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美幼女と美青年の兄妹を見かけて、辛抱たまらずつき纏った話


それは、営業車でとある田舎道の十字路で信号待ちをしていた時のことだ。


田園地帯なので四方が田んぼに囲まれ、続く直線のアスファルトの上には陽炎が揺らめいていた。横にある事故多発注意と書かれた看板も、色褪せて暑さを訴えてくるようだった。


そんな猛暑の光が照るなか、車の中で汗ひとつかいてない私は頭の中で仕事の段取りを考えている最中、ふとその人影が目に入った。


幼女と青年。


白いワンピースにつばの大きい麦わら帽子を被った、腰ほどまで伸びたストレートの黒髪を靡かせる幼女。


チェック柄のハーフパンツに、胸部に英字がプリントされた白Tシャツという出で立ちの細身な短髪黒髪の青年。


どちらもとても整った顔立ちに玉のような汗を流して、白い肌が日光に照らされて輝いているようだ。さながらアニメのワンシーンでも見ているようだった。


そんな二次元の世界から出てきたような二人が、手を繋いで横断歩道を、つまり私の目の前を歩いて横切っていった。


私はガン見した。よく気付かれなかったな、と思うくらい思いっきりガン見した。その二人の目的地が向かいのコンビニだと悟ると、颯爽とハンドルを切って右折車線に変更した。後続車のない田舎道はフリーダムなのだ。


信号が青に変わって右折、そして即右折して駐車。エンジンボタンを押してスマホと財布とキーを持つと、勢いよく車から降りた。むわっとした熱気が瞬く間に全身を包んだ。


例の二人は歩くペースが大分ゆっくりだったのか、丁度自動ドアをくぐるところだった。


その時、横顔しか拝めなかったが、二人の表情がふにゃりとふやけるのを見た。恐らく炎天下から冷房ガンガンの店に入った時のアレだろう。そんな気の抜けた二人の顔に、私の心は激しく悶えた。


さて、コンビニに用のない私だが、こうなっては入らないわけにはいかない。私も店内に入り、寒いくらいに効いた風をその身に受けた。思わず口元が緩む。


件の二人を探して見渡すと、まず青年だけを見つけた。車から見てても思ったけど、近くで見るとずいぶんデカい。180cmは超えているだろう。そんな彼は書籍コーナーでボーッと立っており、幼女の姿が見えなかった。ただ、彼の頭には麦わら帽子が乗っていた。意外と似合う。


しかし、幼女は何処へ行ったのだろう。


私は書籍コーナーと顔を合わせる化粧品コーナーで物色しているフリをしていると、しばらくして店の奥側──お手洗から幼女がひょこっと出てきた。


なるほど。可愛い。ドアから半身だけ出してお兄ちゃんの存在を確認すると、とてて、とチェック柄のハーパンに抱き着いた。お兄ちゃんはそんな妹を一瞥すると、ハッとなって声を上げた。


「あ。お前、手ェ濡れたままじゃねぇか」


「えへへー」


「いやえへへじゃなくて」


お兄ちゃんは麦わら帽子を乱暴に妹に被せて、そのままグリグリと頭を撫でた。妹ちゃんが「きゃー!」と嬉しそうな悲鳴を上げる。


そして二人は手を繋ぐと、飲料コーナーの方へ消えていった。


私はしばし呆然とした。


……なにそれッ可愛すぎかよ……!仕事でささくれた心が一気に回復する思いだよ…!!尊い(てぇてぇ)…!!!


私はあまりの尊さに倒れそうになるも、唇を噛んでどうにか堪えた。


…まだだ!私はもっと心を満たしたい!!過不足で欲しい!!!


私はさらなる尊さを求めて全身に力を入れると、二人のあとを追いかけた。そして目撃したのは、500㎖ペットボトルの首部分を指の間で挟んで持つお兄ちゃんと、同じ容量のペットボトルを両手で冷蔵庫から取る妹ちゃんの姿だった。


「私ねー、これがいい!」


「おー、そうか。ん」


青年が空いた手で冷蔵庫のドアを閉めると、妹ちゃんの取ったペットボトルを指の間で挟んで持ち上げた。片手で二本持つ彼の上腕には血管が少し浮き出ていた。妹ちゃんはそのままお菓子コーナーへと小走りで移動して、お兄ちゃんはサンダルをぺたぺたと鳴らしてゆっくり、しかし妹ちゃんと同じくらいのスピードでついてゆく。


そんな二人を見て、私はワナワナと震えた。


っはぁ〜ヤッベェ。お兄ちゃんヤベェ。子ども特有の自由さを発揮する妹ちゃんにいいように使われる兄貴やべぇっス。ゆっくり歩く背中から「仕方ねぇなぁ」みたいな雰囲気がとてもグッドです。すき。


ニヤつく口元を手で覆って崩れそうになる膝を踏ん張る私を他所に、妹ちゃんは好き勝手にお菓子を取っていく。そんな妹ちゃんに追いついたお兄ちゃんが、その小さな首筋にキンキンに冷えたペットボトルをくっ付けた。「ひゃあ!?」と可愛い悲鳴が店内に響いて、お兄ちゃんに抗議の視線が向けられる。首を大きく上に向けた上目遣いだ。


そんな妹ちゃんにお兄ちゃんは余裕綽々の態度で言った。


「お菓子は一個までだ。それともなんだ、アイスは要らないか?」


「いる!」


即答した妹ちゃんだったが、しかしお菓子を返す仕草は渋々といった様子だ。それでもお菓子を一個だけに絞ると──グミ系のお菓子だった──、それを確認したお兄ちゃんが「じゃあアイス買うか」と冷凍品コーナーへ歩いていった。その手にはいつの間にか詰め合わせの落雁(らくがん)が握られている。いや落雁て。花の青年時代に落雁をチョイスする渋さよ。


妹ちゃんはそんな渋いお兄ちゃんを急いで追いかけて、その途中で小さい包装のお菓子をひとつ取ると、グミ系のお菓子の裏に隠した。強かな子である。


冷凍品コーナーに移ると、既にお兄ちゃんは氷菓を手に取っていた。ガリガリとした歯応えの、あの有名氷菓のソーダ味だ。対して妹ちゃんは何を食べるか決めていないのか、背伸びしてジーッと売場の中をしばらく睨んでいた。そして唐突に「これ!」と指差すと、お兄ちゃんが手を伸ばして拾い上げた。滑らかな口どけが特徴のチョコレートバニラアイスだ。しかしそれは目当てのものではなかったのか、「違う、その隣!」とクレームが入った。お兄ちゃんは眉をひそめて「これか?」と確認すると、「うん!」と元気のいい声が返ってきた。二人で分け合えるチューブ型の、チョコレート味のやつだ。


元々脱力系のお兄ちゃんがさらに脱力した感じでレジに向かうと、「お願いします」と商品を台に並べた。遅れて妹ちゃんも「お願いします!」とグミのお菓子ともう一つの隠し持っていたお菓子──『タラタ〇してんじゃねーよ』を置いた。お兄ちゃんがギョッとした風に目を丸くして、妹ちゃんにジト目を向けた。妹ちゃんは明後日の方を向いて知らん顔だ。


してやられたお兄ちゃんは肩を竦めて会計を済ませると、レジ袋から『タ〇タラしてんじゃねーよ』を取り出して「いやお前これ食わねーだろ。酸っぱいぞ?」と妹ちゃんに渡した。


妹ちゃんはそれを受け取ってパッケージをマジマジと見ると、「これはおにぃの分なのです」とあっけらかんと言い、レジ袋の中へ戻した。お兄ちゃんが再びの「しょうがねぇなぁ」という空気を全身から発しながら、コンビニの外へ向かって歩き出した。その背中を妹ちゃんが急いで追いかける。揺れる長髪が犬のしっぽのように左右に振れていた。


…はぁ、可愛ぇ…


はっ!?マズイ、二人に見蕩れてて商品を選んでなかった!コンビニには悪いが、私は何も買わずに退店して二人の跡を追いかけた。


「それよりアイスちょーだい?」


「はいはい」


自動ドアをくぐると、妹ちゃんがお兄ちゃんにおねだりしていた。お兄ちゃんは言われるまま買ったアイスを取り出すと、包装を開けてくっ付いたチューブをふたつに分け、上部のフタを千切るとそのフタ部分を自らの口にくわえた。それを見た妹ちゃんが「あー!?」と叫び声を上げる。


「食べちゃダメー!そこがおいしーのにー!」


「いや味変わらんだろ。いいじゃん一口くらい」


「むぅーっ、あにじゃとはぜっこーです!」


何故か兄者呼びになった妹ちゃんがこれ見よがしに頬を膨らませ、兄者からチューブアイスを奪い取った。それに対して兄者は苦笑すると、自分のアイスを袋から取り出して妹ちゃんに差し出した。


「ホレ、俺のヤツ一口やるから」


妹ちゃんはジトーっと、アイスとお兄ちゃんを交互に見やる。と、小さい口を目いっぱい開けてかぶりついた。それでもアイスの角っちょが少し欠けた程度だ。妹ちゃんはガリガリしゃくしゃくと咀嚼していくと、途中で「〜〜っ」と目をぎゅっと瞑った。多分キーンと来たのだろう。


「っふ、バカめ。まんまと罠にかかったな」


「む、むぅ〜!」


アイスクリーム現象の餌食になった妹ちゃんを鼻で笑うお兄ちゃん。妹ちゃんは恨めしい目を向ける。そして唐突に「かたぐるま!」と叫んだ。


お兄ちゃんは「はいはい」とその場でヤンキー座りすると、妹ちゃんが肩を掴んでよじ登り、その首に跨る。お尻をどっしりと乗せて短い黒髪をむんずと掴むと、お兄ちゃんがゆっくりと立ち上がった。妹ちゃんが「おー!」と感激した声を上げる。


「たかーい!」


「あんま暴れるな。危ない」


その細い両足首をガッチリと掴んで、左右にゆっくりと揺れるお兄ちゃん。妹ちゃんがきゃあきゃあと嬉しそうに悲鳴を上げた。


そんな光景を前にして、私はこめかみを押さえていた。アイスクリーム現象ならぬ、尊すぎて頭痛がしてきたのだ。


と私が悶えている内に、兄妹は横断歩道の方へと歩いていってしまった。


しまった!!悶えている場合ではなかった、このままでは二人が帰って行ってしまう!!


出来ることならばこのまま追いかけて永遠に二人を眺めていたいが、周りは人っ子ひとり居ない田舎道。ストーキングは瞬でバレる。迷惑をかけるのは私の本意ではない。だけどこのままでは…ッ


私が二人を追いかけるか、大人しく車に戻るかでウロウロしていると、二人はとうとう横断歩道を渡り終えてしまった。


あぁ…、やっぱり諦めるしかないのか…、と悲観に打ちひしがれていると、何やらお兄ちゃんが電柱の前で屈みこんだ。妹ちゃんも肩から降りて、おもむろに電柱に向かって手のひらを合わせる。


注視すると、その電柱の足元には花束が供えられていた。お兄ちゃんがレジ袋から落雁を一粒取り出すと、それを花束の前に供えた。そして妹ちゃんと同じく手を合わせて目を瞑る。


そんな二人を見て、私はふと思い出した。


そういえば、この道で悲惨な事故があった事を…──


田舎道を爆走する若者たちの車。

横断歩道を渡ろうとしていた通行人。

それに気付いた第三者の車が、自身の車を暴走車と接触させ通行人を守ったという、いたたまれない内容の事故だ。


若者たちは車ごと田んぼに落ちて軽いケガで済んだらしいが、しかし相手の運転手は当たりどころが悪く…


「……」


私は踵を返して車に戻った。あんなに良い子たちをこれ以上ジロジロと見るのは野暮というものだろう。


それにこの道は仕事柄よく通る道だ。縁があれば、またこうして眺めることも出来るだろう。


使い回されて酷くボコボコな営業車に乗り込むと、私は窓越しにもう一度二人を見た。


二人は中慎ましく手を繋ぎ、アイスを頬張りながら帰路に就いていた。妹ちゃんはニコニコと楽しそうに、お兄ちゃんはそんな妹ちゃんと手を繋ぎながらゆっくりと歩いている。


その後ろ姿に名残惜しさを感じながら、私は陽炎揺らめく田んぼ道へと、暑さに溶けるようにして消えていった。



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