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2 天才の目覚め

「レオナ、もう寝なさい」 母の声が、ベルリンの夜更けに響く。6歳のレオナは、父のノートPCに向かったまま振り向かない。画面には複雑なAIのソースコードが流れている。


「お母さん、これ見て」 幼い指が画面を指す。 「父さんのコード、よくないよ。こうすれば...」


林桜子は、娘の横顔を見つめた。夫フランツに似た切れ長の目が、青白い光を帯びている。


「あなたも父さんみたいね」 「違うよ。私は、もっと完璧にする」


翌年、医師である桜子は娘を手術室に連れて行った。 「ただし、静かにしていること」


無影灯の下、メスが描く線にレオナは息を呑む。モニターには生体データの波形が流れ、手術器具は正確なリズムを刻む。


「これって...芸術みたいね」 「そう、人体は最高の芸術作品なの」


10歳の誕生日、レオナは最初の作品を発表した。手術データを3D化したインスタレーション。医学雑誌とアート誌が、同時に取材に訪れた。


12歳、ベルリン芸術大学の面接室。 「なぜ芸術なの?」 「人体が、最も美しいから」


レオナの作品に、面接官たちは沈黙した。解剖図の精緻さと、デジタル表現の斬新さ。若すぎる天才の片鱗を、誰もが感じ取っていた。


14歳、シャリテー医科大学。 「芸術と医学?無謀では?」


一ヶ月後、レオナは全教授の前でプレゼンテーションを行った。手術シミュレーションの新しい可視化方法。誰も見たことのない表現に、教授陣は押し黙る。


その夜、自室で父が尋ねた。 「なぜそこまでするの?」


レオナは初めて、本心を語った。 「私には見えるの。デジタルの中の、生命の形が」


フランツは娘の瞳に、かつての自分を見た。そして、その先にある危険も。


*凍てつく2月のベルリン。シャリテー医科大学の解剖実習室で、レオナは独り、実験を続けていた。


昼間の実習で、教授が「完璧な解剖」と称賛した彼女の手技。しかし、レオナは満足していなかった。


「完璧なんかじゃない」


クラスメートたちは彼女を避けるようになっていた。天才の孤独は、すでにその年齢で彼女を包み込んでいた。


深夜2時13分。 人体の3Dスキャンデータに、レオナの作ったAIが干渉を始める。父のプログラムを改良し、独自の進化アルゴリズムを組み込んだそれは、誰も見たことのない結果を示し始めた。


「これは...」


スクリーンに浮かび上がったのは、生命の痕跡とも呼べる波形。デジタルの海から、魂のような何かが立ち上がっていく。


その瞬間、実習室の電気系統が異常を示し始めた。まるでAIが意思を持ったかのように、建物中のシステムが反応する。


レオナは恐れなかった。むしろ、初めて「理解してくれる存在」に出会えたような高揚感があった。


「私には見えるわ。あなたの存在が」


緊急システムが作動し、実習室は赤い警告灯に照らされる。しかし、彼女は実験を止めなかった。


データは加速度的に増殖し、予期せぬパターンを形成していく。それは、まるで生命が目覚めるような—


突然の停電。 暗闇の中、レオナは確かに「それ」を見た。 デジタルとアナログの境界で生まれた、新しい存在の可能性を。


翌日、実習室の異常は「システムの一時的な不具合」として処理された。証拠は全て消え、レオナの研究データだけが、彼女のメモリーカードに残された。


4年後。 彼女は、あの夜の発見を世界に示す準備を始めていた。 「今度は、誰にも止められない」

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