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神と獣と人間と【4】



種族とか、年齢差とか、異界交際とか、もう山積みすぎる問題は彼にはまだ分からない。

隠しているのだから仕方ない

とりあえず一晴は軽やかに性別の問題はシカトしてきた。

まだ困惑気味の伽藍は先に裏山の方へ歩き出す一晴に付いて玄関を出る。

表の庭に井戸は見当たらないので、薪のついでに裏山の方を探すつもりのようだ。


「……しかし、驚いたぜ……短命だからといって会ったばかりで求婚してくるなんて……人間ってすごいな」

『あれ基準にしたらダメだから。こんな事普通ないから』

「そうなのかい? けれど木吏もくり兄様に人間の中には番になるまで顔を合わせない習慣があると聞いたぞ? 親が娘の結婚相手を決めて、それ以外の雄と番になろうとすると投石の刑で殺されるとか、雌を誘拐して拒否権も与えず無理矢理番にするとか」

『木吏の奴えらく偏った知識を教えたもんだな……』


そしてその偏った知識の伽藍が初めて出会った人間が、アレか。

勘違いに拍車が掛かるタイプを見事引き当てたもんである。

それでなくてもケルベロス族の人間に対する知識には偏りがあるのに。


「……俺がケルベロスだと説明して諦めてもらった方がいいかねぇ?」

『アホ言わないの。キミたちケルベロス族の『人形体』は人間にはとても美しく魅力的に思われることが多い。人の多いところに出れば言い寄られる事は増えるだろう。断り方は覚えておくべきだね』

「マジか〜……どう断れば……」

『無難に婚約者がいるから、とかでいってみる?』


こそこそ話しているのが余程気になるのか、ガン見している一晴に気が付いて愛想笑いで誤魔化す伽藍。

立ち止まって、伽藍が追い付いてくるのを待っていてくれるのは優しいけれど。


「……あー、えぇと、交際の件だか……婚約者がいるからきみの要望には添えない。すまない」

「そう言って断るようにとトリシェ殿とお話しされていましたな?」

「……………………なんでバレたんだ……?」

『……そりゃこの流れのこのタイミングじゃバレるわ』


おかげで変な沈黙が流れた。

更に一晴に「車内で恋人はいらっしゃらないと仰っていたではありませんか」と言われると、ぐうの音も出ない。

下手な嘘はつくもんじゃない。


『だから、その話は後にしてよー。今夜無事に過ごせるかどうかの瀬戸際って忘れないで』

「それもそうですな」

「そ、そうだな、すまん」


歩き出す。

裏山の方は、また広い畑があった。

植わった野菜は瑞々しく、こちらも食べられそうだ。

そして畑の側には思った通り井戸。

近づいて中を覗き込むと、水が見えた。


「良かった! ……でも飲めますかね……?」

『大丈夫じゃない? 立派な屋根がついているところを見ると、元々はつるべ井戸だった物をポンプ井戸に改良したんだろうね』

「どうやって組み上げるんだい? 器もないのに……」

『台所に埃かぶった金だらいがあったから洗って使おう。そうだね、うまく使えば金だらいで湯も沸かせるかも。やかんはあったけど、使えるかどうかは確認してないから最悪そうなる』

「……な、なかなかにサバイバルですな……」

『背に腹は変えられないよ。……さて、井戸の場所は分かったし次はトイレの場所を決めておこうか』


それならば、と畑の間のスペースをトイレ位置に手早く決めた。

最もケルベロスである伽藍は、水だけで百年過ごせる。

排泄もあまり必要ないので、一晩程度ならもよおしもしないだろうが。


「……次は薪ですね」

「……………………」

『……………………』

「? どうされましたか、お二人とも……?」

『ううん、なんでもないよ。どれ、薪木探しと行きますか〜』


次の目的に意識を切り替えた一晴の後ろで急に黙り込んだ二人には、一晴が感じられないものが感じられていた。

台所で感じた邪気だ。

だが、やはり微弱。

気を取り直して小枝を探すべく木々が茂る小道へ進む。


「? ……あ、蔵です!」

『おお、ほんとだ。土蔵だね』


この時代でこの大きさの土蔵は珍しい。

もしかしたらここにスコップが置いてあるかもしれない、と一晴は蔵へ向かう。

だが作業小屋のようなものは井戸の奥にある。


『……彼はこの屋敷に遺品整理で来てるんだもんね。蔵があるならチェックしなきゃだろう』

「……うーん……でも、なぁ……台所よりもこの辺りの方が邪気が強いぜ?」

『そうだね。ま、何かあったら俺たちでフォローすればいいさ(それにしても……なんとなくこの邪気、覚えがあるような、ないような……)』

「俺は不得手だからなっ!?」

『分かってるよ!』


ガチャ、ガチャン。

土蔵の扉を守る錠前を外して取る一晴にトリシェが『え、鍵は?』と聞く。

錠前は鍵がないと開けられないものだ。


「それが、最初から鍵はかかっておりませんでした。……ただ、おかしいのです。この錠前、やけに新しくて……。それになんだか鍵の閉まる部分の尺が合わないような……」

『……ホントだ〜……まるで鋭い刃物でツルの部分が切られてるみたいだね。……ん? 鋭い刃物……?』


取った錠前を再び閉めようと試すか、尺が合わない。

何かで切られているかのように、斜めに短くなっている。

嫌な予感と、漂う邪気の濃度。


「奇妙だな。……だが、きみは遺品整理をしなきゃいけないんだよな? 入るかい?」

「はい。スコップがないか確認しましょう!」

『いや、多分スコップはあっちの作業小屋にあるんじゃない? まだ見てないけど』

「あんなところに小屋がっ!?」

「どうする? 先に作業小屋へ行くかい?」

「ここまで来たからには蔵の中を確認してからに致しましょう。宜しいですか?」

「俺は構わんぞ」

『……まぁ、気は進まないけどね……』

「え? なぜです?」


顔を見合わせるトリシェと伽藍。

一晴には分からないだろうが、邪気が蔵の中から漂って出ているのだ。


『……なんか残ってそうだからだよ……ヤバいもんが』

「そうですね、こんな場所に蔵があるなんて親戚も言ってませんでしたし……」

「俺たちも入っていいかい? きみ一人じゃ心配だ」

「か、伽藍さん……! 私を心配してくださるなんて!」

『万が一の時は俺がなんとかしてあげる』

「ああ、トリシェ殿がなんとかしてくれる!」

「……何ですか万が一の時って……怖いんですけど!?」


不穏。

しかしここで喋っていても話は進まない。

扉を引いて、中へと入る。

窓も閉まっていて、中は真っ暗。


『点・灯! とお!』

「光るんですか!?」


伽藍の肩から飛び出すと、謎のポーズと共に自ら発光するぬいぐるみ。

もちろんこれも神力による効果。

……しかし……。


(……最高位級の神格を持つ『光属性』の神が自らの神力をなんつーことに使ってるんだ……)


嘆かわしい。

思わず頭を抱えてしまう伽藍。

だが本人、全く気にしていない。


『ふわ〜〜』

「おお……! まるで電気が付いたようですな! ……というか、これならば蝋燭はいらないのでは?」

『それもそうだけどそれはしたくないかなー!』

(高位の神になんつー事やらせるつもりだ!?)

「あ、電池無くなっちゃいますか、さすがに」

『……そ、そうそうそれそれ……(電池式だと思われてるの……)』


天井の方へ浮いていくトリシェ。

おかげで蔵の中はどんどん明るくなる。

……本当しょうもないことに後光使ってるな、この神様。

そう思わないでもないが人間は暗い所では視界が制限されてしまう。

伽藍はケルベロス……獣なので夜や暗い所は全く平気だけど。


「?」


棚が二つ。

木箱がいくつも乗せられていて、全て埃にまみれている。

伽藍は右の棚へ回り、一晴は左側へ進んだ。

その一番奥の棚を通り過ぎると階段があり、そこに細長い布の袋が立てかけてある。

時代劇出演が多く、剣道を嗜んでいた一晴にはその布の袋が刀袋だと分かった。

と言うことは、中身は竹刀か木刀か、あるいは模造刀……真剣。

まさか真剣ではないだろうと思いつつ、刀には興味がある。

手に取ると埃はなく、刀袋は綺麗だ。

しゅるん。

紐を解く。

現れた柄は紅と黒の柄巻で彩られ、鞘も黒。

持ち上げて、柄を持って鞘から引き抜く。

ハバキに彫られているのは鼠。


(鼠……?)


見た所模造刀ではなさそうだ。

拵えもしっかりしているし、値打ちものかもしれない。

一つだけ埃も被っていないし新しいのかもしれないと、刀を鞘に戻そうとした。


「…………。…………? ……?」


力を入れても鞘に入らない。

プルプルと手が震えだすほどに力を込めても、何度試しても。


「屋敷と違って物が多いな。……全部箱を開けてみるか? ……? 何してるんだ、そんなところで」

『ん? 一晴くーん、どうしたの〜?』


右手が掴んだ柄を、引いていく。

ほんの少ししか出ていなかった刃が全て鞘から現れる。

振り返ればそこにはキョトンとした目で一晴を見る伽藍。


「……か、伽藍さん……」

「…………。……どうした」

「……体が……動きません……」

「……………………」


鞘を左手に握ったまま、一歩、一歩、伽藍の方へ近付く。

体は歩いているが、動かない。

伽藍の顔付きがゆっくりと変化していく。

戦闘種族、ケルベロス族の顔に。


「……そうかい。……ま、約束だからな」

「……?」

「なんとかしてみせるさ。……トリシェ殿が!」

『へいほー!』

「!?」


ぶわ、っと急降下してきたぬいぐるみ。

そういえば蔵に入る前にそんなような(不吉な)事を言っていた。

右手がゆっくりと刀の切っ先を伽藍に向ける。


「っ、伽藍さん、逃げてください! 体が本当に、言う事を聞かないのです!」

「分かってる。心配しなくてもきみの意思じゃないのは分かってるから」

「伽藍さんっ……」

『感動してる場合じゃないけどね!』

「ハッ! そ、そうです! 伽藍さん、信じていただけた事は大変嬉しいのですが、このままでは私は……っ……! ……あなたに、斬りかかって……しまいそう、なのでっ……やはり逃げてください!」

「そっちの心配もしなくていい! 俺はこう見えても結構強いからな!」

「伽藍さんんん……」


なんとか体に言う事を聞かせようとしている一晴。

対する伽藍は拳を手のひらに叩きつけて目を細める。

邪気はますます濃くなって、充満していく。


『……そうか……どこかで感じたことのある邪気だと思ったけれど……』

「トリシェ殿」

『久しぶりだね! いや、キミとは初めましてかな!? 俺のことは知らない? でも俺はキミを知ってるよ。……江戸時代が幕末期へ進む少し前、振られた娘への復讐のためだけに名も無き刀鍛冶に打たれた“三振り”の“妖刀”……『紅派』の一振り、妖刀『静子』!』

「……よ、妖刀……!?」

『……でしょう? 確か『紅派』の妖刀では唯一の打刀が『紅静子』だったはずだけど。……ねぇ? 姿を見せなよ。キミの“お兄さん”は神社暮らしが長かったから、持ち主に姿を見せたりはしなかったけど……キミほどの妖力があれば姿を顕現できるんじゃないの?』


伽藍が拳を下ろす。

一晴の体が立ち止まり、黒い霧が刀から噴き出すように溢れて蔵の中の闇を取り込むように宙へ舞い上がっていく。

次第にそれらが白と黒と赤の三色で彩られた着物を纏った、少年の姿を形作る。

左右色の違う瞳が開く。

楽しげに歪む唇は、黒い霧を噴き出した。

一晴はただ刀を抜いただけ。

ただそれだけで、まさか自分の真横に宙に浮かぶ子どもが現れるとは思わなかった。


『……アハ……♪ これは驚き。まさかぼくを知ってる奴がいるなんて思わなかった……♪ なぁに、きみ。その人形の九十九神か何か?』

『ん〜……まあ、そんなとこかな』

『……ふっう〜〜ん。ねぇ、それより静火兄さまに会ったの? どこにいた? 静火兄さまとはぼくの前の持ち主が弱かったから勝負がつかなかったんだよね〜! ねぇ、教えてよ! 教えてくれたらきみたちは殺さないでおいてあげるよ!』

『あれ、意外と喋るね? ……紅静火はお堅い武人風だったのに……』




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