第97話 新設爵位の叙任式
ベントはウィルド王の呼び出しに応じ、ウィルド王城、その玉座の間に来ていた。
入口を入ってすぐの場所からは部屋の全景が見渡せる。
金縁の赤い絨毯の先には先日謁見したアグリオス・ウィルド第10代国王が鎮座しており、隣にはやはり側近らしき男がふたり控えている。
絨毯の両サイドには煌びやかな姿格好をした貴族たちが並んでいる。その中にはモーヴ・コミス伯爵もいた。
壁際に甲冑を着た近衛騎士たちが並んでいるのは前回と同じだった。
側近のひとりが前に出て口上を述べる。
「これより、新設爵位の叙任式を執りおこないます。それに先立ちまして、騎士爵に相当する新たな爵位として、叡士爵を新設することをここに宣言します」
どよめきは起こらない。王の御前で無駄口を叩くような貴族も近衛騎士もいない。
しかし、貴族間で視線が交錯している様子は、ほぼどよめいているようなものだった。
側近は貴族たちを一瞥し、叙任式の進行を続けた。
「それでは改めて、叡士爵叙任式を執りおこないます。対象者、ベント・イニオン、前へ」
ベントは姿勢を正してレッドカーペットを踏みしめる。
華やかな装いの貴族が並んで作った花道を、黒シャツに白スーツという異物が進む。
玉座に鎮座するウィルド王の御前にて、ベントは片膝をつき、軽く頭を垂れた。
ウィルド王はおもむろに立ち上がり、小階段を下りてきてベントの前に立った。
「ベント・イニオン。そなたはウィルド王国にエアバイク改をもたらし、移動技術の発展に大きく寄与した。その尊き叡智による貢献をたたえ、叡士爵に任ずる」
側近がウィルド王に歩み寄り、ベントに授与する叡士爵の証を差し出す。
それは金の徽章が入った角帽。
ベルベット地の土台に鎮座するそれは、まるで王のような威厳を振りまいていた。
ウィルド王がおごそかに角帽を取り上げ、ベントの頭にかぶせた。
これが叡士爵叙任式である。
騎士爵叙任式とはまるで違う。
ベントのために独自の爵位が用意され、ベントのために独自の叙任式が執りおこなわれている。
側近が叡士爵についての講釈を始める。
「ベント・イニオンはウィルド王国にエアバイク改をもたらした。これはシエンス共和国で普及するエアバイクに改良を加えたものであり、移動技術において、部分的にシエンス共和国を凌ぐ結果をもたらした。その貢献度は新たなる爵位を創設し、与えるに足るものである」
さらにもうひとりの側近があとを継いで声を張った。
「また、ベント・イニオンのウィルド王家への忠誠心もふたつの点においてじゅうぶんに示されている。ひとつはウィルド王室へのエアバイク改の献上。もうひとつは先日のスタンピードにおける尽力。具体的には、守護が手薄な辺境伯領にて凶獣を掃討し、さらにスタンピードの根本原因の究明を果たしたことを指す」
静かだった貴族たちの間にどよめきが生まれた。
側近が咳払いをして静粛な場を取り戻す。
最後にウィルド王がベントに声をかけた。
「叡士ベント・イニオン。ウィルド王国の発展と、シエンス共和国の脅威への対抗において、今後とも貴殿の活躍に期待している」
「ありがたき幸せにございます。ご期待に応えるべく精進いたします」
ベントはウィルド王に深く頭を下げてから立ち上がり、退場すべく歩きだした。
拍手に挟まれた赤の道中、笑みをたたえたコミス伯爵がベントにうなずきかけた。
ベントも同じように返し、歩みを進める。
少し進むと、コミス伯爵とは反対の側からささやき声が聞こえてきた。
それはどうも独り言や雑談ではなく、ベントに投げられた言葉のようだった。
「挨拶もなしに私の領地で好き放題するとは、叡士爵を拝命する者というのはよほど偉いらしい。貴族と準貴族の違いはご存知か? それを教授して差し上げる栄誉を私にいただきたいものですな」
高慢そうな口ひげを蓄えた男。
その貴族服は白と黒を基調としているが、所々に緑の装飾が見られた。
バーキングのある土地の領主、子爵に相違ない。
バーキングとの間には大きな因縁のあるベントだが、だからといって子爵に因縁をつけられるいわれはない。
ベントは立ちどまり、手を挙げた。
拍手がやんだところで、振り返ってウィルド王を直視した。
「叡士爵にはウィルド王国の尊き未来を守るために必要な〝自由のうしろ盾〟を得る意味があるはずですが、貴族にもかかわらず、その叡士爵の意義を解さない者もいるようです。国王陛下、降りかかる火の粉は自分で払ってもよろしいですか?」
ウィルド王、側近、貴族、全員が絶句した。
近衛騎士も固まっている。
ベントの視線が子爵の方に向く。
子爵は怪訝な表情を崩さず、細めた目をベントに向けてきた。
近衛騎士以外に武器を持つ者のいないこの場に、戦場よりも強い緊張が駆け巡った。
一触即発。次の瞬間にはウィルド王国史上で類を見ない大事件が起きてもおかしくはなかった。
だがそういった事態にはならなかった。
ウィルド王が口を開いたからである。
「それには及ばぬとも、ベント卿。そなたにはウィルド王国の未来がかかっている。少しでもその足を引っ張る者がいれば、その者は即座に国外追放とする」
この一件によって、図らずも叡士爵の地位が暗黙的に貴族以上のものに押し上げられた。
ウィルド王が「卿」をつけて呼んだということは、彼が友と認めたに等しい。
貴族のなかでもコミス伯爵だけが持っていた立場を、この場でベントも得たことになる。
もはや誰もベントに口出しはできない。
元々そうすることが狙いで叡士爵が創設されたのだが、子爵の小言によってそれだけでは不十分とみなされ、ベントはウィルド王の友にまで昇格した。
「ご配慮いただき感謝いたします」
ベントはウィルド王に頭を下げてふたたび元の歩みに戻った。
去り際、唇を噛む子爵にベントはささやきかけた。
「敵がい心を向けられなければ、私も不用意に牙を剥きはしません。同じウィルド王国の民なのですから、仲良くしましょうよ、子爵さん」
子爵は何も言葉を返してこなかった。
ベントはそのまま玉座の間を出ていった。




