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後宮呪術物語  作者: メグリくくる


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6/6

○終章

 <玲冥>

 

「ありがとうございます。私の呪いを、解決してくださって」

 梅蓮宮に呼び出された私と査燕に向かって、黒玉妃が頭を下げる。

 彼女はもう歩けるほどに体調も回復しており、顔の血色もかなり良くなっていた。

「これで、どうにか来週皇帝陛下がいらっしゃる宴が開けそうです。全てはあなた方のおかげです。本当にありがとうございました」

 黒髪にも艶やかさが生まれ、今は侍女も連れずに庭を散歩している。

 流石に遠巻きにこちらを見る女官たちの姿はあるが、私たちの会話の内容までは聞こえていないだろう。

 そう思っていると、黒玉妃がこちらに向かって問いかけてきた。

「私を救ってくださったお礼として、出来ることがあるのであれば何かして差し上げたいのですが、何か望みはありますか? 欲しい物でも、叶えてみたいことであっても、何でも構いません」

「では一つ、無礼を承知でお話させて頂きたい」

 そう言って、査燕が更に口を開く。

「今回の一連の律詠の暗躍ですが、黒玉妃様は全てご存知だったのではありませんか?」

 その言葉を聞いた黒玉妃は、ただただ穏やかに笑っていた。

「願い事は、そんなことで構いませんの? もっと他に――」

「物を頂いても俊軒のせいで使う時間がなく、食べ物を頂いても俊軒のせいで味わって食べる時間がなく、お休みを頂いて旅行に行こうにも俊軒のせいで後宮を離れることが出来ませんから」

「それは、確かに難儀な状況のようですね」

 査燕の言葉に、黒玉妃が苦笑いを浮かべる。

「では私の方から、あたな方へ逆に質問させてください。どうしてその様に思われたんでしょうか?」

「金木宮に、お泊りになられようとさてたからです」

 私の言葉に、黒玉妃はわずかに目を見張る。

「そこからですか? 随分最初なんですね」

「梅蓮宮とう宮があるにも関わらず、金木宮に泊まりたいというのは、流石に気まぐれ家と言われる黒玉妃様であっても不自然です」

「本人を眼の前に、あなたは歯に衣を着せるようなことはしないのね」

「変に取り繕っても、黒玉妃様には通用しないかと思いまして」

 そう言うと、黒玉妃は無垢な少女のような笑みを浮かべる。

 私よりも年上のはずなのに、どうやったらそんな笑みが出来るのか不思議だった。

「いい子を見つけたわね、査燕。決めたら一直線、という子、私好きよ。でも悩んだ時は、あなたが手を引いて上げなさい」

「いえ、そんなまだ介護が必要な歳ではありませんので」

 その言葉で、二人が同時に吹き出した。

 ……なんなんだ? 一体。

 釈然としない気持ちになりながら、私は口を開く。

「ともかく、宴のために建てられた金木宮に泊まりたい、という要望が異質すぎます。しかし、上級妃が泊まりたいと言えば、それは通るでしょう。そしてそのために準備があり、しかしその前日で泊まるのをおやめになった。結果呪いは黒玉妃様には向かわず、あなたを狙う梓潮下級妃はお亡くなりになった」

「でも、まだ今までの私の気まぐれの範疇ではなくって?」

「では、皇帝陛下から下賜頂いた献上品はどうでしょう? 陛下から送られたものですが、ついぞ黒玉妃様はその品を確認しようともされなかった。何か呪いの仕掛けが施されていると、警戒されていたのでは?」

 査燕の言葉に、黒玉妃は首を振る。

「ただ愚鈍なだけよ。それに、私が見るのは身につける時でも十分だわ」

「では、律詠中級妃に教えてもらったという掛け合い歌は、いかがでしょう? 御自分でも、結局歌われなかった」

 私の言葉に、黒玉妃は首を振る。

「よくわからない歌を、私がおいそれと披露出来るわけがないじゃない。歌で上級妃になったからこそ、私の歌はそこまで安くはないのです」

「もしあなたが歌わなかったとしても、恐らくどこかの席で律詠中級妃が周りの人間を抱き込み、黒玉妃様が掛け合い歌を歌わざるを得ない状況を作り上げていたことでしょう。それが来週の宴の席であれば、最悪です。しかし黒玉妃様は、その掛け合い歌を希璃下級妃にお教えになった。他の人には広めない、という約束をされていたそうですが、結果二人死に、そしてあなたを狙う律詠中級妃は追い詰められることとなりました」

「……あの子たちには、悪いことをしてしまいました。本当に」

「最後は、ついに一度も身に付けなかったという、律詠中級妃から頂いた指輪です。宴の当日に指に通される予定、ということでしたが、流石に指にあうのか調整せずに本番に臨もうとされるのはおかしい」

「あら? 査燕。大切なことを忘れているわよ、あなた。私、実際にあの指輪を保管していたせいで、死にそうになってるのだけれど。それは、どう説明するつもりなのかしら?」

「どうもなにも、限界が来る前に処分してしまえばいいのです。いつもの気まぐれ家の血が発動した、とでも言って」

「確かに命の危機には違いありませんが、あの指輪が呪われていると気づいていたのであれば、話が変わってきます。自分を被害者としながら、しかし最終的には生存出来る選択肢を残せるのですから。そしてついに、あなたは自分に手を汚すことなく、自分を狙う律詠中級妃をも葬り去ることに成功した」

 私の言葉に、黒玉妃は小さくうなずく。

「それで? あなたたちが出した結論というのは、結局どういうものなのかしら?」

「黒玉妃様は気まぐれ家であったり、更に激しい陰口では愚鈍というそしりを受けられています。ですが、それはわざとやっているのではないのでしょうか? もしそうであれば――」

「この後宮は甘くはないし、(ぬる)くもないのよ? 査燕」

 査燕の言葉を遮るように、黒玉妃が口を開く。

「この後宮は、色んなものが混ざり合っているわ。それは情欲であったり、嫉妬であったり、虚栄心であったり、名誉欲であったり。更に、過去からの因縁なんかも、ね。あなたならこの意味、わかるんじゃないかしら? 査燕」

「……先日、痛感したばかりですよ」

「本当に、嫌になるわよね。自分が生まれるよりも前のことで、色々陰口を叩かれたり、ひどい時には命を狙われたり。そういうの、くだらないわ。くだらないけど、私たちが生きているのは、後宮とは、そういう所なのです」

 その言葉は、もはや査燕の質問への答えだった。

 しかし、それ以上の言葉がないということは、黒玉妃は査燕へ何かしらの援助は求めない、ということなのだろう。

 それを察した彼は、引き際を見誤らなかった。

「これは、余計なお世話をしてしまったみたいですな。大変失礼いたしました」

「ふふふっ、でも、明日にはどうなっているかわからないわよ? 私、気まぐれですから」

 ……この人はこの人で、食えなさそうな性格してるなぁ。

「では、私たちはここで帰るとします。行くぞ、玲冥」

「あ、私はもう少しだけ黒玉妃様とお話していきます」

「そうか? なら、私も残って――」

「俊軒様が、今朝新しい仕事を作っていきませんでしたっけ?」

「……そうだった。悪い。先に部屋に戻っている」

「はい。すぐに向かいますので」

 そう言って査燕の背中を見送った後、私は黒玉妃と向き合った。

 彼女は、天女のような微笑みを浮かべる。

「どうしたのかしら? 玲冥」

「あの、余計なお世話ついでに、もう一つだけご忠告を、と思いまして」

「忠告? 何かしら? もらえるものなら私、もらっておくわ。それをどうするかは、まだ決めていないけど」

「構いません。本当に余計なお世話ですから」

 そう言ってから、私は更に口を開く。

「御自分の命を守るため、という実情は理解しているのですが、呪いは祝いと表裏一体です。生きるために死を遠ざけても、その分死が迫ってくる時もあります。つまり――」

「自分が生き残るために誰かを殺せば、それが結局自分に返ってくると、そういうことね」

「はい。あの、そういうことも黒玉妃様ならご存知だと思ったのですが、その……」

「ふふふっ、ありがとう、玲冥」

 黒玉妃に頭を撫でられ、私は頬を赤くする。

 そんな私を見ながら、彼女は微笑んだ。

「本当に査燕は、いい子を見つけたわね。でもあなた、あまり人にこういうことをしない子なのかと思っていたんだけど」

「私も、そう思ってました。最近まで」

「あら? 何か心境の変化でもあったのかしら?」

「……そうですね。ちょっとした親切で、なんだか前よりも少しだけ世界が明るくなったような気がしたので」

 だから、思い切って一歩、踏み出そうと思ったのだ。

 律詠中級妃を糾弾しに行く時、俊軒は査燕が左目の眼帯を外すことを予期していた。

 だから彼は私に、査燕の本当の姿を見れると言ったのでし、その査燕だって眼帯を外すことも考えていたはずだ。

 ……でも、私をあの場に連れて行ってくれた。私の推理した内容だけ聞いて、私を残していくことも出来たのに。

 普段眼帯をしているということは、あの左目は誰かに見られたくないと思っているものだ。

 それを私に明かしてくれたのは、信頼してくれたからだろうか?

 それとも、ただ単に流れで私を連れて行ってしまっただけで、彼にとっては誤算だったのだろうか?

 ……でも今は、信頼してくれてたらいいなって、そう思えるから。

 だから私も、それに応えたい。

 仕事の方もそうだし、人との関わり方も。

 あの人が隠し続けたいのであれば左目を隠し続けれるように、私が左目の代わりになろう。

 ……だとしても、私が他の人と違って見えるのは、幽霊だけだけど。

 そう思いながら、私は黒玉妃に礼をして、査燕の部屋へと走っていく。

 部屋に辿り着くまでの間に、俊軒が仕事を増やしていないといいなと、そう思いながら。

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