悲劇のジュリー
翌日。
日課の散歩コースを外れて森へ。
この辺りはオオカミが群れを成して襲って来る別名オオカミの森。
だから少しでも危険を感じたら逃げるように言われている。
ただ現在オオカミは森の奥に引っ込んでる時期で動物も人もいない。
静けさが支配する。
ガサガサ
ガサガサ
突然足音と共に枝の折れる音が。
そして争うような声まで。これは危険。
急いで木陰に隠れる。
でもカーネルが心配でつい呼び掛けてしまう。
「カーネル? カーネルでしょう? 」
「来るな! 来ちゃダメだ! 」
発砲音がした。まさかオオカミ狩りの真っ最中。
家畜を襲い畑を荒らすオオカミに痺れを切らした村の男たちがやって来た?
「カーネル! カーネル! どこにいるの? 」
焦りから大声を出す。もし狩人に見つかれば私も同様に。
いつもはお供を連れて外に。特に森は危険が伴うので屈強な男をつける。
だから少なくても二人はいるので心配はない。
ですが今回はカーネルとの密会。
朝の森は危険はないと踏んで一人でノコノコやって来た。
警戒したつもりだった。でもカーネルが襲われては冷静ではいられない。
「バカ! 早く逃げろ! 」
「でも…… 」
「いいから。走れ! 走るんだジュリー! 」
カーネルは逃げるように言うが私はどうしたらいいか分からない。
相手がどこにいるか分からなければ逃げようがない。
どうして姿を見せないの?
焦ってはいけない。落ち着いて落ち着いて。
ガサガサ
ガサガサ
近い? 誰かがやって来る。
声を出すことも逃げることもできずにその場で立ち尽くす。
一体全体何が起きてると言うの? 起きようとしてるの?
もう信じられない。ここは平和な村で人だって優しい方ばかり。
そんな中で誰が私たちに牙を剥くのでしょう?
今は夜ではない。朝。いくら早朝だって大声を出せば駆けつけて来る。
ついに姿を見せる。
「何だカーネルじゃない。脅かさないでよ」
「済まない。追われていたものだからつい…… 」
「追われていた? どう言うことカーネル? カーネル! カーネル! 」
「大丈夫だ。撃たれてはいない。それよりも早くここから…… 」
「そうですよお嬢様。ここは危険です。どこにオオカミがいることか」
姿を見せたのはお父様の部下で汚れ役を担っているとよくない噂のある男。
最近になり出世しお父様のお側でよく見かけるようになった。
「なぜあなたが…… 」
「お嬢様は動き過ぎました。密会とはもう少々分かりにくくするもの。
散歩ついでに行ってはそれはもうただの予定となってしまいますよ」
「それでどうしようと? まさか私を使ってお父様と取り引きを? 」
この男食えないと思っていた。今こそ一族に牙を剥く?
「いえいえ。これは命令です。余計なものがついては堪らないと」
そう言いながらカーネルの腕を捩じ上げる。
「やめろ! 痛いじゃないか! 」
「どうします? まだ反抗するつもりですかな? 最悪の場合は選択することも」
脅しではない。銃口を向けて引き金を引くことにためらいがない。
「分かりました。その人を放してあげて。無関係な人を巻き込まないで! 」
カーネルは一年前の彼ではなかった。弱々ししくも情熱的で不器用。
一年で肥えて幸せそうで間抜け。でも彼は彼。私の愛したカーネルなのです。
「無関係ですか? ではもうお父様のお手を煩わさないと誓いますか? 」
「仕方ないわね。でも最後に挨拶を」
「ふふふ…… 無関係の方に挨拶をですか? お嬢様も変わっておられる。
ですがその間銃口を向けていますがそれでも? 」
笑う。この男は人を狩ることに罪悪感を覚えてない。
それどころか嬉々として実行しようとしている。
とんでもない男を味方にしたもの。いつか彼がお父様を。
私がいなくなってからそれが起きないことを願うばかり。
「ほら早くしろ! 十分だけだぞ! 」
こうして最後の時間を得る。
「ジュリー! 」
「カーネル! 」
抱き合った。最期の抱擁だ。
「もう会えないんだね…… 」
「ごめんなさい。実はもうすぐ婚姻することに…… 」
「そうか。残念だ」
「もう私のことは忘れて! 」
もうこれしかない。これ以上こじれたらカーネルが危ない。
「それができるなら初めから来てないさ」
そう言って遠くを見つめる。空を見ているのだろう。肩が震えている。
「私たちやっぱり…… 」
「言うな! これ以上は言わないでくれ! 」
「ねえこの村のお祭りって知ってる? 」
「いや…… 見てみたいな。ははは…… 」
元気がない。疲れたのでしょう。それは私も同じ。
でも元気に明るく。悲しんでいては相手の思う壺。
「恒例の演目があるの。紅心中のお話。あなたにも話したことあるでしょう? 」
「ああ伝説を再現したってジュリーが言ってったっけ。見たかったな…… 」
「そう男女が不幸にも結ばれずに互いを思って離れ離れで一緒に…… 」
「まさかジュリー…… 」
「ごめんなさい。私ったらつい悲観的になってるみたい」
「いいさ」
「カーネル? 」
「もしそうなったら伝説のように。誓うよ。
ははは…… こんなぶくぶくとは一緒は嫌だろうけどな」
「ありがとうカーネル。でも…… 」
「何。いいってことよ。気にするな」
こうしてジュリーとカーネルは翌日に遠い世界へ同時に旅立った。
村を追い出されたカーネルと婚姻まで村から一歩も出るなと命じられたジュリー。
彼らにとってそれは運命でしかない。
紅心中の伝説により若い男女は散る。
お終い。
鶴さんによる長い長いお話。紅心中伝説の一つとされている。
続く