到着
黄昏。
間もなく完全な闇となるだろう。ほら今もどんどん薄暗くなっている。
急がなければ二度と会えない。
何と言っても今日までがミライに会える最後のチャンス。
すべては鶴さんとミモリが示したタイムリミットに過ぎないがそれでも……
多少の誤差はあっても明日には恐らく……
到着。
ミライに誘われついに再会に漕ぎつける。
長かった。ようやく今までの苦労が報われた。
旅立ってどれほどの月日が経過しただろう?
もう会えないと何度思ったことか。
それでも見えないミライを求めて集落を這いずり回った。
それが今ついに報われる時。
今あの雲の向こうにはミライが…… 思い人が待っている。
恥ずかしいのかあちらからは近づこうとしない。
ならばこっちから会いに行く。
待ってろよミライ! 今すぐ迎えに行くからな!
ついにミライへとたどり着いたんだ。
さあ顔を見せてくれ。もう俺たちを阻むものなど何もない。
俺たちに降りかかる諸問題はただの幻想だ。
きっとすべて思い込み。何を恐れる必要があるのか? さあ手を取り合おう!
「来て…… 」
ミライはついに受け入れた。あれほど苦しみ悩みぬいたのに意外にもあっさり。
やっぱり思い違いなんだよ。勘違いなんだよ。
単なるマリッジブルー。ちょっと古いかもしれないけどたぶん正しいはずだ。
近づけば近づくほど恐れてしまう。しかしそれは幻だから対策のしようもない。
ただ受け入れればいい。怖くない。
俺たちが結ばれて不幸になるなどあり得ない。幸せに決まってる。
抱き合えばもうきっとすべてが解決する。
五年前もこんな感じだったんだろうな。ミライには逃げようとする力が働いた。
偉い人との結婚。しかも国王。それは親が決めたどうでもいいこと。
本来ミライとは関係ない。自分の意思とは関係ないところで決められた。
従わざるを得ない状況。それは誰であろうと悲しい結婚だ。
いくら相手が絶大な権力を持とうが大金持ちだろうが関係ない。
五年前逃げようとしたのは決して間違ってない。ただその癖がまだ直ってない。
五年も経って再発したとも言える。結ばれることに臆病になっている。
もっと言えば恋をすることに臆病になっている。でもそれは間違い。
俺たちには恐れるようなことは何もない。ただ互いを愛し合っての今がある。
だから五年前とは明らかに違う。逃げてはいけない。そうミライに伝えたい。
「来て海! こっちに来て! その雲を超えて」
声のする方に歩みを進める。もう俺たちの前にはこの白い雲意外何もない。
後は雲を抜ければいい。
そう考えれば考えるほど歩みは速くなりついには駆け足に。
「海! こっち! こっちだよ! 」
歩いてなどいられない。もはやダッシュだ。声のする方に声のする方に。
会える喜びから知らぬうちに冷静さを失ってしまっている。
「ミライ! ミライ! 」
「海! 私の海! 」
お互いを求め合う。
五年分の想いをぶつけて声の限り叫び続ける。
ここに来るまで辛かった。それはミライも同じだろうな。
いや彼女の方が切実か。可哀想にずっと一人だった。
確かにミモリも話し相手になっただろう。でもそれだけ。
彼女が自分の小さな世界でどうしてたかは計り知れない。
でもきっと孤独だったんだろうと。ずっと俺を待ち続けてた訳だからな。
俺には陸もいた。アイミも希ちゃんもいた。サマー部の仲間もいた訳だ。
理解を示してくれた婆ちゃんもパンもいた。もちろん母さんだって。
集落に来てからも優しい婆ちゃんや父さんも林蔵さんやミコもいた。
鶴さんもミモリもいた。だからそこまで辛くなかった。
でもミライにはきっと誰もいなかったんだろうな。
いてもどうにもならなかった。きっとそうなんだろう。
「ミライ! 」
「海…… ストップ…… 」
「ストップ? ストップって何だ? 」
俺たちが出会うのは誰にも止められない。
それはミライであろうと俺自身であろうと。絶対止められない。
だがストップの声。
「ストップ! 海ストップ! 」
どうやらミライが制止を求めたらしい。どうして?
「もう危ない! 止まりなさい! ストップ! 」
強引に止めようとするミライ。どうやら聞き違いではなかったらしい。
「どうしたんだよミライ? いきなり何だよ? 」
「もう! それ以上は近づかない! 危ないでしょう? 」
ミライが何を言ってるのか分からない。
「ねえもう心に話しかけなくても聞こえるでしょう? 」
「ああ。聞こえるよ」
「だったらそこで聞いて。もう急がなくても私たちは出会ってる」
ミライの言ってる意味がやっぱり分からない。どうして抱き合おうとしないんだ?
再会の喜びを爆発させない? なぜ冷静でいられる?
五年間の想いはこんなものではないだろう? どうしてそこまで大人ぶる?
冷静なお姉さんを演じる? 確かにミライはお姉さんだったがそれは五年前の話。
今は俺に助けを求めるかわいらしい女の子。
寂しいあまりに泣き出すそれがミライだ。
俺は愛も希望も友も捨ててすべてミライのために生きて来た。
これからも何か犠牲を強いるならいくらでも。
ミライに会えるならきっと俺は何でもできる。何だってできる。
それが俺のミライへの愛だ。決してブレない。もうブレない。
諦めたくない。諦めてはいけない。
「ストップ! 聞きなさい! ストップ! 」
「うわああ! 」
危うく崖下に落ちるところだった。崖? なぜここに崖が?
俺とミライの間には崖があったのか?
それはきっと五年前もそうだったんだろうな。
でも俺は焦ったり我がまま言わずにミライに従った。
ミライの父さんにもその家来にも従った。
だから五年前は俺たちを阻むこの崖の存在に気づかなかった。
続く