第4話 心の世界(表)3 良太
「はい、今日の授業はこれで終了です。私は一度職員室に行くので、戻ってくる前に帰りの会の準備を済ませてください~ふぁ~」
担任の三上玲子先生は教職歴二年の女性で、連絡が早く、生徒一人一人をしっかりと見ているいい先生と評判だ。
しかし、いつも眠たそうな顔をしているため、一部の生徒からは眠り姫と言われ、からかわれている。
俺の席は廊下側で後ろから二番目で、一号車とも呼ばれている。少し左を向けば教室全体が見渡せる位置だ。
俺は目立つのが好きではないから、いつも他の生徒が動いてから行動することにしている。
今日も、先生が合図をした後、クラスメイト達が一斉に帰り支度を始めたのを横目で確認し、ロッカーからリュックを取り出している五人以上がいるのを見てから立ち上がろうとした。
その時、教室の窓から、隣のクラスの風間良太が声をかけてきた。
「なぁなぁ今日、団地で遊ばないか?」
良太は駿斗と幼馴染で親友と呼べるほど仲が良い。水泳が得意で、小学校全国水泳大会では二位という成績を持つ。
俺が良太と仲良くなったきっかけは、小学三年の頃、駿斗と公園で遊んでいたとき、別グループで遊んでいた良太と偶然会い、一緒に遊んだときだろう。
それ以来、暇があればこうやって誘ってくる。
しかし、千明と同様に大体の誘いは断っている。そんな俺にいつまでも遊ぼうと誘ってくれるのは、有り難い。良い友人をもったと思う。
それと同時に、誘いを毎回のように断っている俺の心の狭さを感じているのだが。
「すまん、今日は別の約束があるんだ」
「ほほう、まさかかの」
「違う」
これはいつものと思い即答した。
「はやいはやい」
「良太はすぐ、恋愛関連の話に持っていこうとするからな」
「さっすが僕の右腕だな!僕のことをよく知っている!」
「前から言ってるが右腕にはならんぞ」
「わかったわかった」
笑いながら、両手を上下に振った。
「ところで、誰から誘われたんだ?」
ここで、正直に答えたほうが早く解放されるのはわかっている。だが、言ったら言ったで色々と聞かれるのがオチだ。
「今日は、佳の家で読書をする約束なんだ」
「佳って誰?あぁーお前と同じ陸上部の奴か」
「あいつも俺と同じで小説好きらしい。家にたくさん本があるから、部活が終わった後に一緒に読もうって誘われたんだ」
実は嘘だ。本名、佐藤佳とはそんな約束をしていない。
俺は陸上競技部に所属している。佳は同じ陸上部の仲間だ。しかし、まともに話したことはほとんどない。
嘘をいかに本当のように思わせるかが重要だ。俺の経験上、迷わず誘われた相手の名前を出せば、相手は大抵それ以上追求してこない。
「そうなのかー仕方ないなーじゃあ、また明日誘うからな!」
「明日は土曜日だ。」
「あっそうだった!スイミングか………てへ」
「可愛くしても可愛くないからな」
「とほほん」
「帰りの会を始める席についてー」
ドアを開けて入ってきた三上玲奈先生がみんなに指示を出した。
「おっと眠り姫が来た。俺も教室に戻るわ、じゃあまた誘うからなー」
「分かった。水泳頑張れよ」
「うっす!」
良太は自分のクラスに戻り、泊まりに必要なものを考えながら帰宅の準備をし、帰りの会が終わった。