ミモリとリンネに海とミライ 五年前の真実
監禁されていた鶴さんを救出したところでミモリも合流。
ついにすべてを語る時がきたらしい。
ただそれが俺にとっていいことなのか悪いことなのか。
ミモリとミライと俺。何となくだけど分かっていたような気もする真実。
今それに向き合うことに。ミモリに向き合うことで自分自身にも向き合うことに。
あまりにも衝撃的な真実だとすれば俺は本当に耐えられるのか?
それでもこれでミライに会えるなら文句はない。
「よしどうせ最後だ。お前の口から真実を語ってやりな」
「しかし…… それは海が望まないと思うから…… 」
小さい子供のような言い訳をするミモリ。
今更彼の過去を聞いたところで何の意味があるんだろう?
最後まで隠そうと必死だがそれほどのことなのか?
いいから続きを早く話してよね。
「ミモリの気持ちも分かるさ。でももういいじゃないか。
この子ももう子供じゃない。諦めがつくだろう」
鶴さんは自分で語らないなら私がと急かす。お年寄りはせっかちだからな。
「しかし…… 」
決心がつかないミモリを無視してアドバイス。
「ああそうだ。これは聖水だよ。飲めば少しは聞こえるようになるかもね」
湖の水を聖水と称し飲ませようとする鶴さん。
かなり怪しい代物。インチキとしか思えない。騙されないぞ。
「聖水を頭から被り雑念を払う」
そうするとミライの声が聞こえる…… ほど甘くない。
いい加減いい大人が子供を騙そうとするのはやめて欲しい。
それはミモリもそう。どうも二人とも信用ならないんだよな。
「いいか続きを話すぞ」
頑なに最後を触れたがらなかったミモリ。
果たしてどれほどの驚愕の真実がお目見えするのか?
ワクワクと共にドキドキが止まらない。
「リンネとは結局会えずじまい」
ついにミモリが重い口を開く。
「リンネを迎えに行くと…… 奪いに行くと約束した。
でも妨害に遭って中々できずに残り僅かとなったある日俺は禁を犯した。
リンネの元へ走り出そうと。結局度胸もなく未遂に終わったが。
ただ禁を犯したことでリンネは離れてしまった。
いや…… 俺たちは初めから不可能だったんだ。だって会えないから。
見えると会うとでは違った。似ているようでまったく異なる。
見えるはそれこそ遠くからでも見えるし聞こえだってする。
だから会話だって可能に。でも実際に会った訳ではなかった。
リンネに触ることも息遣いを感じることもなかった。手を繋ぐことも。
匂いを嗅ぐことだって不可能だった。その絶望感をお前は分かるか?
分からないだろうな? いや分からない方がいいんだ。
だから何度もお前を帰るように促した。ミライを忘れるように言ったんだ。
でもお前はそれでも諦めなかった。どんなに邪魔をしてもミライへ向かった。
それでも…… たとえどんなに愛し合っても無理なものは無理。
これがどういう意味か分かるか?
触れられないんだよ! 手を繋げないんだよ! 匂いを嗅げないんだよ!
ビンタ一つできない。俺の痛覚がないんじゃない! 物理的に不可能なんだ!
それは禁を犯そうとした時に嫌と言うほど味わった。
指を咥えて見ているしかない。それは劇の中の少女を助けるようなもの。
でも劇ならその演者を探し出し触りも愛を語ることもビンタされることも可能。
しかし残酷なことに俺とリンネはそれができない! 許されないんだ!
すべてを呪ったよ。神も仏もないってね。
そんな情けない男は一人で充分。こんな苦しくて辛い体験は俺だけで充分。
あの時…… 寂しさから彼女の歌声に誘われねばこんな辛い思いせずに済んだ。
でも彼女は大人だ。すべてを見抜いていた。
大人と言ってもほぼ俺と変わらないはずなのにどれだけ冷静なのか。ははは……
俺たちが出会えないと結ばれないと覚悟していた。
そう俺たちの間には何光年もの隔たりがあったのさ。
それが神のいたずらで出会ってしまった。いや違う。それも単なる錯覚。
実際は二人は一度も出会ってなどいなかった。
この見えない壁がある限り俺たちは結ばれない。
そうして無念の中リンネは嫁いで行ってしまった。
でも俺だってただ指を咥えて見ていた訳じゃない。
この地方に古くから伝わる紅心中伝説。
それによれば愛を誓い合った男女が引き裂かれて悲劇的な結末を迎える。
親の都合や村の都合だったり有力者に気に入られたり等。
二人が結ばれないなら同日に一緒に命を落とせば来世で結ばれると言う伝説。
当然一緒に旅立てない場合だってある。
そんな時は同じ日に同じ亡くなり方をすればいい。
そうすればきっと結ばれる。来世で恋人になれると信じられていた。
紅心中伝説を俺はリンネに提案したよ。
だってそうだろ? それが俺たちが結ばれる唯一の方法なんだから。
もうその時はそれしかないって。頭の中はそのことでいっぱいだった。
でもリンネは決して首を縦に振らなかった。
もちろんその伝説は知っていると。
それはそうだよな。恐らくリンネの村から伝わって来たのだろうから。
リンネは止めるように諭したがそんなの嫌だと俺は我がままを。
するとリンネは隠していた本音を漏らす。
元々この愛も誰かに縋りたくて起こした幻想で本当は誰でもよかったと。
だからもう諦めてと。私はそんな伝説にはならないと強く誓った。
俺は動揺したよ。だってリンネの真意は測れないもの。
ただでさえ遠いのに心まではさすがに。
でもその時泣いていたからきっと嘘だったんだろうなと。だから身を引いた。
タイムリミットまでずっとお互いの声だけしか聞こえない。
祭りの晩にはその声も聞こえなくなりついにタイムリミットの八月末を迎えた。
恐らくリンネは予定通りよく分からない金持ちの元へ嫁いだんだろう。
きっと幸せになるって信じて。
それからずっと夏にはリンネを求めて約束の場所へ。
そしてここからが…… 」
ミモリは自分語りを終える。
ぽんぽんと鶴さんが肩を叩き労いの言葉を掛ける。
辛いんだろうな。涙を流している。感動的な話に俺もつい涙が出る。
へへへ…… おかしいなどうしたんだろう? でも期待と不安が入り混じる。
「鶴さん…… 」
「いいんだよ。あんたがそれ以上話したくないって言うならそれでいいんだ。
もう彼には…… 海君には伝わっただろうから。苦しめたくない」
「いえこれが俺の役割だから」
ミモリは鶴さんに見守られながら最後の最後を語って見せる。
もう限界だと言うのに俺は好奇心から最後まで話すように促す。
どうしても最後まで聞きたい。
「結果。俺とリンネは今でも結ばれずにただ同じ月を見ている。
そしてもう二度と戻って来ない約束の場所に足を運ぶこと数えきれないほど。
そして五年ほど前の夏のこと。そうお前がこの集落に遊びに来た時の頃の話だ。
偶然一人の少女に出会った。それこそ神の導きだろう。
彼女が誰かもうお前には分かるよな海? そう彼女は…… 」
続く