ミモリの境遇
鶴さんの家。
昨日と同じように大きな庭で土いじりに精を出していた。
挨拶を済ましさっそく本題に入る。
「あーん。それであんた誰でしたかな? 」
今さっき自己紹介したばかりなのにもう忘れてしまっているかのよう。
どうしたんだろう? 昨日とは違ってぼうーっとして目も虚ろだ。
真夏の暑さにやられたか? どうやらミモリだけは認識してるようだ。
今日にすると言ったのは鶴さんの方なのに困ったな。
「もう婆ちゃん。悪ふざけはやめようよ」
お年寄りの相手も世話もお手の物。小さい頃から婆ちゃん子だったからな。
父さんが出ていってから余計にだ。
「ほほほ…… 威勢がいいね。お前さんはどこぞの小僧かい? 」
「いえその子は海君です」
ミモリが補助するところを見ると本気らしい。
俺にはふざけてるようにしか見えないが。
「それで何が聞きたいんだい? 」
ついにこの時がやって来た。
それでも相変わらずせんべいをボリボリ。昨日と同じスタイルだ。
すべてを知る者だと期待を膨らませ来たが何だか拍子抜け。
本当にミライに繋がる貴重な情報を得られるのか?
「チュウシンコウについてお願いします。確か紅心中のことだと」
「チュウシンコウだね。いいだろう。しかし覚悟がいるよ。できてるかい? 」
昨日は希ちゃんがいたので詳しくは聞けなかった。
どうもすべてを捨てないといけないらしい。
俺が他の女に現を抜かしてるとミライは現れないのだとか。
そんなバカな! 迷信も大概にして欲しいもの。俺は信じやすい体質なんだぞ?
「では覚悟の言葉を述べな! ここまでたどり着いたんだろ? 」
「俺は…… ミライに絶対会いたい! 会わなければならないんだ! 」
求められるまま覚悟を述べる。これで合ってるの?
「ほお立派だね。でも違うよ。覚悟とは得るものじゃない。捨てるものさ」
うわ面倒だな。犠牲を強いる気かよ?
どうしたんだろう? 昨日ほどの余裕も優しさも感じられない。
いい人だと思いたいがまだミモリと同じで完全には信じ切れない。
改めて覚悟の言葉。
「俺は愛も夢も希望もすべて捨ててミライと!
ただミライに会いたい。再会したい! 」
「うん。それでこそお前には資格がある!
だがそこまでしても何も得れないかもしれない。それでもいいのか? 」
「もちろんミライに会えるなら! 」
決意も覚悟もある。
「おいおい違うよ。ミライにも会えない。そう言ってるんだ。
それでもすべてを捨てられるか? その覚悟はあるかい? 」
「それは…… 」
そんなこと言われたら心が揺らぐ。
ミライに会えない未来などあるのか? 考えたこともなかった。
大体集落に行けばその日のうちに苦労せずに会えると思っていた。
それがどうだろう? 未だに会えてない。
鶴さんの話ぶりだと会うのも難しいと。
そもそも今ミライはどこにいると言うんだ?
もうさほど遠くないところにいるはず。夢でもそんなことを言っていた。
「ふふふ…… 当然だね。迷うし悩むのが人間。それが当り前さ」
鶴さんはすべてを見透かしたかのように説く。
昨日の鶴さんに戻りつつある。
「だがもうお前は決断するしかない。会おうと会わなかろうと。
期限は明日だ。もし明日までに約束の場所に向かわなければ一生後悔するよ」
まただ。鶴さんもミモリもどうして俺をこんなに不安にさせるんだ?
不安にさせないといけない決まりでもあるのか?
「それで本題だよね」
「はい。どうしたら俺はミライに会えるんです」
それだけだ。他には何もいらない。
父さんのこともいい。この集落の宝だって実際どうでもいい。
俺が求めてるのはミライへの道のりだ。
「心を清らかに保ちなさい。すべてを無にするのです」
鶴さんは悟りを開く。
どうやら開眼したらしい。
その伝道師がミモリか?
俺は迷える子羊。ただの信者でしかない。
「そう言うのは俺は分からなくて…… 」
これ以上訳の分からない教えを説かないでくれ。信じやすい性質なんだからさ。
「よいか愚か者よ? すべてはミライに繋がっている」
「それは俺の会いたいミライじゃなくてただの未来でしょう?
いい加減ごまかさずにしっかり教えてくださいよ。もう! 」
鶴さんがあまりにふざけるからつい興奮してしまう。
ただ暴言はまだ吐いてないのでギリギリ己を保っていられる。
「鶴さんを侮辱するのはよせ! なぜミライを掴み取ろうとしない? 」
ミモリは必死だ。鶴さんの意のままにコントロールされているかのよう。
俺を巻き込んだのも鶴さんの差し金?
「俺にどうしろと? もっと具体的に分かりやすく。
俺は高校生でまだ子供なんだからさ。頼むよ」
「海…… お前にとってのミライは…… いや何でもない。人を頼るな」
ミモリは何かを言いかけて引っ込める。
「おい教えてくれよミモリさん! 今何を? 」
「いやダメだ! これ以上はお前を迷宮に誘うだけだ。
真実を語る訳には行かないんだ。お前に絶望は与えられない! 」
ミモリはついに本音が。前からそんな話していたが具体的でなかった。
どうも煙に巻いているような気がしてならなかった。
「ふふふ…… ミモリも辛いんだ理解してやってくれ」
鶴さんはミモリの境遇を嘆く。
「俺はいいんだ。関係ない」
ミモリが必死に無関係を装えば装うほど言葉通りには受け取れなくなる。
彼に一体何があったのか? 今何があるのか? 俺にどうつながるのか?
「奴もお前と同じなのさ。哀れな男。こんな集落に来て惑わされて」
「鶴さん! 」
「おっと叱られそうだね。でも真実だからね。隠せないよ。
ミモリが隠すのなら儂からは話すつもりはないさ。安心しな」
どうやらミモリがすべてを知っている。それでいて邪魔をしている。
どうして? 仲間で先輩のミモリはどうしてここまで頑なに隠そうとする?
「もう時間がないのは本当だ。本来ならここで昔話をしてる余裕はないはずさ。
お前が忠告を無視し言うことを聞かないなら暇つぶしに話してやろうじゃないか」
どうやら鶴さんはミライに繋がるであろう昔話をしてくれるらしい。
続く