嬉しいような嬉しくないような
陸の奴は元気だ。昨日のことはきれいさっぱり忘れてるらしい。
俺だってできるならあんなこと忘れたい。
そもそも希ちゃんに告白しようとしてるのにどう間違えたらあの隣の子になる訳?
それは確かに練習は大事だと思うけどさ。
要はどう傷つかないかを測ってる。自信のなさの表れでネガティブなもの。
相手をよく理解してさえいれば告白など怖くない。
大体希ちゃんが酷いこと言う訳ないじゃないか。
「なあぼうっとしてどうした? 急がないと遅刻だぞ」
補習にまで遅刻したら完全に終わり。奴はそれが分かってるから急ぎ足。
俺だってそれくらい。でも何だか今日の夢が気になって仕方がない。
どうも俺は呼ばれてるようなそんな感じがする。
ここではないどこかへと誘われていく感覚。
夢の中の少女に導かれて俺はどこに向かうんだ?
こんなことを話せばいくら奴が鈍感でも心配するだろう。
チュウシンコウ。
それにしてもチュウシンコウとは一体何だろう?
寝てる時にそう叫んでいた?
昨夜のテレビでもないしな。奴の話に出てたとか?
どうもその辺がよく分からないんだよな。
思い出そうとすればするほどこんがらがっていく。
「おいお前ら遅いぞ! 」
補習最終日もギリギリ。結果も散々でギリギリどころか失格だ。
それでも先生の温情でどうにか単位を落とさずに済んだ。
これも日頃の行いのお陰だろう。
「ではこれで終了だ。二学期には元気に顔を見せるんだぞ」
挨拶を済ますと先生はすぐに去っていく。
さあ俺たちも帰るとしよう。
ちらっと彼女を見る。
昨日の今日だからな。さすがに目を合わせられない。
酷いことをしたと思ってる。だから許して欲しい。
「ねえちょっと…… 」
教師が消えすぐに彼女が迫る。
結局俺はこの子の名前さえ知らない。
三日間の短い付き合いだった。ほぼ奴と話していて彼女とは必要最低限。
奴が暴走して宥めてる時に会話を交わした程度。
そんな関係だと言うのに俺たちは告白してしまう。
デリカシーがない最低野郎だと思われても仕方がない。
この三人だけと言う状況が俺たちを積極的にさせ狂わせてしまった。
さあ今度は彼女からお返しが来る。
言葉かそれとも手が出るか。俺は多少抑えていたので許してくれる?
そんな甘くないよな。事前にシミュレーションしておけば怖くないさ。
でもちょっぴり怖いかな。
「何だよ? 昨日のことは謝っただろ? 」
昨日の俺たちの態度が気に食わないと文句を言うつもりらしい。
だがその異常までに見下した態度に気づかず奴が返事を期待している。
馬鹿だとは思っていたがここまでとは。昨日ならいざ知らず今日は無理でしょう。
返事があっても最低の二文字がこだまするだけ。
暴力に訴えることもあり得る。それは即ち往復ビンタだ。
それか遠慮なく一撃を食らわす気かもしれない。
「俺たちはそろそろ帰ろうかと…… 」
「だから待ちなさい」
どうにか回避しようとするも止められてしまう。
まずは奴に一言。
「私たちの邪魔をしないで! 」
彼女の意外な一言に言葉を失う陸。
私たち? それはどういう意味?
「ちょっと待ってくれ! それって…… 」
何だかとんでもないことになってる予感がする。
もはや俺の手に負えないレベル。
しかも昨日の今日だから非常にやり辛い。
「あなたからの告白嬉しかった。昨日からずっとそのことばかり考えてるの」
彼女は昨日の悪ふざけがまだ続いていて告白は有効だとほざく。
正直に告白されてしまうともうどうしていいものか?
「いや待ってくれ…… これはあくまで予行練習。
希ちゃんに告白するためのシミュレーションでさ。
しかも俺はそれも付き合いなだけで本当は何とも思ってない」
きちんと謝罪をして分かってもらおうと。
そうだよ。俺には待っている女性がいる。
五年前に約束した彼女が俺が戻って来るのをひたすら待ち続けている。
そんな彼女の期待に応えるのが男の役目。だから誰であろうと関係ない。
俺が本当に愛した人は遠い遠い場所にいる。もう迷わない。
全てを捨て彼女のために。
「そんなひどいこと言わないで!
あんなに真剣に考えたのにただの悪ふざけだったなんて認められない。
私とあなたは結ばれる運命なの! 」
そう言って抱き着いてくる。まさかここまで大胆で積極的だなんて。
抱きしめてやるのが優しさだろうか? でも俺にはできない。
やれば受け入れたことになる。
「ちょっと…… それはあまりにも強引。俺にはどうしていいか…… 」
受け入れる訳にも行かない。本気にさせてしまったのは謝りたい。
でもだからと言ってそちらの思い通りにはさせない。
「どうして私ではだめなの? 」
泣き真似までして…… いやこれは完全に泣いている?
俺は何て酷い人間なんだ? 女の子を泣かせてしまった。どうすればいい?
それどころかもう一人。不幸のどん底にいる者が。
彼女に気を取られて奴のことはちっとも気にかけていなかった。
奴は希ちゃんからも相手にされずこの子からも嫌われてしまう悪夢のような展開。
俺だってまったく予想もしなかった。
昨日あれだけ否定されて嫌われたはずなのに今日は一転して愛の告白。
奴に悪くて顔を合わせられない。
嬉しいような嬉しくないような。でもきっとこうなって嬉しいんだろうな。
「よしこの話はまた後にすることにしよう。よし帰ろう! 」
完全に振られ生気を失った陸を連れて急いで教室を出る。
追い駆けられることも考えてとにかく全力疾走。
続く