第九話 三日目 厳しい現実
「はぁぁぁぁぁ!!!」
マイ王女は雄叫びをあげる。獰猛な動物のように荒々しい雄叫びだ。王女は破竹の勢いで、一番の激戦区である中央部へと、車を優に超える速度で突っ込む。
「邪魔です、どいてください。」
突進の最中、当然ながら、魔物達はマイ王女の行く手を阻むために立ち塞がる。そんな魔物達を、彼女は冷たい声でまるで蚊を払うかのように、目にも止まらぬ速さで魔物を薙ぎ倒していく。
そんな調子で走っていると、あっという間に中央部へと辿り着いてしまった。
「勇者様方! 大丈夫ですか!?」
「は、はい……なんとか大丈夫です」
「それは良かった。ご無事で何よりです」
突然やって来たマイ王女に、あまりの衝撃で茜音はそれぐらいのことしか言えなかった。
「そ、それはそうと、なんで王女様が戦場にいるんですか!? いつ来たんですか!?」
何の素振りもなく唐突に戦場へ参ったマイ王女に対して、佳純は強い口調で問いただす。
「え、えーとね……昨日の夜中、誰にも言わずにこっそりと城を抜け出して茂みに隠れたの。その後、あなた達の軍事会議が終わったのを見計らって、茂みからゆっくりと出たわ。
でも、そのまま外で寝たらバレてしまうと思ったから、近くに置いてあった木箱に隠れたの。……そのまま寝ちゃったけど。
隠れる時、物音を立ててしまった時は流石にヤバイと思ったわね」
お茶目な顔と、そこらの十代と遜色ない声色で経緯を語ったマイ王女に対し、多くの人の思考が停止にまで追い込まれる。
生ぬるく吹く風だけが、自分が今ここに居るという事実を、ひしひしと感じさせてくれてる。
「は、はぁ。し、城の方はいいんですか?」
声が強ばりつつも佳純は問いかけを続けた。
「大丈夫大丈夫。私の臣下は優秀だから」
その答えに、開いた口を塞げることは非常に困難だった。それでも佳純は、質問をやめない。
「……そ、それでも、王女がここに来てはいけないでしょう!」
佳純は精根振り絞って問う。ある意味、ここが最大の戦場なのだろう。彼女は拳を握り締めながらそう思った。
「!! ……だ、だってぇ……戦いたくて、身体が疼いて仕方がなかったんだもん!!」
マイ王女は顔を前に出し、前傾姿勢になりながら言った。その言葉に、強ばっていた佳純の拳はたちまち手のひらへと変わっていく。周りにいた者達は、開いた口がより一層開いていた。顎が外れそうになるぐらいに。
「「「えぇぇ……」」」
その場にいた全員が、呆れた声を発する。もう皆の顔が崩壊しかけている。そんな中茜音は、誰かこの人を何とかしてくださいと、ただひたすらに空を見ながら懇願した。
「ま、まあこの話はこの辺にしておいて…………」
すると、唐突にマイ王女の雰囲気が張り付いた。あまりの切り替えの早さに、皆混乱して追い付けない。
「さてと……魔物達を倒していきましょう!」
自分を鼓舞するかのようにそう言ったマイ王女は、剣を構えて戦いに飛び込んでいく。
それに伴い、マイ王女は自動的にこの戦いへと参戦することとなった。
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「はぁぁ!!」
王女の一振りで周囲にいたそれなりの数の魔物が、次々と一蹴されていく。
「す、凄い……」
その姿に寛大は目を奪われていた。
「あの~。王女様、ですよね? なぜそんなにもお強いのですか?」
そんな阿保みたい暴れまくる王女に向かって、真弓はおずおずと聞いた。その問いに、マイ王女は顔を前に向けたまま答える。
「ん? あー、まーそうですよね。当然の疑問ですよね。私達ツイシン王国の王家の人達は皆、代々剣の達人なのです。勿論この私も」
彼女は魔物達を流れ作業のように蹴散らしながら話を続ける。
「ですので、たまに身体を動かしたい衝動にかられる時があるのですよ。その衝動がたまたま今日だった、という話です」
王女はそれが当たり前かのようにたんたんと説明した。
「マイ王女が異常だということはわかりました。ですが、やはり王女が戦場に出るのは駄目でしょう!?」
真弓の隣で佳純は、その会話を聞いていた。どう考えてもおかしいと思った彼女は、針で刺すような声で王女を問いただす。
「うっ、それは……!? 皆様、団体客が来たようです」
王女は佳純の質問に対して、非常に困った顔をした。しかし、次の瞬間には、張りつめていた気持ちを更に張った。なぜなら、再び全方位から魔物が襲って来たからである。
「は、はい……その通りですね……でも私達……」
マイ王女の真剣な言葉に、茜音達はそれしか言えなかった。先の戦闘で、王女を手助けできる程の力が、殆ど残っていなかったからだ。
それを見たマイ王女は、先程とはうって変わって、やんわりとした声で語りかけてきた。だが、途中で元に戻ることとなる。
「わかっていますよ。あなた達の姿を見ればね。ですから……ここは私にお任せを。皆様、屈んでください。」
勇者達はマイ王女の指示に従った。彼らは、こんなことをしていいのか? と心配したが杞憂だった。
皆が屈んだ瞬間だった。マイ王女は目にも止まらぬ速さで、ヘリコプターのプロペラのように回転しながら剣を振り回す。その回転率のせいで、剣より上と真横には、切れるつむじ風が発生した。
「千回転!!!」
「うわぁぁぁ!!」
「きゃぁぁぁ!!」
屈んでいてもなお飛ばされそうになる風に、一同は思わず声を上げる。
「ん? こ、これは……!」
そんな中、寛大の頭に、何か布のようなものがかかる。何かと思い、顔を上に上げてみると、そこには赤色の世界が広がっていた。その光景に、寛大はつい感嘆の声を漏らしてしまったのだ。
その瞬間、布が瞬時に寛大の頭から取り払われ、布の主が振り替えってきた。そこで寛大は、今この状況が非常にまずい事態だと悟る。なんと布の正体は、茜音のスカートだったのだ。
寛大は、そろりそろりと茜音の顔を見てみる。すると、そこにいたのは茜音ではなく、体を震わせてこちらを見ている、般若そのものがいたのだ。
彼は命の危険を察知し、後退りをしようとしたその瞬間だった。般若が、彼の腹部を足で思いっきり強打したのだ。
その攻撃をもろにくらい、彼は崩れ落ちる。その姿は、まるで生まれたての赤ん坊そのものであった。
寛大が、腹を抱えてその場に蹲っていると、立てぬ程の強風が止んでいた。
立ち上がった佳純は、周りを見渡してみる。魔物は、マイ王女の剣によって野菜のみじん切りのように切り刻まれていた。何より佳純は、動く魔物がいないことに驚愕したのだ。
「剣で斬るだけではなく、剣風でも相手を斬って倒すなんて……凄すぎる」
「本当にその通りだな。ヤバすぎるぜ」
皆はその光景を見て、口々に称賛の声を漏らしている。そんな中佳純は、一人ずっと蹲っている寛大を発見した。彼女は、どうしたのかと思ったので、彼のすぐ傍にいた茜音に事情を聞いてみる。
「ねえねえ。寛大くんどうしたの?」
「ふん!! 知らない!!」
佳純の質問に対して茜音は、恐ろしく不機嫌な顔で、腕を組みながら答える。
(あいつ、何かしたな?)
佳純がそう思っている間にも、マイ王女は間髪入れずに、次々と魔物を倒していく。
「や、ヤバイ! 王女にばかり倒させるな! 俺達も行くぞ!!」
それを見た剛は、焦った声で皆に号令をかけた。
「「「了解!!!」」」
「寛大! 何寝てんだ! さっさと起きて戦うぞ!!」
「お、おう……」
剛のその言葉に寛大は弱々しい声で応えると、ようやくゆっくりと立ち上がり、お腹をさすりながら皆に続く。
かくして彼らは、前線で戦うマイ王女に続いていった。
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「マイ王女!!! どうしてここにいるのですか!!!」
「スタバール……言い分を聞いてほしい」
「なんですか」
「身体が……戦いたいという衝動にかられて……それでぇ飛び出してしまいまして……」
夜になり、俺達は天幕に集結スタバールさんは、十弾を代表してマイ王女を説教していた。
彼の説教に、マイ王女は両人差し指を打ちつけながら、若干小声で答える。
「はぁ……なんですかその言い分は。はぁ……」
「まあまあスタバール、そこら辺にしておいたらどうだ? それとマイ王女。このままここにいるおつもりですか?」
「勿論!!」
彼女は、ラバイズさんの問いに、元気漲る声で返答した。
「だ、そうです。とりあえずマイ王女にはベッドに就寝していただくとして。軍事会議を始めましょうか」
「……そうだな」
そういうとスタバールさんは、立ち上がり大声を出す。
「兵達よ! 今から軍事会議を行う! 集合!!」
「「「はっ!!!」」」
そうして、マイ王女を加えた軍事会議が始まった。
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「それでは、今回の会議は今日の疲れが溜まっているだろうから、現状の戦況だけ確認してお開きとする。それでは始めよう」
するとスタバールさんは、たんたんと話し始めた。
「現在の戦況は三万二千対一万九千と相変わらず劣勢だ。あちらの戦力も減ってきてはいるがこちらも同様である。
だか、皮肉なことに、戦力が減ってきたおかげで我ら十弾は、ある程度暴れることができるようになった。だから、明日から我らは、全力を出すことにする。
兵達は、漏れ残しがあった時のために配置についておくように。」
「「「はっ!!!」」」
「マイ王女は、私達と一緒に来てもらいます。ただし、後方で」
「はぁい」
マイ王女はふて腐れながら答えた。
「まったく……それでは今日の軍事会議はこれでお開きとする。これにて解散!! 各自、きちんと休養をとるように。」
そういって軍事会議が終わり、俺達はそそくさと寝床についていった。
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