。事実をはっきりと。それが彼女スタイルだ。
実際はそうでもないんだけど俺たちの間では比較的その立場にある。
「どうしたの? そろそろ着いた? 」
地理もだめだけど考えると言うことをしないアイミ。
でもそれを言ったら陸はもちろん俺だって人のこと言えない。
家と学校との往復では迷うこともない。
地元では迷ってもどうにかなるし標識だって丁寧。
難しくしてるとしたら道路標識ぐらいかな。
あと何キロと具体的なら問題ないがただ方角と地名の場合も。
車の感覚で作ってあるものだから自転車だとたどり着かない。
歩きでは日を跨ぐことになる。
これをトライアスロンにしてみるとバイクギリギリ。ラン地獄。スイム絶望。
絶望と地獄は肌感覚だから何とも言えないがやっぱり道路標識に惑わされる。
潜在的リスクとなり得る。
もちろんこの山でも同じことが言える。
車での感覚は人々を迷わす原因にもなる。平地と山との違いもある。
それが慣れてるならまだどうにでもなるが。
ほぼ初めてなら迷って野宿してもいいようにしておくべきだ。
うーん。でも迷ってる感じがしないんだよな。
これが一人なら心細くなってるだろうが四人もいれば何となく安心してしまう。
それが一番危険でもある。
大げさだが人が多かろうが遭難することに変わりはない。
助け合うにしても食糧が四人分必要となる。
「クソ! ここどこなんだよ? 暗くなってきた! 」
陸が吠える。みんな我慢してるのに我慢しきれずに自分勝手に騒ぎ出す。
陸らしくていい。俺が言えないことを代弁してくれてる気がするんだよな。
奴にはそんなつもりは微塵もないんだろうが。
「もううるさいわね! 静かにできないの? 」
イライラし始めるアイミ。本性が現れ始めている。
「ほら二人とも冷静に。冷静に。大丈夫だからね」
希ちゃんが止めに入り落ち着かせるが陸は吠え続ける。
「何度も通った道なんだろ? どうして迷うんだよ! 」
怒りはついに俺へ。これは本気か? 友情を捨て俺を責めるつもりか? 」
いつもこんなものだけど。でもいつも以上に怒っている気がする。
「このままだと宇宙人にさらわれるかもよ」
アイミがふざけて挑発する。
「それでいいじゃないか! こんなところに連れてきやがってよ! 」
やはり俺を責めている。自分のことは完全に棚上げ状態。
「俺が悪いって言うのか? 」
「ああ分かってるじゃないか! 」
疲れてどうしても感情がコントロールできない。いつもよりも打たれ弱い。
確かに責任は俺にある。でもその言い方しなくたっていい。
「何だと! 」
「お前こそ何だよ! 」
「そこ静かにって言ってるでしょう! 」
アイミまで参戦。混乱は続く。
醜い罪の擦り付け合いが始まる。
もはや見ていられないよって…… まるで他人事みたい。
「うるさい! うるさーい! 」
アイミでもなくもちろん元凶の陸でもなく希ちゃんが大声を出す。
あんなおしとやかな希ちゃんが人が変わったかのように。
それだけ危機感を覚えたんだろう。希ちゃんにここまでさせて何だか罪悪感が。
俺がしっかりしていればこんなことには。
「ごめんなさい皆。でも今は言い争いしてる時じゃないと思うの」
真面目で優しい我が部のアイドル的存在の希ちゃんがこの危機に立ち向かう。
「だからってうるさいって言わないの! 耳に響くでしょう? 」
アイミが口を挟む。
「だってあなたたちがいがみ合うから。もういい加減にしてよね! 」
あれ何だか様子が変だぞ? 希ちゃんは止めに入ったのだとばかり思っていた。
だがどうやら違ったらしい。どちらかと言えば参戦してるように見える。
「お前ら静かにしろ! アイミも混乱させるな! 」
「何ですって? 私を責めないでよ! あなたが迷うからいけないんでしょう?」
「何だとこの! まるですべて俺が悪いみたいだろうが! 」
「いやお前がやっぱり悪いよ。そうだろ二人とも? 」
冷静になった陸が二人をまとめ上げ三対一の状況を作ろうとする。
バカなくせにそう言うところは頭が回るんだよな。
「俺が悪いって言うのか? 」
「それはそうだ。案内役が失敗してどうする? 」
「また蒸し返す! もう終わったことだろ! 」
「終わってないって。まだ何一つ終わってない! すべて解決してからだろ」
「そうそう。今回だけはあなたを庇えない! 」
人間の本性が現れた瞬間。
「ちょと待ってよ皆。まだ完全に迷った訳じゃないよ」
希がサポートに回る。
これで二対二の構図となる。
「うおおおお! 」
言葉にならない叫びが山にこだまする。
続く