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真球理説  作者: root
第一章 原罪
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第一章 8話 <遠い君へ>

───この記録を観ているあなたへ。

私は主なき城塞都市スパーリニアという小国で新しき王を支える宰相───ではなく、一介の記録係として王宮に勤めている紫苑という。


君の居る時代では対して珍しくない、性を持たないただの人間だ。そう、主を持たず、親を持たない、出来損ない。


そんな私にこそ、この名前は相応しい。


さて、いい加減誰かの景色を観ているだけなのも飽きてきた頃合いだろう。それも喜劇なら兎も角、対して面白みのない悲劇ときた。


───これ以上の苦痛は君も僕もいい加減飽き飽きだろう。


だから、私は多くは語らない。本来であればあの記録さえ、この都市に起きた事の説明には何ら必要の無いものだ。

けれど───私にはあの記憶が意味のないものだとはどうしても言えなかった。あの温かい記憶には確かに意味があり、意義があった───のだと信じたい。


と、また長い話になるところだった。


結論から言おう。

───この国は滅ぶ。何をどうあがいても、助かる道は一つとしてない。これは必然であり、ルピナス様の死後、私利私欲を満たしてきた愚かな人間が辿る正しい形での結末だ。


私は過ちを正せなかった。祭り上げられた偽りの存在を王として崇める民も、それを良しとした彼女も。

全ては国の為ためだと嘯く彼等も、何一つとて正せなかったのだ。

ルピナス様の魂が失われ、物言わぬ抜け殻となってから3日。微睡みの底から全ての民が目覚めてから事態の追及は始まった。


王を守ることの出来なかった衛兵と、物言わぬ王の下で涙を流していた私は裁判にかけられ、2名の衛兵は当初は王室に続く扉の前で居眠りをするという危機感の無さを追求され、何の反論も出来ず、あまつさえ反逆者を迎え入れた謀反者として処刑された。


私はルピナス様の養子であったことと、リーリャの弁明により、事なきを得たが、生前のルピナス様に気に入られていた事をよく思わなかった王宮の人間の策略によって宰相の座を追われた。


正直、当時の私はもう全てがどうでも良かった。何なら皆から失われ、私だけが知っているあの景色のようにこの都市が一人の男の手によって消されてしまうことを願ってさえいた。


しかしどれ程の時が経とうと秘密主義の大帝国がこの国に関わってくることはなかった。私が獄中で裁判を掛けられている最中、旅人の来訪があったそうだが、それが誰であったかを調べる事は結局叶わず終いだったが、その旅人が新たな王として名もなき赤子を連れてきたことを後にリーリャから教えられた。


何でも、その赤子は未来予知を持った奇跡の子なのだという。一介の記録係に過ぎない私が謁見したのはほんの数回だったが、私にはただの赤子にしか見えなかったが、リーリャは酷くその赤子に心酔しているようだった。


ただ、その赤子はルピナス様を失い、混乱に陥った民を鎮める為に王の隠し子、ようは実子として扱うことでルピナス様の血を引く唯一の人間とすることで、王に祭り上げ、自分達の都合の良いように政権を握ろうとした。


勿論私()()は反対した。民に真実を告げず、あまつさえ自分達に都合の良いように王を祭り上げるなど、あってはならないと。


しかし、私はその時初めてその子供が奇跡の子と呼ばれる所以を目にした。用意された3つの題目、そこには明日の天気、明日城塞都市で死ぬ人間の数、城塞都市が輸出する鉱物、薬草、計12種の内3日後に高騰するもの、それぞれ選択肢が政策も世界情勢も知らぬ子供の前に並べられ、宰相がその子供に問いかける。


子供は天気を晴れとし、明日亡くなる人数の紙には乱雑に16と書き殴り、高騰するものを鉱物から3種薬草から1種選び取った。


翌日、快晴の中、城塞都市の中央にある時計塔が十二時の鐘を鳴らすと同時に、城塞都市南部の採石場で事故が起こり、そこで14名、城塞都市の病院で2名の老人が老衰によって眠りにつき、計1()6()()()()()が無くなった。


その2日後、城塞都市に異国の行商団が訪れ、城塞都市で採れる鉱物の内、エンプティー討伐に使われる武器に使われる鉱物の内3種、医療に使われる薬草の中でも比較的安価なものを当時の相場の2倍の値段で大量に購入していった。


何でも極北の地で観測された龍の討伐が目下に迫っており、足りない資材を各国で買い漁っているのだと言う。


どうだ、これで納得しただろう?と私の隣で肥えた男が言って笑う。そうして、私は何も言い返すことが出来ず、物言わぬ5歳の子供が王に祭り上げられる姿を城下町の隅から見上げることしか出来なかった。


それから私は何に対しても興味を持たなくなった。私腹を肥やす王宮関係者を野放しにし、未だ目覚めぬ王の下に通い詰め、血の繋がっていない子供に心酔するメイドに声も掛けず通り過ぎ、拡大していく土地と、その隅で横たわる民を見ても───何も感じなくなってしまった。


歪にこじ開けられた記憶は欠損しながらも統合し、(まも)るべき主も持たず、唯一の親も失った。


もう二度とあの優しい声音が私の耳を打つことがないように、過ぎた時間が決して戻ることのないように、欠けて落ちた心が元の形に戻ることはない。

その空いた穴を埋めることが出来る人は既にこの世から去ってしまった。


あの人が最後まで私を愛してくれていたことを知っている。本来であれば我々が払うべき代表を一身に受け、絶望を打ち砕き、悲しい結末を良しとしなかったことも。


だが、愛しているのなら、愛されているのなら、一緒に居たかった。側に居て、───笑っていて欲しかった。


「シオン」


安い酒場で酔いつぶれ、まともな思考の働かない男の名前を呼ぶ声が聞こえた。気づけば五年という月日が経ち、かつての宰相としての威厳も感じない程に落ちぶれた男の顔がガラスのコップ越しに映る。


整っていた顔には無精髭と深い隈、手の行き届いていたストレートの黒髪は白が混ざり、手入れのされてないボサボサの髪型で飲んだくれるその男をシオンと分かる人間などそう居ない筈だが。


「...リーリャ?」


悪酔いで回る視界で捉えた赤黒い人影。掠れた声でかつての親友の名前を紡ぎ、───鮮明になった視界で、彼女が助からないのだと悟った。


顔に多くの切り傷と火傷の痕、右手の小指が無く、彼女から香るのは優しい花のような匂いではなく硝煙と肉が焼け爛れたもの。


そして───そのお腹に開いた大きな空洞が、シオンの目を引いて離さない。


「───リーリャ!!」


今度は掠れた声ではなく、少し低くなったけれどかつてのシオンを思わせる優しい声音。それを聞いて何故か安心してしまったメイドの女は体を支えきれず倒れそうになる。


慌てて駆け寄ってくる彼の手が力なく崩れ落ちた自分の体を支え、ぜいぜいと苦しげに上下する胸の下、空いて失くなった空白に添えられる。


赤黒い血で濡れるのも構わず彼は必死に私のお腹を押さえている。


「───なんでこんなことに。君は、君だけは生きててくれるって、そう。思ってたのに」


「生きてる、のかな。あの日、貴方を、ルピナス様を助けてあげられなかった時、ね。私、もう駄目になっちゃった…のに」


「それでも!君は、体があって、魂があって…!!」


「うぅん。私は、やっぱり、あの時死んじゃったんだ…と思う。だって、裁判にかけられて、謂れもない罪で追い詰められている貴方、に。手、差し伸ばせてあげられなかった」


辛い時、誰よりも優しくしてくれた彼の手を私は彼が一番辛いときに差し伸ばしてあげられなかった。辛いのは私もだと、彼以上に私は可哀想なんだと、そんなことすら思っていたのかもしれない。


───そんなの、生きてると言っていいのだろうか。


リーリャとシオン、そしてルピナス。血は繋がっていなくても、心は繋がっていた。なのに、無くなって途切れてしまった片方の糸を必死に手繰り寄せるあまり、もう一つの糸を私は勝手に切ってしまっていた。


もう途切れてしまった糸をどれだけ手繰っても先には何も無いのに、必死に手繰り寄せて、切り離したもう片方の糸で継ぎ接いで、あまつさえ繋がってもいない黒い糸まで使って───。


「私、謝り、たかった」


「駄目だ、やめてくれ」


じくじくと溢れ出す血が床を濡らし、意識が少しずつあの人の元に近づいていく。嬉しいはずなのに、やっと会えるというのに、心は酷く悲しくて、痛い。


あの人を失ってから空いた穴、これまでの痛みが比にならないくらい痛くて、辛い。


「シオン」


あぁ、そうか。


「ごめんね」


────私、まだ生きてたんだね。


「りー、リャ?」


途切れた言葉と意識。それは紛れもなく───を意味していた。ルピナスのように中身だけではなく、それを止めておくための器も、既に誰かの手で壊されてしまって、そこから零れていった魂が完全に消えてなくなる。

 

「あ、あぁ。────アァァァぁぁぁぁ!!」


何故だ。彼女はただの王宮に勤めているだけのメイドで表立ってシオンと仲良くしてはいなかった。公私混同を避け、仕事中はメイドであることを忘れず、誰にでも優しく、誰にでも厳しかった。


ルピナスが目を覚まさなくなってから、仕事以外でも出会うことは殆ど無くなり、自分と繋がっているなどと誰かが思う筈も無い。


現に彼女とこうして話したのだって四年ぶりだ。それまで繋がりは完全に絶たれ、こちらからも関わることも何かを話すつもりもなかった。


どうでも良かった筈だ。あの時、もうどうなっても構わないと投げ捨てた筈だ。そうやって自暴自棄になって───。


「死んだ、じゃないか。───お前だって、僕だって、あの時死んだんじゃないのか!!」


そうだ、あの時シオンは死んだ。父に聡く優しいと褒められていた子供はあの時、全てを投げ捨てたときに死んだのだ。


体があろうと、そこに魂が宿っていようと、シオンという存在は死んでしまった。器も魂も関係ない。


───見てくれが変わらなくても、その性質(中身)が変質してしまったのなら、果たしてそれは同じ人間だと言えるのだろうか。


答えは、終わった後に気付いた。優しさも、愛も、君の言う言葉の意味も───全部、後悔となって降り積もる。


「行かなくちゃ」


知らなければならない。こうなってしまった意味を、彼女が殺されなければいけなかった意味を。


───遠くで立ち上る煙と燃え盛る炎、滅びゆく世界でシオンは息を吹き返し、注がれた血で欠けていた心を修復していく。



〜 〜 〜



「───ふざけるな、くそ。くそ、誰か、誰かおらぬのか!!」


煌びやかだった金色の装飾が施された衣服を煤と血で濡らし、そこかしこで横たわる衛兵だったものの肉塊に救いの声を求める男。


その声に応えるものなどこの王宮にあるはずもなし、全ては彼とその親族、及び権力と金に溺れた人間が画策したことだ。


自分達以外の全てを犠牲にした悪魔の召喚。3つの願いを叶えるために差し出したのは実に1200万人の人間の命だ。


悪魔を呼び出す陣の起動にはリーリャとかいうメイドの処女とその生き血を利用した。そこからはトントン拍子に進むはずだった。


現れた悪魔に民の魂を焚べ、陣の周りに呼んだ親族と仲間に富と不死と不老を望む。一人当たり100万の魂を必要としたが、その程度で済むならばと彼等は計画を遂行した。


王宮に残っていた古文書と、あの者から拷問の末引き出した情報を下に、正しい儀式の仕様を確立し、順調に事は進む───筈だった。


それの召喚には成功したが、そこから異変は始まった。現れたそれは当初の情報通りに3つの願いと引き換えに多くの魂を要求した。


しかし、儀式が始まる直前、()()はニタリと笑った。


お前らに従う筈が無いだろう、と。忌まわしき我らが仇敵がいる中、我等を呼ぶとは何たる侮辱かと怒り、城塞都市を黒炎で覆った。


「何が仇敵だ、何が忌まわしいだ。苦労を踏みにじられ、我が王宮を燃やされたことこそ最大の侮辱であろう!」


叫び、逃げ回る賤しき人間。その前に数刻ぶりに生きた人間が現れる。


「こんばんわ、デルヘクト宰相」


「───っ!」


一瞬、悪魔が人に化けて出たのだと勘ぐり、警戒したが、その顔を見て男は安堵した。

忘れる筈もない。その顔は、その声は間違いなく彼が追い詰め、その地位から叩き落とした男のものだ。


「シオンか!よくぞ、王宮の危機に参った!流石ルピナス様の養子じゃ。───なんじゃ、珍しいのぅ、お主が身なりを整えるなど」


宰相の地位を追われてから数年、意気消沈したのか無気力なまま、記録係とは名ばかりの意味のない役職につかされた彼の憔悴ぶりはそれはそれは見物だったというのに。


年々コケていく頬とみっともない無精髭、宮廷屈指の美男と呼ばれた頃の面影もない黒と白の入り混じった整えられていない髪。まさしく絵物語に出てくる哀れな脇役よな、と笑っていた人間は自分以外にもう生きてはいないだろう。


それがなんだ。この事態で偶然出会ったかと思えばみっともない無精髭は綺麗に剃られ、髪色はところどころ白くはあるものの後ろで少し汚れた髪止めで結われ、かつての姿を彷彿とさせていた。


「えぇ、この国を治める方と謁見するというのにあのような身なりでは失礼にあたりましょう」


「ガハハハ、何じゃ、よう分かっとるな。まさかここでお主と出会うとは思っても居なかったが、丁度よい。儂を外まで護衛せよ、シオン!!」


あの女のように、とうに精神を保てぬほど壊れてしまっていると思っていたが、常識を考えるくらいの思考は残っていたらしい。


この男に守られるのは癪だが、今は生きて脱出することが先決だ。儂さえ生きていれば城塞都市などいつでも、どこでも立て直せる。


むしろ、城塞都市などという陳腐な名前を変えたかったところだ。この機に新たな王国を立て直せると思えば、この程度の被害、どうってことはない。


火が収まったところで王宮に残った財宝を元手に新たな土地で国を興す。何、ルピナスの時世では成し得なかった領土拡大をこの五年で推し進めた手腕があれば国を興すなど容易い。


金があれば商人が集まり、商人が集まれば金と人が集まる。今度はたった百万人集めて、悪魔を呼び出せばいい。富と不老不死を得、永遠と続く王政を敷く。


混乱なき世界、異常でなければ成しえない奇跡をワシは成し遂げ───。


「どうした?はよ、ワシを外に連れてゆかんか」


「…まぁ、いっか」


「?」


何故かこちらを凝視してくるシオンに不信感を覚えた男が催促するとシオンは適当そうに歩き出す。

やはり、どこか壊れているのだろうか。このような自体に王宮に来ることもだが、何も聞いてくる気配もない。


だが、それはそれで都合がいいと男はシオンを背に歩き出す。


「ところでデルヘクトさん、リーリャという女性をご存知ありませんか?」


「ん?その女ならとうにし───」


よもや最初に聞いてくることがそのような事とは思わなかったが、かつて彼と楽しそうに談笑するリーリャを見たことがある。


やはり、あの女に情でもあったかと思いながらも、事故で死んだことにしようとして、男は腹部に突き刺さった石柱を自分の腹越しに見る。


「え?、えぇ?」


壁の柱が欠けて落ちたことで断面が鋭利に尖っている。それを人に刺して殺そうなどという発想がこの人間にあるのか、あのシオンが?


「ご存知ですよ、貴方のしでかした事。リーリャにしたことも」


「あっ、が───」


「あ、倒れたら」


「───アギャァァァ!!!?」


「ほら、言わんこちゃない」


痛みに耐えられず前に倒れたデルヘクトの腹部、突き刺さった石柱が体の内側で動き、再び脳を焼くような痛みが襲う。


「痛い、痛いぃ。誰かぁ、これを───」


「あ、抜いて欲しかったんですか?それならそうと言ってくださればいいのに」


背中から腹を突き破った石柱が背中から引き抜かれ、今度こそ気を失うかと思われたデルヘクトの意識を辛うじて引き止めたのはシオンだ。


仕掛けは分からないが、デルヘクトの頭を右手で押さえ意識を奪われるような激痛でも意識を失わないようにしている。


「な、なんでぇ!?」


「…なんで、って。そりゃあ、───そうでしょ」


今まで感情を見せなかった彼のの口角が上に上がる。

それは紛れもない喜びの感情だ。シオンはデルヘクトの苦しむ様を見て、あろうことか笑ったのだ。


その無様を、その醜さを、その人間らしさを、その浅ましさと下劣さを、笑っている。


立ち上がったシオンはデルヘクトから引き抜いた石柱を投げ捨て、手をポンポンと叩いてホコリを払う。


そんな彼を横目にデルヘクトは気づく。整えられた髪、それを束ねる髪止めに見覚えがあることを。


「それ、は。りー、りゃぁ、の?」


「えぇ、彼女の遺品です。何せ、死んでますしね。てか、貴方に殺されましたし」


───会っていた。この男はどこかで死にかけていたリーリャに会っていたのだ!

儀式の途中で姿が見えないと思っていたが、あの体で一体どれほどの距離を───。


「ざっと10キロ程ですかね。あの体でよくもまあ、───俺のとこまで来れたもんだ。ん?違うな、来れたものですね?」


口元を五指で押さえ、動かしながらその男はデルヘクトの頭上へ移動する。


「……」


「何も言わないんですね。というより、黙ってても意味ないですよ。ご自分で言ってたじゃないですか、リーリャの処女と生き血を捧げたって」


───言ってなどいない『言ってなどいない』


考えはしても断じて口になど『考えはしても断じて口になど』


───?


「『?』どうしましたか、急にハテナマークなんて浮かべて」


「まさか、見えておる、のか?」


「───聞こえてはいますが?」


やはりそうだ。この男は思考を読んでいる、いや、見えている?兎に角どちらでもいい、考えたことはシオンには全て筒抜けだ。


「あぁ、なるほど。そういうことでしたか、何か変な聞こえ方だと思ってたら、僕、見えてたんですね。道理であれも、───そう瘴気も、魂も、形も、心の満ち欠けも!あぁ、なんだ。そう考えれば辻褄が合うじゃないですか!!」


「気づいて、いなかったのか?その、異能に」


「見えているものを見えていると、聞こえているものを聞こえていると捉えていただけですよ。だってこうして口を使って話すのも、焼け焦げて崩れていく王宮の音を耳で聞くのも、こうやって私が貴方のみっともねぇ豚顔を見てんのと同じで、()()()()()()だけですし」


───狂っている。この男はやはりあの時から取り返しのつかないことになっていた。ルピナスが植物状態になって以降、何も喋らなかったのはやはりそういうことだったのだろう。


「狂っている…。まぁ、そう捉えられても仕方ないですが、私は狂学者ではありませんよ」


「だろうな。貴様のようなものが13の賢人に名を連ねるような人間である筈がない。ルピナス、あの方でさえ届き得なかった高みに貴様如きが届くはずがない」


「───ひでぇいい草。僕、傷ついちゃいますよ」


そう、私は、僕は、俺は、───シオンだ。

歪に塗り固められた絵の具の上、色んなものが合わさって、溶け合って生まれた防人───の、なり損ないで、出来損ない。


蓋を開けたはいいものの、それを受け入れず、上書きせず、エラーを吐きながら、無理やりその蓋を閉じられたことで生まれた異分子。


秘密隠しの大女王。かの王すら完全に把握し得なかった繰り返す世界で生まれた不変の異物。これから先幾度となく世界が滅び、巡ろうと決して戻らず、交わらず。


愛が生み、愛によって生かされた、最後の城塞都市の民。


「折角の城塞が崩れていまや見る影もない。その形を残しているのは時計塔の周囲のみ。これでは城塞都市とは言えませんね」




「今更、何を、するつもりだ。」


「...尻拭いですよ。ここは今この時を持って永久に滅びるべきだ。そも、主を失った時点で城塞都市も、そこに住む人間も死んだ。堅牢な壁を領土拡大を謳って取り壊し、数多の命を育むと同時に多くの命を奪った。貴方がしでかした事態を後世に残すわけにはいきません。───子が罪を背負うなど、そんな悲劇あっていい筈がないでしょう」


そう言って歩き出したシオンが向かう先は始まりにして、終わりの地。かつてはルピナスが、今は奇跡の子として王宮の人間と民によって祭り上げられた哀れな王の住む───。


「?」


だが、そこには誰もいない。部屋は何者かによって荒らされ、いや、違う何かに抗った()()()()()()()


悲しくて、苦しくて、怖い。色んなものがここには残されていた。その跡を追い、辿り着いた先、玉座の間にてシオンは信じがたい光景を目にした。


「───な、んで」


玉座の周りには悪魔の召喚に使ったと思われる陣と、リーリャのものと思われる血、そして───玉座で横になっている四肢をもがれ、目玉をくり貫かれた子供の死体だ。


「う、…ぼぇ」


まともな精神状態にない筈のシオンが思わず吐いてしまうほどの惨状が目の前には広がっていた。

あり得ない、あり得ない、有り得て言いはずが無い。  


何の罪もない子供だ。齢10にも満たない子供が王として祭り上げられ、利用され、最後には用済みだからと四肢をもがれ、目玉をくり抜かれ、その心臓を悪魔に捧げられた。


「まだ、これからだったろう。多くを知り、喜怒哀楽を育み、壁の外の景色を見て、偽りであろうと無かろうと、民を導く為にあろうとした存在を、どうして。ましてや相手は子供だ。その最期が、こんなものであっていい筈が無い!!───悪魔は…どっちだよ」


ルピナスがその一生涯を捧げ、守り抜いた先にあった景色がこれか。王宮も、王室の人間も、その国の民すらわずか五年で在り様を変え、果てにはたった数人の悪意で都市は燃え尽きる。


もはやそこに堅牢な壁はなく、もはやそこに人の愛は無い。全てがあの時、あの瞬間終わってしまったのだ。


愛が死に、人が死に、国が滅んだ先に残るのは呪いだけ。土地を、人を、世界を呪う厄災の種がその地に振りまかれた。


───遠く、かつては城塞都市の中枢にあり、都市の端に追いやられた時計塔で鐘が鳴る。人が生み出した原罪に連なる大いなる呪い。


悪魔が塔に根を張ったのだ。時期に時計塔の内部は空間と時間が歪み、人の立ち入れない禁足地となる。

そこより新たな呪いが生まれ、この地は未来永劫滅びた形を残し続ける。


それこそが柊や学者が知りたがっていた呪いの正体にして、廃壁外の老人達が隠していた罪。


そして───。


「───記憶旅行はここで終わりです。柊アカリ」


炎と怨嗟に彩られた視界が一人の手によって砕かれる。風景がまるでガラスのように割れ、その崩壊の中心地に差最早見慣れた男の姿があった。


「始めまして遠い未来のお客人。私の知る彼と同じ名前を持った優しき人」


「あんた、は」


本来ここには残っていない筈の人間。未だどこかで彷徨い生きていながら、───魂だけとなったシオンがそこには立っていた。

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