ドメスティックマーメイド
――とある屋敷の一室――
日中ではあるが外は嵐のため部屋内は薄暗く、建物は軋み、雨粒が窓を打ち鳴らしていた。
刹那の稲光が窓から射し込み部屋内を照らすと、対峙する二人の男が居ることが分かる。
遅れて雷鳴が轟いた。
片方の男は簡素ではあるが、見る者が見れば極上品だと分かる軽鎧を着込んだ美男子であった。
一見、線の細い軟弱な青年に見えるが、内面から滲み出る闘気とも形容すべき力強さは、彼がただの優男ではないことを物語っている。
その証拠だと言わんばかりに、かなりの重量だと思われる両手剣を正面に構え、その切っ先は一切ぶれることはない。
相対する男を睨みつける、射抜くような鋭い眼光も同様だ。
そのような殺気を受けながらも、相対する男は余裕を全く崩すことはなく、豪奢な一人掛けの椅子に深く腰を降ろした状態で、あまつさえ足を組み、不敵な笑みを浮かべている。
嘲りと、獲物を吟味することに愉悦を感じているかのような、不快な笑みだ。
ボロと見紛うような、裾が擦りきれた頭巾付きの外套。
そこから覗く、男の顔は死人のように血色が悪く、結膜が血のように赤く染まっていることも、その不気味さに拍車をかけていた。
もしかしたら、人間ではないのかもしれない。
再び雷光が奔り、轟音が鳴り響く。
両手剣を構えた青年が口を開いた。
「やっとだ………やっとこの時がきた。
父上と兄上の無念、今ここで晴らす。
立てドラクロワ、そして覚悟しろ!」
「ククク……仇討ちか……身に覚えがありすぎるわ。
ただ、どこの馬の骨かは知らんが、我が配下共を打ち倒し、ここまで辿りついたことは誉めてやる」
そう言い、ドラクロワと呼ばれた痩躯の男は、ユラリと立ち上がった。
「小僧、名乗るが良い。殺す前に名前くらい聞いておいてやろうではないか。
もっとも……明日には忘れているだろうがなぁ! クハハハ」
「……オルタ家が四男、ジェイムス。
……だが忘れて良いのか? 貴様を地獄に叩き込む男の名を」
ジェイムスと名乗った青年の挑発を受け、ドラクロワの細い眉がぴくりと動く。
「オルタ家……あのど腐れ騎士リオンの四男坊か………
小僧、たしかにお前の父と兄は我が秘技で葬った。
特に隠すことでもない……
だがしかし、どうしてお前がそれを知ることができよう?
呪いの魔剣士たる我が至高の秘技を受けた者には逃れられない死が訪れる。
死者に語る口はないというのに、我が仇だと特定できたのは何故だ!?
彼奴等を屠った現場を、目撃していたのは我が愛娘のみ。
娘は屋敷から一歩も出ない引き篭もり故、口外することもないだろう。
だのに、何故お前は知っている? 何故何故何故!?」
自ら呪いの魔剣士(笑)――などと名乗る痛い男は、「隠すことでもない」という言葉とは裏腹に、ジェイムスに仇だと突き止められたことを、痛く気にしている様子だ。
己の秘技とやらに余程自信があるということだろうか?
尊敬していた肉親の命を奪った所業よりも、娘だの秘技だのと、あさっての方向に関心を向けるドラクロワにジェイムスは憤りを覚え「ギリリ」と奥歯を噛み締めるも、逸る気持ちを堪え言葉を紡ぐ。
「たしかに父上は亡くなったさ。今際の際に、貴様のことを語った後でな!」
「なんだと!?」
「父上が言っていたよ。貴様の秘技とやらは、掌で相手の顔面を掴み、持ち上げると同時に生命力を抜き取る技だと。
そのまま奪った生命力を炎に変換し爆発させた後、余剰のエネルギーで強制転移させるものらしいな。
秘技というだけあって、恐ろしい技だ……
だが、転移先は指定できるわけではなく無作為のようだな。
運命の悪戯か父上は、空の彼方、海底、石の中、ましてや異世界――などでもなく、私の元に転移してきたというわけだ」
ジェイムスの説明を受け、狼狽えていたドラクロワの容貌に余裕が戻る。
「ククク……クハハハ! そうか、そういうことか。合点がいったぞ!
だがしかし、我が秘技を受けて数刻とはいえ生き永らえるとは、リオンのやつも大したものではないか!
ククク……クハハハ……クアーハッハッハ!」
ドラクロワの狂ったような哄笑にジェイムスは顔を顰めるも、すぐさま元の鋭い眼光に戻る。
「わざわざ情報の利点を捨ててまで説明した意味を理解していないようだな……
既にネタが割れている技を破り、意表を突いて勝利したところで、私は納得がいかない。
貴様のその奢り高ぶった根性を真っ向から叩き潰してこそ、父上達も浮かばれるというもの。
さあ、問答の時間は終わりだ……覚悟するがいい!」
そう宣言し、ジェイムスは構えを崩さぬまま、摺り足でドラクロワとの距離を詰めていく。
対するドラクロワは膝を軽く曲げ、拳は開いたまま、右手を腰付近、左手をゆったり持ち上げた、独特の構えをとる。
武器は見当たらないが、素手格闘なのだろうか?
呪いの魔剣士(笑)はどうした?
……それにしても……
ドラクロワも大概だが、ジェイムスもおめでたい男である。
正々堂々なようなことを言っておきながら、ジェイムスの狙いはドラクロワを挑発することによって、己の秘技に絶大の自信を持っている彼のプライドを刺激し、その秘技とやらを使わせる――つまり行動を限定させる――ことだった。
一見、妙策に思えなくもないが、ドラクロワが秘技とやらを使ってくる保証も無ければ、そもそもがジェイムスの戦士としての腕前は父と兄に数段劣る。
百聞は一見に如かずと言うが、その二人が敗れた技を、話に聞いただけで見切った気になっているのは、些か見通しが甘いと言わざるを得ないだろう。
しかし、作戦の是非は別としてドラクロワを誘導することには成功したようだ。
「ククク……面白いことをぬかす小僧だ……
良いだろう。お前の挑戦、受けてやる。
言っておくが、来ると分かっていたところで、防げる技ではないぞ?
そして見切ることも不可能……受けた者は必ず死ぬからだ!
さぁ、後悔しながら父と兄の後を追うが良い!
呪いの魔剣士たる我が至高の秘技、
『マーメイドクラッシャー』で焼かれてなぁ!!」
言い終わるや否や、三度の雷鳴が轟いた。
「……聞こえたが聞こえなかった……
きっと雷のせいだ。もう一度言え」
ジェイムスは信じられないといった面持で、珍妙なことを口にする。
その声は微かに震えていた。
「何を言っている? 挑戦を受けてやると言ったのだ。まさか今更になって怖じ気づいたとで――」
「違う! そうじゃない! そのダサい技名は何だと言っているんだ! 何がマーメイドだコラァ!」
ドラクロワはジェイムスの剣幕に目を白黒させるも一瞬の後、彼の主張を理解したのか、青白かった顔を朱に染めて、反論する。
「『マーメイドクラッシャー』のどこがダサいのだ! 我が徹夜で考えた技名を愚弄する気か!?」
「ふざけるな! 貴様の技のどこにマーメイドの要素があると言うんだ!? 他にもっと相応しい技名があるだろうが! アイアンクローとかソウルスティールとか琴月とか※いしのなかにいる※とかあぁ!!
それなのにマーメイドクラッシャー! 徹夜で考えてマーメイドクラッシャー!? 脳ミソ腐ってやがんのか!?
くそっ、そんな馬鹿げた技で、父上と兄上は……」
悔しさのあまり、目に涙を溜め捲し立てるジェイムスにドラクロワも思うところがあったのだろうか? おずおずとこう返す。
「な、ならば、マーメイドバスターならどうだ!?」
「マーメイドから離れろやぁ!!」
そう叫びジェイムスが大剣を床に叩きつけると、床材が辺りに飛び散った。
ドラクロワの立つ位置にも破片は飛来し、彼は難なくそれを打ち落とすも、やはり表情は険しい。
「そうはいかん! 我が家はマーメイドで溢れている。
出掛ける際の挨拶は『行ってきマーメイド』、帰宅時は『ただいマーメイド』、食前に『いただきマーメイド』で、食後は『ごちそうさマーメイド』だ!
ならば技名にマーメイドが付いても、なんら不自然ではないだろう!」
「知ったことかバカ野郎! 貴様の家庭事情に私を巻き込むな!」
(駄目だこいつ、マーメイドに取り憑かれてやがる)
ジェイムスが、そう匙を投げかけた時――
「何やら騒がしいと思って来てみれば……ちょっと聞き捨てならないわよね」
竪琴にも合いそうな、澄んだ声が聞こえたかと思えば、部屋の入口には一人の少女が、腰の両脇に手を当て佇んでいた。
ドラクロワの話で触れた、彼の娘だろうか?
薄浅葱色の腰下まで伸ばしたツインテール。
黒を基調としたゴシックドレスから覗く青白い肌は、ドラクロワ同様血色が悪いが、陶器のような滑らかな質感と、人形のように不自然なまでに整った容姿と相まって、彼女は病的な美しさとでも形容すべき、怪しげな魅力を湛えていた。
決死の覚悟で仇を討ちに来て、先程まで激怒していたはずのジェイムスを以ってしても、鼻の下を伸ばしている程だ。情けないことだ。
「おお! 我が愛娘ラキュアよ。起こしてしまったか? それともパパを応援しに来てくれたのかな?」
先程までとは打って変わったドラクロワの、気色悪い媚びた声色の言葉通り、やはり彼の娘だったようだ。
「違うわよ! パパは勘違いしているようだし、そこのイケメンに誤解されるのも恥ずかしいから、釈明しに来ただけ。
言っとくけど、マーメイドの挨拶の下り、パパが勝手に言ってるだけだからね!」
「そんなことはないだろう? 昔からラキュアはマーメイドが大好きじゃない――ぶべっ」
次の瞬間、ドラクロワの身体は後方に一回転半し、そのままの勢いで、地面へうつ伏せに落ちた。
瞬間移動したラキュアが放ったアッパーカットが、綺麗に決まったのだ。
「黙れマーメイド親父」
ラキュアは目を瞑ると、スゥーっと、大きく息を吸い込み、目を開くと同時に怒濤の勢いで喋りはじめた。
「ええ、たしかに小さい頃は、人魚姫の御伽噺が好きだった。 いいえ、今でも好きだけど、それとこれとは話が別なの……
子供が好きだと言ったものを、馬鹿の一つ覚えみたいに言い続けて、いつまでも関心が惹けるなんて思ったら大間違い。
いい加減萎えるから止めてって言ったはずなのに、パパったら技にまでマーメイドとか付けちゃって馬鹿じゃないの?
それに、呪いの魔剣士って何? 厨二病?
いいえ、小学生でもそんなダサい異名は思いつかないわよね?
そもそも、戦闘スタイルが素手格闘なのに魔剣士って何? 馬鹿なの?
あと、秘技とか言ってるけどパパの使う技、いつも同じじゃん。秘技じゃないじゃん。
それから、技に無駄が多すぎ。
私達はヴァンパイアなんだから、相手に触れるだけで生命力を吸い取れるのに、わざわざ顔を掴む必要はないし、触れただけで勝負が決まるのに、燃やして強制転移とか無駄に効果を付けすぎ……やっぱり馬鹿なの?
あと最後に……パパの洗濯物、私のと一緒に洗ったら殺すから!」
ラキュアは言い終えると、すっきりした面持ちで再び目を瞑り、伸びをする。
そして、唖然として聞いていたジェイムスの方に向き直ると、パチンとウインクを決めてみせた。
「……う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
頭を掻き毟りながら、ドラクロワは屋敷全体に響くかのような絶叫を上げる。
そして、そのまま床に突っ伏し、動かなくなった。
ジェイムスはというと、仇を討つ絶好の機会とはいえ、その娘の目の前で蛮行に及ぶのは如何なものかと、逡巡していた。
しかし意を決して、ラキュアに語りかける。
「こいつは君の父さんかもしれない、でも私の家族の命を奪った憎き仇なんだ。
だから、君には悪いけど仇は取らせて貰う」
そう告げ、動かないドラクロワに歩み寄ろうとすると、やはりラキュアが立ち塞がった。
「こんなやつでも、一応大切な家族なの。
殺したいならまずあたしを倒すことね。
言っとくけど、あたし、パパより強いから」
しかし、苦渋に顔を歪ませながらも、ジェイムスの意思は揺るがない。
「やりたくはないが、邪魔をするならまず君から倒すまでだ!」
すると、観念したかのように頭を掻きながらラキュアは語り始める。
「あたしとしても、あなたを殺したくはないのよね。 だからこれからする話――あなたの親父と兄貴の最後――を聞いて、それでも気持ちが変わらないというのなら、相手になってあげる」
「どういうことだ?」
怪訝に思いながらも、ジェイムスはその言葉に関心を示さずにはいられなかった。
尊敬する父と兄のことなのだから。
「聞く耳はあるみたいで良かった……
なら言わせてもらうけど、あなたの親父と兄貴はとんだ好色でね、どう警備の目を掻い潜ったか知らないけど、アタシの部屋に夜這いをかけにきたのよ。
うさぎ小僧よろしく、ほっかむりまでしてね!」
「そんな馬鹿な!」
「まあ聞いて……
そこをパパに見つかって『マーメイドクラッシャー』を喰らったってわけ。
特にサードマンとかいうアンタの兄貴は酷かったわ。
ルパソみたいに服を脱ぎながら空中で平泳ぎして、アタシに飛び掛かってきたところを、ダイレクトに『マーメイドクラッシャー』だもんね。プププ……
あっ、ごめん、笑っちゃ悪かったかな?
でも、一方的にパパが悪いわけじゃないってことを分かって欲しくて……」
ジェイムスはわなわなと肩を振るわせ、ラキュアを睨みつける。
「出鱈目を言うな! 父上と兄上がそんなことをするものか! もはや、このような問答は無意味!
押し通らせてもらう!」
堪えきれずに大剣を構えるジェイムス。
それを「待った」するように、手で制するラキュア。
「……しょうがないなぁ、疲れるからあまりやりたくなかったんだけれど、『復刻の呪文』で真実を見れば、あなたも信じると思う」
ラキュアが何やら詠唱を始めると、彼女を中心に魔力が集束していく。
心中穏やかではなかったが、害意は感じられなかったため、ジェイムスは黙ってその行方を見守ることにした。
「ユーティ ミャーオー キムンコウ ホーリー ユジーン ヤマトリ アキューラ べべべーべ べーべべ
時の彼方に忘れ去られし森羅万象の記憶よ。
今一度、その一端を垣間見せたまえ。
『記録復元』」
呪文の詠唱が終わると、何もなかった宙空に映像が投影されていく。
そこにはほっかむりをした、ジェイムスが良く知る二人の人物の姿が……。
映像はラキュアの言った通りの内容であり、ジェイムスは「人は空中を泳げるのだな」――などと、どうでも良い感想を抱きながら、ただそれを茫然と眺めているしかできなかった。
映像の再生が終わり、事の顛末を知ったジェイムスが項垂れる。
ラキュアが再度確認する。
「その様子だと分かってくれたようだから、改めて聞くね? まだ復讐を続ける気?」
――暫し沈黙の後――
「……いや、もういいんだ……」
ジェイムスは投げやりに答えた。
「……そう……良かった! まあそんなに落ち込まないで?
……生きていれば良いこともあるから……ね?」
そう告げると、ラキュアはおもむろにジェイムスに近付いていく。
そして彼の頬にそっと口付けをした。
驚き顔を上げるジェイムスに、彼女はもじもじと語りかける。
「……ラキュア……私はラキュアよ? あなたの名前は?」
ジェイムスは聞かれるがままに、
「……ジェイムス……だけど」
と、答えた。
「ジェイムス……良い名前ね。
それじゃあ、あたしは寝直すけど、気を付けて帰ってね。 またね? ジェイムス」
手をヒラヒラと振り、彼女は足取りも軽く扉から去っていく。
ジェイムスは、ただその様子をボーっと眺めていた。
――数十分後――
「いやいや、うちの腐れ親父共と比べれば旦那の方がよっぽどまともっすよ!」
「……そうなのか? ラキュアはああ言ってたが?」
「いやいや、一過性の反抗期、もしくは愛情の裏返しってやつですよ!」
「……そういうもの……なのか?……我の心は今にも張り裂けそうだというのに」
――何故だかジェイムスとドラクロワの二人は打ち解けていた。
「まぁ、あれっすよ! こういうときは飲むに限ります。僕、良い店知ってるんで紹介しますね!」
――嵐もすっかり明けた、夜の歓楽街――
怪しくピンクに光るネオンで、
『ドメスティックマーメイド』と書かれた屋号の店に、二人は消えていった……。
……なんというか……ドラクロワの言動そのものが、
『マーメイドクラッシャー』な気がします。
でも、私も人のことをとやかく言えません。
家族で焼肉店に行った時、自分でも分からない謎のノリで、「いただきマーメイド!」と言ってしまったところ、薄壁一枚で隔たれた隣の客室から、
「ギャハハハ、何今の? 新しくなーい? 今度からアタシも使おーっと♡」
と、爆笑するJK軍団の声が聞こえてきて、恥ずかしい思いをしたのが、この作品を思い付く切っ掛けだったりしますので(笑)




