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真球理説  作者: root
第一章 原罪
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第一章 5話 <成長>

「―――何か心境の変化でもありましたか」


 今日だけで予想外の出来事が二度も起こるとは思いもしなかった。


 いや、予想外と言うよりは驚いたという言葉が正しいのだろう。そういった可能性があるとは思っていても、百以上ある可能性の内、最も起こる確率が低いだろうと思っていたことが起きただけで―――。


「違うな」


「では、何があったんです。貴方自身、精神状態が危ういのは理解している筈でしょう。リスクがある以上、それを避けて通るのは当然のことでは?」


「そうだな、きっとお前の言っていることは今回も正しい。自分の身が危険に晒されるのを承知で行くような馬鹿はそう居ない。本能的にそれが危険だと分かったのなら人間はそれを避けて通ろうとする、それが出来ない人間は早死にする、だろう?」


 全て、彼から教えられたものだ。

 そこが危険だと分からないような無知な人間にならぬよう、そこが危険な場所だと気づかないような鈍感な人間にならぬように、学者は自分の持てる知識、経験則の中で生存に関わるものを多く教えてきた。


 考え方に立ち振る舞い方、人との話し方に戦いの仕方。どれも彼が望んだようにはならなかったが、その教えがあったからこそ、幼い頃の柊はこの過酷な場所で生き延びることが出来た。


 今の柊の人格生成に大いに貢献した学者の教えは今や血となり肉となり、知識として脳に残っている。だから彼の言いたいことは容易に想像できた。その上で、それを否定しなければいけなかった。


「学者、これはけじめだ。俺があの二人をここから引き離し、送り届けたんだ。子供だからと危険から遠ざけ、奴の責務を放棄させた」


 リラは代理とは言え廃壁街を納める街長だ。彼には秘密を知る権利があった。それを何も知らない子供ままにさせたのは大人の我儘だ。


 だからこそ、―――そのけじめをつけるべき人間もまた大人でなければいけない。


「心配なら手足でも縛れ。あの時のように斧を振り上げないようにな」


「...いえ、結構です。柊さんに覚悟があるのなら今は言う事はありません。ただ―――」


「ただ、なんだ」


「言葉の通り、後悔するのはいつだって後からだ。貴方は確かに間違った事を言っていませんし、その行いも人として正しいものです。ですが、人として正しい行いの全てが生きるという目的の選択において最適解とは言えませんよ」


 人間は正しさを好み、正しさに惹かれる生き物だ。それが善い事だと分かっているのなら躊躇う必要も無く、止める者も居ない。

 しかし、太古の昔ならまだしも、この世界では、この場所では正しさを持ったままで長生きできる人間はそう居ない。


「正しさを掲げるのは好きにしてください。ただ...」


「―――正しさを妄信するな」


「えぇ、その通りです。覚えているのなら、もう何も言う事はありません」


 そう言って問答を終えた学者はそれまでの考えを思考の中から取り除き、柊も呪いを受ける前提で話を進める。


 柊の意思は尊重する。いつだってそうしてきた。

 それは今回も変わらない。


 彼が()()としてけじめをつけると言うのなら、自分はただ協力者であればいい。

 それに彼の主張を否定しなかったのはリスクに見合うだけのメリットがあったから。最悪発狂をしたとしてもそれを治す術もあれば、彼を止める保険だって幾つか用意してある。


「では、皆さん。案内をお願いします」


 話を一方的に切り上げ、二人の話に割り込むことが出来なかった廃壁街の老人たちの方へ振り返る。


「話はいいのかい」


「えぇ」


「本当かい?あんたの口ぶりからして乗り気じゃないんだろう」


「簡単なことですよ。貴方達がリラを子ども扱いしたように、僕は彼を子供ではなく大人として見ている、ただそれだけのことです」


 学者の言葉を受けて納得したのか、ただ言い返す言葉が出なかっただけなのか分からないがその老婆は重苦しそうな雰囲気で押し黙る。


「なぁ」


 黙った老婆に代わりその後ろから一人の老人が最後の質問だと訪ねてくる。もうこれ以上の答えは要らない、ただ一つ自分達には理解できないそれを知る為に。


「どうやったら、あんたのようになれる?」


「それは、少し難しい質問ですね」


 簡単にあしらう事は出来た。しかし、彼等は冗談や時間稼ぎではなく本気で知ろうとしている。それを人間は千差万別、同じ人間なんてこの世には居ませんよ、などというあやふやな、答えにもなっていない言葉を口にするのは馬鹿にしているにも程がある。


 彼等はただ知りたいのだ。自分達は突き放し、隠し通すことでしか子供達を守ることが出来ない。

 どうすればそんな関係性になれるのか、どうやったら学者のように子の成長を見守ることの出来る大人になれるのかを。


「そうですね、外野からの意見を言うのであれば貴方達は少し過保護が過ぎる。確かに子供を一生揺り籠の中であやし続け、外界との接触を極限まで減らすことで子に脅威が及ぶ可能性は低いでしょう」


「学者」


「分かっていますよ。確かに彼等の行いは間違ってはいない。ですが、そのままではあってはいけないんです。彼等のやり方は子供の守り方、子を育て、子供を大人にするにはまた別の方法が必要です。柊さんはリラにいつまでも子供であって欲しいんですか?」


 学者は体裁を取り繕わない。たとえ聞いた人間が不快に思う事でも簡単に言える男だ、ただでさえ疲弊しきっている彼等にそれを言うのは()()であれば憚れる事だが、それすらも彼はしない。


 確かに学者は必要であれば何でもする。時にはリラくらいの子供だって殺すし、大切だのなんだの言っている柊にも先日の吸血鬼の騒動では勝てる戦いだからと人殺しをさせた。その場その場で自分が正しいと思う選択をし、他人を気遣う事をしない彼の生き方は人としては間違っていても生きる、生かすという目的だけで言えば合理的な行動だ。


 他者に感情を抱かず、他人に遠慮を知らず、自分のしたいことをする。他者からの暴言すら気にも止めない生き方が出来ればと誰もが思う。

 しかしこの青年はそれを出来てしまうから、問題だった。


 そのくせ、痛いところを的確に突いてくるから尚更タチが悪い。


 先程の問答では柊が自分の意見を突き通したように思えるが、実際止めようとすれば如何様にも出来た。ただ、あくまで学者は柊の意見を尊重し、受け入れただけだ。


 故に、もう止める方法は無かった。


 柊からの無言を受け、反論が無いと判断し学者は話を戻す。


「子を育てる親とはかくあるべきか。危険から遠ざけ、自分達の保護下で一生を平穏のまま過ごさせるのもいいでしょう。無知のまま、苦労を知らぬまま生きて欲しいと願うのは親としてきっと正しいのでしょう」


 だが、見せかけの安寧に、堕落と過保護の果てにあるのは希望ではなく絶望だ。人はいつか死ぬ、親と子であれば親が先に死ぬ方が断然多いに決まっている。だとすれば取り残された子はどうなる。

 無知のまま、常に親の庇護下にあった彼等はきっと孤独を耐えられない。


「人は一人では生きられないが、一人で決断しなければならない時は必ず来る。その時に正解を導き出せるような人間でなければこの世界ではとてもではないが生きられない。僕を育てた人間はそう言いましたよ」


 故に学者はその教えを忘れることなく次代に引き継いだ。完全でなくとも、その教えを正しいものだとは思っていなくともそういった考えもあるのだと知った時点で彼の意思を継いだも同然だ。


「―――育てるとは過保護と言う鎖で子を縛るのではなく、今はまだ暖かな揺り籠の中でずっと眠り続ける雛が飛び立つその時まで、見守り支え続けることだ。所詮、私達に出来ることは子の成長を見守り、時に支えることだけなんですから」


 この言葉もまた彼からの受け売りである。遠い昔、冷たく凍り続ける旅路のまた遥か昔の言葉を今も忘れずに覚えている。今はもうこの世界には存在すらしない空席に座する彼の言葉を―――忘れることは無い。


「ま、こんなところでしょうか。要は考え方の違いですよ。僕はその人間の教えを守って彼を育てましたが―――どうでした?」


「...あれを見守り支えることだとは思わん」


「ほら、この反応ですよ?だから結局は答え何て無いんです。隣の芝生は青く見える、あなた方にとって僕と柊さんの関係性は良いものに見えるだけ。僕はあなた方の選択を間違っているとも思いません。ただ、僕であればこうしたああしたという意見は言いますがね」


 学者は他人の考えを否定しない。人によって考え方に違いがあるのは当然で、その考え方、要は思考を育むのは生まれた場所、育ってきた環境、育てる人間によって千差万別。世の中に同じ人間が一人とて居ないように、考え方の違いもまた同じである筈が無いのだ。


 そんな当たり前のことに気づくのに学者は何千年も荒野をさまよい続けたが、今となってはそれすらも学者の考え方を育んだ経験の一つだ。

 達観していると思われるのは当たり前だ。何故なら自分と彼等とではそもそも生きてきた年数、経験値と言うものに雲泥の差がある。


「もし自分達の行いが正しいものだと思えないなら後から正せばいい。僕の主張も意見の一つとして受け止める程度で良いですよ。結局はあなた方がその選択の時、その状況において正しいと思う事をすればいいだけなんですから」


「...そんなんでいいのかね」


「そんなんでいいんですよ。あなた方がどう思っているかは分かりませんが、それをするだけの時間は残されているでしょう?たとえ残り一年の命だろうと何だろうと今を生きている、―――生きている内は間違いを正すことは可能ですよ」


 後悔も、間違いも、いつかは正す時、払拭するべき時が訪れる。その機会、そのタイミングを後送りにすることも出来れば早めることだって可能なのだ。―――生きている、ただそれだけで。


「...参考になったよ、学者様」


「お医者様、ですよ。ここでは別に構いませんが、僕を知らない人間に僕の素性を知られるような言動をしたら殺すしかなくなります。―――死ぬのは嫌でしょう?」


「そうだな。折角機会を貰ったのに間違いを正せなくなっちまう」


 その老人の言葉を受けて学者はいつもと変わらぬにこやかな笑顔を見せる。間違いは正せる、自分の言葉の全てを真に受けずとも、自分達に必要なことを見つけ出せたのならこの問答の意味はあった。


 表情はまだ晴れずとも、その心のわだかまりを僅かでも晴らす事が出来たのか、僅かに項垂れていた顔が上を向く。今はそれだけで十分だろう。


「付いてきてくれ、お医者様、柊さん。そこにあんたらが知りたがっていたこの街の始まりがある」


「えぇ、お願いします。では柊さん...どうしました?」


 歩き出したその男の背中についていこうとした時、学者を訝し気に見る柊の視線に気づき振り返る。


「いや、珍しくまともなことを言うものだなと、そう思っただけだ」


「何を馬鹿なことを言っているんですか。僕はいつだってまともでしょう」


「―――狂ってるのにか」


「狂ってるからですよ」


 狂学者には狂学者にしか分からないことがあるが、常人の考え、物の見方を狂学者に理解できない筈が無い。狂っている人間はその他者との違いを知っている、ということは常人よりも知っていることが多いのだ。


「ま、詭弁ですがね。世の中には知らなくていいこともあります。それを知っている人間は幸運かと言われるとそれは違うでしょう?」


 狂学者はその出で立ち、その名称の前身となった13賢者という存在の生まれからして多くの事を知り、その中には余分なもの(情報)が多分に含まれている。それを見識と言うには少々無理があると学者は思っているがそれを知らない人間からすれば、多くの物事を知っている賢い人間に見えてしまうのだろう。


「それに、まともな意見に聞こえるのは当然ですよ。なんたって取り繕いましたから」


「何をだ?」


「生きている限り間違いは正せる、嘘は言ってはいませんがその続きを彼等には教えませんでした」


 遠ざかっていく老人の背中、そこから少し離れたところで歩く柊と学者の話を彼等が聞く術はない。いかに耳が良いのが自慢だと言う者が居たとて、その境界線から先の音を聞くのは不可能だ。


「彼等には聞こえないので言いますが、間違いの大小によっては正すことが著しく難しいことがあります。その一生を捧げたとて正すことの出来ない大きな過ちを犯した人間はその命を以て支払う他ありません。―――特に僕のような狂学者なら尚更、過ちの対価を一生程度で返せる筈が無い。数多の命を犠牲にし、他者に殺しを強要し、必要とあらば国すら滅ぼす人間の末路は果たしてどんなものになるんでしょうかねぇ」


 空を見上げて、学者は流れる雲を眺めながらそう言う。ここに至るまでは勿論、これからも罪を重ね続けるであろう人間が裁かれるその瞬間が訪れることを心の底から願い、夢見る。


 いつか来る清算の時、それを後回しに出来る存在だからこそ―――。


「僕は世界を救うその時まで生き永らえ続けるんです」


 何度も滅びを繰り返し、人の空想から生まれた怪物が跋扈するこの世界を正し、救う可能性を秘めた一人の人間。柊アカリという人間がいつかこの世界を救う事を願い、―――祈るのだ。


「今はまだ真球の外側を走り続ける人類がいつか中心にたどり着き、救済が為るには英雄が必要です。その可能性を最も持った人間こそ柊さんなんですから」


「―――真球理説。この旅路の果てにあるのが俗説にある取り返しのつかない滅びではなく人類の救済だとお前は言った。その人類の救済の時とやらがお前の長い旅の終わりか」


「えぇ、ようやく終われそうなんです。選ばれし英雄が世界を救い、悪行の限りを尽くした大罪人は裁かれる―――なんて素晴らしい終わりでしょうか!!これ以上のハッピーエンドは無いと断言できます。なので―――」


 その青年は手を掲げて柊の方へと振り返り、二人だけしか聞こえない大声で叫び、笑みを浮べる。


「―――楽しみにしていますよ、柊さん。きっと貴方が私達を終わらせてくれると」


 そう言って笑って見せても既にそこに喜怒哀楽は無く、その瞳から既に光は消え失せている。


 当たり前だろう。長い旅の果てに感情は腐れ落ち、見せかけの仮面を被り続ける日々。何かを失う恐怖も、悲しみも、生きることの楽しさも忘れた怪物は光の灯らない瞳と、感情の無い笑顔で笑い、終わりが来るその瞬間を何の感情も抱かずとも―――待ち焦がれるのだ。


 羽虫が光に惹かれて集まり、やがてその光に焼かれて死んでいくようにその青年は柊アカリと言う人間に惹かれ、いずれは彼の為す輝かしい栄光と共に自分の存在は歴史の闇に葬られる。

 ただその瞬間の為に―――彼は世界を救う為に歩き続けるのだ。

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