本当の目的
翌日。
何気なく窓の外を見ていると陸が寄って来る。
昨日のことがなかったかのように爽やかな笑顔。
いつものこととは言え少しは反省して欲しいな。
怒られるのはなぜかいつも俺。そんな理不尽なことがあるだろうか?
ただ中学からの仲で親友だからって俺は保護者ではない。
もう慣れたが何とも言えないもどかしさがある。
「どうしたんだよお前? 全然元気ないな。失恋でもしたのか? 」
勝手に女の話にする。俺は今真剣に悩んでいるのに。いつもこうだ。
悩みの一つもない奴はうっとうしくて…… いや羨ましくて堪らない。
「違うよ! ただちょっとな…… 」
「また家庭の事情って奴か? 」
陸は分かってるんだか分かってないんだか。あの頭で本当に理解してるのか疑問。
「父ちゃんいに会いたいんだろ? 」
「そうじゃない…… あっちに行きたいんだ。久しぶりにあっちに…… 」
奴に相談しても無駄なのは分かっている。だから詳細は話さない。
いくら親友とは言えこれは家庭のことだから。迷惑が掛かる。
それに下手に話してしまえば奴は面白がるに決まっている。
そうなったら最後。クラス中に言い触らす。それだけは勘弁。
そんな奴ではないと思いたいがあの陸だからな。
「そんなことよりお前さ昨日勝手に帰ったろ? 俺が叱られたんだからな」
俺だけでなく皆が連帯責任で叱られる。親友の俺がしっかり制御しろと無茶言う。
奴の暴走を止められないのは部長だって同じなのに俺の責任となってしまう。
いきなり始まっていきなりどこかへ行ってしまう。
コントロールなどできやしない。
それが奴の特徴。大人しい奴は奴ではないのだ。
「だって希ちゃんがいないんだぜ? 何の意味がある? 」
まったく本当にふざけた奴だ。俺だってそうは思うけどさ。
途中で急にだからな。もう部長はとっくに諦めてるがそれでも何とかしないと。
「お前合宿はどうするんだよ? 部長はカンカンだぞ」
おっとこんなことを言えば怖くて寄り付かなくなる。
俺が無理やり引っ張っていくのも可能だろうがこれ以上の面倒は勘弁。
「悪い。面倒だから断っておいてくれないか」
悪びれもせずに人任せ。いい加減にしろと声を荒げたくなる。
だがここは教室。大勢の目がある。俺が切れたら迷惑だし第一恥ずかしい。
いつものこととして聞き流すしかない。こいつどこまで本気だか。
「だったら放課後一緒に行くぞ」
「うわ…… 分かったって。付き合ってやるよ」
いつの間にか俺が望んだ形に。実際は奴のために一緒に頭を下げるのだが。
「それにしても明後日だな。ああ待ち遠しい」
呑気に夏休みに浮かれる困った奴。
地獄の合宿も連戦の大会もない。だがそれでも奴には面倒なイベントに違いない。
それらを犠牲にして日本一周電動自転車の旅だからな。辛いんだかどうかも微妙。
結局奴が合宿にも大会にも来ることはなかった……
そんなはずもなく陸は大会にも合宿にも出てトラブルを起こす。
大人しくない男が陸。ちょっとは静かにしていて欲しい。
困った奴だが一応は親友なので仕方ないと割り切っている。
その合宿には当然のことながら希ちゃんも参加。
彼女には断る理由も勇気もない。当然そのことは奴も知ってるから参加する。
もはや奴のやる気は希ちゃん次第。
「おいそこ! 寝るんじゃない! 」
試験後の気の抜けた授業。
特にこれと言ってやることがないのでつい眠くなってしまう。
ただ授業が昼で終わるので少しはやる気を出してもいいんだけどな。
それにしても放っておいてくれてもいいのにな。
眠くて寝てるのもあるが実際は吸い込まれるように眠りに落ちてしまう。
これはもう眠り病に罹ったかな。
素敵なお姫様の口づけによって起こしてもらえたらな。
そう考えながら再び窓の外を見る。
あの子はどうしてるだろう? 夢にまで見るあの女の子はどこに?
幻なんかじゃないと今は確信している。
肌は白く興奮すると紅が差す。目は少し緑がかった二重で。
時折見せる笑顔が印象的。ただその笑顔もどこか影がある。
それは彼女のせいと言うよりももっと別の何かが原因。
俯きがちで少し憂いだところが大人っぽい。
年は俺と同じぐらい。
服も派手ではありながらどこか落ち着いた雰囲気。
これは彼女の服と言うより伝統の衣装だった気がする。
それも随分昔の服を仕立て直したようなもの。
伝統衣装に身を包んで同じ動きを繰り返す。
そうまるで踊っているよう。
でもそれは過去の記憶と言うより夢の話だから。
どうも現実感がない。
過去の記憶と夢が混ざってもう訳が分からない。
あの当時はまだ幼かったし俺だって何が何だかよく分かってない。
思い出せるのはここまで。どうしてもそれ以上は無理。彼女は一体何者?
確か俺は自己紹介をしたはず。当然彼女も。
でもその地名がよく分からなくてただ頷いただけだった。
声は恐らくこんな感じ……
「おいそこボケっとしてるな! 」
二度目の注意を受けてまっすぐ向くことにした。
これ以上やると反抗的だと捉えられえて説教を喰らう羽目になる。
最悪夏休みに呼び出しを喰らうことにもなりかねない。
そうなったら母さんにまで迷惑が掛かることになる。
仕方ないと笑って許すだろうがそれでは悪い。
「よしこれまで! 」
昼までの退屈な授業を眠気をごまかしながら何とか終える。
うーん本当に疲れたな。何だかテストの時よりも疲れた気分だ。
さあ帰るとするか。うん? そうだ部活があったんだった。
そろそろ合宿の中身を決めないとな。
続く