雲の向こうのミライカンデ
最終章。
赤に青に緑と黄の四色を混ぜた色鮮やかな民族衣装。
十五になると儀式や祭りや祝いの席で着用するのがこの村の伝統であり習わし。
「どうきつくない? 」
お母様は笑顔だ。私が嫁ぐことを誰よりも喜んでくれる。
喜んでいるというよりも願っている。そうでなければ困ると思っているよう。
それはお婆様や一族の者もそう。村の者だって会えば祝福してくれる。
だからつい嬉しくなってしまう。
こんな素敵な民族衣装に身を包み人生における最高の日を迎える。
皆そう見てくれるので私だって期待に応えなければなりません。
笑顔だってできるだけ振りまく。暗い表情は決して見せない。
でも本当は嫌。本音を言えば嫌で嫌で堪らない。誰かに頼りたい。縋りたい。
それが言えたらな…… 言っても無駄なのは分かり切ってる。
お母様やお姉様に言っても適当にあしらわれてお終い。
お姉様など羨ましがっているんだから呆れる。
ならばいくらでも代わってあげるのに。それはダメだと意気地がない。
国王様が五年前の祭りで直々に選んだ中の一人。
当然勝手に変えられないしそんなことをすればこんな山奥の村は見捨てられる。
ですから逃げる以外に方法がない。国王様も本当に罪な人……
国王様と言ってももうお爺さん。お父様よりお年を召している。
別に老いてるからと言って国王様に相応しくないと言ってるのではないのです。
ただ私のような幼く未熟な者を娶ってどうしようと?
もっと相応しく素敵な方が村にはいるはずなのに。
なぜこの私なのでしょう? なぜ私が選ばれたのかまったく理解できません。
「いい? 覚悟はできてる? 」
もう何度目かの最後の確認。村にも隣村にも思いを寄せる方はいないだろうと。
だから大丈夫と考えている。実際そのような方はいないですしね。
結婚が近づけば近づくほど祭りが近づけば近づくほど監視が強くなる。
親族だけでなく村からも。
お母様も数多くの悲惨な結末を知っているから安心しきっている。
駆け落ちする相手は現状候補さえいない。
そう私は優秀な花嫁候補。疑われるような行動は一切してない。
それが多少得られる自由との引き換え。
お父様はそれでも警戒している。五年前のことを覚えてるかと頻りに尋ねて来た。
そのたびシラを切る。仮に覚えてようと何の脅威にもならない。
それでも気にして。だから嘘を吐く。
どうして知りもしない方のお家に嫁がなければ?
たとえ国王様でもそれは同じ。知らない者。
運命だとしても私は戦いたいと思います。自分の運命に立ち向かいたいと。
ただ私を救いに来る彼がどれほど覚えてるか微妙。
ミモリさんが言うようにもうあの地に。だからどうにかなる。
「ミライ? 」
「覚悟ですか? まだもう少し迷いがあります。どうしていいのか悩んでいる」
当然彼とのことですが勝手に勘違いしてくれてるみたい。
「そう? でも最近のあなたを見ていると酷く辛そうに見えるの。
まさか嬉しくないのミライ? 」
これは尋ねてるのではない。ただ嬉しいと無理やり答えさせようとしている
自分の言わせたいことを言わせて不安を取り除く作業。
でもそれは私の不安ではなくお母様の不安。
「嬉しい…… はい嬉しいです。でも別れるのが辛くて」
「もう何を子供みたいなことを言ってるの?
いつでも会いに行けるし帰れもするでしょう? 」
気休めを言うお母様。会えても一年に一度か二度。勝手な帰省は許されない。
それぐらいこの村に嫁いできたお母様なら重々承知のはず。
娘を騙すような期待を持たせるようなことは言わないで欲しい。
「そうですわね。もうこんな時間。儀式の練習をしなければいけません」
急いでいつもの舞台へ。
「ミライ。私も忙しいから…… 」
「大丈夫。心配しないでくださいお母様」
説得して一人きりに。暗くなる前には戻ると伝える。
こうして毎日監視のいない一人だけの世界を満喫する。
さああと三日で始まる祭りまでにしっかり練習しなければ。
恥ずかしい真似はできない。
そう勝手に思い込む。でもそうあと三日で完全に思いが絶たれてしまう。
舞台に上がり目を瞑って集中力を高める。
よし始めよう!
一通り踊って動きの確認。もう完璧なはず。残すは微調整のみ。
今本番を迎えても恥ずかしくない出来栄え。だからこれでいい。
さあここからはいつものように。
お願い! 私を迎えに来て! もう時間がないんです。
あと三日で嫁がなければならない。早く来て海! 海! 私を迎えに来て!
虚しいことだって分かってる。でも縋らなくては自分が保てない。
五年間じっと待ち続けた。そして今その時を迎えている。
さあ私を救い出して海!
雲の向こうの世界に呼びかける。
果たして呼びかけに応えるのか?
その時だった声が聞こえる。
おーい! おーい!
海? 海なの?
「カンデ様。お父様が心配なさっておりますよ」
思い人ではなく父の部下のダンテだった。
彼はお父様の信頼の厚い者で絶対の秘密を守る男。
お父様もよそでは人に言えないようなことをしてきているみたい。
心が休まらないのか娘の前でも険しい表情。
今度の婚姻によりその罪が許されるのでしょう。娘を餌に自分の保全を図る。
だからどうしても末娘である私を監視するような真似を。
「カンデはやめてと言ってるでしょう? 私はミライ」
「失礼しましたミライお嬢様。ははは……
まさかお父様を裏切るおつもりではありませんよね? 」
この人鋭いから困る。いつだって疑ってるようにも見えますが。
「何を言ってるの? 大事な大事な儀式を失敗できない。そうは思いませんか?」
まさか行動を読まれてる? でもそんなはず……
「この場所は例の少年と出会った思い出の場所ではありませんか?
いい加減忘れてはいかがですか? 辛い思いをするのはお嬢様なのですよ」
「放っておいて! それに違うと言ってるでしょう? 邪魔しないで! 」
ムキになればなるほど気づかれる可能性が高いがどうせもう気づかれている。
それにもう来ないと踏んでいるのでしょう。たとえ来たところで……
「いいでしょう。私は退散いたします。
お嬢様のことですから心配はないとは思いま日が暮れる前にお戻りください」
「はいはい。もう早く行ってよ! 」
声だけでなく身振りで追い払う。
ダンテは大人しく従うらしい。
あれ…… 何だろう? 今ダンテの方から黄色い光が? 稲光でしょうか?
また光った。どうやら天気が怪しくなってきてるみたい。
天候悪化しては出会えるものも出会えない。
もうこんな時に困りましたね。
続く