天才と天才 -ブラマンテの虚像-
「やはり、おかしいと思っていました」
声に振り向くと、若い男性が佇んでいた。研究者らしからぬ、黒いコートを羽織っている。
「建築士の篠宮です。IRISの次世代研究施設の設計プロジェクトを担当しています」
彼は静かに続けた。
「そして、あなたと同じものを見てしまった」
レオナは警戒心を解かない。
「なぜ、ここに?」
「僕の仕事は、AIと建築の融合研究です。新しい研究施設の設計のため、AIの挙動と建築構造の相関を調べていたんです」
篠宮は苦笑する。
「そこで気付いたんです。このビルのAIネットワークが、設計図上に存在しない場所と通信していることに」
彼はスイス工科大学ETHでの留学時代を語り始めた。
「僕も、あなたと同じ夢を見ていました。AIと人間の共生。でも」
篠宮の表情が曇る。
「チューリッヒで目にしたんです。軍事技術に組み込まれていく研究の現実を」
「半年前から、内部調査を始めていました。設計図には載っていない配線、データルート。そして地下10階」
彼は白衣のポケットから、小さなメモリーカードを取り出した。
「これが証拠です。Project IMMORTALの真の目的」
レオナは画面に目を走らせた。
世界各国の軍事機関との契約書。
極秘の実験データ。
そして、彼女のAIを組み込んだ兵器の詳細な設計図。
「なぜ、私に?」
「ETHの恩師から、レオナさんのことは聞いていました」
篠宮は窓際に歩み寄る。
「天才的な芸術家であり科学者。まるで現代のダ・ヴィンチのような」
「でも、ダ・ヴィンチだって、戦争機械を設計したわ」
「ええ。だからこそ」
篠宮は振り返った。
「あなたには、違う道を選んでほしい」
研究室の緊急警報が、不穏な赤い光を放っている。
「逃げるしかない」
篠宮が告げた。
「スイスなら、まだ希望がある。ETHで、純粋な研究が続けられる」
レオナは迷った。
しかし、このままでは自分の創造物が、取り返しのつかない結果を—
「協力してください」
篠宮は一枚の設計図を広げた。
「このビルの裏動線のことは、誰よりも知っています」
研究室の窓から、東京の夜景が見える。
高層ビルの光が、まるで檻のように彼らを取り囲んでいた。