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真球理説  作者: root
第一章 原罪
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第一章 2話 <親の資格>

「―――当分の間廃壁街に留まるということで、滞在中はこの家をお使いください。僕は街の皆さんの様子を見てくるので、今日のところはお休みください。柊さん、梟さんに協会のお医者様、あとは...」


「アザレアと言います。つい先日、柊さんに使用人として雇われました。どうぞ、これからよろしくお願いしますね」


「あ...はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


そう言って微笑みながら手を差し出してきた手をたどたどしい言葉と共に握り返す。


「ちょっと、長い!幾ら綺麗な人だからって触り過ぎよ」


「そんなに長く握って無いって!!」


それを幼馴染に咎められ、装っていた体裁が剥がれ落ちる。先の異形の群れの襲撃を受け、街の長である人間を失い、その代わりとして抜擢されたのだからせめて恩人である彼等に対してはそれらしい姿を見せたかったというのに台無しだ。


「私はアカネ、こいつとは幼馴染で、貴方達の調べていた花畑にも行ったことがあるわ。もし知りたいことがあったら何でも聞いてね」


「それはそれは、ハーメルンの花畑に行って帰って来た人が居たとは驚きです。聞いていた話ではその花畑は子供を連れ去るから童話になぞらえてハーメルンの花畑と呼ばれていると」


「あぁ、それは廃壁街の老人達が勝手に言っていることよ。ここの人達は何というか...その、信心深いのよ。だからあの監視塔だって取り壊されていない訳だし」


「なるほど...これは何か参考になりそうですね柊さん」


「―――そうだな」


「では、僕とアカネは失礼します。今日はゆっくり休まれてください」


そう言って二人が去っていたあと、かつての村長が使っていたという家に残された柊達は荷物を下ろし、居間の座布団の上に座り込む。


「ふぅ、これで一先ずは落ち着けますね。当分の住居の確保が出来ただけで初日としては及第点でしょうか」


「そうですね!持ってきた食材で私何か作ってきます」


「あっしも手伝いやしょう。皮むき程度なら出来やすぜ」


「では、是非お願いしますね!」


夕飯の準備に取り掛かるアザレアと、その手伝いに梟が離席し、居間に残されたのは柊と協会から派遣された医者と称して興味本位で付いてきた学者の二人。


「柊さん、今回調査に来たのは僕では無くて柊さんなんですよ?それを興味なさそうにしてたら僕が怪しまれるじゃないですか。僕はあくまで柊さんの付き添い、協会から派遣された医者ということになっているんですから」


「お前が自分から首を突っ込んでいるんだろう。元から俺はこういう性格だ、仕事に興味も何もない。必要なことだからやるだけだ」


「それじゃあ駄目なんですって。今回のはただ異形を殺すだけじゃありません、廃壁街周辺の言い伝えや伝説の調査及び―――その排除なんですから」


「人間に害があると見做されたものだけだ。全部が全部人に害を為すものじゃないんだろう」


今回柊達がこの廃壁街に長期滞在することになったのは協会からの命令があったからだ。そう、普段のような協会から斡旋された依頼ではなくこれは強制力を伴った命令であり、断ることは許されていない。故に柊も重い腰をあげてここまで来たのだ。


「今回の命令は最悪だ。下手をすれば奴等(エンプティー)と戦う事になる。その中でもハーメルンの花園は特に危険な存在に成り得る。ここでは妖精と伝えられているがベースはグリム兄弟のものだろう」


「えぇ、ハーメルンの笛吹き男、昔あったとある国で起こったとされる事件です。それが伝承通り、笛の男による子供達の集団失踪であろうと、子供達による革命であろうと今は大して関係ありません。問題なのは形として残る伝説であり、数多の人間が認識していることにあります。これまで多くの想像を駆り立てたハーメルンの笛吹き男という伝承から生じるエンプティーは正直言って柊さんでも手に余る。状況次第で協会へ応援要請をし、大規模な討伐隊を結成する必要があります。その見極めを行うのも僕の役目ですから」


空想から生まれ、人の想像によって千変万化する能力を持った彼等エンプティーは正真正銘の怪物。異形の群れなど比べ物にもならない実力を持った人類の天敵だ。


「それに廃壁街襲撃に関わっていたあの翼を持った異形の内容物は今各国で話題の鋼鉄鳥のものです。数ある名も無き怪物の一角、つまるところ脇役のようなものでしたが、その被害が広範囲、大規模であることから3ヶ月前に名称を与えられたエンプティーです。仮に監視塔にそれが居るとしたら―――」


「頭が痛い話だ」


「えぇ、状況は最悪と言っていい。今回僕が同行したのは興味が半分、心配が半分です。協会には恩がありますが事と次第によっては切り捨てるのも視野に入れておいてください」


「お前でも心配するんだな」


「正直死ぬのが柊さん以外であれば何とも思いませんよ。柊さん、貴方が死ぬのが僕にとって一番最悪の事態です。何なら柊さんにとって協会が脅威になるのであればその時は協会そのものを無かったことにしても良いと僕は思っていますよ」


それこそ旧国、引いては人間という種そのものから見たら最悪の事態に他ならないだろう。

旧国においても帝国に住んでいる貴族や、裏側に通じる人間達にとっても協会という存在は無くてはならない生命線そのものなのだから。

旧国はおろか各国にまで通じてる協会がこれまで野放しにされてきたのは彼等によって齎される損失より、彼等が居ることで得られるメリットの方が遥かに大きいからで、それほどの影響力と軍事力を持っている協会を失ってしまえば世界のバランスは崩れ、瞬く間に人類という種はこの世界において敗北する。


協会そのものは国の転覆や征服などは考えておらず、あくまでも人からの依頼でのみ動く。対価はそれに見合うだけの何か、情報でも良いし金でもいい。それが依頼に見合うだけの報酬と見做されればそれで契約は成立し、人の斡旋が行われる。


仮に国一つを滅ぼすのならそれに見合うだけの対価を用意しなければならないことになる。そんな人間が訪れたことはこれまで一度も無く、今後も現れないことだろう。小国で大国であろうと国を滅ぼす為の対価を用意できる人間など居ないのだから。


「協会を捨てても俺に先は無い。その選択を俺がすることは無いだろう」


「そうですか。であれば最善を尽くすだけですね。僕としても協会を相手にするのはかなり骨が折れますし、今後100回先の世界くらいまで肩身の狭い生活を送ることになるので本当に解決策が無かった上での最後の手段としましょう」


―――それを出来ると信じて疑わないのも、彼が狂学者と言われる所以なのだろう。彼は大国にすら匹敵する程の組織を相手に負ける未来を見ていない。柊もそれしか方法が無くなれば手を貸すが、きっと柊以上に国を終わらせることに長けた人間をこの学者は知っている。


かつて地球上にあった多くの国を滅ぼし、人間社会を崩壊させ、人間の進化を促すとともにそれ以降の世界で生まれる人間に祝福を与え、その世界を終わらせた13の賢人。その数少ない生き残りであればきっとその最悪の事態も叶ってしまうのだろう。


あと何人、彼以外の狂学者が生き残っているのかは知らない。もしかしたら生まれた時点で死んでいるかもしれないし、人知れず匿われているかもしれない。兎にも角にも狂学者という存在は全ての世界において忌避される存在であり、その脅威はエンプティーに匹敵するという。生きていることすら許されぬ彼がこの街で身分を隠して行動するのは至極当然のことだ。


「あまり怪しまれるようなことはするなよ」


「勿論です。無用な殺生は僕も避けるところです。―――ですが」


学者の青年から一瞬笑みが消え、その視線が窓の向こう側、壊れた住居の瓦礫の撤去を行うリラの方へ向けられる。


「あの子は、少々眼が良すぎる。動体視力、というよりあれは人を見る目でしょうか。惜しいですねぇ、もう少し本人に自覚があればもっと興味がそそられるというのに...」


「...なら、リラは幸運だな。お前のようなマッドサイエンティストに弄ばれないで済む」


「おや、その口ぶりからすると興味が出れば何かしてもいいんですか?」


「死ぬか?」


「遠慮しておきましょう。まだ死にたくないので」


軽口で済ますにはあまりに物騒な会話も既に10年来のもの、そこには特段怒りもこもっていない。ただ、夕飯が出来るまでの暇潰しのようなもの。学者の目から見てもリラという少年と柊の付き合いがそこそこ長く、良好的なのは見て取れた。


その少年に危害を加えたとなればそれこそ本気で殺されかねない。それで殺されるかというと話は別だが、柊からの悪印象はこれからのことも考えれば極力控えるべきだろう。


「随分とあの子供の事を気に入っているんですね」


「気に入ってはいない。付き合いがそこそこ長いだけで、それ以上でもそれ以下でも無い」


「―――あっちはそう思ってはいないようでしたが?」


リラの柊を見る目は羨望と憧れ、そして―――信頼だ。それもただの信頼ではなく、子が親に寄せるような親愛に似たもの。柊にその気が無くてもリラは柊に親の姿を重ねている。それは街の人間と話す時と、柊と話しているときの違いで容易に見分けられた。


そして、たとえ学者がそういった人間観察に長けていたとしても、その程度の事をそこそこ長い付き合いである柊が気づいていない訳がない。


「良いじゃないですか、子と親。貴方が自分に人間らしさを求めるならそれは人であるという確かな証明になり得る」


自分が人間であることを疑い続け、同時に自分が人間であるという証明を求める柊にとってそれは願ってもいない代物。いつか消えてなくなってしまうかもしれない罪悪感と善心とは違い、その繋がりは一度結べばそう切り離せるものではない。


―――だからこそ。


「俺には無理だ」


「それは何故?」


「それはお前が一番分かっているだろう?俺達のような人でなしに人を育てることも出来ないし、何よりその資格が無い。向いてないんだ」


「そうでしょうか。親になるのに資格なんて必要ないと僕は思いますがね、実際子供の頃の柊さんを拾って今日まで育てたのは人でなしの僕ですよ」


「拾って育てた...?お前がしたのは監禁だ。心身ともに疲労している子供を攫い、鎖に繋ぐことを拾うとも育てるとも言わん」


「だってそうでもしないと死んでいたでしょう?あの頃の貴方は今と違い悪い方にばかり思い切りが良かったんですから」


10年経っても忘れることの無い衝撃の光景、今も目に焼き付いて離れない出会いの日。

人攫いで悪名高い山賊をたった一人の子供が壊滅させた一人の子供との出会いは学者の運命を変えた。


「僕にとって柊さんは希望そのものだったし、今も僕にとっての最優先事項は貴方ですよ。今まで僕が会って来た人間の中で貴方程可能性を感じた子供は居なかった。僕等が促した進化の証明そのもの、人類にとって脅威にも希望にもなり得る人間を首吊り自殺何てチープな死に方で死なせるのはもったいない」


今まで伝承や噂話を頼りに各地を放浪していた学者に定住という選択が生まれ、その選択は今でも間違ってはいないと断言できる。名を持たないとはいえ空想から生まれたエンプティーを単身で殺した人間は何万と繰り返した世界、その世界史で記録されている中では一人も居ない。


元よりエンプティーは個で討つのではなく軍を率い、技術と研鑽を持ってそれを撃退するのだ。それほどまでに人間とエンプティーの戦力差はかけ離れており、それを討ち取ったとあれば国を挙げて祭りが開かれる程の功績を彼はかつて一人で成し得た。


「それにしても柊さんと会ってもう10年ですかぁ。時とは早いものですね、あんなに小さな子供が今はこんなに大きくなって...」


いつの間にか背丈は越され、旧国で生き残る術を叩き込んだ成果か、今や異形殺しの異名を持ち、協会の最高戦力と呼ばれる程の存在になった。

勿論出会いから期待はしていた、彼ならば今まで見たことの無い景色を見せてくれ、閉ざされた未来を取り戻してくれると。


世界が繰り返すようになってから数えることも出来ない程の時が経ち、数多の世界が空想から生じ世界の狭間から生まれ落ちたエンプティーによって滅ぼされてきた。今まで人間が彼等(エンプティー)に勝てたことは一度としてない。


幾度となく挑んでは敗北してきた人類は明確な天敵を前に長い時を掛けて得た統率を失い、かつての統一王国は滅亡し、古来のような複数国家に姿を変えた。

現存する国は7つ、それぞれが一つの大陸を所有する大国だ。


少人数の国家など成り立つことすら出来ないこの時代でそれは適した在り方だが、やはりかつての統一王国には遠く及ばない。


「人類がエンプティーに勝つとしたら僕等にしかない強みを生かすしかない。だからこそ、統一王国は最も人類が勝利に近かった瞬間でした。あと1年長く統一帝国が続いていればこんなことにはならなかった」


「お前がその話をするのはこれで14回目だ。それほどまでにその統一王国時代とやらを後悔しているのは分かるがここで話すのは危険だろう」


「大丈夫ですよ。屋敷に隠しカメラなどが仕掛けられていることもありませんし、仮に外から聞き耳を立てていても中の音は聞こえないようにしています。じゃなきゃこんな話していませんよ」


「...違う。取り繕っている仮面を脱ぎ捨ててまで話すことか?アザレア達にその顔を見られたら間違いなく今後の付き合いに響くぞ」


学者が歴史にも残っていない統一帝国という存在の話をしている時は必ずといって程、いつものような笑顔のメッキが剥がれ落ちてしまっている。


癖のように染み着いた笑みは消え、光を灯さない黒瞳は過去の後悔に深く沈み、その顔は昔柊がよく見た狂学者のもの。


何にも期待していないくせに、人の進化がどうだとか人類の可能性だなんだのと法螺を吹き、他人以上に自分の心を騙している哀れな人間の抜け殻。その様はまさに狂学者と呼ぶに相応しく、当時精神的に追い詰められていた柊が正気に返ってしまう程の狂気を孕んでいた彼は時折こうして姿を覗かせる。


「―――おや、そうでしたか。いやー親の心配をしてくれるなんて、ほんっと大きくなりましたねぇ」


「...勝手に言ってろ」


最後の軽口を聞いて、柊は鼻で笑いながらソファから立ち上がり厨房とは反対側のドア、それぞれがこの屋敷でも持っている自室へ向かう。


「少し休む。夕飯が出来たら起こしてくれ」


偽りであっても、いつかは剝がれてしまうメッキだとしてもあんな顔で居るよりは100倍マシだ。彼が自分に期待を寄せている限り、彼はピエロの仮面を被り続ける。


いつかその偽物の笑みが本物になることを信じて、柊は生きている。自分が死んでしまったら今度こそ彼は壊れてしまう。

これまで彼がどんな様に生きてきたかは歴史の授業で聞いたことはあれど、彼自身の口から過去の身の上話を聞かされることは殆どない。


「えぇ、分かりました。ごゆっくり」


木製の扉がゆっくりと閉められ、居間には学者が一人取り残される。


「寝ることが出来るくらいには回復しましたか。ミグマの街の事は当分引きずると思っていましたが良い意味で予想が外れましたね」


人を殺すことに理由を求め、それに納得した振りをして人を殺す彼はとてもではないがまともな精神状態ではない。現に殺した後にその殺しに縛られ、不眠症と過度のフラッシュバックで食べたものを戻す彼の姿をこれまで幾度も見てきた。


あくまで納得した振りなのだ、後悔もするし殺した者達に対して懺悔をするその姿だけは唯一昔から変わらない。その脆さこそ彼は自分が人である証明だというが、その在り方はあまりに酷だ。


環境への適応もまた進化の一つ。この環境において殺しは普通のものだと思わなければ旧国では生きていけないというのにその圧倒的な肉体の強さにより彼は今日まで生き延びることが出来てしまった。


「何よりも尊ぶべきもの、何か一つでも彼にとって大切な何かがあればもっと強くなる」


その対象は育ての親のような自分でも無ければ付き合いの長い梟でも無い。もっと脆くて、愛おしいと思える何かでは無くてはいけないのだ。それこそリラを養子として育てるようなことがあればきっと―――。


「駄目ですね」


それは出来ないと柊は言った。本人は資格が無いとは言っていたが、きっと理由は他にもある。リラが柊の養子に入ることでリラも命を狙われる危険が高くなるとか、自分のような親に育てられる子供の方が可哀そうだとか、そういう考えが彼にはあるのだろう。


「いえ、それもひっくるめての()()でしょうか」


何とも彼らしい生真面目な考え方だ。しかしそれもまた彼からしたら人間性の一つなのだろう。それを曲げてしまったら柊は怪物に成り果てる。

―――それだけは駄目だ。彼は人類の敵ではなく、人類にとっての救世主で居て貰わなくてはいけない。

繰り返す世界が向かう先は暗がりに閉ざされた絶対の終わりではなく、明るい未来に満ちた始まりでなくては。―――そうでなくては■■があまりにも報われない。


「ん?」


一瞬思考に走ったノイズ、それが何であったのか思い出そうとしても何故か思い出すことが出来ず、学者の青年は口元に手を当てて少し悩んだあと―――。


「ま、いっか。きっと僕も疲れてるんでしょう」


そう言って青年はその思考が何であったのかという疑問すら捨てて、ソファに横になると、瞳を閉じて少しの休息に身を委ねる。

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