聞こえない
鶴さんの家へ。
「ダメだって言ってるだろう? 海! 」
ミモリが必死に止めようとするが聞かずに走り出す。
もう時間がない。タイムリミットは今日の日暮まで。
今すぐに鶴さんから詳しい話を聞き出してミライの元へ。
もう教えてくれてもいいだろう? 居場所を知っていながら隠す。
どうかしてるよミモリも鶴さんも。
言うことは声が聞こえたかに導かれたかだもんな。
はあはあ
はあはあ
ミモリを撒くのに全力疾走するしかなかった。
ただそのおかげで森まで迷わずにやって来れた。
鶴さんならすべて知っている。
どうやらもう人の気配はないな? 追っ手は諦めたようだ。
だとすると昨日の件もただの思い過ごし? いやそんなはずない。
うん? 動くぞ。
鍵が開いたままで不用心だな。入ってく下さいと言ってるようなもの。
では遠慮なく。お邪魔します。
「鶴さん? 鶴さんいませんか? 昨日伺った…… 」
うん? どこからかうめき声が?
これはただごとではない。急いで声のする方へ。
紅心中のお話を伺った客間へ。
うぐぐぐ……
うめき声がはっきり聞こえる。
どうやらここではない。だとすれば寝室か?
慎重に隣の部屋へ。まだ異丹治の手下が潜んでいる恐れもあるからな。
「鶴さん大丈夫ですか? 」
後ろ手に縛られて体もイスに固定されている。
横になって逃れようと暴れたのか切り傷が。
お年寄りに何てことをするんだ? 血も涙もない連中だな。
顔にはマスク。息はできるだろうが大声を出すのさえ難しい。
マスクをどうにか外すこともできるだろうが時間が掛かる。
それに振り払うのは危険過ぎる。一人では事故に繋がる恐れもあるからな。
その上森にひっそりとだから仮に大声を出してもかき消される。
どんなに頑張っても声は届かない。
だから大人しくウーウー言うに留めてたようだ。
さすがは鶴さん。賢明な判断。対処法を心得てる。
「ふう助かった」
どうやら監禁されていたとは言え健康状態に問題はないらしい。
しかしお年寄りに何てことをしやがる。
「水を…… 水をくれ! 」
水分補給してどうにか落ち着かせた。
「まったくあんたは何で助けに来たんだい? 」
ご不満らしい。命の恩人に何て言い草だ。感謝の言葉が先ではないだろうか?
鶴さんによると昨夜から賊が押し入って拘束していったそう。
恐らくその賊は異丹治の回し者だろう。
「酷いこと言うな。お婆さんがピンチだと思ったから」
「あんたに助けられたくないね! 」
「そんな…… 」
「いいかい? お前が私を助けたら仲間だと思われるだろう?
せっかく関係ないと言い張ったのにすべてが無駄になる。
どうしてくれるんだよ? また睨まれちまうよ」
強がってるがただ口が悪いだけ。きっと少しは感謝してるんだろうな?
そう思わないとやってられない。
やはり鶴さんも集落に住む者。ある程度は仲良くしておきたいんだろうな。
変に波風を立てられたくないと思うのは当然か。
ドンドン
ドンドン
まずい。訪問者! これは捕まる?
「あんたは隠れてな! いいと言うまで顔を出すんじゃないよ」
鶴さんの機転で見つからずに済みそう。
しかしこんな時間に? 警戒したが入ったのを見られたかな?
ダンダン
ダンダン
声を発さない訪問者。とは言えドアを叩く音は激しくなっていくばかり。
ただおかしいのは自分たちが閉じ込めたはずなのになぜ?
そうか! 俺が鍵を閉めたから中に入れないんだ。
強く叩くのはプレッシャーを掛けて開けさせるため。心理戦だ。
引っ掛かってはいけない。ここは冷静に見守ろう。
開ける必要はない……
だが鶴さんはいつもの調子で訪問者を招き入れてしまう。
集落で治安も悪くないからな。そもそも鍵を掛ける習慣があるんだかないんだか。
ただ最近は獣が勝手に開けるので鍵かけは重要。
「やっぱりお前か。追い駆けて来たんだね」
隠れてるので相手の足しか見えない。
「ほら保護者がカンカンだよ。出ておいで」
「はあ? 誰ですか? 」
「俺に決まってるだろう? 馬鹿野郎が! 」
ミモリが姿を見せた。そうか俺の後を追って…… 撒いたと思ったのに。
俺が頼れるのは結局は鶴さんだけだからな。それは読まれるか。
「大丈夫でしたか? 手荒な真似はされませんでしたか? 」
ミモリは老いた鶴さんの体を労わり支える。
イスに腰掛けさせる。そしてロープで再びグルグル巻きに…… したら狂気か?
「それは問題ないよ。それより二人で押しかけてどうしたんだい? 」
フムフム……
鶴さんとミモリはヒソヒソと真剣に話し合っている。
「どうやら警戒は解けたらしいね。でも気をつけるんだよ」
「分かっております。それよりも彼のことを…… 」
二人だけで会話して中々入れない。入ってはいけない雰囲気。
「お前はまだ聞こえないのか? 」
「それがまったく。聞こえるもんですかね? 」
「普通は聞こえないさ。でもお前は探してるんだろう?
しっかり耳を澄ませば必ず聞こえる」
本当とも嘘とも取れる断定の仕方で混乱させる。
鶴さんは根性論で何とかしろと無理ばかり。それはミモリも似たようなもの。
聞こえるなら初めから苦労してない。どうして聞こえないんだ俺は?
うおおお!
苦しみと怒りから叫ぶ。だがそれでも聞こえない。
聞こえないものは聞こえない。俺にはミライと出会う資格はないのか?
どうして最終日当日にもなってもまだ誘われないのか?
誘われたい! ミライの声を身近で聞きたいよ
でもそれが叶わない願いなら俺は潔く諦めるしかない。
「うんうん。苦しんだんだね。分かった。解放してやろう」
そう言うと何ごとか唱えて俺の頭を撫でる。
これでどうにかなるなら苦労はしない。
続く