○第二章
<査燕>
がたがたがたがたと、後宮に車輪が回る音が響いている。
その車輪を回しているのは人ではなく、いななきながら進軍する、大量の牛の姿だった。
牛の四肢が地面を踏みつけ、砂と土が跳ねて、砂煙と土煙を立てる。
獣臭さが鼻腔を突いて、思わず眉をひそめた。
その後も続々と後宮にやってくる無数の牛車を前に、私はただただ憂鬱な溜息を吐くことしか出来ない。
そんな私に対して、近づいてくる人影がある。
「査燕様。そろそろ献上品の確認を始めませんと、日が暮れてしまいます」
「……わかっているよ、俊宇」
そうは言うものの、中々体は動き出そうとしてくれない。
「俊宇。どうやら今日も、私は日が暮れた後も仕事に追われることになるみたいだ。突然入った、この牛車の積荷の対応でな」
そう言うと俊宇が、不思議そうに首をひねる。
「ですが、元々この荷物が今朝届くことは一週間ほど前から決まっていたはずですが」
「そのようだな。しかし、不思議なことが起こったんだ。その一週間前から決まっていたという内容を、私は今の今まで伝えられていなかったんだ」
「また、俊軒様ですか」
呆れたようにそう言う俊宇に、私は苛立たし気に口を開く。
「全く、どうしてあの人はいつもこう、大切な話を後回しにするんだ? 皇帝陛下に送られた貢物、その中で後宮へ送ったほうがいいと思われる品が、今朝届くと今さっき伝えられたんだぞ? おかげで今日の私の予定はめちゃくちゃだ」
「その、肝心の俊軒様はどちらに?」
その言葉に、私は皮肉げに笑う。
「例によって、仕事だけ私に押し付けて雲隠れさ。懇意にしているどこぞの妃様と今頃茶でもしばいているのだろう」
「心中、お察しします」
「……すまん。君に愚痴を言っても仕方がなかったな。そろそろ始めようか」
そう言って私は、ようやく動き出すことが出来た。
如何に俊宇に手伝ってもらうといっても、二人で山のような牛車の仕分けが出来るわけがない。
他の宦官たちの手も借りて、届いた品の整理をしていく。
後宮に届いた品を改める作業としては、献上品と一緒に届いた目録との突き合わせを行う。
その過程でなくなっている品がないか、壊れているものがないか、麻薬のようなものが紛れ込んでいないのか、という内容について確認をしていくのだ。
もちろん有事の際、運んできた業者も追えるようになっている。
しかし、今回は数が多すぎた。
そのため、最初に送り先ごとに品をわけることにする。
と、いってもその殆どが上級妃たちへの贈り物であり、残りが中級妃や下級妃へ下賜されるという形になっている。
……全く。誰がこんなに大量の品を頼んだんだ? ふるいにかけるのも、一苦労だ。
内心、文句が止まらなくなる。
しかし、だからといってここで手を抜くわけには行かない。
特に上級妃への貢物を間違えたとなれば、物理的に私の首が飛びかねなかった。
何せこれらの品は、元々皇帝への貢物であり、それが下賜されて後宮へ送られたものだからだ。
つまりこれは皇帝から上級妃たちへの贈り物であり、その品に誤りがあったとなれば、大惨事につながる。
想像してもらいたい。とある女性への贈り物を、別の女性に送ってしまうような状況だ。
ど修羅場になるのは確実だし、そんな状況に遭遇すらしたくない。
……全く。だから前もってこういう状況が発生するのなら、それを知っていたかったのに。
そう思いながらも、私は仕事をこなしていく。
最初に牡丹宮へ向かわせる牛車の確認をした後、同じ様に仙水宮、梅蓮宮、蘭菊宮へ牛車を向かわせた。
残ったものが、上級妃以外へ割り振る品だ。本来であれば私はここに残り、こうした品を改める作業に入る。
上級妃の下には侍女だけでなく文官や武官もつけられており、目録さえ渡せば一通りのことは対応してもらえるからだ。
しかし――
「俊宇。すまないが、ここを任せてもいいか?」
「構いませんが、どちらに?」
「ちょっと、梅蓮宮を見に行こうと思ってな」
「梅蓮宮というと、黒玉妃様の所ですか?」
「ああ。先日の件もあるからな」
先日の件というのは、梓潮下級妃が莉瑤中級妃を呪い殺した件だ。
殺されたのは莉瑤中級妃だったが、梓潮下級妃が狙っていたのは本来金木宮に泊まる予定だった黒玉妃だ。
あれから黒玉妃への護衛も強化されており、そうそう立て続けに狙われることはないとわかっている。
……だが、こういう時には用心しておくに越したことはないからな。
俺の考えていることを察したのか、俊宇が大きくうなずいた。
「わかりました。こちらはお任せください」
「すまん、助かる」
礼を言って、梅蓮宮へと向かっていく。
その途中、勿忘草色の衣服に身を包んだ女性から声をかけられた。
「あら? 誰かと思えば、査燕じゃありませんか」
「これは律詠中級妃。ご機嫌麗しゅう」
青紫色の刺繍から目をそらすように、私は頭を下げる。
……頼むから、上級妃にその刺繍の色を見られないようにしてくれよ。
「そんなに険しい顔をしないで頂戴な。大丈夫よ。上手くやるわ。私だって、不敬罪に問われたくないもの」
「……でしたら、ご自重頂きたいものです」
そう言うと律詠中級妃は、可愛らしく頬をふくらませる。
「もう、そんなに私ばかり責めないでくださいな。それに、自重が必要なのは私ではなく、むしろ上級妃の方ではないかしら? あなたも見たでしょう? あの牛車の数。捌くのだけでも一苦労なのではなくって?」
その言葉に、私は苦笑いを浮かべるしかない。
今まさに、その一苦労をしている最中だからだ。
だが、その苦労を知ってか知らずか、律詠中級妃は突然爆弾発言をし始めた。
「特に、黒玉妃様の所に仕える宦官に女官たちは大変よ。あの上級妃は気まぐれ家でかなり振り回されるでしょうし、付き従うにしても、何か見返りがないと割に合わないでしょうね。愚鈍に仕えるのは、心労が耐えないでしょうし」
……不敬罪に問われたくないと言っておきながら、なんてことを言うんだ!
大きな咳払いをして、急いで辺りを見渡す。
どうやら今の発言を聞いていたのは、私だけだったようだ。
「……聞かなかったことにいたしましょう」
「あら? あなたも思うことがあるのではなくって? 特に、最後の部分なんかは――」
「聞かなかったことにいたしましょう!」
私の反応を見て、律詠中級妃は楽しそうに笑う。
「やっぱり、あなたはからかいがいがあるわね。顔が怖いからって敬遠せず、皆話しかけてみればいいのに」
「……やめてください。これ以上厄介事が持ち込まれるのは、御免被りたいので」
「あら、残念」
「では、私はここで失礼します」
「頑張ってね」
律詠中級妃に見送られ、私は歩みを再開する。
しばらくもせずに、梅と蓮の花が咲き誇ったような屋根の建物が見えてきた。
あれが、梅蓮宮だ。
その周りには先程送り出した、牛車の姿で埋まっている。
梅蓮宮の宦官と女官もそれに混じる中、黒玉妃の姿は見えなかった。
……直接、皇帝陛下から下賜された品は見るつもりはないのか。
そう思いながら、私は荷物を下ろしている宦官へ話しかける。
「すまない。梅蓮宮を取りまとめている宦官はどこに――」
私の言葉は、そこで悲鳴にかき消されることとなった。
聞こえてきたのは、梅蓮宮の中からだ。
私は厄介事の気配を感じて、眉間にしわを寄せるのだった。
<玲冥>
お茶をすすりながら、私はほっとした吐息を零す。
……はぁ、落ち着く。
今日は早朝から、薬草の採取を行っていた。
泥だらけになるということと、朝が早いということで、他の女官はあまりこの仕事をやりたがらない。
でも私からすると、他の人と無駄に話す必要もないし、一人黙々と作業が出来るこの仕事は非常に性に合っていた。
……早朝から仕事を始めるから、皆が仕事をしている時に一息つけるのも嬉しいし。
その理由はもちろん、一人で休憩出来るから。
周りから不気味がられていることは、こちらとしても重々承知している。
変に気を使われるのも肩身が狭くなるし、誰にも気兼ねなくゆっくり出来るこの時間は、私にとって非常に貴重なものだった。
……でも、あの人だけは気にせず接してくれたな。
莉瑤中級妃と梓潮下級妃の事件がきっかけで、一時的に一緒に行動していた、査燕という宦官。
ちょっとした親切心で私から彼に忠告を送ったことから始まったつながりだったが、彼だけは私の噂を気にすること無く、こちらに接してくれた。
そしてその噂は、私が術に通じており、死者と会話をすることが出来るという所から来ていると知っても、気味悪がるどころか事件が早く解決すると喜んだ。
外見の印象から冷たい感じを受けたが、話してみると気さくな面もある。
……なんだか、不思議な人だったな。
しかし、そんな彼とはもう会うこともないだろう。
知り合うきっかけとなった事件は解決済みだし、呪いが絡んだ事件なんて、そうそう起こるものではない。
……まぁ、元々下女の私と出会う必要すらなかった人だし。それが、元の関係に戻っただけだよね。
そう思いながら、私はもう一度お茶をすすっていると――
「すまない。ここに、玲冥という下女がいると聞いたのだが」
ぎょっとして、入口へ振り返る。
しかし、百入茶色の服を着ているものの、査燕ではない。
ほっとしたような、何か物足りないような、なんとも言えない気持ちになりつつ、私は入ってきた宦官に手を挙げる。
「あの、玲冥は私ですけど」
「ああ、君か。すまない、すぐに梅蓮宮へ向かってもらえないか?」
「梅蓮宮、ですか? ですが、私は午後から中級妃のお屋敷のお手伝いをするように言われているのですが」
「心配ない。その辺りの調整は、既に査燕様の方で実施済みだそうだ。だから気にせず、お前は梅蓮宮へ向かってくれ。今すぐにだ」
……えぇ、今私、休憩中なんだけど。
そう思うものの、どうやら私の意見は聞き入れてもらえないみたいだ。
そしてどうやら切れたと思った査燕との縁は、もう少しだけつながっているらしい。
◇◇◇◇◇◇◇
私が案内されたのは、梅蓮宮の一室だった。
そこには朝から運び込まれた献上品が並べられている。
この部屋で、中身の精査をしていたのだろう。
貢物が入っていた木箱が、二段、三段と積み上げられている。
しかし、視線は自然とこの部屋の中央に向けられた。
これか、箱を開けて中を改めようとしていたのだろう。
ちょうど蓋を開けたばかりなのか、箱の中身にはまだ品々が詰まったまま。
そして蓋は、箱に立てかけられていた。
その箱の周りには、二人の人物が倒れている。一人が男性で、もう一人が女性だ。
男性の方は百入茶色の服を着ており、女性の方は私と同じく萌葱色の服を着ている。
二人とも両の目玉が飛び出そうなほど眼を見開いており、喉を掻き毟っていた。
そのため首は血だらけで、手の爪には皮膚に血痕が大量に付着している。
それらをしゃがんで見つめていた私の隣に、査燕が座った。
「やっぱり、死体を見ても平気なんだな」
「呪い殺された相手の姿は見慣れてますから。それに、幽霊と喋るのに比べたら、わけないですよ」
「そいつは頼もしいな」
そう言って査燕は、手にした扇子で男の袖をめくる。
そこには黄色で、牛の刺繍がなされていた。
「宦官の方は、名を浩宇と言う。見ての通り、丑の生まれだろう」
「だとすると、女官の方は卯の血筋ですね」
そう言って私は、女性の帯に白色の刺繍がされた兎を一瞥した。
私の言葉に、査燕がうなずく。
「そうだ。女官の名前は、栗貴。黒玉妃様の侍女として働いていたらしい」
「と、いうことは、やはり二人が献上品を改めている間に死亡したんですね」
「ああ、そうだ。暫くの間、二人で作業をしていたらしい。その間部屋の出入りをしたものはおらず、別の女官が二人が倒れているのを目撃して駆けつけた時には、もうこんな有様だったようだ」
「二人が、倒れたのを見た? 死ぬ直前の様子を見ていた人がいるのですか?」
私の疑問に、査燕はうなずく。
「ああ、そうだ。窓も開いているし、外から部屋の中が見える。だから、箱の蓋を開けた時に二人が苦しむように倒れたのを見たらしい」
「箱の蓋、ですか」
「私の考えでは、二人が蓋を開けた時に呪いにかかり、そして喉を掻き毟るようにして死んだんだと、そう思っている」
査燕は、二人の死因が呪いであると、そう断言した。
それは先日、呪いが絡んだ事件に関わったということも大きく関係しているだろう。
しかしそれ以上に、今回の被害者が呪い殺されたと考えられるものがあった。
それは――
「蓋の裏に、何かびっしりと書かれていますね」
「何かの、文字だろうな。そしてその文字は、全て血で書かれている」
査燕の、言った通りだ。
蓋の裏には所狭しに、そして一種の神経質さすら感じられるほど等間隔に、文字が書かれている。
「……気持ち悪いですね、あれ」
「何だ? 血文字なんて、呪術の定番だろ? 死体は見慣れているのに、血文字の方を気持ち悪がるのか?」
「見慣れているからといって、ずっと見ていたいかと言われるとそうではありませんから。それに呪術で使う道具というのは、一種の人間の狂気が込められた代物です。好き好んで触れたいと思うようなものではないでしょう」
「確かに、そうか。だとすると、やはり二人は呪殺されたということなんだな」
「そう断言してもいいでしょう。それにしても、これは果たしてどういう意味なのか――」
「おい、馬鹿、やめろ!」
立てかけられている蓋に手を伸ばそうとした私の手を、査燕は私の体ごと抱き寄せる。
彼は、何か香を使っているのだろうか?
血なまぐさい場所であるにも関わらず、ほのかに甘い香りがする。
「お前は、人の話を聞いていなかったのか? 二人は蓋を開けた時に苦しみだした。つまり、この蓋に触れた瞬間、呪いをかけられた可能性が高いんだ」
「ですが、それだといつまでたってもこの箱をどかすことも出来ませんし、何より箱の中の献上品を取り出すことが出来ませんが」
うっかり蓋に触れて死んでしまう危険性があるのであれば、立てかけてある箱に近づきたいと思う人はいないだろう。
そもそも、あの血文字が蓋だけに書かれているという保証はどこにもないのだ。
「でも、ここまでこの箱は牛車で運び込まれたものなんですよね? だとすると、触れる以外にも何かしら呪いの発動する条件がありそうな気がいたしますが」
「そうだ。だからこそ、お前を呼んだんだ」
「……つまり、こういうことですか?」
そう言いながら、私は査燕に握られていた手を振りほどく。
そして、彼の隻眼を睨んだ。
「今回の事件は、どういう呪いで死んだのかを解き明かすことだけでなく、箱の中の品を手にとっても問題ないと、安全性を保証するための、呪いの発動条件を調べろと、そういうことでしょうか?」
「その通りだ。もっと言うと、他にも呪いが施されている箱があるかもしれないから、この件が解決しないと梅蓮宮だけでなく、牡丹宮、仙水宮、蘭菊宮の献上品も取り出せない。罪人を連れてきて箱を無理やり開けさせる方法もあるにはあるが、これらは全て上級妃への献上品だ。雑に扱って、傷を付けるわけにもいかんだろう」
「いや、無茶ですよ。呪具に触れずに捜査するだなんて」
「何を言っている? お前は、死者と会話をすることが出来るんだろう? そしてこの二人は、間違いなく呪い殺されている。呪い殺された人間は、幽霊となってこの世に留まっているんだったよな? なら、二人が死んだ時の状況を聞くことが可能なはずだ」
「……査燕様は、私のことを便利な道具かなにかだと勘違いしておられませんか?」
「そんな事はない。年相応の、可愛らしい女の子だと思っているよ」
「かわ、な、何を言い出すんですか、急に!」
からかわれているとわかっているものの、普段不気味とは言われ慣れているものの、褒められることに慣れていないので、しどろもどろになってしまう。
「こ、こんな不気味な女をつかまえて、嘘でもよく可愛いだなんて言葉が吐けますね。そもそも、前髪で顔を隠しているのですから、私の容姿なんてわからないでしょうに」
「隠すと言っても、限度があるだろ? 他人や君自身の評価がどんなものかは知らないが、こうやって髪を流せば――」
「や、ちょ、さ、触らないでくださいよ!」
手負いの獣が相手から飛び跳ねるように、私は査燕から距離を取る。
威嚇するように彼を睨むが、彼はなんてことないと言わんばかりに、扇子を懐にしまっていた。
うなる私を見て、査燕が口を開く。
「本当に嫌なのか?」
「な、何がですか?」
「調査に協力することだ。本気で嫌がっているのであれば、無理強いはしない」
「……強引に連れてきておいて、今更何を言っているのですか?」
「君こそ、忘れたのか? 私には、ここで生きている人々の生活を守る義務がある。そしてそこには君も含まれる、と言ったな。無理強いをした結果、君がここでの生活が出来なくなるというのであれば、この件は別の方法で対応するしかない」
「別って、どんな方法を使うつもりなんですか?」
「……それは、今から考えるさ」
そう言われて、私は小さく溜息を吐いた。
「いいですよ。お手伝いします」
「……いいのか?」
「いいも何も、私のお昼の仕事はもう査燕様の方で調整されてるんですよね? それであなたから呼び出しを受けているはずの私が後宮でふらふらしていたら、宦官を誑かして仕事をさぼっていた、なんて不名誉な噂が流れかねませんから」
「そうか。それは、すまないことをしたな」
「そう思っているのなら、呼ぶにしてももう少し方法を考えてください」
「善処しよう」
……本当かな?
そう思うものの、そもそも私がまた呼ばれるということは、査燕の厄介事に巻き込まれるということだと気づく。
だったらもう呼ばれないほうがいいな、と考えつつ、私は心のなかで嘆息した。
◇◇◇◇◇◇◇
梅蓮宮を少し歩くと、呪いで死んだ浩宇と栗貴の霊を見つけた。
人がいない建物の裏まで彼らを連れてくるが、彼らの表情は暗い。
それはもちろん自分たちが殺されたことに起因しているのだろうけれど、それ以上に二人は互いに目配せをしあい、そして顔を伏せる。
どうやら、査燕のことを気にしているみたいだ。
「大丈夫ですよ。この人はあなたたちの声も聞こえませんから。田んぼに立っている案山子ぐらいに思っておいてください」
「ひどい言われようだが、実際この場では何が出来るというわけではないからな。それとも、私は外したほうが喋りやすいか?」
「いかがですか? お二人とも」
そう言うと、二人はためらいがちに、しかししっかりとうなずいた。
「査燕様。どうやら、席を外して頂いたほうがいいみたいです」
「わかった。話しやすいよう、念のため人払いはすませておこう」
「助かります」
彼が立ち去るのを待って、私は口を開いた。
「では、お二人が亡くなった時のことをうかがっても?」
『僕たちは、ただ梅蓮宮に運ばれた荷を改めていただけです』
浩宇の言葉に、栗貴が同調する。
『そうです。そうしたら、急に息ができなくなって、気づいたらこんなことに』
「あの部屋で作業されていた時は、お二人だけだったということですが、その前に誰か部屋に入ってきたりしましたか?」
『僕と一緒に荷物を運んできた宦官たちと、栗貴と最初に行動を共にしていた女官たちぐらいですね』
『後は、部屋にはお入りになられておられませんが、献上品にご興味を持たれた何名かの下級妃と中級妃が窓越しにお声をかけてくださいました』
『その後は、僕と栗貴の二人で作業をすることにしたんです』
『思った以上にお品が多かったものですから、手分けをしたほうがいい、と浩宇様がおっしゃられて、では私と二人で作業を行おうと、そういう運びとなりました』
「なるほど。そうだったのですね」
そう言いながら、私は内心首を傾げる。
ここまでの彼らの会話は、特におかしい所はない。
……だったら、何故二人は査燕様がこの場に留まることを嫌がったんだろう?
単に、幽霊となって自分たちの話を聞けない人がこの場にいるのを嫌がっただけなのかもしれない。
しかし私には、明確な意志を持って、彼らが査燕を拒んだような気がした。
そう思うものの、私は話を続けるために口を開く。
「他の方がいらっしゃった時には、他の箱も開けて作業を進めていたんですよね?」
『そうです。もっぱら力仕事は宦官の僕が行っていました』
『私は、目録と箱の中のお品物の確認をしておりました』
「では、二人っきりになった後は、いかがでしょうか? お二人が呪い殺される前に、他の箱を開けたりはしておりませんか?」
『他の箱も開けて、中を改めていました』
『それが、どういうわけか、あの箱を開けた時に息ができなくなって……』
「今に至る、ということですか」
そう言いつつ、私は手を顎に当て、小首をかしげる。
ここまでの彼らの発言に、これと言って不自然な所は見当たらない。
あっても査燕を拒んだことぐらいだが、少なくともそれと呪いの発動条件が紐づいているようには私には思えなかった。
「では、お二人が死ぬ直前、箱の蓋を開ける時のことを詳しく教えてください」
『詳しく、と言われても、僕は普通に蓋を開けただけです』
『そうです。急いで作業を済ませようと思って』
「急いで、ですか?」
『はい、そうです。運ばれてきた品は、あの部屋のものだけではありませんから』
『僕らの作業が遅れると、全体の作業が遅延してしまいますから』
『ですから、普通に急いで作業をしておりました』
「普通に、ですか」
『そうです。普通に、道具を使って箱の蓋を開けました』
『それで、箱の中身を見たんです。そうしたら……』
「なるほど」
……今のは、非常に重要な証言なんじゃないか?
浩宇はあの血文字が書かれた蓋に触れていたが、栗貴は蓋には触れずに死んだ。
そうなると、呪いが発動する条件には、あの蓋に触れることは含まれていないことになる。
……だから牛車で荷物を運んでいる時には、呪いが発動せず、死人も出なかった。
だとすると、箱の蓋を開けた時、呪いの効果が発揮される、『何か』が起こったのだ。
「では、もう少し詳しく呪われた時のことを教えてください。どうやって箱の蓋を開けたのでしょうか?」
『だから、普通に開けただけですよ』
「……その、普通の部分が知りたいのですが」
『そう言われましても、浩宇様は普通に開けただけです。工具を使って、こう、釘を引き抜いて』
栗貴はそう言いながら、釘抜きか何かを使って、てこの原理で釘を引き抜く動作をしてみせる。
そんな彼女に、浩宇も同調した。
『そうです。本当に、普通に作業をしていただけなんです。だから、詳しくと言われても、説明のしようがなくて』
「……そうですか」
そう言われてしまうと、私としてもこれ以上何も言えなくなる。
……でも、何か見落としをしているような気がするんだけど。
考え込む私をよそに、浩宇が口を開いた。
『きっと、あの蓋を開けることが呪いの発動条件だったんですよ』
『そうですね。だから、きっと他の箱を開けても呪い殺される人なんて出ませんよ』
「貢物を入れられた箱にたまたま一つ呪いが込められていて、たまたま被害にあったのがあなたたち二人だった、ということでしょうか?」
『だって、それ以外考えられないじゃないですか』
そう言って浩宇は、溜息を零す。
『僕らは、不運な被害者だったんです。だから、僕らが望むのは、自分の亡骸を弔ってもらうことだけです』
『そうですね。何も、お妃様のように個別のお墓が欲しいというわけではありません。浩宇様と私の墓は一緒でも構いません。なんなら、身寄りのない宦官や女官が弔われている共同墓地に埋めていただいても構いませんから』
そう言うと、二人は私の元から去っていった。
私は彼らの話を聞いてから感じている釈然としない思いを抱えながら、査燕の姿を探す。
俊宇と話していた彼を見つけると、会話を切り上げて査燕がこちらにやってきた。
「話は、聞けたのか?」
「はい。ただ、どうにも納得ができない所がありまして」
「では、詳しい話は私の部屋でしよう。君が聞いた内容は、歩きながら聞かせてもらってもいいか?」
そう言われて、私は疑問を口にする。
「俊宇様には、私のことはお伝えになっていないのですか?」
聞いたのは、もちろん私が術に通じていることだ。
「全ての宦官ではなくとも、お仕事を一緒にされる機会が多そうな俊宇様には伝えているかと思ったのですが」
「先日の事件で隠れて忠告を私に出しておいて、今更何を言う。その行動自体が、君が自分のことをみだりに人に広めて欲しくないと言っているようなものだろう」
「……論理的に考えて、それでも俊宇様に知らせておいたほうが作業効率が上がると思うのですが」
「論理的に考えて、君の機嫌を損ねて今後力を貸してもらえないほうが困る。もっとも、君の力を借りたいような物騒な事件が起こらないことを願うほうが先だがね」
「なんで私がいつも協力する前提なんですかね……」
「君が本気で嫌がらない限りは、そう考えさせてもらうよ。ほら、行こう。君の力が必要ないものであっても、私には難題が山積みなんだ。どこかの誰かさんのおかげでな」
……俊軒様か。
本当にこの人は、背負った厄介事を下ろすということが苦手らしい。
私は先に歩き始めた彼の背中を追い、小走りになって走り始めた。
◇◇◇◇◇◇◇
「一つ、最初に聞いておきたいことがある」
査燕の部屋でお茶を飲んでいる私に向かい、彼が眉をひそめながらそう言った。
部屋を訪れる間に、浩宇と栗貴から聞いた話は全てし終えている。
査燕も茶杯を傾けながら、口を開いた。
「幽霊は、君に対しても嘘をつくことはあるのか?」
「嘘、ですか?」
茶をすすりながら、私は思い出すように口を開く。
「なくはないと思いますが、あまりないかと思います。彼らは未練があってこの世に留まっているので、その未練を解消するには正直に話したほうがいい場合が多いでしょうし」
「だが、君は以前言っていたな? 『呪い殺されたのであれば、確実に霊として現世に残っているはず』だ、と」
その言葉に、私は首肯する。
「はい。呪われて死ぬ時には、大変な苦痛を伴いますから。何故自分が呪われたのか、殺されなければならなかったのか。そして、誰にやられたのか、は知りたいと思うでしょう」
そこまで言って、私は査燕が何を気にしているのか気づいた。
「なるほど。今回の事件は、例外というわけですか」
「そうだ。そもそもあの血文字が書かれた蓋、その中に入っていた献上品は、黒玉妃様へ送られたもの。もっと言えば、元々は皇帝陛下へ贈られた品だ。呪い殺そうとしているのなら、その相手は陛下ということになる。だが――」
「呪いを返すために、祈祷師が絶えず祈りを上げている」
それは、莉瑤中級妃と梓潮下級妃の事件で私が言った言葉だ。
ならば、皇帝を呪おうと考える人は少ないだろう。
呪詛返しがされるとわかっているのに、呪おうとするなんて自殺行為だ。
「だとすると、浩宇様と栗貴様が死んだ呪いは、皇帝陛下を狙ったものでも、黒玉妃様を狙ったものでもない、ということでしょうか?」
「少なくとも、私はそう考えている。その一方で、呪殺されたあの二人がすぐにそのことに気付けるかというと、そこには疑問を感じる。突然わけもわからず殺されたのであれば、何故自分がこんなめにあわないければならないのか? と憤り、そこまで思考が及ばないのではないか?」
「では査燕様は、こうお考えなのですか? 浩宇様と栗貴様は、突然わけもわからず殺されたわけではない、と」
「自分たちが殺された原因について、全く心当たりがない、ということはないだろう。だからこそ聞いたのだ。幽霊は、君に対しても嘘をつくことはあるのか? と」
その言葉に、私は内心舌を巻く。
人とあまり話さず、幽霊とばかり話しているせいか、死者の言葉を私は疑わないようになっていたらしい。
むしろ、死んでから人間関係を取り繕う必要がなくなっている分、本音を話してくれる彼らの言葉を私は好んでいるように思える。
でも、査燕はそうではない。
死んでいようが生きていようが、彼が見聞きし、注目しているのは物事の整合性、論理性だ。
……でも、そこに人情や責任感が乗っかって、簡単に割り切れず、切り捨てられなくて、結局いつも厄介事を押し付けられてしまっているんだろうな。
「なんだか、人を馬鹿にしてはいないだろうか? 玲冥」
「いえいえ、決してそんなことは」
誤魔化すように咳払いをして、私は口を開く。
「ですが、査燕様の言うことは一理あります。自分が呪い殺されてしまった、その理由を隠しておきたい場合には、幽霊であってもそのことを隠すでしょう」
「ありがとう。ならば、被害者の彼らが何かを隠していた、という前提でもう一度考えてみるか。恐らく、そこに呪われる条件を解き明かす鍵があるはずだ」
「……ですが、流石ですね。査燕様。私の話した内容だけを聞いて、彼らの隠し事に気づかれるだなんて」
「それは、最初から彼らが何かを隠している前提で考えているからな」
「どうして、そのようなお考えに?」
その問いに、査燕は苦笑いを浮かべる。
「決まっているだろう? 君と浩宇と栗貴の会話に、私は同席させてもらえなかったんだぞ? 君との会話の中で、何か私に感づかれて困ることが彼らにあると考えるのが自然だろう」
……それは、確かに!
私も、彼らが査燕の同席を拒んだ理由が気になっていたのだけれど、そういう観点で改めて彼らの会話の内容を考えてはいなかった。
……これは、いよいよ私も重症かもしれないな。
生きている人よりも死んでいる人の言葉を信じすぎるだなんて、この世で生きていくのに支障が出すぎる。
内心苦笑いを浮かべる私をよそに、査燕が茶杯をあおった。
「だが、彼らが何故自分たちが殺されたのか、その原因を隠しいてるとわかっても、二人が隠そうとしている以上会話からこれ以上情報を引っ張ってくることは不可能だ」
「だとすると手がかりとなるのは、やはりあの蓋ですか」
血文字が書かれた蓋を思い出しながら、私もお茶を飲み干す。
「そういう意味でいうと、蓋に触っただけで呪いが発動するわけではない、と知れたのは大きな収穫ですね」
「……まぁ、それすらも嘘かもしれないが。しかし――」
「あの二人が嘘をついてまで私たちを殺そうとする必要性がない、ですよね」
「論理的に考えれば、な」
査燕はそう言って、部屋を出るために立ち上がる。
私も彼と一緒に急須や茶杯を片付けて、再び梅蓮宮へと戻っていった。
◇◇◇◇◇◇◇
浩宇と栗貴が亡くなっていた部屋で、私は査燕と一緒に箱の蓋を見つめる。
びっしりと書かれた血文字を前に、私たちは二人で首を捻っていた。
「相変わらず、何が書かれているかわかりませんね」
「そもそも、文字がまともに読めん。一応、大陸に存在している国の文字は一通り見たことがあるが、そのどれにも該当しないな」
なんてことがないようにそう言った査燕へ、私はぎょっとしたように振り向く。
「この大陸に存在している国って、六カ国語全部使えるんですか?」
「二点、修正がある。六カ国ではなく、十二カ国だ。滅ぼされた国の一族は、それこそ国を統合直後後は丑を恨んでいたからな。当初は後宮にも要人暗殺のための文が届いたようなので、それこそ宦官は他の国の言葉も読めなければならなかったと、そういうことだ」
「では、残りの一点は?」
「使えるのではなく、目を通せるぐらいだよ。流石に通訳まではできん」
「それでも、十分凄いですけど……」
「そうであったとしても、この血文字は全く読めん。暗号文にしようにも、元となる言語の名残ぐらいなものはあるものだが、これはそのどれとも該当しない」
「……と、いうことは、全く別の文字、ということですか」
そう言いながら、私はおもむろに蓋を回転させた。
それを見て、査燕が不思議そうな表情になる。
「何をやっているんだ? 玲冥。そんなことをしては、縦から文字が読めないではないか」
「ええ。だから、それを試そうと思いまして」
「と、いうと?」
「今までと全く違う言語だというのであれば、縦読みではなく、横読みの言語、ということはないですかね?」
別の大陸には、そういった文字も存在する。
呪術を使う場合、多くの場合言葉を使う。
それは口に出す呪文であったり、恨みや呪いたい相手の名前をなにかに書いたりと、様々な使い方がある。
……だったら、別の大陸の文字を使った呪術だってあるはず。
そう思いながら、一回、二回と回転させていると――
「同じような、単語がいくつか出てきますね」
「……私には、どれも同じような、というより、線が波打っているようにしか見えんぞ」
「私も完璧には読めませんが、いくつか見覚えのある単語が、あれ? これはつながってるのかな? それともここで切れているのかな? あ、ここまでで一文で、後は同じ内容が書かれているんだ」
そう言った私を、査燕が呆れたように一瞥する。
「私のことを凄いと言っていたが、これを読める君のほうが余程凄いぞ」
「何かを呪うのに、国や大陸は関係ありませんから。人がいれば祝いも呪いも生まれます。そしてそれらは人がいるのであれば、土地や海も超えてやってきますよ。でも、どういうわけか地域が違っても、共通点みたいなものはあるんです」
「ならば、君が分かる範囲でこの血文字に書かれているのは、一体どんな内容なんだ?」
「ちょっと待ってください。今、読み上げますね」
そして私は、血文字の内容を口にした。
それは、こんな内容だった。
『本来の――――――――――あるものが――――開ければ、その――は死に至る。喉は潰れて――できなくなり、苦痛にのたうち――――――、――――消えぬ――の苦しみに、死ぬまで後悔――――になるだろう』
まず、注目すべきなのは、この部分。
『喉は潰れて――できなくなり、苦痛にのたうち――――――、――――消えぬ――の苦しみに、死ぬまで後悔――――になるだろう』
これは――
「この後半部分は、浩宇と栗貴の死に様を表しているのだろうな。喉が潰れる、というのも息ができなくなった、という彼らの証言と一致している」
「だとすると、前半部分が呪いの発動条件ですね」
「開ければ、というのは箱の蓋だろうな。呪いが発動するのは、蓋を開けた時だ」
「……ですがその前に、更に条件がありますね」
それは、『本来の――――――――――あるものが』という部分だ。
「本来の、『何が』ある人のことなんでしょう? その『何か』に、二人は当てはまってしまった、ということですよね?」
しかし、本来の、という部分が気にかかる。
……元々呪いが発動する対象が決まっていた、っていうことなのかな?
しかし、浩宇と栗貴がこの部屋に残って作業を続けたのは、偶然だ。
本当に、たまたま二人が被害にあってしまったのだろうか?
そう考えている私に向かって、査燕が口を開く。
「死んだ二人に、確認したいことが出来た」
「わかりました。ですが、あの二人は査燕様が同席するのを嫌がると思いますが」
「大丈夫だ。彼らと話す前に、こう言って欲しい」
そう言ってから、査燕は静かに口を開くと、こう言った。
「そんなに、二人で後宮を出たかったのか? と」
◇◇◇◇◇◇◇
私たちの目の前に、観念したような表情を浮かべる浩宇と栗貴の姿があった。
うなだれる彼らに向かい、私は口を開く。
「ではお二人の関係は、二年前から始まった、ということですか?」
『そうです。二年前の夏から、僕と栗貴は恋仲となりました』
『後宮では、上級妃以外であれば男女の仲になるのは半ば黙認されている状況です』
『とはいえ、皇帝陛下がお目見えした際、稀とはいえ女官にもお手を伸ばされることもあります』
『それに、この国が徐々に衰退しているのは誰が見ても明らかです』
『だから、それに巻き込まれる前に後宮を出て、何処か田舎で静かに暮らしたかった』
『そのためには、どうしてもお金が必要だったんです』
そう言った浩宇と栗貴の表情には、一種の切実さがあった。
そんな彼らに向かって、私は口を開く。
「だからそのお金欲しさに、持ち出そうとしたんですか? 黒玉妃様への貢物を」
鎮痛な面持ちで、二人は確かにうなずく。
そう、箱にかけられていた呪い。
それは、元々皇帝へ献上された品を盗み出すような不届き者を狙った、窃盗対策。
つまり呪いの発動条件とは、『本来の持ち主ではなく、二心あるものが』あの箱を開けた場合に発生するというものだったのだ。
『ですが、やはり査燕様の目を誤魔化すことは出来ませんでしたか』
「査燕様がおっしゃるには、やはり不自然だったそうですよ。梅蓮宮へ運び込まれた品を改める宦官と、その献上品の目録を持つ女官が二人っきりになる、というのは」
その不自然さとは、私が浩宇と栗貴の話を感じていた時の、違和感の答えだった。
査燕が気になったのは、栗貴のこの発言だという。
『思った以上にお品が多かったものですから、手分けをしたほうがいい、と浩宇様がおっしゃられて、では私と二人で作業を行おうと、そういう運びとなりました』
「今回の献上品は、皇帝陛下から上級妃への贈り物です。その品に誤りがあったとなれば、大惨事につながりかねません。もちろん、雑に扱って傷を付けるわけにもいきません。それなのに浩宇様は、効率を優先して部屋に栗貴様と二人で残られることを選ばれた。そして、品を改める側の浩宇様と目録をお持ちの栗貴様が口裏を合わせれば、貢物の一つか二つなくなっていても、それを見つけられる人はいないでしょう」
それに、二人のあの言葉。
『そうです。急いで作業を済ませようと思って』
『そうですね。だから、きっと他の箱を開けても呪い殺される人なんて出ませんよ』
これは、前者は盗みを働くために作業を急ごうとしており、後者は盗みを働くような不届き者は自分たちぐらいなものだと、そういう意味で言っていたのだ。
彼らと話すことが出来ない査燕の代わりに、私が聞いた話を幽霊たちに伝える。
その言葉が正しいと言わんばかりに、浩宇がうなずいた。
『そうです。死んだ後もいうのもなんですが、ほんの出来心だったんです』
『黒玉妃様にお仕えして、これだけ頑張っているんだから何かあってもいいだろうと、そんな考えが頭に残っていて』
『本当に、馬鹿なことをしたと思っています。そして、今更後悔しても遅いこともわかっています』
『だから、浩宇様と話して、内緒にしようと決めたんです。盗みを働いて、しかも黒玉妃様の物へ手を伸ばそうとして死んだだなんて、末代の恥ですから』
『申し訳ありませんが、代わりに査燕様へ謝っておいて頂けませんか? 僕らが馬鹿なことをしてしまったせいで仕事を増やしてしまい、申し訳ないと』
『それでは、そろそろ私たちはもう行こうと思います。あなたにも迷惑をかけてしまい、ごめんなさい』
そう言うと、浩宇と栗貴の姿は消え去った。
一度嘆息して、私は査燕の方へ視線を向ける。
「終わりました。迷惑をかけたことを、査燕様に謝っておいて欲しい、と言われました」
「そう思っているのであれば、最初から本当のことを言ってもらいたかったな」
苦笑いを浮かべながら、彼は視線を梅蓮宮の方へと向ける。
呪いの発動条件がわかったため、既に献上品の確認作業が再開されていた。
大幅な遅延はあったが、今日中に全ての貢物は改め終えれるだろう。
「浩宇様と栗貴様がお亡くなりになった箱の中の献上品ですが、今後どうなるのでしょうか?」
「全ては黒玉妃様のご意思次第だが、恐らく、他の下級妃や中級妃へ下賜されることになるだろう」
「……まぁ、人が死んだ箱の中身ですからね」
問題は箱の方にあったとわかっていても、それに詰められていたものに不気味に感じてしまうのは致し方がないことではある。
「この問題は、ひとまず解決した。今回も助かったぞ、玲冥。また何かあれば頼む」
「次回はないことを願って、あれ? 査燕様、どちらに行かれるんですか?」
もう歩き始めた彼の背に、私は疑問をぶつける。
すると査燕は振り向きながら、口を開いた。
「残念ながら、仕事が山のように残っていてな。ひとまず、忘れない内に次の仕事を片付けてしまいたいと思っただけだ」
「それはわかりますが、そちらの道は査燕様のお部屋とは反対方向なのでは?」
「いいんだ、こっちであっている。罪人であっても、墓は用意されているからな」
その言葉に、彼が何をしようとしているのかを悟り、私は忍び笑いを漏らした。
「浩宇様と栗貴様を同じお墓にして差し上げるよう、手配をされるんですね? 査燕様が死者を弔うのは、後宮で生きている人のためだ、とおっしゃられていた気がするのですが」
「だから、その生きている人のためだ。二年間も恋仲だったというのであれば、その関係を知らされていたものや感づいていたものもいただろう。咎人とはいえ、あの二人が死後あの世で結ばれたと思えた方が、生きている人にとって精神衛生上悪くはならないだろうからな」
「あの世といっても、罪人が極楽浄土へ行けるとは思いませんが」
「だからこそ、生きている私から出来る手向けはこれぐらいだ。夫婦になることを考えていたぐらいなのだから、仮にそこが地獄であったとしても一緒にいたいだろう。むしろ、地獄だからこそ、一緒にいてくれる人が必要だと思うがね」
「……私は、嫌ですね。愛した人が、つらい目にあうのは、見てられません」
「だったら、その問題はすぐに解決できるぞ」
「どうやるんです?」
「君が大切だと思っている人に、罪を犯させないことだ。罪を犯す前に話を聞いてやり、罪を犯す前に上手い飯でも一緒に食いに行けばいい」
「以外に、即物的な解決方法ですね」
「生きているのだら、欲があるのは当たり前だ。その欲とどの様に付き合うのかが重要なのだよ」
「左様でございますか」
「そうさ。さしあたっては、私の手を煩わせないよう、問題を起こさなければ、この後宮では健やかに生活出来るだろう」
……それは、査燕様が健やかに生活するために必要なものではないだろうか?
そう思うものの、それを言い始めると話が終わらなくなりそうなので、私は黙って一礼した後、踵を返すことにした。




