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座敷

作者: 雉白書屋

 法事のあとの会食その席。身内だけの集まり。大部屋で畳に座椅子。その大きな窓の向こうにはまだ緑が広がっているが、秋の風とやや雲に覆われ弱気な日差しが、これより来る冬を想起させなくもない。そう高くはない和食処。早々に食事を終えた子供たちが集まり、遊んでいる。女たちは口に手を添え笑い、話に花を咲かせ、男たちもまた足を崩し、近況報告。

 柳原家。長女、長男の二人姉弟。

 長女は息子が二人。嫁ぎ先である旦那は今日は仕事で来ていない。二人の息子のうち一人は結婚し、女の子が一人。

 長男夫婦には息子が三人、娘が一人。息子は三人とも結婚し、子供が一人ずつ。男の子が二人に女の子が一人。娘のほうは結婚しているが、子はまだで旦那が同席。腰を低くし、どこか感じている居心地の悪さを顔に出さないよう、また溶かそうと笑顔で振るまっている。 

 結婚している者はいずれも夫婦ともにこの会に参加している。ゆえに、ひとりだけ結婚していない長女の息子は少し肩身が狭いところだが能天気なので、ほとんど気にしていない。


 計四人の子供たちはいずれも幼く、男女の垣根なく仲良くトランプで遊んでいる。

 その輪からきゃっきゃと楽しげな声が上がり、ふと父親が視線を向ける。そして、まだその柔らかい手に持っているトランプの赤い柄を見て取ると自分たちも昔、夏休みと冬休みに祖母の家に集まり、ああして遊んだな。花火や海に行ったり……と、いずれも三十代の息子らは目を細め懐かしむ。

 今、手にあるのはビール。しかし互いの瞳に映す姿はスーツのそれではなく、子供時代のもの。さすがに服の柄までは覚えていないが、顔を見る度にその面影が色濃く現れる。

 昔話は妹の旦那が置いてけぼりになってしまうため、たまにその話になっても浅くに留め、主に今現在の仕事の話と健康の話で酒を嗜む。

 女たちは年上を立てる形で笑い、笑い、それぞれの旦那の子供時代の話と今の様子を照らし合わせ笑い、酒と笑いで顔を赤くし身をよじらせてまた笑う。

  

「ふふっ! これはどうー?」

「むりー!」

「くそー」

「はははは!」


「で、その依頼人が――」

「そういうもんなの?」

「そこは昔と変わらないんだ」

「はははははっ」

「え、それ初耳」

「そうなんですねぇ」


「やだっもっー! あははは」

「うふふふ、お姉さんたら」

「あ、お義母さま、グラスが空に」

「えっー、あの人そうなんですかー?」

「そういえばうちの人、この前」

「そうなの、お兄ちゃんは昔ね」

「あははははっ」 


 この会の長である長男は元より寡黙なため、テーブルの端のほうから全員を見渡し静かに酒を呑む。

 このように一部屋、四つのグループに分かれ、各々違う時を過ごしている。そう、時間の感覚は同じではない。男、女、子供。その年代、立場、感情、それらは時間に溶け込み、早く遅くとそれぞれ違う流れを生み出している。


「ままー、といれー」「はいはーい」とたまに合流することもある。少し冷える廊下をとととと、と歩く子供。その背を追う母親。


「叔父さん、一杯注がせてくださいよ」

「……おう」


 できた甥っ子。一流大学を経て、名のある企業に就職。冗談を言い笑わせるのは叔父の僅かな火花にも満たない苛立ちを察したのもあったのかもしれない。


「ただいまー!」

「はい、おかえりー」

「次はババ抜きな!」

「配るよー」


「ただいまです」

「おかえりー」

「おかえりー」

「あっはっはねえねえこの写真見てよぉ」

「ふふふふふ」


 皆、くっついてはまた離れと分流する時の流れの中に身を浸し、時折、中立である時計の針を目で追う。

 花火のような笑顔が弾け、時は過ぎ、時は過ぎ、そして……。


「……おい、もう帰るぞ。たくよぉ」


 立ち上がり、妻に声をかけた長男。「はいお父さん」と妻。「あらもーう?」とその姉。

 席から立ち上がり歩くその背を目で追っていた息子たちも耳でとらえ、やれお開きですか、とテーブルの上を片付け始め、子供たちもその雰囲気を察し、背筋を伸ばして様子を窺う。やや不満顔。

 一同が時計を見つめ「もうこんな時間か」と「まだ時間があるのに」と時がぶつかったその瞬間、襖が開き、女将が畳に膝をつけ恭しく頭を下げた。


「申し訳ございません。手違いがございまして大変遅れてしまい、ええ、今こちらに、あのよろしければ……」

 

 と、女将の後ろ、従業員が面目ございませんという顔をして両手に持っているケーキの砂糖のプレートには


【ひいおばあちゃん。お誕生日おめでとう】


「ケーキ! ねえケーキ! だれの!?」

「ひいおばあちゃまのよー」

「あら、アンタ。ケーキなんて用意してたの? お母さんの誕生日まだ先よ」

「こうして、みんなが集まる機会なんてそうないだろう」

「ああ、親父、それが中々来なくて苛立ってたのか」

「え、そうなの?」

「ひいちゃんばあば、おたんじょうびおめでとー!」

「ひいちゃんおばあちゃんだよ、あれ?」

「ははは! ちゃんが二つ入っちゃってる」

「はははははっ」

「刺さってるあれなにー?」

「花火じゃない?」

「電気消そう!」

「お義母さん、よかったですねぇ。あ、ほらお義姉さん。お義母さん嬉しそうですよっ」


「ふぇっふぇっふぇっ」と垂れた瞼、目を細め笑う曾祖母。木像のような彼女が属していた女グループに男、子供グループが加わり、全員で記念撮影。

 合流し、幸せな一つの時間。今はただゆっくりと。誰もがそう思い、日が暮れていく。

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