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あなたが存在してくれるなら

作者: ausunoto


    一度だけ私は愛されたことがあった

    それを誇りに思う


夏の初旬の深夜

喫茶店には店を閉める支度を始めた店主が

店には1席だけ客が

中年の男と高校の制服を着た少女しか居ない

何を話すわけでもなく黙って その時を過ごす

重苦しい空気が流れる

今と言う その時を楽しんでいるわけではない

むしろ悲しみの雰囲気を感じさせる物で溢れる

沈黙を破った少女の言葉がでる

「ありがとう」

その言葉を聞き中年の男エルモは

口に運ぼうとしていたマグカップの手を止めた

その言葉を聞き涙が溢れてくる

「もういいよ」 「かまわないで」

そう言われたような気もするし

自分のやってきたこと

役目 いや 使命と言ってもいい

それが終わりを告げていた

それは とても悲しいことだった

少女の面倒を見る

それが彼の生きる目的だとも言えた

それが終わった今 悲しみが溢れて来る

自殺願望を抑えられなかった少女は死を選んだ

これから死にに行こうとしている

その死を忘れさせてくれる不思議な魔法に

かかっていた少女

だがエルモは自分の不注意で

その魔法を解いてしまったのだ

当時のエルモは魔法が自殺願望を育ててると信じ

魔法が解ければ自殺したい衝動を消せるのではないかと

そのために行動していた

だが実際には魔法が自殺願望を抑えてくれていたのだ

エルモのやっていたことは

逆に少女を死に追いやることをしてしまった

「どうしても逝くのか?」

魔法は解けてしまった

魔法が抑えて居てくれた死の誘惑に耐えられなくなった

少女は死を選ぶしかなかった

「泣いてくれると思う?あの人??」

少女は人生の中で1度だけ男性に愛された

自分には決して叶うはずのない願いだと思っていた

自分の死で その人を独りにさせてしまう

それが唯一の心残りだった

エルモは「俺だったら怒る」と答えた

少女は悲しそうに「・・・そうだよね」と返事した

「魔法が恋をさせていたんだ」

少女は つぶやく

魔法には自殺願望を抑えてくれる他に

もう1つの役割があった

魔法がかかってる人間同士を恋させると言う物

少女が男性に愛されていたのは

どちらも その魔法にかかっていたからだ

それを知りつつも その恋が魔法による偽りであっても

少女は それでもいいと思っていた

それでも愛し愛されることができるなら

そのままの方が良いと思っていた

エルモの不注意で少女の魔法は解けてしまったが

それでも少女は男性を愛し

男性も少女を愛していた

魔法による偽りではなかったと知れたことが

魔法が消えてしまったことで知ることができた真実

だが 魔法が消してくれた自殺願望も蘇ってしまった

愛と言う想いだけでは抑えることができない現象だった

「今が1番 幸せ

 この幸せだと感じている心のままで

 死を迎えたい」

エルモには何も言う権利がなかった

本当は少女の自殺を止めたい

だが魔法を解いてしまったのはエルモなのだ

それをしなければ少女は

生きることを続けていた

「悲しまないで?

 悪い事だけじゃなかった

 私は あの人と

 本当に愛していたことを

 知ることができた」

「でも シェリは」

「最初から

 こうなることが決まってたんだよ」

微笑みを浮かべてエルモに そう答えた

その笑みが たまらなく悲しくさせた

「ありがとう

 エルモさんも

 どうか お幸せに」

最期の別れの挨拶をし

少女は喫茶店から出て行った

ただ無言でテーブルの上の

マグカップを見つめ思う

「・・・俺が・・よけいな事しなければ」

・・・彼には後悔しか残らなかった


深夜の公園 人の姿は無かった

少女は ここを死に場所と決めていた

あの人と初めて出会った場所

魔法によって魅かれ合い

少女と あの人は恋に落ちた

魔法が見せた偽りの幻の恋

魔法が解けてから その恋は本物だったと知る

それが何よりも うれしかった

少女の自殺願望は また魔法にかかれば

抑えることはできるだろう

しかし それをしてしまったら

また偽りの恋が始まってしまう

だから 少女は この恋が本物の間に死にたかった

偽りの恋をしたまま あの人と生きるよりも

本物の恋を感じたまま死を迎えることを選んだ

「・・・ごめんねカフさん

 これは私のワガママなんだ」

その つぶやいた声に

返事をするかのように声が返って来た

「それは悲しいことだよ」

「・・・カフさん?」

愛しい その人の名前を呼ぶ少女シェリ

そこにシェリが愛している男性が居た

「死を選ぶなら

 ここだと思っていた」

「・・・知ってたんだ?」

「センチメンタルだよねシェリ?」

「・・・自殺を止めに来たの?」

「・・・」

黙ってシェリに近づく

「・・・来ないで」

カフには魔法がかかったままだった

この魔法が解けてしまえば

カフも死を選ぶだろう

この魔法は自殺をしたい願望が

強い者にしかかからない

「逝くのか?」

「カフさんも

 魔法が解けたら

 どうなるか

 わかってるんでしょ?」

「・・・それでも」

わかっているから

自殺を止めることに抵抗を感じていた

本音を言えば僕と共に生きてほしい

それができれば どれだけ幸せだろう

だが シェリの死の誘惑は

それを許してくれそうにない

「・・・ごめんね」

その言葉に返すようにカフは静かに言った

「死ぬ前に

 最期に 言葉を交わさせてくれ」

公園の芝生に身体を寄せ合う二人

シェリはカフに身体を預けてもたれる

うれしそうに微笑みを浮かべシェリは言葉を発した

「知ってた?

 私たちの恋は本物だったんだよ?」

「・・・知ってたよ」

「魔法が解けたおかげで知ることができたね」

「・・・でも・・シェリは」

悲しそうに顔を歪め涙を流すカフ

「・・・魔法が解けるなら

 僕の方が良かったのに」

「・・・そんなこと言わないで?」

その涙をシェリは手で触れて拭ってあげる

最期まで優しいシェリの体温を感じる

「最期に聞きたい」

最期の願いをシェリは口にした

「私の どこが好きになったの?」

これが最期のお別れなのだと

それを口にしてしまえば

シェリは死んでしまう

言葉にするのに ためらったが

伝えたい想いも強かった

「うれしそうに

 魔法の話をするところ」

「おかしいよね

 今どきの女子高生が

 流行りの曲やファッションの話ではなく

 非現実的な魔法に夢中になっていて」

瞳を細め思い出すようにシェリは続けた

「カフさんは いつも

 うれしそうに

 私の魔法の話を聞いてくれた」

「そうだね」

「カフさんって

 びっくりするくらい聞き上手なんだよ?

 いつも私の話したいことを聞き出してくれて

 私は夢中になって話してしまうの

 いつの間にか

 うれしそうに流暢に話してて

 それに気づいて顔を紅潮させて

 恥ずかしくて・・・でも

 カフさんは うれしそうに微笑みを浮かべて

 続きを促してくれた

 私の話す言葉で驚いたり感心してくれたり

 反応してくれて

 そんなことされたら うれしくなっちゃうよ」

「そうだったのか」

「誰にでも そうするの?」

「きっと

 シェリが相手だから

 僕は そうできているのかもしれない」

うれしそうに「よかった」と言葉を発した

もう1つ聞かせてと訪ねるシェリに

シェリの最期のお願いはいくつあるの?と

言葉にした

少し不機嫌そうにシェリは

「・・・意地悪だな」と言い

顔を伏せてしまった

シェリを好きになった理由を訊ねた

もう答えをシェリが言ったような物だった

その答えを言葉にする

「うれしそうに

 話してくれるところ」

恥ずかしそうに眼を逸らし言う

「・・・そうさせてるの

 カフさんだからね?」

その言葉に答える

「僕を聞き上手にさせてるのは

 シェリなんだよ?」

お互いに恥ずかしそうに言い合う二人

しばらく沈黙が流れた

うれしくて悲しい

今が こんなにも うれしいのに

これから起こることが こんなにも悲しい

気づいたら二人とも涙を流していた

「そういえば

 この場所でキスをしたね」

「そうだね」

カフを見つめ眼を閉じた

シェリに口づけをする

最期まで この感触を忘れないように

確かめ合うように

その瞬間 シェリの表情は一変した

どこか虚ろな表情をし

眼の焦点が合っていない

キスをすること してはいけなかった

カフは はじめから自然の流れで

キスをすることを狙っていた

魔法は人から感染する

「これでシェリにも魔法が流れたね」

「・・・最初から

 そうするつもりだったのね?」

「そうしなきゃシェリは死んでしまう」

「・・・だまされた」

ありったけの声をあげて叫ぶ

抱き締めてその叫びを止めようとするカフを

身体を振って振りほどいた

「・・・何をしたかわかってるの?」


     また魔法に恋をさせるの!?


「・・・」

どう答えていいのか わからない

「ここにある この想いは!?」

胸に右手をあてて声を荒げて

「ここにある この恋は本物なんだよ!?

 また お互い魔法にかかってしまったら

 偽りの恋が始まってしまう!!」

それが嫌だった

いま ある本物を感じて居たいのに


    偽物でもいい!!


カフも想いの叫びをあげた

それは どういうこと?

聞かせてと言ってるように

見つめる

「・・・


     シェリが

     存在してくれるなら


「・・・偽物でもいい」

その言葉に深い感謝と愛と失望を感じ

シェリは一人歩き出す


公園から少し離れた場所

必死に思考を続けた

考えを巡らせた 1つの答えに気付く

身体が魔法に侵される前に

まだ愛が真実の内で居られる今すぐ死のう

そう決意し異変に気付く

どう自分の感情を探しても

死にたいと言う欲求が生まれて来ない

「・・・」

それは もう1つのことも意味していた

「もう この愛は偽物?

 もう 魔法が見せている偽物なの?」

カフのことを想い小さな声で

「・・・裏切られた」と口にした

それを聞いている者

シェリは なぜか それを誰か気づいていた

「・・・ひどいよね

 裏切られちゃったよエルモさん」

黙って聞いているエルモ

「・・・この愛が真実のままで

 居てほしかった」

絶望していた

なのに少しも死にたいとは思えない

それが また絶望を濃くした

さらなる絶望を与えられるシェリ


    先に裏切ったのは

    どっちだ?


「・・・」

少し沈黙したあと

悲しそうに「・・・私だね」と声にした

自殺してカフを独りにしようとしていたのだから

「魔法が解けても愛し合ってたのだろ?

 ならもう実証された」

頭ではわかっている

「その愛は本物だ」

理屈ではわかっている

「本物だと割り切ればいい」

言葉ではわかっている

「・・・でも」

心ではわかっていない

「・・・私は!!」

諭すようにエルモは言った

「行ってあげるんだ

 カフの元へ」

「・・・」

少し言葉に詰まったあと

その言葉に従った


カフと共に生きることを選んだシェリ

いや 自分の意思で選んだのかも疑わしい

カフはシェリを精神科へと連れて行く

どうして?と聞くシェリに必要だからと

答えるカフ

医師の診察を受け その間に

夏が終わり秋がやってきて

冬が訪れて春が姿を現し

また夏へと季節は流れて行った


「少しも死にたいと思わないの

 魔法ってすごいね」

カフの自宅で

感心したようにシェリは言う

カフはスマートフォンで

医師の連絡を受け感謝の言葉を告げる

その意味を首をかしげて疑問に思うシェリ

「どうしたの?」

「魔法がすごいのではないよ

 シェリがすごいんだよ?」

何を言っているか理解できない

そんなシェリに衝撃的な言葉を告げる


    魔法は感染してなかったから


「・・・え?」

言葉の意味を そのまま受け止めたら

どういうことなのだろう?

魔法は感染していなかった?

と言うことは

魔法は私にかかっていなかったと言う事?

なら なぜ死にたいと言う欲求は

生まれてこないの?

それは もう1つのことを意味していた

「・・・なら・・この愛は」

うれしそうに微笑みを浮かべ答える


      本物だよ


「・・・」

涙が溢れて止まらない

ずっと欲しかった物があった

いや 最初から存在していた

声にならない声をあげ

うれしさで泣き出すシェリ

”魔法がかかって

 自殺願望が消えていると

 思い込んでいる内がチャンスだった”

その精神状態で

自殺願望が消える

マインドコントロールを

精神科で施していた

マインドコントロール自体

したくはないことだったが

あなたが存在してくれるなら

しかたがなかった

「二人の愛は本物なんだシェリ?」

「・・・本当に?」

まだ何が起きているか

理解を追いつけないで居るのか

困惑した顔で そう聞き返す

カフの微笑みは

いつも うれしそうに

シェリの魔法の話を聞いてくれる

いつもの微笑みがあった

「覚えてるシェリ?

 いつかお互い魔法が解けて

 それでも好きで居られたら

 恋人になろうって話を?」

涙を流したまま肯いた

「そうなりませんか?」

笑みを浮かべて肯いた


帰り道

二人 手をつなぎ並木道を歩く

「これから どうしたい?」

何気なくシェリは訊ねた

「せっかく恋人同士になったのだから

 恋人っぽいことしようか?」

「もうしてる気がする」

似たような言葉を投げた

「シェリは

 これから どうしたい

 どう生きて行きたい?」

指を顎に当て空を見上げて考える

「魔法に関係したことで

 食べていけないかな?」

思い浮かべた物で考えたが

どれも該当しそうにない

そのカフの表情を見て

不満そうに聞き返す

「なら カフさんは何をして

 生きて行きたいの?」

それを考えてみるが

答えがすぐに見つかりそうにない

「また大犯罪を犯してみる?」

イタズラを言う子供のような笑みで

聞いた

「そうだね」

気づいた

犯罪を犯そうと思わなければ

僕はシェリとは出会えなかった

「犯罪を起こそうとして正解だった」

「・・・なに言ってるの]

二人は見つめ合い「おかしいね」と言葉にし

笑い合った


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