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事件

「ずっと言いたかったことがあるんだけど………」


『本当にそんな小説みたいな展開があるのか?』


 俺は唾を飲み込んだ。

 落ち着け、相手はあの千明だ。いつも元気で天然でお人好しな彼女だ・・・そんなこと、あり得ない、それに、まだ中学一年生だ。だが、女性は男性よりも成長が早いと聞く、これが大人のやり方なのか?わからん。しかし、これは俺の恋愛の理想とかけ離れている。恋愛は順序を守ってこそだ。ここは、断るべきだろう。頑張れ、俺の心。


「言葉に出すのは恥ずかしいから手紙にしてきたの。読んでほしい!」


 千明はポケットに入れていた手紙を取り出し、俺の方に差し出した。緊張しながら手紙を開くとそこにはこう書かれていた。


(私、実は駿斗が好きです。誰にも言わないでね)


「駿斗?」


 ………この状況、言葉、そして手紙………


 俺はてっきり、自分が告白されると思い込んでいた。しかし、現実は甘くない。そんな勘違いをした自分を殴りたい気分だ。


 最近、図書館でよく会うのは、このことを言う機会を探していたからか。いや、そうだとしても、こんな狭い部屋で、しかも夜中に渡す必要があるのか?待て、取り乱すな、冷静になれ、俺。


 そう自分に言い聞かせながら、頭の中で葛藤していると、千明が話を進めてきた。


「そう!私、駿斗君のこと、小学三年生の頃からずっと好きなの~」


 その瞬間、千明は両手を勢いよく床に叩きつけ『ドン』という音が響いた。

 彼女はそのまま四つん這いになり、じりじりと俺に近づいてくる。


「まじか」


 お前もか………そう思うことしかできなかった。


「小学三年生の頃、不審者が私たちの教室内に入ってきた事件覚えている?」


 四つん這いの状態から再び正座をした千明は、急に話を変えた。


「それは、もちろん」



 その頃、俺と駿斗が一緒に遊んでいた時、たまたま世間で一時的に話題になったものの、すぐに製造が中止された『他人に変装できるマスク』を拾った。そして、事件の前日、駿斗がそのマスクを使って俺にある賭けを持ちかけてきた。


「一日、全力でお互いのフリをして、誰にもバレなかったらお前が僕にジュースを奢る、逆なら僕が奢る。ただし、わざと正体を明かしたら、その時点で負けだ」


 俺は賭けを受け入れ、次の日に賭け事が始まった。

 誰よりも早く学校に着いた俺たちは、席を交換した。

 俺の方が少し背が低かったので、上履きに中敷きを二枚入れ、駿斗には中敷きを抜いてもらった。声もお互いに似せ合い、苦戦しながらも午前中の授業を乗り切った。


 午前の授業が終わり、いつも通り昼食を取ろうとした時、俺は少し期待していた。誰かが入れ替わりに気づいてくれないだろうかと。



 しかし、そんな期待は突然打ち砕かれた。

 教室の前のドアが勢いよく開き、ナイフを持った男が飛び込んできたのだ。

 そして、男はドア近くに座っていた千明に向かってナイフを振り上げた。

 隣に座っていた俺はすぐに異変に気付き、とっさに千明を抱き寄せて体を入れ替えた。次の瞬間、ナイフは俺の背中を深く切り裂いた。

 激痛が体を走る。だが、俺は男の動きを見ていた。


「おい、どういうことだ?これじゃ違うじゃないかーー!!!」


 男は混乱しながら叫び、再びナイフを振り上げようとした。

 しかし、担任の先生が後ろから男に飛び掛かり、他の先生たちも駆けつけて男を取り押さえた。

 俺はほっとして千明を離すと、そのまま意識が遠のいた。


 病院に運ばれた俺は手術を受け、命に別状はなかったが、背中の傷跡は残った。

 これは仕方ないとすぐに受け入れた。


 事件から五日後、俺は学校に戻った。

 朝から先生に職員室に呼ばれ、命知らずな行動をとったことと、駿斗に成りすましていたことに対してきつく叱られた。俺は素直に反省し、その後の出来事を聞かされた。


 事件の後、不審者は警察に連行され、千明は無事だったらしい。

 駿斗は先生に事情を説明し、二人そろって登校するよう指示を受けたという。

 クラスの皆には、俺が体調不良で休んでいたと伝えられていた。

 なりすましの件を知るものは俺と駿斗、そして、担任の先生だけらしい。

 事件の話は学校中に広まり、駿斗は一躍、学校の人気者になっていた。

 自分が身代わりだったとは言えないまま、俺はその様子を静かに見守った。

 こんな衝撃的な思い出を、忘れられるわけがない。


「あの時、不審者が真っ先に私に向かってきたとき、身代わりになってくれたのが

駿斗君なんだって!私、自分が切られたと思って気絶しちゃたんだ。目が覚めた時には保健室にいたから詳しいことは先生から聞いて驚いたよ。本当に、今考えても信じられない出来事だよね」


 ここで、俺は千明に本当のことを言わない。もし言ったとしも、きっと信じてはもらえないだろう。


 自分で言うのもおかしいが、俺は駿斗の声真似が得意だった。顔も声も駿斗だった俺を見破れる人は、そうそういないと思う。

 それに、何年も前のことを今さら話しても後付けだと思われるだろう。

 だがら俺は、この時の駿斗目線で話を合わせるようにした。


「だな。あの時、千明が急に倒れたから、切られたのかと思ったよ」


「ほんとそれ!」


「二人とも、無事でよかった。にしても、あの時の駿斗は本当にかっこよかったぞ」


「だよねー!気絶してほとんど覚えてなんだけど、これだけは印象に残っている。『大丈夫?』って庇いながら言ってくれたの。自分が切られたのに、私のことを心配してくれてさぁーーーくぅーーー!かっこいいーー!!」


 千明はその瞬間の記憶を思い出すように、ぴょんぴょんと兎のように跳ね回る。

 その姿を見て、俺は安堵した。もしや、あの事件がトラウマになっているのではと心配していたのだが、その様子はまるでない。


「その時に好きになったってことか?」


「そうかも。あの日から、何をしていても駿斗君のことばかり考えちゃうし、話をするたびに胸がドキドキするんだ。今でもその気持ちは変わらないの」


「それなのに、どうして今になって俺に相談するんだ?」


「何度も駿斗君に告白しようとしたけど、いつも勇気が出なくて。でも、もうこの気持ちにけじめをつけたいの。もうすぐ林間合宿あるでしょ?そこで告白して、うまくいったら付き合いたいって思ってるの!だから、金星、お願い!手伝ってほしい」


 あと一か月もすれば林間合宿が控えている。

 確かに、告白するには絶好のシチュエーションかもしれない。

 しかし、相手は駿斗だ。今の彼は心を閉ざしている。どれだけ千明がタイミングを選んで雰囲気を作ろうとも、成功するとは思えない。

 いっそのこと、駿斗の気持ちを伝えて、告白を諦めさせるか、時期をずらしてもらうのが現実的かもしれない。だが・・・。


「いいよ」


「だよね………やっぱり………え?いいの?」


「俺ができる範囲で手伝う。ただ成功しなくても文句は言うなよ」


「わかってる!ありがとう!本当にうれしい」


 千明は満面の笑顔を浮かべた。


「けど、いいのか?春歌と揉めるかもしれないぞ」


「それは覚悟しているよ。春歌も駿斗君のこと好きだもんね。けど私、譲る気ないから」


 千明の瞳はまっすぐ俺を見つめ、揺るがない決意がそこにあった。


「まぁ、その時は俺も一緒に嫌われてやるよ」


「そうだねー共犯者だもんねー………ふあぁぁ」


 千明があくびをして目をこする。


「作戦とかは期末テストが終わってからだな。ちゃんと勉強しているか?」


「もちろん………当たり前じゃん………」


「不安だが、赤点だけは取らないようにしような」


「うん………頑張る………よ………」


 そう言いながら、千明はふらりと俺の肩にもたれかかり、気づけばそのまま寝息を立てていた。仕方なく、俺は千明をおんぶして部屋まで運ぶ。

 みんなが寝ているベッドにそっと寝かせ、布団をかけた。


 そして部屋に戻り、布団に潜り込む。目を閉じて、頭の中で計画を練る。

 『この告白は成功しない』それを前提に動かなくてはならない。


 最も重要なのは、駿斗に俺が今回の告白に関与していることを悟られないこと。

 もし気づかれた場合、彼が二度と俺に心を開いてくれないかもしれない。


 それだけは、絶対に避けなければならない。

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