決意を新たに
陸の家。
せっかく遊びに来たのに陸は不在だそう。
「ああ海君。足の怪我はもう大丈夫? 」
「はい。まったく問題ありません」
「そうよかった。そうそう…… りっくんなら旅行に出かけたわよ。
何でも自転車で日本一周らしいの。たぶん明後日には帰って来ると思うから」
奴はりっくんと呼ばれている。かわいい感じがして奴には全然似合わない。
大体奴と呼んでるからあまり気にしてないが親は当然そう呼ぶよね。
「日本一周? それはすごいですね」
一応は褒めておこう。初めて聞いた感じも出さないといけない。
俺は知らない。聞いてない。そうしないと何かと面倒だから。
おばさんにはいつもお世話になってるからどうしても悪い気がする。
でも奴は前々からその計画を立てていた。しかも休みごとに行ったりもしていた。
ここまで長い休みがあるなら当然全力を傾けるだろうな。
俺も詳しくまでは聞いてないが大体は理解してるつもり。
もしここで知っていたと悟られたらなぜ止めなかったのと追及される。
あんな馬鹿なことする前に止めるのがお友だちでしょうと。
でも俺にだって奴の気持ちまでどうにかできる訳じゃない。
言って聞くならとっくに止めている。でも奴は暴走する。
暴走しない陸は奴じゃない。
それがすべて。俺にはどうすることもできない。
どうやら弟は誘わずに一人で行ったらしい。ワイルドだな。
「ありがとうございます。また来ますね」
遊びに来たのに不在とはね。今日はもしかしたらついてないのかもしれないな。
それにしてもおばさんも自分の息子のことはよく分かってるんだな。
冗談で縄に括りつけておかないとどこかへ行ってしまうと漏らしていたっけ。
てっきり遺伝だと思ったけど奴の性格は環境で培われたのだろう。
父さんは見てないので正確なところは分からないが。
二日後には戻って来るか? いや夏休み一杯は旅に出るんだろうな。
間違えたかわざとかで九月過ぎに職員室で説教を喰らってそう。
奴は計算ができないからな。そこがいいところでもあるんだけど。
奴が動いたなら俺だって動くべきだろうな。
それから二日が経った。当然奴は戻ってくることはなかった。
今はどこにいるんだか? 自由な奴だな。
「母さんお願い! 三日だけででいいんだ! 」
ついに正直に行きたいと拝み倒す。
「あのね海。もうあの人はあなたのことを忘れてるわ」
両肩を掴まれてしっかりするように諭す。
「それはたぶん…… 」
あるかもしれない。はっきり違うと言えない。でもそれでも構わないと思ってる。
なぜなら目的は父さんに会うことでも爺ちゃんたちに顔を見せるのでもない。
俺はあくまであの子に会うために行く。薄情だが仕方ない。
たぶんあの集落辺りに住んでるはずだ。
ミライはずっと俺が戻って来るのを待ってる。首を長くして待ってるに違いない。
それは俺の妄想とかでなくただの願望でもない。だってあの日約束したんだから。
俺は行くんだ。あの場所に行くんだ! 一人でも行く! 一人で構わない!
もうガキじゃないんだから。と言うか一人でないと出会えないそんな気がする。
あそこは閉鎖された集落だから。集落以外の者とは交流を禁じられていた。
ミライの親父らしき人物も俺を遠ざけよう遠ざけようとしていた。
俺とミライを引き離そう引き離そうと言う者が多すぎる。
集落に行けば余計にだろう。
それでも俺は行くんだ! 約束の場所へ!
そう格好をつけてみたもののやはり勝手にはダメで一応は許可を得る。
ただの旅行なら送り出してくれるだろう。でもあそこは母さんにとって辛い場所。
離婚さえしなければ…… 父さんが勝手なことをしなければずっと里帰りしてた。
俺はつい遠慮して…… 子供ながらに気を遣ってその手の話をしなくなった。
父さんについて一切話さなくなったから。
だから俺から父さんの話をすれば雰囲気が悪くなる。
「ごめん母さん! どうしても今年の夏ではないとダメなんだ」
目を見開いて力を込める。強い意志を示す。
「どうしても? 」
「うん。ごめんなさい」
「謝らなくていい。今年の夏だけ? 」
「それは分からないんだ…… 」
「まあいいわ。でも母さんたちは実家に帰るのよ? 」
そうだった。婆ちゃんの里に帰るのも当然お盆の時期。
当然と言えば当然だよな。どうすれば? 諦めるのか?
時期が重なる。計画では俺が先に出発する。
「それは残念だな…… 」
それ以上は口にせず無言で促す。
ずるい手だけれどいつもではないから許して欲しい。
「もう仕方ないわね。だったら一人で行ってきなさい! 」
ついに正式にお許しが出た。一度はうやむやになったがどうにか復活。
母さんは婆ちゃんと田舎に帰省する。
毎年年末年始とお盆には帰っていた。当然俺も。
でも今回は違う。父さんの田舎に行くことに。
きちんと親の許可も得たので晴れて俺は一人旅をすることに。
「大丈夫なの? きちんと行ける? 」
心配性の母さんと勝手に行きなと不機嫌な婆ちゃん。
どっちもどっちで困るんですけど。でもこれくらいどってことないか。
俺は母さんと婆ちゃんを捨てて父さんの方を取った。
おっと言い方がよくないよな。
それに俺は何も父さんに本気で会いたくて行くのではない。
ずっと胸に秘めた思いを解放するんだ。
さあこれで計画の第一段階はクリア。
続いて第二段階に移るとしよう。
続く