第六話 病の火
ずらりと並べられた剣の壁に四方を囲まれた部屋、その中央に置かれた革張りのソファに身を投げ出す。
ソファの前に置かれたテーブルは、上面がガラス張りになっており、引き出しの中のコレクションを覗くことが出来るが、今はその機能を丸々潰すように、デスクトップパソコンが三代のモニターと共に鎮座している。
仮想世界ではホログラムモニターを出すこともできるが、ノートパソコンや七瀬の目の前にあるデスクトップのように旧世代のそれを端末として置く人物も多い。
設定した時間まで約三分、暇つぶしにパソコンへ手を伸ばすと、七瀬の部屋に来訪者があるというメッセージが来る。
それを許可すると、あらかじめ設定しておいた場所に扉が出現して、そこから全身を白に包んだ騎士然とした男が現れた。
「久しいな、《剣豪》よ」
「相変わらず真っ白な奴だな、お前は」
「ふふ、我が清廉さがオーラのように我を包んでいる故だ」
彼の名はヨルカ、八雲夜科だからヨルカ、安直なネーミングだが、まあ、七瀬のそれも大して変わらない為、人の事は言えない。
「しかし、相変わらずの狂気だな。この部屋は」
部屋を見回したヨルカが呟く。
実は、彼の中ではあだ名に関しても割と厳密なルールが敷かれている。
彼と同じ事をする者達ならば《同胞》、親友と呼べるものならば《戦友》、といった具合なのだが、そんな彼が七瀬の事を《剣豪》と呼び続け、《剣聖》や《侍》などと呼ばないのはこの部屋を見たからだ。
剣以外の全てを廃したかのようなこの部屋の様相は八雲夜科/ヨルカにとっては、一種の狂気とも呼べるようなものなのだ。
とはいえ、七瀬にとってそれは意識したものでは無いのだが。
「そうか?」
惚けたような七瀬にヨルカは呆れて首を振る。
「ま、気付かぬのならばそれでも良い・・・それより、そろそろだ」
ヨルカが言うと、二人の身体が光り始め、手の端からどんどんと分解されていく。
これは《リベレイト》の規格に合わせたゲームの転送系の移動全てに共通のもので、実は無くなった手足にも感覚は残っていたりする。
「チュートリアルあると思うか?」
「さあな、行ってみれば分かるというものだ」
軽口を叩いているうちに視界が光に包まれ、収まった時にはもう違う場所に立っていた。
周囲を見回す。《ラスト・ソウル》のテーマは《幻想の入り混じる現代》だとあったが、確かに、真っ黒な摩天楼が並ぶ街を徘徊するランタンが照らしているという目の前の光景だけでも、それが感じ取れる。
また、リスポーンポイントが違うのか、ヨルカの姿は見えない。
「チュートリアルは・・・無さそうだな」
何歩か歩いてみても何も起こらなかった事からそう決め付けて、四葉達と待ち合わせの場所に決めた店を目指す。
歩きながら、視界の端で点滅するメニューバーを開くとマップやカメラ、アイテムなどのお約束情報が出てくる。
所持金3000tera、10種にも及ぶステータスはHPとMPの100、ATKとDEF、つまりは攻撃力10と防御力31を除いて全て1、装備は服とパンツ、靴にそれぞれ『アウィーリア○○』と名付けられた装備がある。
とりあえず、それらの確認は後回しにして、簡易マップを開く。
指定された店はマップ上に見られる全てのリスポーンポイントから同じくらいの距離で、どの位置からもかなり近い。
だがーー
「あれ?」
店の前に着いたはずなのに、それと分かるような看板が無い。マップを再度確認して、周囲を探してみるが、やはり見つからない。
しばらく辺りの散策をしていると、下の方から何やら声が聞こえてくる。
誰かを呼んでいるようなその声が気になって、耳の端にある階段から下に降りてみると、そこは川だった。
薄暗く、水の中を見通す事は出来ないが、見た感じ、その川はかなり澄んでいるようだ。
「おや、声が聞こえたのかい」
途中で川に沈んだ階段から少し離れた位置に見える穴からフードを被った女性が姿を見せる。
彼女が手招きするので、腰まで川に浸かりながら何とか穴の方へ行くと、川の中に梯子が沈められていた。
梯子を登って、穴の中に入ると、視界の端にいきなり新たな画面が出現して、クエストを受注するという旨のメッセージが出てくる。
驚いて、彼女の方へ視線を向けると、女性の『リニエ』という名前が見える。
どうやら、彼女はNPCのようだ。
「私はリニエ、フランメの四姉妹の二人目だ。突然で悪いが、これを受け取って欲しい」
彼女が差し出してきたのは黒い炎だった。
「これは《病の火》、姉妹で受け継いだ四つの炎の一つだ。まあ、役には立つだろうから受け取っておけ」
受け取れる物は受け取っておいた方が基本的には良しとされるオンラインゲームの常識に則って取り敢えずその炎に手を翳す。
ストレージにしまう際のアクションの一つだが、炎はストレージに入る物なのかと、遅れながら気付く。
しかし、炎は無事にストレージに収まり、女性は満足そうに頷いた。
「ありがとう・・・また会えたら、今度は炎について話そう」
女性がまるで霧のように消えていく。
そして、クエストをクリアしたという画面が表示される。
クエスト名は《病の火・継承》、何の捻りも無いが、恐らくはいくつかにパートを切り分けられたものだ。
最初が継承ならば、次は修行やその辺りだろうか。
そんな事を考えていると、ゲームとは別の、七瀬自身のメールアドレスにメールが届く。
差出人は夜科、タイトルはーー
『何処にいる!?この愚か者が!』