「状況は最悪」
翌日、私はいつも通りカフェに出勤しました。天候は小雨。傘を差す程ではありません。
「おはようございます。店長。」
「おはよう。」
店長は、いつも通り開店準備を進めていました。
「昨日、あれからどうでした?こちらは只のお散歩でしたが。」
「そうだな、何もなかったかな。夏美も何も言ってなかったし。」
犯行と言っても、個人情報を抜き取る程度。只、その手口で流出した情報件数が膨大なため、ニュースに取り上げられてくらいの規模にはなりました。
「こんにちは。」
夏美さんが朝早くからやってきました。
「奥のテーブル借りるわね。」
警察関係者が荷台に積んだサーバーらしいコンピューターを持ち込んだかと思うと手早くセッティングを済ませ帰っていきます。
「啓介、ごめん。この一画借りるわね。スピード勝負になりそうだから。」
「おう、何かあったな。久しぶりに本気モードになってんな。」
「そうよ。あいつ、神戸に潜伏しているのが判ったの。あなた達はそのままカフェの営業を続けなさいね。私は準備するから。」
夏美さんは、USBメモリをコネクタに挿すと兵庫県警経由で、防犯カメラの状況をチェックを照合し始めました。
3台のモニターは埠頭や駅、空港等からの情報が表示されます。
「さてと、行くわよ。兵庫県警さん。準備出来てる?」
数人の私服警官とのやり取りがあった後、もの凄い勢いで夏美さんはキーボードをタイピングしていきます。
「出来たわ。今から識別コードを送ります。一班は、リアルで。二班は、仮想で待機して下さい。犯人はヒットされ次第、逃げるから今度こそ追い詰めましょう。巡回検索プログラム、放出、3秒前、2、1。GO。」
「夏美、お疲れ。カウンターでコーヒーでも飲んだらどうだ、長丁場なんだろ?」
「ありがとう。相手の出方次第ね。」
「眼、悪くならねえの。そのウェアブル端末。眼鏡型の。」
「大丈夫よ。普段は表示しないように設定してるから。」
店長は夏美さんを話している時だけは、普通の話し言葉になります。
「えっ。神戸に潜伏していない?」
夏美さんはコーヒーを飲み干すと。慌てて元の場所へ戻りました。
「ゆかりちゃん、仕事始めようか。今は本業優先ってことで。俺たち手が出せないし。」
「そうですね。」
雨足が強くなってきました。雨宿りを兼ねて何人かのお客様が来客されます。私たちは夏美さんの仕事の様子を気にしつつも、午前中のお客様対応をしました。
「逃げられた。」
夏美さんは肩を落として。うなだれていました。
「夏美さん、また次がありますよ。」
「…。もう2年これを続けてうんざりしてるの。だめね私。外で頭を冷やしてくる。冷静な判断力を取り戻さないと。」
一言呟くと彼女は店を出て行きました。
「店長、私たち。」
「そうだね。まぁ、仕方ない。今夜、できる事はやってみよう。リアルで出来なくても仮想空間なら何処に奴が潜伏しているか協力できるだろう。今夜中に見つけようじゃないか。仲間は多いから人員を大量投入すればまだ可能性がある。以前に何度もこういうことはあったから、俺たちのチームで探せば発見確度は高まる。協力してくれるかい?」
店長は苦笑しながら、そう話しました。広いネットワークで一人の逃げ回る人物を特定するには偽の情報を排除しながらの作業が必要不可欠になります。店長のチーム編成に加わって嘘を見抜ける力があるか試される訳です。