ミモリの過去
夜の湖はあちらの世界に繋がっているから決して近づくな。
それがこの集落では常識になっている。
子供であろうと大人であろうとその言い伝えには従う。
ただミモリのようなよそ者は別。それだけでなく例外も。
ミモリは一体何を言ってるのだろう? 例外などあるはずがない。
まさか信じない者がいるのか? 集落にも一定数はいたっておかしくない。
「ちっとも思いつかないよ。答えを教えてくれよミモリさん」
もう疲れてるんだからいい加減にしてよね。
教えるなら教える。教えないなら教えない。はっきりしてもらわないと。
例外など実際はどうでもいいのだから。
ただ気になって気になって仕方ないのも事実。
「おいおい少しは考えろよ。ヒントは祭り」
ミモリは楽しそう。うーん暇つぶし相手ができて喜んでるようにしか見えない。
もしそうならとんでもない奴だな。俺はそれほど暇じゃないぞ。
「そうだな。あと一時間もすればその者に会える」
「はあ何を言ってるの? どうでもいいから先に進もうよ。
興味ないって言ってるだろう? 」
もはやしつこいだけの男。興味ない。俺は得意の我がままで対抗する。
と言っても我がままが得意なのは陸の方だが。真似るのは造作もない。
「お前な。初めて会った時もそんな感じで文句ばっかり言ってたぞ。
それで俺に手伝わせておいて。飽きたからって秘密基地作りを全部任せたろ? 」
「まさか…… ミモリさんがそこまで? 」
だったら本当に俺たちは仲間だった? あの兄ちゃんはやっぱりミモリ。
直接本人の口から聞けたのが大きい。前から言ってた気もするが。
「悪い。今のことは忘れてくれ。それよりも例外が何か分かったか? 」
「知らないよ。もしかして鶴さん? 」
「おいおい! 鶴さんを想像するのか? 俺には無理だぜ。
それは昔はそうだったかもしれないが今の話をしてるんだぞ? 」
何だか失礼な話っぽいな。らしくなくさっきから薄ら笑いを浮かべている。
とんでもなく気持ち悪い。寒気がする。
「知らない」
「だったら最後のヒントだ。今日お前も会ってるぞ」
焦らしに焦らすミモリ。そこまで興味ないんだけどな。
「伊丹治? 」
もうそれぐらいしか思い当たらない。他には思い浮かばない。
「お前わざと外してるだろう? お前が言わないなら俺だって言わない」
うわ…… 面倒臭い人だな。俺は思い当たらないと言ってるだけで……
そんなことよりも秘密基地の話の方が気になる。
深夜三時。
夜の湖に近づくことを許された者。
一時間もしないでその者がこの湖にやって来る。そこで答え合わせだと。
もう好きにしてください。
結局洞窟を離れ湖の周りで過ごすことに。
追っ手はやはり集落の掟を守り夜の湖には近づこうとしない。
さあ日が昇れば最後の一日が始まる。
今日ですべてが決する。最終決戦だ。
そう考えると緊張するな。もう一日もない。
日暮と共にすべて消えてしまう。
「どうだ? 」
「眠れないよ」
「そうか。だったら何か話してやろうか? 」
答え合わせまで仮眠しようとしても邪魔が入る。嫌がらせではないと信じたい。
「だったら自分のことを話してもらえませんかねミモリさん」
突きつける。もうつまらない探り合いは飽きた。
「俺の過去を聞きたいのか? それを知ってどうする? 」
「知らないよ! つまらなくて眠い話を聞いて寝ようと思うだけさ」
興味はあるが何となく怖いんだよな。得体の知れない感じがする。
悪い人ではないとは思うし俺たちの救世主で陰から見守る存在だと。
目を瞑る。これ以上はもういい。ただ寝ていたい。例外だってどうだっていい。
「ははは! つまらない話か? よし聞かせてやろうじゃないか」
ミモリが隠しに隠していた過去を語る。
ついに五年前の真実が明らかになる時が来た。
果たして俺は起きていられるのか? または耐えられるのか?
どのみち覚悟は決める必要があるな。
ミモリの独白。
俺はお前の先輩だった。ただ期限は二年だったがな。お前は五年もあったんだ。
仕事の関係でこの集落にやって来た俺は閉鎖的な土地に慣れずに苦労していた。
結婚して子供でもいればまだ違っただろうな。
男たちは都会者と罵って相手にもしない。
女たちはただ好奇な目で見るだけでやはり相手にしない。
年より連中はもっと酷くて出て行けと天変地異が起こったらどうすると毛嫌い。
子供も大人を真似るからコミュニケーションの取りようがなかった。
僅かな若者も興味を示してはくれても積極的に関わろうとはしない。
集落では腫れ物に触れるような扱い。決して誰も近づこうとはしなかった。
これが山奥の閉鎖された集落の実情だ。
観光で外から見る分にはのどかで素晴らしく見えるがそれはまやかし。
俺だって来たばかりの頃は自然豊かないいところだと思ったよ。
率直に言えばよそ者はよそ者。決して受け入れられることはない。
お前も聞いたことあるだろう? 都会者とかよそ者とか。
ここにいればずっと孤独なまま。
そんな時に助けてくれたのがお前の父さんだったり鶴さんだった訳だ。
だから今でも感謝している。
それでも満足する訳ではなかった。
もうここを離れようと決心したある日の午後。あれも夏だったな。
いつものようにブラブラ歩いてるとふと声がすることに気がついた。
誰かが歌っている。そんな風に思った。
間違いなく女性の声。
孤独な俺を救う癒しの歌。
そして声のする方に走って行った。
丘を越えたところの雲の向こうにある草原地帯に足を踏み入れる。
するといたんだよ。俺の女神様がそこにいたんだ。
舞台上で踊って歌声を響かせていた。
続く