大会当日 忍び寄る影
夜。
「なあパンはどう思う? 」
猫に話相手になってもらっている。
とは言え期待通りの返しがあるはずもなくただニャーと頷くだけ。
それで解決すれば苦労はない。
しつこくしてると行ってしまった。これはパンなりのアドバイスなのか?
あまりにしつこいと嫌われると。
希ちゃんには悪いなと。でも結局彼女の好意に気づかず流してしまった。
今更返事をしたところで遅いよな。
どうすればいいんだ? うーん。ちっとも思い浮かばない。
まあ夏休みが終わってから考えても遅くはないか。
彼女にしろ希ちゃんにしろ差し迫ってる訳ではない。
俺がどうしても応えてやる義理はない。
薄情だと思うかもしれないがそんな男を選んだ彼女たちが悪いとも言える。
そう九月になっても好転することはあっても悪化することはまずないだろう。
悪化とは単に振られることを意味する。それはそれで良いと思っている。
仕方ない。俺は誰にでも好かれようとか思っていない。
そもそも一人に絞るのもどうかと。
さあそろそろ寝るかな。
とにかく一歩前進した。
何となく気まずくて陸とは連絡を取ってない。
奴には本当に悪いなと思ってる。
隣の子も希ちゃんの件も俺のせいではなくても責任を感じる。
そして特に何もないまま三日が経った。
サマー部と言うだけあって夏が主戦場。
それ以外の季節は取り立てて何かをやる訳ではない。
春には新入生歓迎会で山にハイキングへ。
今年は一泊二日で通称ドスグロ山に。
名前だけあって晴れることもなくどんよりした曇り空だったのを覚えている。
秋は部として文化祭とハロウィンに参加。
冬は完全なオフ。年末に集まったぐらいかな。
だから現在夏休みでサマー部にとっては今が活動期となる。
七月は大会に合宿が続く。
八月は夏終わりに他校と合同で夏の総仕上げを。
ただこれは極秘なので俺以外誰も知らされていない。
まあ俺たちはパスの可能性が高い。
なぜならその時期は陸と恒例の勉強会があるからだ。
さすがに一週間もあれば終わるよね?
大会当日。
サマー部はとある小さな島へ。
トライアスロン記念大会に出場するためだ。
本大会に先駆けて行われるプレ大会の位置づけ。
サマー部として参加が義務づけられている。
早朝五時に起床。六時に駅前に集合。
そこから電車とバスと船を乗り継いで二時間超の過酷旅。
うわ…… 大変だ。
へへへ…… もちろんそんなことはない。
トライアスロンをやるのだからこれくらいの移動はへでもない。
猛暑とあってか朝から体調を崩す者が続出。
大会開催が危ぶまれたもののどうにかスタート。
挨拶を終えて十時三十分にまずはスイムが。
「おいスイムに参加する者は? 」
部長と俺と一年の一人がエントリー。
このトライアスロン大会は特殊でスイムはスイムのみの参加を認めている。
二キロのスイムから百キロのバイクに二十キロのラン。
これを一人でやるのは過酷さを極める。
だから我々サマー部は団体戦でバトンをつなぐ。
他の参加者もトライアスロン経験者からビギナーまで幅広い。
小さな子供やお年寄りも参加するから驚く。
これも基準が緩んでスイムかバイクかランを選べるようになったから。
今後このように基準が緩むことを恐れる者も当然いる。
それでもこれはこれ。それはそれと割り切るのが望ましいかな。
オリンピック競技のトライアスロンとは違う。
競技人口が増えればどんどん柔軟な姿勢になっていくだろう。
未来がどうなるかは今の俺たちに掛かっていると言っても過言ではない。
楽しく自然に触れてレースを行う。そうして笑顔が生まれる。
スタート!
おっと感傷に浸っていたらつい遅れてしまった。
「おい何をやってるんだよ! 」
陸の奴が応援に回る。先輩も一年もその他の者も先に行ってしまった。
一人旅かと思われたが泳ぎの微妙な参加者が何名か。
その中には年を感じさせない爺さんも。
お先にと浮かれて飛ばしてしまうお調子者も。
これだから素人は。完走が目標の俺にはゆっくりペース配分に神経を使う。
急ぎ過ぎて体力を消耗すればリタイア。それだけは恥ずかしい上に危険だ。
海は自然だ。波だって今は大したことはないがいつ荒れるか分からない。
予報だって当てにはできない。あくまで目安でしかない。
溺れでもしたら次回から大会が危ぶまれることになる。
その辺のことも充分考慮して参加すべきだ。
もう歓声も聞こえない。
希ちゃんは俺を応援してくれてるかな?
これは団体戦でもあるからそれぞれ最低でも一種目は参加することに。
その中でベストタイムが採用されその合計が団体の結果になる。
俺以外にも部長も一年もいるので無理することもない。
ベストを尽くすだけでいい。
その点バイクが二名にランが二名と心許ないが部長が完走してくれるでしょう。
そうそう入院していた先輩が大会に間に合った。
無理はさせられないのでバイクで。
ようやく半分の一キロのブイ。
さあ体力を温存しつつ前に進むぞ。
今のところ波は穏やか。暑さはあるもののコンディションは悪くない。
どうやら天候にも恵まれたようだ。
釣りにも最適。サーファーにはもう少し波が高い方がいいだろうな。
ビッグウエーブが来ることはないだろうし。
そんなつまらないことを考えてるうちに残り五百メートルになった。
この日のために体を絞って来たからな。多少様になるとは思うが。
ただ筋肉が少ないものだから他の者と比べられると恥ずかしさが勝る。
あーあ俺ももう少し筋肉がつけばな。
ボートに乗せられてリタイアする者がちらほら。
あーあ本当に情けないな。調子に乗らずにゆっくり泳げっての。
続く