第一章 4話 <大人>
学者には確信があった。この話をすれば間違いなく自分達は廃壁街の住人、その中でも廃壁街に長く住む。比較的高齢層の反感を買うことになると。
彼等は知っている。この街の秘密、忌むべき過去、葬り去るべき真実を。
そして同時に、彼等は恐れている。それが露見すること、外から訪れた人間に真実を知られることを。
最悪、この場の人間、リラとアカリを除いた住人が牙を剝く可能性すらあったが、さきの斎藤豪とのひと悶着で柊の実力を目の当たりにし、その可能性は限りなくゼロになった。
少し離れたところで事態を静観している柊、仮に目の前の青年に殴りかかろうものならそこで倒れている男の二の舞になる。
暴力による弾圧という選択肢が柊という男がこの場に居ることで抑止力になり、その選択を彼等が選ぶことは99%無くなったと言って良い。
「ちょっと!!気づいてないなら言っておくけど、監視塔は街の人の信仰対象なのよ?」
「あぁ、大体察しは付いていた。前々から疑問だったからな、何故監視塔周辺の異形の定期的な駆除は依頼してくるのに、監視塔に近づくことは許さなかったのか。最初は監視塔内部に跋扈しているという無数の異形を協会が危険視していて、俺でも手に負えないからそうしているのだと思っていたが、だとしたら―――何故監視塔を破壊しないのかとな」
近くに居る柊とリラにしか聞こえない声量で訴えかけてくるアカネに柊はこれまでの疑問を口にする。
「協会は異形の駆除からエンプティーの撃退、空想や神秘が根付いている地の調査を主に活動している。異形とエンプティーは人類にとっての敵、それを倒す或いは退けることはこの世界を存続させる上で必要不可欠、ハーメルンの花園のような場所に宿る空想に対してはそれが人に害が無ければ管理下に置き、時には一時的な避難地域として開放したり、儀式の場として利用している」
であるのなら監視塔もその話にある人間に対して害のないものなのか、その問いは考えるまでも無く否だ。
旧城塞都市スパーリニアの中央に位置する監視塔は異形を引き寄せる性質を持つと既に判明しており、協会にとっては排除すべき空想。人類に仇為す存在を彼等が訳もなく放置するなどあり得ない。
だが、その中には例外が存在する。たとえそこに住む人間にとって、引いては人類にとって害を為すものだとしても協会がそれを放置せざるを得ない状況の一つ、それこそが―――。
「その存在が大多数の人間による信仰の対象に該当する場合、協会は最低限の譲歩とその街の人間の総意に沿った形で対処する。理由は...。いや、そこまでお前らが知ることは無いな。ただ、危険だということは覚えておくといい」
廃壁街の住人の冷え切った視線が学者の肌をチクチクと刺すなか、そんなことを意にも介さず彼は普段と変わらない態度で話を始める。
「ここに皆様をお招きした理由はあの街の中で特に監視塔への信仰が強いだろうと思ったからです。あなた方より歳の低い方は特にそういった信仰に興味も無く、ただ街のしきたりとして監視塔を信仰していますが―――あなた方は違います。その信仰の意味を、何故生まれたのかを知っている」
「......」
沈黙だ、それも予想通りの反応。彼等は生半可なことではそれを話そうとしないことは目に見えていた。それに―――ここにはあの二人が居る。少なくとも彼等は肯定も否定もしない。一見意味のない行動にも、そこに意味があるのを彼等は理解しているからだ。
それが経験則によるものなのかどうかは学者にも分からないが今はその事について言及するつもりはない。
「あなた方は信仰の生まれた起源を知った上であの監視塔を神聖な場所として信仰している。いや―――正確には恐れているのでしょうか」
その冷え切った視線に僅かな揺らぎが生じる。監視塔を信仰しているのは別に隠している訳でも無いが、彼はその信仰を恐れと言った。
どこで、知られた。何故、その考えに思い至った。自分達の何気ない行動のどこからその秘密を知った?
彼等は決して身内を疑わない。廃壁街において大多数の人間に嫌われている、そこに倒れている粗暴な男が話したのではないかという、疑念すら抱くことは無い。
何故ならこれは誓いだった。
監視塔、正確にはかつてここにあったという城塞都市スパーリニアで時の始まりを告げ、終わりを告げる役目を担っていた時計塔への信仰が生まれるに至った理由を50年前の継承で我らが知った時、これは決して外部に知られてはいけないとその場に居た全員が胸に誓い、異邦の旅人の力を借りて契約と言う形でそれを話すことを強制的に封じた。
これは知られてはいけない秘密、そして―――決して次代へ引き継いではいけない呪いだ。
「枯れた大地、やせ細った老人、秘密の花園。―――全て、貴方達はご存じの筈だ」
「......」
沈黙が、張られた緊張の糸が今にも切れようとしていた。目の前の不気味な青年を無理やり黙らせようかと思った、しかしこちらを睨む彼の目がそれを許さない。手を出せばこの大人数であっても歯が立たない、きっと為す術もなく返り討ちに合う事だろう。
昨日見た異形の血で全身を濡らした彼の姿が脳裏を走り、右手に込めた力が抜けていく。敵意が薄れ、それまでの沈黙とは違い、諦めを孕んだ静寂が訪れた。
「あなた方が話さないのであれば、僕の仮説をお話しましょうか」
「――――――」
「平気でしょう?―――だってこれから話すことは真実ですらない、ただの憶測、あなた方がそれを肯定しなければ僕の語るそれは虚言に過ぎないんですから」
時間が緩やかに流れていく。まもなく彼は語ることだろう、これまでの努力を無に帰す一言を。協会からの尋ね人、秘密を暴く存在が口を開く。
「時計塔には、」
「―――――っ!!分かった!もう、分かったから...」
これまでの沈黙を破ったのは初めに協会のやることに興味が無いと言っていたあの男性だった、苦渋に満ちた顔で学者の話を遮ったその男は諦めたかのように下を向き、右手で額を抑えて―――。
「...その子達を、リラとアカネを街に帰してやってくれ。頼む。せめて...それだけは許して欲しい、協会の人」
消え入りそうな声でそう懇願し、学者はそれを受けて隣に立つ柊の方へ振り向き。
「柊さん」
「あぁ、分かった。責任をもってこの二人は街へ、いやアザレアと梟の二人に付き添わせるようにする。それでいいな」
無言でこちらを向いた青年の顔に男は「ありがたい」とだけ言い残し、柊が二人の手を引く。
「ちょ...!!ここまで来て、今更聞くなってこと!?」
「あぁ」
「柊さん、僕はこの街の街長代理です。だから―――」
「話を聞く義務があると?だとしたらそれは無駄だ、確かにお前は廃壁街の街長の代わりを務める人間、本来であればあいつらの話を聞く義務もあるし、その為の権力も併せ持っていることだろう」
「だったら!!」
彼は廃壁街を担う次代の街長。人々を導き、時には外敵との交渉、ないしは侵攻に対し街の人間の総意として最終的な判断を下さなければいけない立場にある。
だがそれ以上に―――
「―――お前はまだ子供だ。たとえ自分達より賢く、聡明で、立場が高かろうと、あの人間達にとってお前は守るべき子供、何よりも尊ぶべき存在だ」
柊に手を引かれるなか、リラはその言葉を受けて後ろを振り返った。
そこには立っていたのは自分の知っている彼等とは似ても似つかない、暗く、じめじめとした顔の大人の姿があった。
『街がこんな状態になっちまっても命さえありゃあ直に立て直せる。ここは俺達の故郷で、お前たちの帰る場所だ。だから、その...なんだ。そんな心配すんな。お前さんには俺が―――俺達大人がついてる』
そう言って落ち込む自分を笑って励ましてくれたあの人が後悔と諦めを滲ませている。そして、こちらを見るその瞳は子供を心配する親の顔であった。
「卑怯だ...そんな顔されたら、残れる筈ないのに」
大人は弱さを見せなたがらない、それが大人としての責務であり矜持だから。けれど、弱さを見せる時はいつだって効果的で、その弱さを見てしまったらもう何も言えなくなってしまう。
「昔からよく言うだろう。大人は卑怯だと」
だが、そんな卑怯な手を使ってでも彼等はそれを隠し通したかったのだ。たとえ何を思われようと子供を思い、愛おしむその気持ちは変わらない、むしろ大事に思ってるからこそあの老人たちは卑怯な手を取った。
遠ざかっていく三人の姿、ここから街へ向かい、もう一度柊が戻ってくるまでに幾らか時間がある。故に、話の核心には触れず、男は素朴な疑問を口にした。
「どうして、協会のお医者様に分かったんです。俺達は決して悟られないように振舞っていたし、それを日常にしてきた」
「―――だから、決して違和感何て感じさせなかったと?」
「...」
無言による肯定。もちろん彼等の言わんとしようとしていることは分かる。何かを隠して生きることはとても難しい事だが、きっと彼等はその秘密を悟らせない生き方をこれまで演じてきて、血の滲むような努力と、何らかの方法を用いて彼等はその秘密を口外出来ないようにした。
そうでなければとっくに彼等の秘密はそこの倒れている男、或いは彼等の無謀にも思えるその決定に異議を唱える誰かによって外部に漏らされている筈だ。
「確かにあなた方の言論統制は完璧でした。それはただの約束ではなく、魂を代償とした誓い。如何なる拷問を以てしても口を割ることは無い。しかし失敗しましたね、その契約を己に課すのであれば、―――それを行った者にも契約を課さねば秘密とは言えません」
当時の彼等の結束は間違いなく本物だった。しかし時とは残酷なもので、建物が風化するように人の心もその時々で移り変わり、形を変える。そしてそれが良い方に働くこともあれば、一時の出来心で話してしまうということにもなりかねない。
彼等は決して綺麗ごとで片付けようとはしなかった。自分達が立てた誓いもいつか忘れてしまう、それを踏まえての契約。
いや、
「―――呪法でしょう。それもただの呪法じゃない、破れば死ぬ禁忌の類。となれば使用者も自ずと割り出せます」
学者は協会から送ってもらった資料を移動中に全て目に通し、事前に知り得ることの出来る廃壁街とその周辺地域の情報の全てを頭の中に叩きこんでからハーメルンの花畑があるとされるあの荒野の調査を行った。
数ある廃壁街の報告者に目を通し、学者がまず初めに抱いた疑問はその問題の不透明性だ。
これまで廃壁街へ赴き、長期的な滞在をしていた殆どの人間から毎週日曜日の夜遅くから街の教会らしき場所に一定数の人間が集まっており、祈っているという報告があり、不思議に思った何人もの人が彼等に尋ねたと言う。
「救いではなく、街を脅かす脅威に対して何故祈るのか。監視塔が為す役割に人を傷つけることはあれど、何かを救ったことはない。というのに、廃壁街の住民はそれを信仰している。最後にこの街を調査した彼もまた、そういった疑問を抱いていました」
そういって胸元から取り出したのは一枚の報告書、しかし一見ただの紙に見えるそれには文字よりも鮮明に記録を残す記憶が込められている。決して高くない、旧国であれば尚更希少である記録紙を協会は彼に託した。
以下、記録の再生。
......『一体あの方たちは何をしているのでしょうか?』
『お祈りですよ。私達は監視塔を信仰していますから』
『あの監視塔を?皆さんを苦しめている異形は監視塔から来るものだと協会から聞いているのですが』
『えぇ、存じています。協会のお人は知らないかもしれませんが、この街にはつい数年前まで統治者が居なかったんです。今は帝国の貴族様が私達を守る為に形だけではありますが統治者としてこの街の為に尽くしてくれています。といっても、他所のような年貢もありませんし、街の市政に関わることも殆どありません』
『えぇ、事前に聞かされていた内容ではこの街の方々が親切にしてくれた恩返しとして、統治者になったと』
『―――本当は必要なんてないんです。でも、いつか自分と同じように帝国から追放された貴族がこの街に目を付けるかもしれない、そうなったらどうなってしまうかは私が一番知っている。形だけでもいい、ただ椅子が埋まっているだけで彼等は途端に興味を無くすのだと言っていました』
補足。その後、統治者邸宅へ赴いたが廃壁街統治者サターナ・クライストも同様の事を話しており、これまでの報告書と同様、私も何の収穫も無かったと言わざるを得ない。
彼等は皆あの監視塔のことを崇拝している。あそこから来る異形は街を襲う災害であるのと同時に、外敵を退ける壁の役割を担っているのだと言う。
正直言って疑問だった。異形が意思を持っているかのような物言い、しかし彼等は皆その言葉を信じて疑ってない。私が監視塔の中を確認しようとした時には獣のような唸り声しか中から聞こえなかった為、にわかには信じられない。本当にあそこには何かあるのだろうか?
協会の言っていることも、彼等の言っている事も私にはまるで分からないがあと三日、出来るだけ調査を進め、私が間違ってはいないことを証明してみせる。
追記
今作戦の担当が死亡したため代理として協会役員が最終的な報告を記します。今回我々協会が依頼を斡旋した人間はクライスト・マックシズ、これまでいくつもの異形討伐の依頼を成功させており、監視塔周辺の異形駆除であれば何ら問題の無い人物と判断し、今回仕事を斡旋しました。
死亡理由は作戦の独断専行による監視塔への侵入。廃壁街からの要求にあった監視塔を中心とした半径三キロメートル以上の地域で活動する異形の駆除に留まらず、大人数の同業者を率いて監視塔への侵入を画策。異変に気付いた街の人間が協会に連絡をし事態が発覚。協会役員2名と協会の警備員一名で状況の確認を行いました。
確認された死体は26名、引きずったような跡が複数あることから他にもクライスト・マックシズと共に監視塔侵入を画策した人間が居る模様。状況からして生存者がいる可能性は著しく低いと判断し、クライストへの依頼は失敗としました。
今後、監視塔周辺の異形の定期駆除に当たる人員は三キロ圏内に入ることを事前契約によって禁じ、監視塔周辺の定期駆除を依頼する人間を協会長が直々に選ぶことで廃壁街とは和解。
廃壁街の調査は今作戦の失敗を以て半永久的に不可能と判断し、今後監視塔周辺の異形の定期駆除を担当する者にこの記録を確認させ、教訓とさせることを協会内で周知徹底します。
担当役員■■■
「この報告書は廃壁街の調査において唯一成果を上げたものです。担当者はクライスト・マックシズ、異形の討伐任務をこれまで数多くこなし、粗暴で我儘な性格の人間が多い裏稼業では珍しくまともな部類の仕事に真摯に取り組む好青年でした」
その実力と人間性から協会の得意先としてこれまで多くの仕事が彼には斡旋されてきた。過去数に度柊ともチームを組み、8年前に起きたエンプティーの襲撃においても共に戦い、撃退を成功させた数少ないエンプティーとの接触者でもある。
彼が死んでからは何度も監視塔周辺の異形の定期駆除の担当は何度も変わってきたが、彼が存命中は一度も定期駆除の担当から外れることは無かった。廃壁街の住人とも親密な関係を築いており、そんな彼ならばこれまで何の成果もあげることの出来なかった他の人間とは違い、何かしらの秘密を暴くことが出来るのではないかと調査を依頼され、クライストはそれを引き受けたのだ。
「クライスト・マックシズ以外の人間の報告書は目を通す価値すらありませんでした。どれもこれも協会の手によって分かりやすく修正されており、どれも廃壁街は怪しい、何か隠しているとは言っていても何を隠しているかまでを暴くことは出来ていませんでしたから」
「は、そうかい。だったら俺らの芝居も意味が無かったって訳だ」
「いいえ、それは違いますね。あなた方の演技は完璧でした、故に協会は予め依頼を受ける人間に街の人間が隠し事をしているということを入念に刷り込みました。彼等からしたら何が怪しいかなんて分からない。ただ、協会から何度もあの街は怪しいと言われ続けたから怪しんでいただけですよ」
傍から見れば違和感など微塵も感じない街の人間に対して、協会は不信感を抱くよう、ありもしないことすら依頼書に書き、担当者を疑心暗鬼にさせ、街の調査をさせたのだ。そうしなくてはまず疑うと言う土台にすら彼等は立てなかったからで。
「では、協会は何故条約を結び、一見納得したような振りをしながらもあなた方を疑ったのか。それは―――」
廃壁街の街の人間の訴えは至極当然、監視塔と言う場所が昔から信仰の対象となっており、その存在は脅威であると同時に抑止力でもあった。協会からしても無理に刺激したら何が起こるか分からないから妥協し、破壊するのではなく監視するに至ったのだ。
しかし、彼は違った。協会の頂点に立ち、旧国と言う秩序の敷かれていない無法地帯に圧倒的な武力と権力をもって秩序の代わりたる暗黙の了解を生み出した人間。死して尚、協会の権力が揺るがない地盤を作り上げた稀代の天才はただ一つ、自分の中で沸き上がった不信感をこう言葉にした。
「―――勘、だそうですよ」
「...は?」
何も怪しいところは無い。廃壁街が生まれた時から続くその信仰は記録にも残っており、それが時を経るごとに幾らか解釈を変え、大衆に受け入れられるものに生まれ変わった。それ以上でも無ければそれ以下でもない。
至極真っ当な意見だと、彼は廃壁街の訴えを聞きいれ、信仰から生まれたであろう何かを刺激しないよう壁を築き、監視塔に近づく人間にもここから先が足を踏み入れてはいけない危険地帯だと分かるよう監視塔の3キロ圏内を電気柵で囲んだ。
一見すればそれで協会は事態に対処したと見えるが、それは違う。その程度では何もしていないも同然なのだ。そこを禁忌地区として指定した以上、人の出入りが出来ないよう徹底するのが協会のやり方だ。たかが電気柵で区切った程度でそんなもの、普通の人間でも中に入ることが出来てしまうだろう。
この報告書の矛盾点と、協会の対処の甘さ。それらを統括すれば自ずと答えは知れた。
「対応の甘さは前協会長が廃壁街の住人を疑っていたことの証明。この報告書にある矛盾点、協会の役員の記述には監視塔の三キロ圏内に入ることが異形の大群を呼び出すトリガーと書いていながら、クライストの報告には一度監視塔に入ったことが書き記されています、それも三キロ圏内なんてもんじゃない、中から獣のような唸り声を聞いたと書いてあることから監視塔のすぐそこまで彼は近づいたのでしょう」
その矛盾点こそ、協会が監視塔の定期駆除を選ぶための境界線、選別の役割を担っていた。
「協会はクライストの一件でこれ以上の調査は断念しました。それは諦めたのではなく、必要が無いからです。既にクライストの遺品で廃壁街の秘密は大方把握できたのでしょう、それを僕達に伝えなかった理由は―――この状況を望んだからでしょうね」
初めから答えを知っているのと、答えを知りに行くのとでは違う。協会は廃壁街の隠し事に気づき、その対処をするには学者の男の持つ知的好奇心、秘密を暴きたがるその性格を利用したと言って良い。そして何より、協会ですら持っていない独自のパスをこの青年は持っていた。
「狂学者リリー・アントワネットと連絡を取りました。そこであなた方が自身に掛けた呪いの内容、その儀式で結ばれた儀式の呪いの解除条件に他者に秘密を暴かれること、自分達の意思で呪いをかけた場所へ秘密を暴いた者を連れて行く必要があるのも既に知っています」
「...そうだよな」
「随分と話すことを渋っていましたがね。おかげで希少な花や鉱石を手放すことになりました。専門では無いとはいえ痛い出費でしたが、それに見合うだけの情報を提供して頂けましたから構いませんがね」
狂学者と繋がりを持っている人間でなければ協会は廃壁街の住人の呪いを解くことは不可能とまで気づき、その役目を学者に任せたのだ。狂学者の思考、狂学者が独自に生み出した呪いや魔法、神秘に付随するそれらは常人では到底解明することは出来ない領域だ。
故に狂学者の呪いを解くには狂学者の力が必要不可欠になる。彼女は条件を秘密を暴くことと、秘密を暴いた人間を儀式を執り行った場所へ連れていくと言ったが、その程度で魂を縛る呪いを解呪することなどできはしない。
向かった場所はあくまで呪いを解くのに必要な場所、そこではまた別の呪いでリリーの呪いを上書きするか、呪いの内容を読み解き、魂を縛る鎖を構成する式を解く必要がある。
それをするのに自分は協会からしたら適任者という他ない。同じ狂学者であるなら呪いを解く程度造作もないだろう、と。
そして、それに気づかない程彼等も馬鹿では無かった。
「あんたも狂学者なんだろう、あの人は言ってたよ。もし秘密がバレるような事があればその人間は自分と同じイカれてる人間だってな」
「...まぁ、いえ。私は協会の医者ですよ」
「別にあんたが狂学者だからってどこにも言わねぇさ。確かにあんたらはイカれてるし、人類の敵かもしれねぇが、―――どうでもいい、どうでもいいんだよ」
狂学者。これまで幾度も争いを続けてきた人類が一丸となり、一つの国、一つの言葉、一つの希望を信じて突き進んだ栄光にして理想の時代を崩壊させ、当時の人類を滅ぼした元凶たる13人の賢者。
そこには立ち向かうべき空想から生まれた存在も居たが、皆、世界を救うと言う一つの目的を持っていた。その為にひたすら進み続け、きっとこの世界でなら奇跡も叶うと思っていた―――思っていたのだ。
だが、人類はやはりまたも同じ人類によって滅ぼされた。彼等は統一帝国の礎を築いた人類にとっての英雄であると同時に、その帝国を滅ぼした悪魔でもある。
全ては彼等の知的好奇心を満たすための実験場でしかなかったのだ。その時を持って賢者の称号は永久に失われ、彼等は狂学者と言われることになる。幾ら繰り返そうと拭うことの出来ない狂学者への嫌悪感、生まれる前からも、生まれてからも人間は彼等を憎み続けている。
だとしたら、自分達もその感情に従うべきだ。存在するだけで世界を滅ぼす可能性を秘めたかの存在をゆるしてはいけない、と。
―――でも。
「そんなこと、今の俺達には関係ない。過去の悪行が何だ、統一帝国の崩壊が何だ、世界の終わりが何だ。―――俺達にとっての世界はここなんだよ」
「......は。馬鹿らしい、そんなことの為に狂学者を信じたんですか?」
思わず笑いが零れた、それも良い意味ではない。小馬鹿にしたかのような笑い、―――彼等の言葉を理解できなかった一人の青年が溢した、心からの失笑だった。
井戸の中の蛙が海を知らないように、彼等は世界というものの広さを知らないだけだ。自分達にとって生きるこの地が世界だと勘違いし、誤認し、許した気になっている。
決して許してはならない大罪を許してしまうのは優しいのではなく、ただ単純に馬鹿なだけ。彼らは自分達が大罪人に助けられたという事実を受け入れる為に許したと言う言い訳をつき、正当化しているに過ぎない。
「いや、最初は俺達も疑ったさ。でも、少しして掛けられた呪いの効力を知って、感謝したんだ。あぁ、ようやく俺達の代で終わるんだ、ってな。これは決して後世に残しちゃいけないものだ、学者さんが掛けてくれたようなものじゃない。人の心に住み着き、聞いた人間を狂わせちまう―――正真正銘、本物の呪いさ」
―――失敗したか?
一瞬、そんな考えが脳裏を過った。彼等が隠しているのはこの街の真実、廃壁街という場所が生まれた理由と、時計塔の本来の役割だと思っていたが、彼等はそれを呪いだと言った。
正直、その線も想定はしていたが聞いただけで害を為すようなものならここに柊を連れてくるべきでは無かった。ただでさえ危うい彼が心に作用する何かしらの呪いを掛けられてしまうのは危険だ。
話を聞く前に襲われるというリスクを限りなくゼロにする為に呼んだが、最悪何人か殺してでも話を聞き出すべきだった。この程度の人数、それもただの人間に囲まれたぐらいで殺されるなど在り得ないが、柊からの心象、ひいては廃壁街に住む若年層からの反感を買ってしまうのはよろしくないと思うあまり、セーフティーに動き過ぎてしまった。
作戦自体は上手くいったと言って良い。今後、彼等から反感を買い多少動きにくくなるのを踏まえた上での話し合い。結果的に全てが上手くいき、これ以上ない成果を上げたと言ってもいい。
だが、その大成功すら柊と言う人間に何らかのリスクを背負わせてしまうことには見合わない。彼はこの繰り返し続けた世界で生まれた最後の希望、決して失ってはならない世界を救う英雄なのだ。
だが、本人にその自覚は無く、10年という月日で単身でエンプティーと渡り合える程の実力と知恵は身に着けても体の成長に心が追い付いていない。故に、ここで取るべき最善策は―――。
「...どうした。話し合いは終わったのか」
そこまで考えたところで、最悪の状況の中彼は帰ってきてしまった。何らかの理由をつけてリラ達に同行させたままにしておけば良かったと心底後悔する―――が、こうなってしまった以上仕方ない。
「柊さん、今から僕はリリーの呪いを解くために地下へ向かいます。恐らくそこでこの街の秘密を全て知ることは出来ますが、思っていたよりも危険なもののようです。なので―――」
「ここで待っていろと?」
全てを包み隠さず話し、ここに柊を置いていく。自分は柊とは違い、呪いに対して幾らか耐性がある。民間で生まれた口伝による呪いなど、きっと自分には何の害も無いだろう。
「えぇ、恐らく心や記憶に作用する呪いです。知ること自体が良くないもの、そこに貴方を連れていくわけには行きません」
「...そうか」
柊は物事の分別が出来ない子供ではない。それが自身にとって、ひいては仲間にとって危険なことになることが分かっているのならこの提案もこれまでのように受け入れてくれるだろう。
―――そう、思っていた。
「構わない。俺も連れていけ」
だからこそ、その柊の言葉は予想外であると言わざるを得なかった。




