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「どうかしたのかい? ヴィクトリア」
「いいえ、なんでもありませんわ」
「そうかい? なんだか物思いに耽っていたようだから、心配事でもあるのかと思ってしまったよ」
心配げな表情も見とれるほど美しい。
美貌の夫を持てたことに対して、ヴィクトリアは大変満足していた。
「お母様、大丈夫ですか?」
「お疲れではないのですか?」
「ふふふっ。二人とも本当に大丈夫ですよ」
「本当かい? 君は頑張りすぎるところがあるから心配だよ」
絵画から飛び出してきたかのような美貌の夫は、姿形のみならず、心まで美しく優しい。
「ご心配には及びませんわ。先ほど見掛けたご夫婦があまりにも微笑ましかったものですから、つい、思い出していたんです」
「夫婦?」
「はい。ブティックを出た時に、この街には珍しい市井のご夫婦を見掛けたものですから」
「商人かな?」
「いいえ。一般のご夫婦でしたわ。ただ……」
「ただ?」
「北の方角から歩いてきたようでしたから、もしかすると、例の病院の見舞客だったのではないかと思ったものですから」
「それは……」
「クスッ。でも、どうやら私の勘違いだったみたいです」
「そうなのかい?」
「ええ、あの病院に通っている人なら、あんなにも晴れやかな表情はしないでしょうから」
「確かに。あの病院は気の毒な人達が多い。その帰りともなれば、私たちが想像できない苦しい想いもあるだろうからね」
「本当に……」
――その日の夜――
(夫にはああ言ったものの…どうも気になる夫婦だったわ)
ヴィクトリアは、今日あった平民の夫婦を気にしていた。
どこかで見たような顔でもあったからだ。
もっとも、何処で会ったかが思い出せないでいた。
そう、ヴィクトリアは嘗ての婚約者とその駆け落ち相手の『昔の顔』と『今の顔』が一致しなかった。
人によってはヴィクトリアを薄情な人物だと思う者もいるだろう。
だが、あれから十年以上経っているのだ。
貴族社会で生きてきたヴィクトリア。
市井で生きてきた元婚約者達。
彼らは生きる場所も環境も違う。
ヴィクトリアが元婚約者達を分からなかったとしても無理はなかった。
それだけアーサーとアンヌの容貌は変わり果てていた。容貌だけでなく、その雰囲気も市井に溶け込んでいたのだ。