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ヴィクトリアは知っていた。
ガニメデが自分の財産に目をつけていたことを。
彼の実家であるスミス伯爵家は、アーサーの実家以上に困窮していたのだ。
スミス伯爵家やガニメデは巧妙に隠していたが、ガニメデの容貌はとにかく目立つ。
彼が派手に女性達と浮名を流しては社交界を賑わせていた。
ガニメデの相手は幅広い。
美しいと評判の令嬢。
ろうたけた貴婦人。
慎ましやかな未亡人。
教養高い人妻。
一見、好みがバラバラのように見えるが、どの女性も資産家である事が共通点であった。
そう、ガニメデは女を自分に夢中にさせて金を貢がせていたのだ。
対象は女だけではない。
表立ってはいないが男性の間でもガニメデは大人気だった。
それも無理はない。
彼は美し過ぎた。『美の化身』と謳われたガニメデにのめり込む人間は男女合わせて多い。
ガニメデを囲うために、感心を示してもらうために、私財を投げ捨てた者も、家を傾かせかけた者もいた。
まるで熱病にでもかかったかのように、恋に夢中になる者達。
だが、肝心のガニメデは、というと、そんな者達をいつも冷めた目で見ていたのだ。
ガニメデにとって、彼、彼女たちは、所詮、『金蔓』でしかなかった。ガニメデが恋人に甘く囁くのも、優しく労わるのも、可愛らしく拗ねて我が儘を言うのも、全て、金を出させるための行為でしかなかった。
そのガニメデが生涯の伴侶に選んだのは、国でも有数の資産家であるフォード子爵令嬢であったとしても、なにも驚く事でもなんでもなかった。
(お金のためでも構わないわ)
ヴィクトリアは心からガニメデを愛してしまった。
彼の美しさを、優しさを、細やかな気配りを、楽しい会話を、欲して手に入れた。
(今更、彼を手放すことなど出来ないわ。私には彼が必要だし、彼も私が必要。私たちは離れることはない。私は他の者達とは違うわ!)
ガニメデが『金』のために自分と結婚していても気にしなかった。
彼と恋愛関係にあった女性たちが、ヴィクトリアに助言という名の嫌味を言いに来ても気に留めなかった。
(あまりに煩い方は、彼女達に相応しい場所に行ってもらいましたからね。もう、この国の大地を踏むことも無いでしょう)
ヴィクトリアとガニメデはゆっくりと愛を育み、周囲の者達から祝福されて結ばれた。
二人の結婚は互いの両家に大変なメリットを与えた。「実に幸福な婚姻だ」と両家の親族でさえ噂し合ったという。
ガニメデにとってヴィクトリアは、「良妻賢母」だ。
可愛らしく初々しい少女のような妻。
仮令、自分が愛人を囲ったところで気付かない鈍感で愛らしい妻なのだ。
子爵家の最高権力者は義父であるフォード子爵ではあるが、いずれは全てが自分の物になるとガニメデは信じていた。フォード子爵夫妻が生きている間は、ガニメデは決してヴィクトリアを裏切る様なマネはしない。ノーバンド侯爵家の二の舞を踏むことがないよう、スミス伯爵家も総力をあげてヴィクトリアを大事にしている。全ては、フォード子爵家の信用と信頼を勝ち得るためであった。
爵位は低いが、金と権力を持つフォード子爵家。
最後に笑うためならば、成り上がりの令嬢にすら媚びを売ることを厭わないスミス伯爵家の面々は、ある意味でノーバンド侯爵家より賢い。
(ガニメデ、私はあなたを誰よりも愛しているわ。でもね、どれほど愛していても、あなたにフォード子爵家を明け渡すことはないわ)
ガニメデも伯爵家も理解していなかった。
所詮は女、と侮っているヴィクトリアが実は父親似であることを。
(ガニメデもなにも言ってきませんから、不服はないはずだわ)
ヴィクトリアが実権を握ることは、フォード子爵家ではとうの昔に決められていた。
それも、アーサーと婚約していた時からである。
屋敷の使用人たちも、ガニメデのことをヴィクトリアの夫として接している。
飽く迄も、自分達の主人の伴侶としてのもの。丁寧な対応をされ続けているから気付かないのかもしれないが、ガニメデが、もしも、ヴィクトリアを裏切る事があれば、屋敷中の者が牙をむくだろう。
ヴィクトリアも裏切りを許さない。
(もしもの時は、地下室に閉じ込めなければいけませんわね)
子爵家の地下室はいままで物置場所と化していた。
それを最近になって改造工事を行っている。
地下といえば罪人が入るイメージだが、ヴィクトリアが造っている地下室はまるで貴賓室でもあるかのようだ。
そこに入るのは誰か、それは何時になるのか、それは誰にも分からない。
ただ、分かることは、フォード子爵家の女主人が何時までも優雅に微笑んでいる事だけである。