序章 2話 <木城家の秘密>
「旦那、全部終わったんですかい」
屋敷に残っていた最後の異形の始末を終えて屋敷を出る。
そこには見知った猫背の男の姿と、その隣では豪華な装飾で彩られた衣服を身に纏った、歪んだ記憶で見たものと同じ顔の女が帰りを待っていた。
「あぁ、今回の依頼にあった五人の他に、もう一人知性を持った異形が潜んでいた。あの家族を異形にしたのも、そいつでまず間違いないだろうな。―――そいつが今回の依頼者か」
「木城財閥の令嬢、木城百合で間違いありやせん。メディアにも出てやすし、影武者って訳じゃ無いのも依頼内容を見て貰えば分かると思いやす」
「...えぇ、この目でしっかりと死体を確認するまで安心出来ませんもの。もし違うようなことがあれば―――」
その顔はあの執事服の青年の死の間際で同調で見た記憶で見た顔と全く同じであり、同一人物であることに間違いはない。
「心配なら実際に確認して貰っていい。梟」
「あいよ。次の仕事の準備ですね」
木城百合を連れて再び屋敷の中に入っていき、異形を誘い出し殺した部屋へ向かう道すがら、特に何も話さない柊に沈黙が気まずいのか、特に差し障りの無い質問を投げかける。
「この後すぐに別に依頼もあるんですのね」
「あんたの依頼と違いすぐに終わる類のものだ。依頼理由も...まぁ分からない訳でもない」
「それにしても異形という存在は自然発生する災害のようなものと聞いていたのだけれど、人為的に他者を異形にする方法がこの世界には存在するのね」
「自然発生というより、感染というのが正しい表現だからな。根本的な問題は各地に沸く怪物共だ。人の想像によって生まれた、世界の隙間から生まれ落ちた空虚な存在。奴等の内容物が人間と混ざり合い、溶けあうことで異形は発生する。今回は血を媒体として異形化したが、その怪物の一部を人間に埋め込むことで異形を造り出すことも可能になる」
「―――それは、また。初耳ですわね。そんなことが可能だとしたら、どうして私達に伝わっていないのでしょう」
「一体のエンプティーさえ確保し、それを飼いならせた場合幾らでも異形を量産する事が可能だ。その方法が世界に知れ渡れば間違いなくこの世界は人間同士の殺し合いで幕を閉じる。そんなことで簡単に終わらせていい程世界ってのは安くない。個人のみの不都合ならともかく、この地球上には多くの人間が住んでいるからな」
異形の量産は容易であるが、それが周知の事実となれば個人が一国に匹敵する兵力を生みだすことさえ可能になってしまう。故にどの国でも異形の人工的な生成は侵されざる絶対の儀式、禁忌の類として秘匿されている。
「それに方法を知っていたところで並みの人間じゃ実行できない。エンプティーは正真正銘の怪物、異形なんかとは比べ物にならない人類の天敵だ」
「随分と詳しいのね、貴方。そんなことを知っているのなら貴方が世界を牛耳るのだって可能なのではなくて?」
「世界を手に入れたところで何になる。今回もどうせ世界は滅びる、どうして終わりが決まっているというのにそんな無駄な事をしなければならない」
「...変わった考え方ね。いえ、だからこそ帝国に追われたのね」
「俺からすれば滅びることが決まっている世界で権力だのに固執するあんたらの方が変わっていると言いたいよ」
どうせこの世界も踏み台にすることが前提の世界。これまで幾度となく滅びてきた世界と変わらない通過点でしかない。その証拠に、世界の終わりをしっていながら各国の争いは絶えない。異形やエンプティーといった人類共通の敵が居るにも関わらず、世界を繰り返す前提で国々は情報と技術を秘匿している。
「あんたは終末論を信じるか」
「突然ですわね。確か...取り返しのつかない終わり。繰り返す内にいずれはたどり着く終着点。そこで人類は真なる滅びを迎え、世界は再生することなく人の世は終わりを告げる。正しき絶滅にして、新たな始発点、だったかしら」
「そもそも、それが地球という惑星においての円環。同じことを繰り返し、滅びては再生し、終わっていても始まってしまうこの状況が異質だ。そんなこと、あんたらは考えもしなくなっただろう」
「―――えぇ、だって。その方が都合がいいじゃない?」
そう、結局のところ人間とは自分に都合が良ければそれを良しとする。大勢の人間にとって終わりが終わりでなければそれだけで希望となる。故にこの世界はあまりに死に疎い、自殺や他殺が当たり前のように行われてはその事に特段悲しみもしない。
『まぁ、今回は駄目だったのね』
『大丈夫、次の世界では上手くやるだろうさ』と、世界が滅び、再生することを知っているからこそ彼等は死を厭わなくなった。
「この世界は何度も繰り返していると全人類が気づくよりも前から殺人は絶対の悪として知られてきた。如何なる理由があろうとそれを良しとしてはいけないと、それは今も同じ筈だ。この世界が何度目か知らないが、続きがあるという理由だけで人は他者の死に疎くなってしまった」
「...貴方、まさか狂学者に―――」
「生憎と俺は狂えない。他人の死にも、自分の死にも何も感じないなんてことは出来なかった。この世界で生きることが無駄だって思い、家族も親友も、何もかもを捨て去ったと言うのに死ぬことが怖くて仕方なかった。世界に絶望しているのに今ものうのうと生きているのはそれが理由だ」
世界に絶望し、全てを諦め、進む事をやめてしまった人間をこの世界では廃退者と呼び、数少ない資源を消費するだけの彼等の存在を国は許さない。
エンプティ―と呼ばれる怪物たちの出現により、人類は幾度となく敗北しては滅びてきた。その結果失われたものは多岐にわたる。土地も命も、意思も、倫理観も、資源も、数えるのがバカバカしくなる程多くのものが彼等によって奪われ、比較的安定した今の世界においても資源は無駄遣い出来るほど多くは無い。
人とは一線を画す超常的な力を持つ存在を前に当時最新鋭の兵器も、各国が隠し持っていた最終手段すらエンプティ―を滅ぼす決定打にはなり得なかった。
―――かつて全ての国が手を結ぶと言う奇跡が起きた。各国の間で根強く残った問題を解決せずとも、人類と言う種の存続の為に手を合わせると言う漫画やアニメでしか聞いたことのないような奇跡が起きても尚、人類は空想の怪物を前に敗北を喫した。
そうして幾度となく世界をやり直し、逃げては戦い、戦っては敗北してを繰り返し、人類が世界の運営を続けるには倫理観やモラルを気にしては勝てないと声を上げる人々が徐々に出現し始めた。
「今は防人だのなんだの言われてる国お抱えの兵隊も、その根本を突き詰めれば人体の改造、生物兵器であったころの名残でしかないんだよ、人の持つ個性?天からの授かりもの?これはそんなものじゃない、俺が人より頑丈で、身体能力が秀でているのはそういう風に造られたからだろうさ」
そこまで話したところでようやく目当ての部屋に到着し、柊は先程までの話の続きを言うことなく血で汚れたドアノブを捻り、その先に広がった凄惨な光景を木城百合へ見せる。
「あんたの父親に、母親と歳の離れた弟。そして、あんたの姉の死体がこれだ」
「えぇ、多少見た目は変わっていても両親と弟、そして―――出来損ないの姉で間違いありません。まぁ、早く生まれたというだけで木城家を継がれては困っていましたし、これはこれで良かったのかもしれませんね」
「あとはタンスの横で倒れてるそいつが今回あんたの家族を異形にした張本人だ。既に息は無い、一度頭も潰したし、心臓も貫き、新しく生えた頭ももう一度砕いておいた。顔は念入りに潰してあるからどんな顔だったか分からないだろうが、こいつの持っていた持ち物がこれだ」
そう言って柊は胸ポケットからこの死体が大寺博人のものだと証明する為の身分証明書、とロケットペンダントを木城百合に投げ渡す。
「この男が大寺博人というのは分かりました。確かにお母様がどこかから拾ってきた人間の中にそういう男が居たのを覚えていますし...。けれど、このペンダントは?」
「見てみれば分かるだろうさ」
柊の言葉に些細な違和感を覚えつつも木城百合は渡されたロケットペンダントを開き、その中に納められているであろう写真の確認をする。そうすれば今回自分が襲われた動機が分かるだろうと、―――何故何の接点も無い男に地位を脅かされなければいけなかったのかを。
そう、今回は致命的にすれ違っている。何もかも間違っていて、二人の見ている視点、いわば世界は違う。木城百合と言う女の復讐のために全てを捨てた男と、男のことを何も知らない木城百合という人間。
どちらかが間違っている。どちらかが狂っている、その証明はこのペンダントの中にある、柊は確信している。自分の見たものと、その視点が一体いつの世界なのか。
「......何、これ」
「―――そうか」
そのペンダントの中身を確認すると、そこには写真など納められてはいない。しかし、これは二枚の写真を納める為のものであるのは柊にも分かっており、本来ここには二人の人間の写真が納められているべきであった。
ただ、代わりとでも言うようにそこには小さな文字が彫られていた。それを見た両者の反応は全くの反対のもの、方や理解に苦しみ不気味がる女と、何かを理解したかのような顔の男。
できるのであれば、この反応は逆であって欲しかった。何も知らないのではなく、ほんの少しでも記憶が覚えてさえいれば―――。
「――――と、いう訳でここからは僕の出番ですね!」
突如後ろの扉が開き、そこから白衣に身を包み、おもちゃのぐるぐる眼鏡をつけたふざけた身なりの青年が楽しそうに笑いながら部屋の中に入ってくる。
「え、ちょ―――。貴方、だ...ぁ」
「―――狂学者ですよ、お嬢さん」
―――間違ってしまった。今のご時世、白衣なんて物騒な衣装に身を包んだ人間が現れた時点で何も言わずこの場から逃げてしまうべきだった。そもそも、コスプレであろうと白衣に身を包むような人間はろくな人間では無い。
ただ、これまでの行いがそれを油断させてしまった。―――少しでも、狂っている人間と関りがあったこと自体あってはいけなかったのだ。
「――――あ、あぁぁぁ゛ぁぁ゛ぁぁ」
両目を耐えようのない痛みと熱が襲う。鮮明に映っていた視界は赤に染まり、喉の奥からこれまで出たことのない悲鳴が上がる。
両目を襲った熱と痛みで僅かに理解が遅れたが、視界を奪われた女はそこでようやく自身が殺されると言うことに気づき、逃げ出そうとするがもう遅い。目が見えず、すぐ足元に転がっている男の死体にすら気づかず躓き、顔面を床に強打する。
「逃げるのが遅かったな」
「こういう輩は多かれ少なかれ狂学者に関わりはあるでしょうからね。警戒心が普通の人間と比べて低いんですよ、でもまぁ因果応報と言ったところですね。―――そうでしょう、血飲みの令嬢さん」
「...どう、じて?」
「どうして気づいたか、ですか?その疑問は確かです、何せ貴方の本性を知る人間は表舞台にも裏舞台にも居ない。というか、国に多額の金を積むことで黙認して貰っていましたしね。国が動くとなれば完全に情報はシャットダウンされますから」
であれば、どうしてという疑問も当然のもの。彼女が持つ狂った趣味、人間の生き血を吸うという常人には理解できない趣味は彼女とその両親以外は知る由も無い事。表舞台は勿論の事、これまでその本性を裏側の世界でも見せたことは無かった。
完全に秘匿された状態での完遂、国という絶対の存在によって認められればそれに勝る安心は無いのだから。
「であれば貴方の疑問の答えは自ずと分かる筈です」
そう、誰にも知られる筈の無い。生まれつき彼女が持っていた衝動、抗えない吸血衝動を知る人間は両親が死んだ今、誰も知ることの出来ないもの。―――ある一つを除けば、だが。
「――――だ、からぁ!どうして私が殺されなくちゃいけないのよぉ!!」
「...えぇ。急にキレられても、―――単純にやりすぎたからでは?」
「...は?」
「えぇ、まぁ同情くらいはしてあげましょう。うーん、時期が悪かった!―――吸血鬼の眷属として異形化した人間、大寺博人との接触と親族の異形化。国に隠れて事を済ませたかったみたいですが、ツイてませんでしたね」
飄々と彼の口から語られる知り得ない情報の数々、痛みで正常に思考が働かない中で必死に考えた後に彼女が出した答えは、
「国に見限られたの...?」
「まぁ、正解です。それでは、―――また会いましょう」
そう言って右腕にちくりとした痛みが走ると、その瞬間意識は暗闇の底に沈んでいく。もう、決して目覚めることのない漆黒の世界へと。
「はい、終わりです。柊さんもお仕事お疲れさまでした」
「本当に死んだのか?」
「頭を切らないと安心しない柊さんには分からないと思いますけどね、こういう殺し方もあるんですよ」
木城百合の右腕に刺した注射器を抜き去り、中に残っていた液体を異形化した遺体にかけるとみるみる内に異形化した遺体が黒ずんでいく。何の薬品が使われたか知らないが、異形化した人間にも効果があるとしたらそれは生きている人間からしたら劇薬もいいところだろう。
「他にも殺し方はある」
「たとえば?」
「潰す」
「どこを?」
「......―、―――。頭」
「それ、同じでしょう」
言うまでにかなりの間があったことから柊にもその答えが言い訳になりはしないという自覚はあったのだろう。故に、それ以上の言及も無ければいい訳も無い。
再び辺りに静寂が訪れると二人の居た部屋のドア、自然に閉まっていた扉が叩かれその向こうから聞きなれた男の声が聞こえてきた。
「旦那、いいですかい」
「あぁ、ようやく全部終わったところだ。―――依頼人は?」
「えぇ、是非挨拶をしたいってことで来ておりやす。中に入れても?」
「構わん」
その答えを待って十数秒の間があった後、今日何度目かの来訪者により血に濡れたドアノブが捻られ、扉が開かれる。そこに立っていたのは顔の半分を仮面で覆い、ただでさえ隠れた顔を長い前髪で隠している陰気そうな女の姿。
「...どうも、この度は、い、依頼を...え、っと。ありが、とう」
開かれた先、本当の依頼人の姿を見て柊は最早驚きを通り越して呆れ、失笑が零れる。初対面で笑われたにも関わらず、―――その高貴な立場の人間は怒るどころか自分が何かをしてしまったのかと視線を左右に大きく揺らしながら首筋を搔きながら謝ってくる。
「ご、めんなさ...ぃ。そ、そうですよね。私みたいな―――醜い出来損ない...。み、見たくなんて」
「いや、今のはお前に対してではない。だが、失礼なことをした。―――木城蕾、木城家の本来の跡取りにして木城百合の実姉。依頼人はあんたで間違いないな?」
「え、えぇ。わ、私が貴方に...。お父様とお母様と弟、そして。私の大切な従者を異形にした妹の殺害を依頼しました」
「......」
その言葉に何ら疑問は持たずとも、沈黙せざるを得ない柊とは対照的に空気の読めない白衣姿の青年は大きく声を上げて目の前の自信なさげな女性の手を取り、顔をぐいっと近づけて笑う。
「何を申し訳なさそうにしているんですか!貴方はとても運が良かったんですよ?本来貴女が継ぐべき家督を策略家の妹に奪われ、彼女とその派閥に属する貴族の手によって貴方のありもしない悪評を周囲に流布され、社交界での貴方の立場は完全に失われた。挙句には妹の術中に落ちた両親にも見限られ...。えぇ、えぇ、体調を崩してしまったのも頷けますとも」
「わ...私は!」
「えぇ、―――しょうがなかった。貴方が40度を超える高熱に魘されているのを見るに見かねた従者が信頼できる里親に貴女を託し、この屋敷で木城蕾を演じた。そうして起きた悲劇、貴女の大切な従者は影武者としての役目を立派に果たした。―――そこで死んでいる貴女の死体がその証拠、最後まで貴女の為に在り続けた人間の最後です」
良い意味でも悪い意味でも、この男は言葉を選ばない。狂学者、などと世間では揶揄され、幾星霜の年月を虐げられても尚その肩書を名乗り続ける男に常識などとうにありはしない。
「で、でも...私、がもっと早く気づけてれば。そうすれ。...ば、お父様もお母様も勇樹も―――貴女まで死ぬことなんて無かった」
異形化し、最早人の原型を留めていない木城蕾の―――否、木城蕾を演じていた彼女にとって唯一の付き人の死体。それにしがみつき、涙を流しながら木城蕾は「ごめんなさい、ごめんなさいと」必死に謝っていた。
「結局、今回の依頼は何だったんですかい?旦那の受けた依頼に珍しく学者さんが興味を示して、突然飛び出していくかと思えば、仕事を仕入れてきたんで見てみれば目ん玉も飛び出る額の依頼金。それにこの状況だ。あっしには何が何だが...」
「簡単ですよ。僕は木城蕾さんと昔から縁がありましてね、正確に言えば彼女の顔の半分。妹さんとそのお友達に焼かれた顔の施術を担当したのが僕でした。蕾さんは家族に隠していたかったんでしょう、理由は聞きませんでしたよ。というか、妹さんに弱みを握られていたのは彼女の全身を見れば一目瞭然でした。えぇ、そりゃあ酷いもんでした。僕の薬を飲んでもらったりして多少マシにはなりましたが、膿んだ傷と痣塗れの体。内側では肺炎や性病etc、病弱で済ますには限度がありました」
「そりゃあ...随分とひでぇ話だ」
「それ以降も当たり前と言うか、付き合いがありましてね。彼女が高熱を出した時にも従者さんから連絡がありました。信頼できる人間に蕾さんを預けて、彼女に代わって数日過ごすと。恒常的に毒を仕込まれるような家庭だ、しかも両親は木城百合の話術に嵌り家督まで譲る始末、昔は仲が良かったとはいえ今は犬猿の仲と言っても過言では無かった。実際、蕾さんの存在を疎ましく思っていたようですしね、それこそ...」
「―――出来損ない、か」
「えぇ、それでも彼女は両親だけは愛していた。いつかあの頃の優しかった両親が戻ってくる、と。―――薬にハマった人間に抱くには行き過ぎた幻想ですけどね」
希望も無ければ救いも無い、そんな話に猫背の男が明らかに顔をしかめる。仕事上、そういった話を聞かない事は無いがそれでもこの話はあまりに救いがなければ先もない。ただ、永遠と続く地獄が広がっているだけだ。
「うん...?木城家の内情はまぁ分かりやしたが、今回のは大寺博人が主犯じゃねぇんですかい?でも、さっき木城百合が家族を異形にしたって...」
「ここまで言えば柊さんにも分かるんじゃないんですか?貴方が見た大寺博人の―――来世の記憶、そこで見たものは因果応報。しかるべくして受けた天罰である、と」
「...あぁ。木城百合は策略家であった、表では貴族としての地位を確固たるものにし、そして裏の世界にも精通した人間。表と裏、その両方に太いパイプがあるなら―――その間、パイプの間に生じた隙間にも奴は関わっていた」
「えぇ、ここからが本題です。まず第一に彼等は既知にて未知、空想にして現実。世界が何度も繰り返す内に生じた隙間から零れ落ちた世界の癌。人の歴史をこれまで幾度となく終わらせてきた怪物、西洋にて最初に発見された彼等に与えられた名は―――エンプティ―。空想上でしか語られることの無い怪物が形をえ、人類を滅ぼす為だけに生きる彼等は時を経るにつれ天敵を無くしていった人間に訪れた最後の天敵。そして、その内容物を人に埋め込むことで形を失った人間は空想にも現実にも属せず、形を失った彼等は異形と呼ばれた」
不意に、扉が叩かれ振り返った三人の前で目を疑う光景が広がる。今日だけで何人もの客人を迎えた屋敷に訪れた最後の客人。
―――血となり形を失った扉の先、透き通るような白い肌と長い白髪によってより一層強調された真っ赤な真紅を宿した瞳と、血で濡らした口元から覗く牙が特徴の青年をした人ではない何か。誰もが一目見ただけでも、その青年の姿をした存在をこう呼ぶだろう。
―――吸血鬼、と。