シーとミートの間
二人の真実。
真実は一つとは限らず違った複数の顔を持つ。
だから仮にミライが何と言おうと断定しようと確かめるまでは信じない。
単なる我がままに見えるかもしれないがこれだけは譲れない。決して譲れない。
「ねえ心の準備できてる? これは私にとっても物凄く辛いことなの。
あなたに会わなければ…… 再会しなければよかったと思うほどの衝撃」
ははは…… 優しいなミライは。俺を気遣って断りを入れるんだから。
でもその言い方だと絶望的な未来しか待っていない気がするぞ。
本当にミライは大げさなんだから。考え過ぎだよ。
当然そんなことはない。決して希望を失ってはいけない。
希は温かく儚いがその時になればきちんと存在感を示してくれるはずだ。
それは愛も夢も同じ。絶望してはいけない。
ここがどんなに人里離れた集落だろうと陸で繋がっている。
それでも無理なら母なる海が全力で癒すだろう。
だから決して諦めてはいけない。
それでも無理だと言うなら残す選択は一つしかない。
これだけはできれば最後の最後まで取っておきたかったが。
「ねえ海? 答えて! 」
「ああ最初から準備できてるさ。さあ話してくれないか。たぶん泣くけどね」
プレッシャーを掛ける。
「もう海ったら。それだと話しづらいでしょう? 」
笑顔が見えた。俺もつい笑ってしまう。
「分かったよ。真実とやら話してくれ。どうであれ俺は受け入れるつもりだ」
こうして覚悟を決める。でも一体何の覚悟を決めたんだろう?
自分でもよく分かってない。恐らくミライも同じだろう。ただ何となく。
会ってないと言うなら何も起こってないことになる。
だからってそれでいいとは思わない。
俺にはミライしかいない。もうミライしか…… 分かってるよな?
「もう理解してると思うけど私たちは一生会えない。出会えないの」
「具体的には? 」
間髪を入れずに聞き返す。こうすることで主導権を握り返せる気がする。
「落ち着いてるね。やっぱりすべて分かっていて私に言わせる気ね。酷い人」
鋭いな。さすがはミライだ。そうさ俺は卑怯者さ。でもそれが俺のやり方だから。
「ははは…… 何のこと? いいから時間がないんだろう? 」
急かす。早くミライの出した答えが聞きたい。結論にはまだ遠いだろうが。
「見えるし聞こえるし会話だってできる。でも私たちは遠い世界の住人。
世界自体が繋がってない。夏の間だけの奇跡。
私とあなたには果てしない距離がある。だから決して会えないの。
二人は決して会えない。会えない二人……
繋がっているように見えて繋がっていない。近くて遠い世界」
ついにミライは真実を告げた。俺が心の奥深くに仕舞い込んだ可能性。
直視すればその重さに耐えきれずに我を失うであろう真実。
まあいつかはこうなるだろうなと思っていた。でも現実となれば受け入れ難い。
我慢せず今すぐに思いっきり泣き叫んで駄々をこねたい。それができたらな。
まあこんなことは五年前だって恥ずかしくて無理だろうが。
俺たちは出会っていなかった。出会ったと思ったのはただの勘違いであり錯覚。
ははは…… 出会うって何だろうな? すべてが無駄だったのかな?
見るだけではダメなのか? 出会わなければ本当にダメなのか?
分からない。俺には分からない。
この事実を必死になって隠そうとしたのがミモリや鶴さん。
端から諦めさせようとしていた。俺を傷つけない為にいろいろ手を打った。
俺がおかしな行動を取らないように。絶望に苛まれないように。
そんな優しい人たちだった。
トケエモンは俺の本当の兄のような存在だった。
そんな恩人たちを無視して俺は真実を追求し続けた。
真実に目を背けただ逃げることだってできたはずだ。
一度は諦めて皆で帰ろうとしたこともあった。
それでも決意を新たにして立ち向かった。
最大の敵の異丹治を振り切ってここまでやって来た。
約束の地で思い人ミライに会えた。いや見えたのか。
シーとミートの違いがここまでとはな。
「ごめんなさい。結局叶えられない約束だった」
下を向くミライ。彼女も苦しいのが痛いほど分かる。
果たして俺たちって愛し合ってるのかな? 会えてもいない奴が愛を語れるのか?
それさえも今になっては疑問が残る。
だからってミライへの想いは決して変わらないし消えない。
俺たちは五年前に叶えられない約束をした。
そしてその約束の為にすべてを懸けてここまでやって来た。
約束の場所。でもその約束の場所でもやはり会えまでしなかった。
もう覚悟はできている。屁理屈をこねても現実逃避しても変わらない。
でもミライは俺と……
「ねえやっぱり俺たちは出会えないのかな? 」
「うん。どんなことをしても出会えない。それが私たちの運命」
それは時間があっても同じだろう。
もう祭りまでの僅かな日々でどうにかできるようなものじゃない。
さあどうするミライ? 優柔不断な俺では無理。情けないがミライに任せる。
沈黙が続く。ミライに決断さえようとするが難しいよう。
「もう時間がない。ミライはどうしたい? 」
「最後までただここに…… 」
どうやら欲がないらしい。でも俺にはある。
「俺はまだそれでも諦めてない。ミライと一緒になれると信じてる」
強い想いを訴える。それで感化されてくれたらな。果たしてどうなるか?
「無理だって…… あなただってもう分かってるくせに! 」
「泣くなよミライ」
「それは海でしょう? 」
「そうか。俺はもう泣いてるのか? 」
「気づいてなかったの? 」
「ああ…… 」
これは再会を喜ぶ感動の涙なのか? 悲しみの涙なのか?
現実的でドライなミライも涙が止まらないらしい。
もうどうすることもできない。どうにもならない現実に直面している。
ついにこの時がやって来たらしい。
「なあミライ。紅…… いやいい」
「言いかけないできちんと話して! 悔いを残すことになる」
「だけど…… ミライが…… 」
「どうしたの? 今更躊躇わなくていい。何でも話して。もう一生会えないのよ」
嫁いで囚われて一生会えないのも事実だろうな。
世界が同じならそれでもどこかで出会うことは可能。
でも繋がっていない今の俺たちはどこでも会えない。
恐らく夏の間に見えるこの珍現象もずっとではないはずだ。
いつか消える。顔が見たくなっても一生無理。それならばいっそのこと……
「紅心中伝説って知ってる? 」
ついに言ってしまった。チュウシンコウで濁そうかとも思ったが意味不明だしな。
さあ後には引けないぞ。ついに俺たちの運命が決する時だ。
続く