夏休みの予定
夜になり母さんが帰ってきた。
今日こそは伝えよう。ずっと言いそびれていたあのこと。
どうしても相談しておかなければならない。
いつも喉元までせり上がって来るのになぜか音にならない。
無意識に飲み込んでしまっていた。
それは母さんが反対するから。嫌がるから。悲しむから。
でももう時間がない。夏休みに入ったら大会も合宿もある。
いつも気が付くとそのうち過ぎてしまっていた。
そんなことが何度も。でも今回だけは絶対にダメだ。
「実は…… 夏休みに父さんのところに行きたいんだ」
ついに思い切って言う。
あれ? 何だろう全然手応えがない。
何だかぐったりして疲れた様子。タイミングが悪いんだよね俺って。
いつだってそう。言う機会を窺っていつの間にかそのタイミングを失ってしまう。
そんなこと言ってると一生無理。タイミングは見計らうのではなく自分で。
どうせ何かと文句をつけて後にするに決まってるのだから遠慮する必要は無い。
「明日になさい! 」
ほらやっぱり。でも今回は引き下がらないぞ。
「でも早く決めておきたくて…… 」
夏休みの予定は早めに立てる。そうしないと部屋もチケットも予約で一杯に。
ただ父さんの実家に行くだけなら部屋もいらないし車でだってどうにか。
「ふう…… 分かったわ。それでどこへ行きたいの? 」
思ってたより疲れた様子。そんな姿見せられたら何も言えないじゃないか。
もう忙しいのは終わったのでは?
いつものことながらどうも話辛くてつい言いそびれてしまう。
「聞いてなかったの? 父さんのところだって」
正確には父さんの実家の近く。詳しくは行ってからでないと。
「そう…… 別にいいわ。あなたが行きたいならそれは止めない。
ただお父さんにも都合があるでしょう? 」
いつもそうだ。父さんにも都合があって遠慮すべきだと。
もう子供じゃないんだから事情を汲み取れと。要は空気を読めと言うことらしい。
でも父さんの都合など実際どうでもいい。俺はその口実が欲しいだけ。
行ければそれでいい。もちろん断らずに勝手に行くことも。
でもできるなら気持ちよく送り出してもらいたい。
「それはもちろん…… 大丈夫。あっちには迷惑を掛けないから」
どうにか切り返すことができた。このチャンスを逃してなるものか。
「好きにしなさい。後でお父さんに連絡するのよ」
意外にもあっさり了承された。おかしいな? あれだけ嫌がっていたはずなのに。
やはり父さんと離婚して寂しい思いをさせていると負い目でも感じてる?
「分かってるって。だったら本当に行っていいんだね? 」
何度も念を押す。明日も明後日も。いきなり態度を変えられたら堪らないからな。
「ふふふ…… もう」
その笑いこそが怖い。いきなり明日になったら何を言ってるのと。
子供は子供らしく余計な心配しないのと言い包められはしないか。
そんなことにだけは絶対になってはならない。
どうであれ明日から準備をすることにしよう。
一度良いと言ったのだからもう遠慮する必要はないはず。
それこそ明日の朝に気が変わらなければの話だが。
さあ問題は解決。第一関門突破。
ただ今日勃発した問題が残っている。
どうして隣のクラスの補習組の彼女が俺なんかを?
だってこの三日間で俺を気にいったとは到底思えないんだよな。
逆に嫌われてるとさえ思っていた。
一学期の間に何かあったのか。俺の知らないところで彼女は興味を示した?
うーん。だが今思い返しても特に出てこないんだよな。
そんな風にぼうっと壁を見てると劣化が顕著。
狭い中古の一軒家を買ったのは何年前だったのかな?
両親が離婚して今までの家を売り払い新しく家を購入した。
婆ちゃんがどうしてもアパートが嫌だと言うから仕方なくこの一軒家に。
築年数の経った中古物件ともなると家の至るところに衰えが見られる。
屋根が剥がれ落ちそうになったり瓦だって。
両方とも大型台風によるもの。
恐怖を感じるのは決して勢力が弱まらずに向かって来るところ。
ヘクトパスカルが900前後だからどれだけ大きいのかとドキドキする。
そんな時婆ちゃんは怖がる様子もなくただ早く寝なとだけ。
怖くて眠れないと言ったら情けないねと文句を一つ。
いや…… これは相当なものだよ。
それに壁の至るところに引っ掻き傷。
テープで分かりにくくしているがすべてはこの子が原因。
「おい! 引っ掻くなってパン! 」
いくら注意したところで聞く耳を持たない。
ギャアーと騒ぎ立てるだけ。
ご飯だってトイレだって文句ないはずだ。それなのに壁を引っ掻くから困る。
猫の習性だとしてもそろそろ改善してくれないといくら壁があっても足りない。
壁は爪を研ぐために存在するのではない。
面倒だから今ボロボロのところをやってくれればいいのだが。
それは嫌らしくまだ辛うじて被害を受けてない箇所を遠慮なく。
あるいはテープで補修したばかりのところを狙う。
一体何を考えてるのか分からない。
まあ猫だから仕方ないよね。
そもそも雑種でお行儀は元々いい方ではなかった。
ある程度予想はしたものの正直ここまでとは思いもしなかった。
今もニャアーとターゲットを定めている。
さあ飛び掛かるぞ。
パンは元々婆ちゃんが貰って来た。
でも面倒は俺に押し付けてただ撫でるなりかわいがるなりしている。
続く