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第6話 心の世界(表)お泊り

 千明の家は小学二年生まで、俺の家の近くにあったが、中学校付近に引っ越した。今では自転車で20分かかる距離である。

 家に着くと自転車を置き、インターフォンを鳴らした。


「はーい!いらっしゃーい、入って入ってー」


 千明のお母さんの声と同時に、ドアの鍵が開く音がした。

 『お邪魔します』と言いながら扉を開けると、腕を組んで仁王立ちしている小学一年生の涼宮翔君が立っていた。


「よく来たな!きんにいちゃん、一緒にゲームをしようよ!」


「翔君、久しぶり。何のゲームで遊ぶ?」


「今日はこれ!レーシングゲームでどっちが早くゴールできるか勝負しよう!」


 テレビの前に置いてあるゲーム機に向かって、指を指しながら誘ってきた。


「ちょっと待ってくれ」


 俺は両手でストップをかけてから、千明に声をかけた。


「テレビ借りてもいいか?」


「いいよ~~~」


 疲れた様子の千明は、手にボールを持っていた。さっきまで遊んでいたのだろう。


「じゃあ、やろうか。何回勝負にする?」


 先に回数を決めることで、永遠と付き合わされるリスクを避けた。


「うーん………七回!」


「わかった。早速準備をしよう」


「うん!」


 家に入ると、他のみんなも集まっていた。

 春歌はピアノを弾き、紫苑と春歌の妹の李菜は将棋をしている。

 俺はリュックを階段下に置き、翔君とソファに座りゲームを始めた。


 一時間ほど遊んだ結果、俺が三勝七敗。翔君は目を輝かせながら両手を上げて叫んだ。


「やったーーー!」


 翔君の声に、将棋をしていた李菜が反応してこちらを羨ましそうに見ていた。


「へっ、弱いねきんにいちゃん!もう僕の敵じゃないもん」


「強くなったなぁ」


 俺はそう言うと、翔君はさらに得意げな顔をした。


「へへへ、悔しかったらまた勝負しようよ!」


「続けたいが、俺は疲れてしまった。李菜、翔君の相手してくれないか?」


「えっ、私ですか?」


 驚いた様子で自分を指さす李菜に、俺は頷きながら言った。


「そうだ。俺は少し休憩するから、代わってくれないか?」


「わ、わかりました!」


 李菜は紫苑に一礼し、こちらに向かってきた。その様子に翔君は不満そうな顔をしている。


「翔君、李菜もゲーム得意だぞ。俺も結構負けているからな」


「えーそうなの?うーん………分かった!李菜、勝負しようぜ!」


「望むところです!」


 俺は二人の姿を見届けてから、階段へ向かいリュックから飲み物を取り出した。

 その時、後ろから声が聞こえてきた。


「演技、うまいねー」


 振り返ると、千明がにやりと笑っている。


「演技って、なんのことだ」


「教えてあげようか?最初にあえてボコボコにして、闘争心に火をつけてから、最後は手を抜くように徐々にスピードさげ………」


「もう大丈夫だ」


 千明にはすっかり見抜かれていた。というか、ずっと見ていたのか。翔君は今、ゲームに夢中でこちらの会話は聞こえていないようだが、もし聞かれていたら面倒なことになっていた。


「やっぱり優しいね」


 階段の横に、なぜかオセロ盤があったので、それを手に取り、話題を変えた。

 千明のペースに乗せられないようにするためだ。


「おっこんなところにオセロがあるな。丁度いい。オセロしようか千明」


「あっ話そらしたー」


「よぉし、並べるぞ」


「わかったよー」


 その後、5勝0敗と完全勝利し、クッションを噛んで悔しがっている千明を見つつ、春歌のピアノ演奏を見ていた紫苑に将棋をしようと誘った。

 そして、見事に全敗した。


「完敗だ。紫苑には何度やっても勝てる気がしない」


 涼宮紫苑は翔君の姉。

 紫苑とは小学三年の時、同じクラスで席が隣だった。 そのため、よく話をしていた。お互いに将棋が得意と分かってからは、授業中、紙に将棋盤を描いて勝負するくらい仲良くなった。


 俺は将棋の腕前に自信があるが、一度も紫苑に勝ったことが無い。

 もう一戦、勝負を頼むと言うと、紫苑は無言で頷いてくれた。

 数分後・・・。


「俺の負けだ」


「相変わらず金星は読みやすい」


「どこが悪かったが教えてくれ」


「まず、捨て身の戦術がよくない。確かに駒を捨てることも時には必要だけど、攻めすぎ。後半ほとんど駒なかったでしょ。」


「そうだな」


「もっと相手の手駒も見たほうがいい。それから、角の位置を気にすること、視野が狭いのは致命的。一手一手、もう少し全体を見て考えて」


「了解だ」


「それと、さっきは翔と遊んでくれてありがとう」


「あぁ」


 その時、台所からいい匂いが近づいてきた。


「そろそろご飯よー」


 俺らが遊んでいる間に、千明のお母さんは夜ご飯を作ってくれていた。全員が遊びをやめ、食卓につき、温かくて美味しいご飯を食べた。

 お腹がいっぱいになったところで、後片付けの時間になった。

 俺と春歌はじゃんけんに負け、二人で皿洗いしている。

 ふと耳をすませると、リビングからお風呂に入る順番についての話し合いが聞こえてきた。千明がみんなに呼びかけている。


「さて、お風呂に入る順番を決めようか。どうする?」


 風呂の順番か。まぁ、俺は翔君と入ることになるだろうが・・・何がとは言わない。ほんの少し期待している自分がいた。


「とりあえず男女で分けて入ろうか。翔君と金星は決定で、私たちはどうしようか?」


 千明が話すとあっさり決まってしまった。そうだよな、と思いながら、ほんの少し物足りなさを感じた。

 俺は軽く肩をすくめながら、皿を洗い続けた。


 翔君とお風呂を終えると、あることに気が付いた。着替えが入ったリュックを階段に置きっぱなしにしてしまっていたのだ。しまった・・・そう思いながら、俺はぼんやりとした頭でお風呂のドアを開けた。

 言い訳にしかならないが、この時の俺は翔君と40分近くお風呂で話し込んでいた。


 その結果、翔君のマシンガントークに、話を終わらせるタイミングを見失い、気づけば俺は軽くのぼせていた。普段なら10分で済むはずのお風呂なのに、今日は会話に巻き込まれ、遊びながら入浴したせいだ。


 本来なら誰かに声をかけてリュックを取ってもらえばいい。それなのに、そんな冷静な判断すらできなかった。


 ドアを開けると、目の前には水が入ったコップを両手で抱え、目を丸くした春歌が立っていた。きっと、長く入浴していた俺たちを心配してくれたのだろう。有り難いが、タイミングが悪すぎる。どう言い訳してもこれは切り抜けられそうにない。

 俺は咄嗟に洗濯機に掛かっていたタオルを腰に巻いた。


「なななな、何してんの?」


 声は震えていて、顔は真っ赤。今にも水をこぼしそうに、コップが小刻みに揺れている。


「着替えを忘れたから取りに行こうと思ったんだ」


「そ、そ、そ、そうなの?って違う!なんでその姿なの!?」


 春歌は一気に声を上げ、怒り混じりの視線を俺に向けてくる。


「着替えがないんだ、仕方ないだろ」


「声かけてよ!びっくりするじゃない!バカ!」


 その瞬間、春歌は持っていたコップの水を俺にぶちまけた。


「すまんな。ところで、千明たちは何している?」


 春歌は中身がない透明なコップを横にし、目に当てている。


「え・・えと、今はゲームしてるよ。あなたたち、長いんだもん」


「そうか。悪いが、階段の下にある俺のリュックを取ってきてくれるか?」


「わ、わかった………」


 春歌が慌てて部屋を去ると、翔君が素っ裸の状態で俺の背中を叩いてきた。


「きんにいちゃんどうしたの?」


「なんでもない。そろそろ出ようか」


「うん………」


 俺たちが外で会話している間、翔君はまだ湯に浸かっていたようで、体中から湯気が立ち上っていた。よくこの歳でそんなに長く風呂に入れるなと感心した。

 着替えた俺と翔君は、女子たちが風呂に入っている間、ソファでのんびりしていた。

 翔君はすっかり疲れた様子で、ゲームをする気力もないようだった。


 時刻は21時40分、そろそろ寝る時間だ。

 しばらくして千明たちが風呂から上がり、翔君の様子を見ながら千明が口を開いた。


「よし、みんな寝ようか―。金星はお父さんの部屋ねー」


「わかった。どの部屋か教えてくれ」


「二階に上がって、右に曲がって、二つ目の部屋―」


 階段を上がり、言われたとおりに右に曲がると、すぐに部屋が見つかった。ドアには(金星の部屋(仮))と紙が貼られている。


 『おやすみー』とみんなに言われながら部屋に入ると、床にきれいに敷かれた布団が目に入った。きっと、遊んでいる間に千明のお母さんが準備してくれたんだろう。 

 なんて優しい母親なのだと思った。


 部屋に入って数分間俺は、持ってきた本を少し読んでいた。

 みんなが階段を上がり、他の部屋に入る音が遠くから聞こえ、そろそろ寝るかと思った。

 寝ようと部屋を暗くし、布団を被った。


 しかし、あることをふと思い出した。そのせいで何時間も寝付けずにいた。

 そんな時、ドアがほんの少しだけ開き、静かな声が聞こえた。


「ねぇ起きてるー?」


 体を起こし、ドアの方を見やると、そこに立っていたのは千明だった。彼女は胸元が少し見えそうなパジャマを着ており、その姿を見て、反射的に視線をそらしてしまった。


『なんという格好をしてるんだ。俺を男として見ていないのか?』

 

 と心の中で思いながらすぐに返事をした。


「起きてる」


「ちょっと一階で、飲み物飲みに行かない?寝れなくてさ」


「いいよ」


 みんなを起こさないように、静かに二人で一階へ降り、台所で水を一杯飲んだ。冷たい水を飲んで、少し気分が落ち着いたころ、千明が話し始めた。


「そういえばさ、この家に小さい小部屋があるの知ってる?たぶん、私しか知らないんだよね」


「親も?そんな場所、あるのか?」


「あるんだって、付いてきて」


 千明に案内されると、物がたくさん積まれている部屋に入った。狭く、少し埃が舞っている。


 物をかき分けながら奥に進むと、小さな扉が現れた。

 その扉を開けると、そこには三人くらい入りそうな小さな小部屋があった。

 中に入ると、秘密基地のような雰囲気に、思わず心が躍ったが、すぐに冷静になった。


「さすがにここは、親も知っているだろ」


「ごめん、嘘ついた、ほんとは、みんな知っているんだ」


「だよな」


「うん。ほんとは、ただ二人で入りたかっただけ」


 その瞬間、ドアが静かに閉まり、千明が出入り口を塞ぐように、ドアの前で正座した。


「ん?今なんと言った?」


 みんなが寝静まっている夜に、こんな狭い部屋で二人きり。様々なことが頭をよぎり、心の中で一瞬、どうすべきか迷った。


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