32 天才は変わらない
夜が明けても、研究所の灯りは消えなかった。
「こちらの方法なら」
クロイツァーは、幾度目かの代替案を示す。
「意識の同期率は低くても...」
「だめです」
レオナは静かに、しかし確実な声で告げる。
「半端な同期では、また誰かが傷つく」
『また、私が...』
LISAの声が、悲しみを帯びて響く。
クロイツァーは深いため息をつく。机の上には、徹夜で作られた代替案の山。その一つ一つに、娘を救えなかった父親としての必死の想いが込められていた。
「私は...」
彼は窓際に立ち、夜明けの空を見つめる。
「あの時、娘に言われたんです。『パパ、もう十分だよ』って」
レオナは黙って聞いている。
「でも、私は認められなかった。最後まで治療を続けた。そして...」
彼の声が震える。
「彼女の最期の表情は、私への謝罪だった」
『クロイツァーさん...』
「だから、今度は違う結末を...」
「違います」
レオナが遮る。
「あなたの娘さんは、自分の選択を最後まで貫いた。私も、同じです」
クロイツァーの肩が、かすかに震える。
「篠宮さんは」
レオナは血の滲んだ設計図に触れる。
「最期まで、私を守ろうとした。でも私は、ただ見ているしかなかった」
『母さん...』
「今度は違う。私にも、守れるものがある」
やがて、クロイツァーがゆっくりと振り返る。その目には、涙が光っていた。
「あなたは」
彼は絞り出すように言う。
「私の娘に、とてもよく似ている」
朝日が研究所の曲線を照らし始める。建物全体が、呼吸するように輝いていた。
「手伝ってください」
レオナは静かに告げる。
「最後の...準備を」
長い沈黙の後、クロイツァーは小さく頷く。
『私も...手伝わせて』
LISAの声には、もはや完璧を求める響きはなかった。
『最後まで、母さんと一緒に』
三人の影が、朝日に溶けていく。それぞれの贖罪を、それぞれの形で抱きながら。
完璧な答えなど、どこにもない。
ただ、自分たちの選んだ道の先に、新しい何かが待っているだけ。




