「5月の終わり、そして6月の事故」
5月末日。お店へ出勤。いつも通り雨に備えて傘立てを店の前に出してお客様をお待ちする準備が整いました。
締め切ったドアを開放すると、新鮮な空気が店内のこもった空気を一気に押し出します。
「ゆかりさん。おはよう。今日もよろしく。」
「店長、おはようございます。眠そうですね。」
「いやぁ。子供に買ったゲーム機を取り上げたんだけどね。遊んでみると結構これが面白いんだよ。大人が遊ぶ代物だね。子供が遊ぶにしては高機能過ぎる。凄いね最近のゲーム機は。」
店長は、背伸びをするとコーヒーを淹れてキッチンで準備を始めました。
「いよいよ明日ですね。手紙の指定した確認日。」
「あぁ、明日か。朝刊で確認しなきゃいけないね。」
今日は、雨足が強くなる様で、お客様が少し増えそうな気がします。ここで仕事をしながら過ごす人が数人いるから。
「コロナと云うのは怖いですね。生活がガラリと変わって。」
「そうだね。あれで社会が狂い始めてしまったね。みんなリモートワーク中心で自宅での仕事だからね。あの数年間で若者の外での交流は無くなったし。営業職がここに来るのは多かったけど。笑顔ひとつ無くてさ。」
「いらっしゃいませ。」
「店長、お客様がいらっしゃったので。」
「あぁ、お願い。注文伺って来て、よろしく。」
「お客様、お久しぶりです。」
「ゆかりちゃん、ごめんねここに来れなくて。ようやく商談がまとまったので忙しくてさ。」
「良かったじゃないですか。今月の目標が達成できて。」
「そうなんだよ。夏のボーナスがぶら下がっているからさ。胃に穴が空くかとヒヤヒヤしながら何とかしたよ。」
「いつものコーヒーにします?」
「あぁ、アイスで。胃が弱っているからシロップとミルク入りで。」
「アイスコーヒーのシロップ、ミルク入りかしこまりました。ごゆっくりどうぞ。」
そんな様子で今日は、午前中30人程度のお客様が来店されお昼過ぎの休憩になりました。
「店長、休憩に入ります。」
「あぁ、お疲れ、私に任せてゆっくりしていいから。」
ロッカールームからバックと傘を持ち出して辺りを散歩しながら気分転換をしていると、先日店内で声を掛けて頂いた女性から呼び止められました。
「ごめんなさい、休憩中に。以前お話しした仮想空間のアルバイトだけど考えてくれた?」
「あ、あの時のお姉さんですね。いいですよ。この通りウエイトレスをやっているので十分な時間は充てられないですが。」
「良かった。助かる。えっとね。このタブレット端末渡すから、ログインしてみて。入るタイミングを見計らって私か私の部下が操作を案内するから。」
女性は、私のIDとパスワードが印刷された紙を渡すと和かに去って行きました。
いつものコンビニでアイスを買って食べ終わり施設の裏で雨宿りして通りすぎて行く人たちを眺めます。
「はぁ、少し疲れた。」
私が背伸びして店内に入りました。
「休憩終わりました。」
「あぁ、お帰り。悪いが、ちょっとだけ銀行に行ってくるから。店番頼むよ。」
「はい。気をつけて。」
そんな感じで5月の最終日はいつも通り過ぎていきます。
夜に自宅へ戻ると私はタブレット端末を起動させました。
「えっと、なになに。一旦、他のPCから警察のサイバー対策室の。あぁここでロボットでないかチェックして、パスワード入力して。プロキシサーバーを設定。カードリーダーで読み込んで。出来た。」
タブレット端末を起動。
『こんにちは。誰かいますか。』
『…あ、来てくれた?私。ありがとう。今からこの世界を案内するから。一緒に動いてみて。』
そうして30分程度操作を覚えました。
『今日はありがとうございました。明日、またログインして判らない事があれば質問していいですか?』
『ええ、いつでもいいわよ。ありがとう。』
『それではログアウトします。お手数をおかけしました。』
熱いシャワーを浴びてリビングで休憩をして、ベッドに入ると深い眠りにつきました。
気が付くと夜が明け、雀の声で目が覚めます。
私は顔を洗ってスマートフォンで手紙に書いてあった内容をチェックします。
「確かにプロ野球の対戦が予定されている。気になるけど今は。出勤の準備をしないと。」
私は立て掛けてある鏡に向い化粧をすると、冷蔵庫に冷やしてあるお茶を飲んで出勤しました。
私が早めに店内に入ると、既に店長が出勤して準備万端といった所です。
「店長、早いですね。おはようございます」
「いやね、私もあの手紙気になってはいたんだよ。何だか眠れなくてさ。気晴らしにランニングした後、ここで準備してれば気が紛れるかなと思って。」
「ですよね。私も手紙の内容が今日、明日の話なのでこの通りです。」
二人で困った顔で苦笑いをしました。
「まぁ、それは後で打ち合わせするとして。お客様に迷惑を掛けてもいけないから、仕事しようか。」
「そうですね。」
その日は天候は曇り空でしたが降水確率は低く雨が降る事はありませんでした。仕事を終え、私たちは店を閉めた後打ち合わせをします。
「当たっちゃったね。あの手紙の内容。」
店長が困惑している様子が伝わります。
「そうですね。当たっちゃいましたね。これはもうアレですね。なんか差出人なんでつまんない事当ててんだろって感じですね。」
「明日、6時にこの店の前集合でいいかな?」
「店長、何で小声何ですか?変ですよ。」
「あ、そうか。そうだね。さすまたでも持って行く?」
「ダメですよ。そんな物持ち歩いてる馬鹿いませんよ。」
「そうだね。動揺して変な事言っちゃったよ。何かいる?」
「店長の機転と腕力だけです。かっこ良く助けようなんて思わないで下さい。事故に巻き込まれてもいけないんで。」
「わかった。こんな時って意外と男って役になんないからさ。一緒に助けよ。ゆかりさん。」
「じゃあ、明朝。この店の前で。」
翌日。
「この交差点で間違いないかな?」
「おそらく。」
「誰だっけ、事故に遭うの?」
「さぁ?」
「この差出人ってさ、俺たち二人ビデオカメラで狙ってんじゃないの?おかしいでしょ肝心の事故に遭う人の服装とか、特徴とか書くでしょ。」
「それ、私に言われても。」
「まぁ、そうだけど。」
「それは何?」
「小型の双眼鏡です。」
「スマホのレンズでいいんじゃない。」
「あ、そうか。」
「店長、深呼吸しましょう。深呼吸。」
その時、通学途中の小学生がふざけあって登校する姿が見えました。
「店長、あれですね。だって他に事故りそうな人物いないから。」
「あ、おーい、ちょっとそこの小学生。ちょっと聞きたいんだけどこっち来て。そう、みんなで!」
大型のドラックから急スピードで走ってきます。
「はい!ダッシュ!こっちこい!」
小学生は一気に走ってこっちへ来た瞬間。その後ろでトラックの荷物が落ちました。