あるいは紙でいっぱいの家
あらすじ
デートの約束をした。
「・・・で、どうだったんだよ。」
昼食時間、カメが話を切り出した。
「なにが?」
「焦らすねえ。この前の事に決まってるだろ?」
「この前というと・・・」
「聞かせてくれよ武勇伝をさ。」
「別にそんな面白いもんじゃないぞ?」
「い・・・いいかな!!?!」
魔王ちゃんは落ち着かない様子だ。
それもそうだ。
これから始まる『忘れられない一夜』を前にして興奮を抑えれる者などいない。
そうそれは、青春を生きる者にとっての憧れの一つ・・・
年頃の男女が一つ屋根の下・・・
自分の部屋に招き入れ・・・
親も留守にしており二人っきり・・・
今夜は寝ている暇なんてあるはずない・・・
オールナイト上映会の始まりだ!
魔王ちゃんは再生ボタンを押した。
部屋を静寂が支配する。
かすかにディスクの回る音が耳に届いた。
「は?」
「止めるなよ。ここからが本編だぞ?」
「ロマンス要素は?」
「まあ待てって。せっかちなやっちゃ。」
「・・・そこまで巻いてくれ。」
「こういうのは順序立ててだなぁ。 俺のコース料理を楽しもうぜ。」
「ファストフードでいいよ俺は・・・」
魔王ちゃんは体を小刻みに震わせている。
ほほには涙の跡が残る。
「ま・・・魔王様ぁ・・・」
開始から3時間強。
シナリオに軽いロマンスが入ってきた。
俺には今まで通りの1話に過ぎなかったが、
先の展開を知る者にはグッとくるシーンらしい。
「おい。」
「なんだよ。ロマンスだぞ?」
「・・・なるほど。ロマンスシーンで気分が盛り上がってそのままベッドでー」
「んなことするかよ。作品と彼女に敬意を表して最後までしっかり観させてもらっただけだ。」
「かーらーのー?」
「あれはあれで新鮮で面白かったな。知識が広がったよ。」
「・・・お前、変わったな。」
「まあ、"はじめて"を卒業したワケだし?」
「分かってて言ってるだろお前。」
『変わった』か・・・
以前の『俺』を知らない以上なんとも言えないな。
・・・知ることで何かに役に立つかもしれない。
そろそろ『自分探し』をしてみようか。
俺は家に帰ると、すぐさま自室の探索を開始した。
部屋には『めぐみちゃん』グッズが飾られている。
見覚えのないグッズだが、確かに俺ならこう飾りそうだ。
よく探せば他にも様々な作品グッズがあった。
知らない作品・・・もしかしたらこの世界にしかない作品だが、俺が気に入るのも納得の雰囲気がある。
趣味が似てるなら性格も似るだろうし、十中八九同じような人間だったんだろうな。
・・・外行きの『俺』はだいたい分かった。
次はプライベートに踏み込もう。
日記でも書いていてくれたら便利なんだが、俺ならどこに隠す?
鞄のポケット・・・クリアファイルの山の底・・・本棚の奥・・・
エロ漫画は見つかったが日記はなかった。
他人の性的嗜好なんざ知りたくねえなぁ。
なんだろ、親のを見た気持ちだ。俺のだけど。
・・・そうか。今の時代、日記はネット上にあるのか。
俺はスマホを起動した。
そういえばこの世界に来てから一度も使ってなかったな。
顔認証のおかげで軽々とロックを突破した俺はSNSを開いた。
大量のリプライが飛び込んでくる。
「こうして彼は目覚めることはなかった・・・」「応答せよ!応答せよ!」「死んだ?」
臭いが、どれもこれも俺の安否を確認するものだ。
なんだ?俺はそんなに大物だったのか?
いや、大勢に絡みに行ってただけだなこりゃ。
・・・にしてもアクティブな奴だ。
自分の『つぶやき』を見ても何も面白いことは書いてなかったが、それでも友人は大勢いる。
ネット上でも人見知りな俺とはえらい違いだ。
文体は少し臭いが、何かあるたびに随時報告していたので、『俺』の生活は一目でわかった。
薄っぺらいお気持ち表明や、見てもない作品をバカにしていたのは悲しくなったが、根本的には同じ人間だと感じられる文章だった。やけにプライドが高いが。
そんな変な人間ではなさそうだが、一つだけ不安な要素がある。
更新が途絶える直前のつぶやき・・・俺が『俺』になる直前に『俺』はこう発信していた。
「#これを見た人は推しを布教する
めぐみちゃんはいいぞ
明日カメとそのことを語り合うつもり
うはwww教室で嫁への愛を語り合う俺らマジオタクwww
(二次創作とみられる『めぐみちゃん』の画像が添付されている)」
ネチケットのなさは置いておいて、俺は『教室で』語り合おうとしている。
もし・・・もしもだが、『俺』が俺の世界に行っていたら・・・
あの『オタクはキモイもの』世界に行っていたとしたら・・・
危険だ。色々な意味で。
急がねば。
急いで帰らないと。
俺を守るために。
つづく