『ミライの冒険』
ミモリとの出会いがあってようやく生まれたのがミライと言う存在。
今一つの疑問が浮かぶ。
もしかしたらミライは…… ミライは…… 存在さえしない?
鶴さんが話してくれたミモリの悲劇。それは当然ミモリから聞いたことになる。
リンネとの別れが適当に作ったミモリのホラ話だとしたら?
それを神話好きの鶴さんが信じてしまい脚色し直したとしたら?
あたかも真実であるかのように。
すべて俺が考えた通りだとしたらどうすればいい?
迷い続けながらミライを呼びかけるも反応がない。
それはなぜか? 明確な理由があるはずだ。
俺の勘違いでないとしたらとんでもない真実が判明したことになる。
鶴さんもミモリも覚悟が大切だと言っていた。
仲間を連れ女に現を抜かせば絶対に会えない。
すべてを捨てなければ出会えないとそう言った。
だがそれは要するに一人になること。孤独になること。
現実を逃避すること。妄想を描くことに繋がっていた。
そうすべては孤独の中で悩み苦しみ癒しを求めて描いた妄想のような幻想。
そうすることでイマジナリーフレンドを作り上げた。
俺の思い描いた理想の少女を出現させてしまった。
これは俺のような高校生ではなくもっと下の年代の子が寂しさを埋める為のもの。
ミモリが五年前に寂しく孤独だった俺にイマジナリーフレンドを作り与えた。
彼もまた幼少期に似たような体験をしたのだろう。それを俺に伝えた。
ミモリから引き継いだ優しさを俺も当時の俺みたいな存在に伝えるべきだろうな。
ただそんな存在は見回してもどこにもいない。
いや一人だけ…… ミコだ。
林蔵さんの意志を継いで巫女の役目を果たそうと必死に舞っているミコ。
巫女には今朝見たように清く美しくが求められる。
ミコが儀式の犠牲になってはいないか?
集落のことはよそ者には到底理解できない。口出しすべきではない。
それぐらい心得ている。でもミコはどうだろう?
儀式の影響でどんどん孤立していってないか。
俺は彼女の苦しみを理解してやれてない。
彼女も結局のところ集落の犠牲者でしかない。
そんな風に勝手に思っている。
巫女の役割を立派に務めるのは正しいことだろう。
ただ正しいことが決して幸せにつながる訳ではない。
ミコもいつの間にか紅心中伝説のように悲惨な最期を遂げることも。
その前に何とか手を差し伸べられれば。
これはミコの意志とは関係なしに多少強引に救ってやる必要がある。
ただそれは儀式を終えすべて解決した後で。
さあまずは俺の問題を解決しよう。ミコはその後で。
ありがとうトケエモン…… ミモリさん。ようやく自分を取り戻した気がするよ。
そうミライは元々存在しなかったんだ。
五年前の約束はミライとではなくミモリさんとだったんだ。
この集落に到着した日にすべて片がついていたんだ。
変に疑わずに受け入れていればこんな時間を掛けずに済んだかもしれない。
俺が五年前のことを忘れて焦ったからこんな面倒な事態に。
地元の者の意見も人生の先輩の意見も聞かずに暴走したから。
ミモリだってプライドがあった。それに俺に思い出してもらいたがってなかった。
結局俺とミモリさんは五年を経てすれ違ってしまった。
それに心を痛めたのが鶴さん。なんとか俺たちの仲を取り持とうとした。
だが今日までにと期限を決めていたのはなぜなのか?
まあそれは直接本人に聞くしかなさそうだな。
これ以上もう思い出さないと判断してリミットを決めたとか?
おかしなところも数多く見られるが強引に辻妻を合わせればこうなる。
イマジナリーフレンドは納得したがその基となったものが必ずあったはずだ。
それは何か?
ミライ…… ミライ…… 冒険?
『ミライの冒険』
そうだ。あの秘密基地に持ち込んだ当時お気に入りだった本。
感謝の気持ちにミモリにあげたもの。
それが秘密基地のどこかに置かれている。
あれは児童書だから大人が見るような代物じゃない。
一緒に遊んでくれた感謝の気持ちと秘密基地完成の記念。
それからイマジナリーフレンドのお礼に。
今でもきっとあるんだろうな。秘密基地の中に。
それをミモリは毎日のように話しかけていたんだろう。
ああ懐かしい。何か凄く懐かしい思い出。
決して煌めくような輝かしい思い出ではないがそれでも……
俺たちにとっては掛け替えのない思い出。
しかし今までなぜこの児童書の存在を忘れていたのか?
やはりあれから両親が離婚したことで悪いイメージに。
ここでのことがすべて悪いイメージに置き換わってしまったのだろう。
だから強引に封印してしまった。
それでも俺は心のどこかでずっと縋っていたのだろう。
五年前の夏休み俺たちはやっぱり出会ったんだ。そうだろうミライ?
俺とミモリさんとミライの三人で楽しんだんだ。
ふふふ…… 本当にいい思い出だった。なあミライ?
イマジナリーフレンドのミライ。
『ミライの冒険』の主人公の女の子・ミライ。
そうか。そうか。長い長い道のりだったからな。
あまりの長さに忘れてしまうところだった。
どうりで夢のミライは小さ女の子だった訳だ。成長などしようがない。
本に出て来る女の子だから。たぶん冒険をいっぱいしたんだろうな。
婚約させられて自分の未来を切り開こうと。
そこで村の者や家族に自分を蔑ろにする者たちと戦った。きっと。
現代っぽくなかったからな。うんうん。そうだよそう。きっとそうだ。
たぶん俺はこの格好いい女の子に恋をしたんだろう。
ははは…… 確証はまったくない。ただこれしか答えがない。
俺はこのミライを探すためにここまで来た。答えを探そうと必死だった。
でも真実にたどり着けば意外にもどうと言うことのない幼き日の思い出。
今も五年前も大人たちを巻き込んでの大騒動。
もし帰って婆ちゃんに事の経緯を伝えれば馬鹿なんだからと言われるだろう。
もちろん俺は馬鹿じゃないけどね。
とにかくすべての謎が解けた以上もうここに留まる理由もない。
さあ戻るか。ミモリにも鶴さんにも迷惑を掛けた。
これ以上はもういい。無駄なことはしたくない。
後はこの集落のどこかに隠されているチュウシンコウ。宝への道しるべ。
まあ俺には関係ないから好きにやってくれとしか言いようがない。
息を大きく吸う。うん気持ちいい。
今までのことがまるで噓であるかのように清々しい気持ち。
心を空っぽに。無の状態。鶴さんの言っていた境地にたどり着けたかな?
まだまだだろうか?
結局ミライは俺の妄想だったんだろうな。
『ミライの冒険』から連れて来た俺の理想であり幻想。イマジナリーフレンドだ。
ははは…… では戻るとしよう。
こうして約束の場所を離れるのだった。
何だか心の声が聞こえたような気が。
これはミライかな?
ありがとうミライ。俺の愛したミライ。俺は行くよ。
ついに五年前の約束を果たした。
そんな気がした。
続く