五年前の彼女
五年前の夏。
迷いに迷ってようやくたどり着いた場所。
そこには彼女がいた。
もう四時過ぎ。そろそろ帰らないと叱られてしまう。
分かってるけどそれでもすごく気になるので動けずに留まる。
踊りに熱中してるからかこっちにはまったく気づかない。
何だこれは? 見てはいけない秘密の儀式?
でもさっきから踊ってるのは同い年ぐらいの女の子だけ。
パパやママが近くにいるのかそれとも一人残して帰ってしまったのか。
彼女一人で踊り続けている。
俺たち二人以外誰もいない空間。彼女は踊り俺はその様子を見守る。
まるで踊りの先生が遠くから指示しているように。
当然そんなことは頼まれてない。ただ一人で踊るよりは寂しくないだろう?
勝手に見てるけど怒られないか心配。
彼女もそうだが特にパパやママに。
時々後ろを気にしてる様子。
ここからでは陰になって見えないが舞台の裏で見守っているのかな?
一度舞ってから二度三度と繰り返す。
俺は馬鹿だからどんな踊りだったか初めてでもあり頭から消えてしまう。
どれだけ見ても無理そうだな。だって興味ないもの。
情けないけど俺には踊りは向いてないんだろうな。
彼女のようにリズムも体も全然。
ただ格好いいと凄いなと思うだけ。初めての踊りに興奮と驚きが混じる。
三十分も踊っていたかな?
汗を掻き舞を終えると疲れたとその場で座り込む女の子。
この暑い中相当練習したんだろうな。
お水を飲もうともしない。まさか持ってきてないのか?
それとも練習中は飲んではダメとでも言われてるのかな?
それにしてもパパやママも姿を見せないがどうしたんだろう?
もう夕方で一時間もすれば薄暗くなってくる頃なのに。
もちろん俺も人のこと言えないが。迷ってここに来た訳だからな。
ふふふ……
なぜか笑っている。まさか気づかれた?
それは当然か? 俺が見えるんだから彼女からだって見えるさ。
当たり前のことにイチイチ驚いていたらバカだと思われてしまう。
大丈夫。俺は頭がいいはず。婆ちゃんがそう言っていたんだから。
「ねえ何をしてるの? 」
ヘンテコな踊りと奇声を上げていたのでもっとおかしな子だと。
だけど違ったらしい。よく見るときれいでかわいらしい。
どちらかと言うとスラっとしていてきれいが上回ってるかな。
おかしな踊りをして笑ってるところが妙にかわいい。
俺よりも身長は高いんじゃない。もしかしてお姉さん?
青っぽい派手な衣装の上下。
スカートは踊っているとずり落ちて来るのでたぶん全体的に大きいのだろう。
あれだけ暑いのに涼しそう。こんがり小麦色で健康的な肌。
それなのに顔は不思議と白っぽい。大きな瞳が特徴的。
ここから見ただけだから俺の妄想も入ってるんだろうな。
大体衣装が派手だからそっちにばかり目が行ってしまう。
「あの…… 」
先ほどからずっと話しかけるタイミングを計っていた。
さすがに踊ってる間は邪魔してはいけないと言う常識ぐらいある。
日課を終え満足したのか笑顔があふれる女の子。
タオルで体全体を拭いて回る。
別にどこもおかしくないのになぜか目が行ってしまう。
どうしてだろう? タオルを動かしてる少し下をじっと見てしまう。
おかしいと自覚してるがどうしても止まらない。
俺は本当におかしいのかな?
「君は…… 」
ダメだ。ちっとも届かない。どうしても距離があり過ぎて届かない。
もっと大きな声で。張り上げなければ伝わらないのに俺はそのまま。
何て情けないんだろう?
そうこうしてるうちに再び踊り始めた。
いや違った。片づけに入った。
今は話しかけたらダメだよね? だから大人しくしてる。それがマナー。
どこからか声が聞こえた。たぶんこの子を呼んだんだろうな。
まずいもう時間はないかもしれない。
ここで話かけなければ一生後悔する。
少々大げさだけどこの頃は大体こんな感じだった。
「ねえ聞こえる? あなたは誰なの? 」
すっかり隠れられてる思ったがあちらから見えるならこちらからも見えて当然。
それはそうだよな。ヘタに覗いてると思われて印象が悪くなったらどうしよう。
「ごめん。そんなつもりはなかったんだ…… 」
どうにか言い訳する。してみてすぐに自分の間抜けさ加減に気づく。
そんなことはないとか絶対に言ってはいけない。完全な嘘だと分かってしまう。
言い訳ばかりで本当に情けないな俺。
「ふふふ…… 質問してるんだけどな」
笑ってるらしい。どうして笑ってるんだろう? 俺には意味がよく分からない。
「俺は…… 海って言うんだ。君は? 」
恥ずかしがってる場合じゃない。自己紹介しなければ。
「海君って言うんだ? いい名前だね…… 」
彼女は自分で聞いておいて答えない卑怯者だ。さすがに言い過ぎか?
でもどうしても言いたくなさそう。
「ごめんね。よその人に余計なことはしゃべるなって言われてるから」
言われたことはきっちり守るしっかりした性格。
俺もたまに言われるけど守ってないな。
「名前ぐらいいいだろ? 俺は教えてやったんだぞ」
「もう…… ミライ…… 」
「ええ聞こえないよ? もっと大きくはっきりお願い」
これは俺のペースだ。なぜか彼女は恥ずかしがってるようだしうまく行きそう。
「ミライ…… 私はミライ」
照れながらも仕方なく。
こうして夏の日の午後に彼女と出会う。
続く