「朝の雨と安物の傘」
「あまり傘に拘ってはいけない。どうせ何処かに置き忘れるから。」
両親からそう教わった私はいつも拘りなく一番安い傘を選んできました。もう何本の傘を置き忘れたでしょう。
目を閉じると朝でした。今日は小雨混じりの中、朝食を済ました後にお化粧をしてまたお店に出勤します。
「また、雲間から日差しが現れると良いなぁ。」
そうつぶやくとレンズ雲から日差しが消え鮮やかな風景は少し暗くなりました。
「店長、おはようございます。」
「あぁ、早いね。今日もよろしくね。」
いつも通り優しい上司です。明るく挨拶してくれます。
「今日は不思議な夢を見たよ。空を飛ぶ夢だった。」
「あぁ、その夢は私もよく見ます。魚が飛んだり、鯨が泳いだりする夢は今の自分の状況に不満があるらしく、近々その問題が解決して次のステージへステップアップするそうですよ。何かから逃げて飛ぶのはストレスが多いんですって。」
今はいない祖母から聞いたことがあるのですが、『梅雨に視る夢というにはどこか鮮明な映像をして残ることがあり、それは何かに記載しておくといい』と。
先々に何かが起こる可能性があるからだそうです。
まぁ、そう言っても何度も何度も視る夢というのは癖になる訳で、「またあの夢の場所だった。」というケースは誰しもあります。通った学校に似ているが違う道。住んだと思い込んでいる街の風景のせいで夢の中で自宅への帰り道がわからず迷子になってしまうとか。私の記憶には繰り返し刷り込まれたそんな夢が時折、異世界の様に経験したことの無い故郷が脳内で構築されています。それは梅雨に限らず視る夢なので祖母の話とはまた違った夢の話なのですが。
「ゆかりさん、どうかした?何か心あらずって感じだけど。」
「あ、すみません店長。昔の祖母の懐かしい思い出話が浮かん出ました。今から制服に着替えますね。」
私はロッカールームで制服に着替えるとコップ一杯の水を飲みレストランのカーテンを開け開店の準備をはじめました。