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神と獣と人間と【3】



確かにトリシェに体を貸したら意識は沈んで、眠っているような状態になる。

だが、その恩恵は大きい。

かの神は身に宿すと病や怪我、精神までもを癒す。

正しくはかの神が悪いものを吸い取ってから、治癒術で治してくれる。

体の弱かった伽藍もそうやって治癒してもらった。

器のないトリシェはそういうやり方でしか、他者を癒せないのだそうだ。

伽藍は幻獣ケルベロスなので治癒のためにどれ程体を乗っ取られていたのか分からないが、それが人間ならば十数年にも及ぶ事がある。

トリシェは治癒のために人間が生きる貴重な時間を奪うのをとにかく嫌う。

人間は伽藍たちの一族と違って有限の時の中でしか生きられない。

それがトリシェが治癒のためとはいえ肉体を乗っ取るのを嫌う理由。


『体があった頃は触れてもらえればすぐに治せたんだけどねぇ』

「……それこそ冗談はやめてくれ! あなたの魂に刻まれた呪いは我が一族でも有名……」

「お二方! 中へ入らないのですか」

『あ、やべ。行こう伽藍』

「あ、ああ……」


一晴は自分の荷物を持って、預かっていた鍵で玄関を開けいた。

ほんのり埃くさい。


『お祖父様はいつ頃お亡くなりになったの? えらい広い屋敷だけど、まさか一人で住んでたんじゃないよね?』

「さて……? 祖父は母方なのですが、うちの母はあまりに厳しい祖父が嫌で駆け落ち同然に父と結婚して家を出たと言っておりましたから私も詳しくは……」

『うわあぉ〜、情熱的ぃ〜』

「本当ですよね。結局苦労していましたよ」

『あらら』

「まあ、家族が多いのは幸せでもあるのですが……。……ああ、本当に家財道具はほとんどないのですなぁ」


襖は取り外され、室内は実に風通しがいい。

あるべきだろう箪笥や机なども、どこにもなかった。

廊下を進み各部屋を確認するがやはり、そういった物は一切ない。


『あれ、遺品の整理って言ってなかった? 何を整理するの? 何もないみたいだけど……』

「母の親類の方が、取り壊す前に残った遺品は全部持ち出しておけと連絡してきたんだそうです。……けれど母はいい思い出などないからと来るのを嫌がりましてなぁ。仕方なく、私がその役を引き受けたのです」

『えー、取り壊しちゃうんだ? ……まあ、随分古いみたいだしね……利便性もないし……。それにしても何にもなさすぎじゃない?』

「恐らく金になりそうなものは粗方売った後でしょう。母が親類は金が好きなものが多いと言っておりました故」

『ああ〜……死後あるあるだね……』


それ以上は突っ込まないでおこう。

黙って部屋の確認をしていくと、開けた扉の先には脱衣所。


『あ! お風呂だ! 一晴くん、お風呂だよ!』

「はい、お風呂ですね。けれど水道や電気はもう止めてしまったと親戚の方が……」

『え、じゃあシャワーも浴びられないの!? っていうか水道や電気が止まってるならインスタントラーメンもアウトじゃね!? これだけ物がないとなるとキッチンにポットもやかんも残っていない可能性があるよね!? 水道止まってるとかトイレは大丈夫なの!?』

「………………。それもそうですな!?」

『今更!?』


大変だ〜!

事の重大さに騒ぎ立てる。

風呂もトイレも食事も必要としないぬいぐるみにせっつかれ、慌てた一晴が台所を探し当てて……絶句した。


「か、竃……!? いくら私が時代劇慣れしているとは言え竃で飯など炊いた事はありませんぞ!?」

『あははははははは!? 今時竃……かま、かまど……かまどとか……ま、まじ……!? まじで竃でご飯炊いてたのこの家!? ぎゃははははマジすげー!』

「道具の類は残っているみたいだな。だがこの包丁……錆びているぞ。とても切れそうにない」

「問題はそこではありません伽藍さん!」

『トイレもチェックしとくぅ?』

「い、今すぐ確認して参ります!」


バタバタ廊下を戻っていく一晴を見送ってから、トリシェが伽藍の肩から浮かび上がる。

ふわふわ浮かんで、テーブルに降り立つと薄暗い室内を見回す。

残っているのは戸棚。

テーブルと椅子。

錆びた包丁や穴の空いた鍋など。

やかんはかろうじて使えそう、か?

使っていた形跡は、ない。


「まるで廃屋だな……」

『そーねー。風呂もそうだけど台所も一年以上立ち入ってもない感じ。使われた形跡があるのは玄関から入ってすぐの居間と客間くらい。……一人暮らしには広すぎるしねぇ、この屋敷。ご飯どうしてたんだろう』

「……どう思う、この屋敷」

『……微かだけど邪気が漂ってる……お祖父さん成仏してないのかねぇ?』

「えぇ〜……ここそういうのアリな世界なのか〜? 俺たちそういうのあんまり得意じゃない種族なんですけど〜……」

『君たちどっちかというと物理系だもんね。でもそういうの得意な兄弟もいるんでしょ?』

「ああ、まあ……朱欒ざぼん兄様とかは存在そのものがそっち系だよな」

『ああ……あの喉が悪くて喋れない子……。そうだね、あの子発言がヤバかったもんね……とてもすめらぎ楽羅らくらと同腹兄弟とは思えない』


「伽藍さんんん!!」


『さて、それは一応置いておくとして目先の問題をなんとかしようか』

「そうだなぁ」


浮き上がったトリシェが伽藍の肩に戻ってくる。

僅かに漂う邪気は気になるが、人が死んだばかりなら多少残っている事もあるだろう。

呼ばれた場所に行ってみると一晴が半分泣きそうな顔で立ち竦んでいた。

……大凡事態が把握できた二人。


『やっぱりトイレ流れなかったの』

「はいぃ……申し訳ございません、私が確認を怠ったばかりに……」

「何、気にするな。排泄なんざ外ですりゃあいいさ」

「はいい!?」


フォローが難しい事言い出した。

若干ビクッとしたトリシェだが、仕方ない、こいつは獣だ。

むしろトイレという人間の常識を知らん可能性すらある。

まあ、男なんてむしろ外の方が開放感があっていいとかいうタイプもいるくらいだから、気にしなければいい……の、か?


「なっ……と、年頃の女性が何を仰っているのですか!? いけません女性がそんな外でだなんて!」

「?」

『…………………………』


……と、思ったトリシェは『まさかこの子、伽藍の事女の子と勘違いしてないよねぇ?』という心配が現実のものとなった事の方に言葉を失った。

実に残念脳だ。

伽藍も一瞬何を言われたのか分からず笑顔のまま固まっている。


「……………………じょ……?」

『残念、やっぱりそう思ってたの? 伽藍は男だよ』

「………………え?」

『お・と・こ! おのこ! オス! 男子! 男性!』

「……っええええええええええ!?!?!?」

「……今までなんだと思っていたんだきみ!?」


もちろんかわいい女の子だと思っていたのだ。

一歩、二歩、後退るほど驚いた一晴は、すぐに膝をついて床に沈む。

そんなにもショックか。


「お、おと……おとこ……? ば、バカな……こんな美少女面の男が岡山リント以外に存在していいはずがない……!」

「誰だよ」

『アイドルタレントの子だよ。すごく可愛い男の娘』

「あいどる?」

『ん〜……民衆に歌や踊りを見せて楽しませる特別選ばれた人間……かな?』

「……ふぅん? ……しかし美少女面とは失礼な。……あれ? 失礼な事言われたんだよな? 褒められてはいないよな?」

『うーん、どうだろ〜?』


ある意味褒め言葉か?

人によっては褒め言葉だ。

いや、これは受け取る側の問題だろう。

ガバッと顔を上げた一晴は、しっかり伽藍の顔を見詰めると立ち上がった。

あまりの勢いに肩が跳ねる伽藍。


「………………いえ……しかし……だ、だが……くぅっ……いや、やっぱりイケる! 伽藍さん、好きです! あなたの顔、ドストライクです!」

「え……あ、ああ……そう……」

「結婚してくだされ!」

「けっこん?」

『いやいやいやいやいやいや!? ええ? いやちょっと、一回落ち着こうか〜!?』


え、何、電気水道が止まると人間、思考も止まって斜め下に進むもんなのか?

ある意味前向きだけど。

違う、目先の問題はそこじゃない。


「私は本気ですし、冷静です!」

『どこがやねーん!?』

「トリシェ殿、けっこんとはなんだい?」

つがいになる約束の事だよ!』


相変わらず小声で会話する伽藍とトリシェだが、さすがにこれには伽藍も驚いた。

回答を聞いた途端目を剥く。


「番の約束!? いやいや無理だ! 俺はおさの番になろうと思っているから……!」

『何マジレスしてんのぉ!? 違うから伽藍! それ以前の問題だから!』

「無理は承知の上! 出会ったその日のプロポーズなど、受けて頂けないことなど分かっております! しかし言わずにはおれんのです! 一目見たその瞬間より私の心はあなたの美しさに奪われました! 伽藍さん、あなたは美しい! どうか結婚を前提に交際してくだされ!」

「う、ううう美しい!? うううっ美しいて、お、俺が!?」

『ちょっと、ちょっとぉ!』


グイグイ寄ってくる一晴は、ついには伽藍の手を握る。

虚弱体質で箱入り世間知らずな伽藍は、一族中から冷めた目で見られて生きてきた。

ましてこの子はアルビノ。

黒毛のケルベロス族の中で白毛の彼は奇異の目で見られる事もある。

美しいなんて、言われた事も自分で思った事もない。

素直に言葉を受け取って顔を真っ赤に染める推定600歳超えの幻獣が、あまりにもシュールで一瞬どうすんべ、と戸惑うトリシェ。

いやいや、それでもケルベロスは黒炎能力を使えるようになって初めて成獣。

この子まだ未成年。

俺が守ってあげなきゃ、と気合いを入れ直すぬいぐるみの中の神様。

……すっかり保護者気分である。


「い、いや、でも、俺は……」

「私では不満ですか? 確かに知り合って間もない私の事など信用できないでしょう。しかし私は本気です。答えは今でなくとも構いません。しかしどうか、どうかこの鶴城一晴をご検討ください!」

『落・ち・着・け』

「あうち!?」


神様チョップがイケメン俳優のデコに決まった!

神力付きの一撃は、戦闘種族ケルベロスすら痛いと感じる。

手加減はしてやったが、人間なら尚痛いはずだ。


「い、痛……! 痛いです!?」

『痛むようにやったからね』

「……!? う、浮い……!?」

『どうだ驚いたか! 浮遊機能付きだぞ!(ほんとはただの神力だけど)』

「素直に凄いです! さすが最先端ですな!?」

『……キミ結構ノリで生きてるね……まぁいいや……それより現実を見つめ直そう、水道電気が止まっているって事はだ、陽が完全に落ちる前に我々は見つけなければならないものがいくつもある』

「見つけなければいけないもの?」

『井戸! 薪! あれば蝋燭と布団、それとスコップ! こんな山奥だ、夜は寒いだろう寝るなら火と布団は必要だよ。でも最優先は飲み水! かなり古い屋敷だし、井戸がある可能性が高い! お風呂は今日は諦めるとしても、外に穴を掘ってトイレの場所は確保しておいた方が精神的に安心でしょ。スコップがあれば楽だけど……。まあ、場所は決めておくべきだよねー、どこでしたか分かんないと不安じゃん?居間に囲炉裏があったから、薪を拾ってこれれば火は俺がなんとかしてあげる』

「……そ、そうですね」

「……手分けしよう、俺は井戸を探してくる」

『いや、井戸の場所とトイレの場所は共有しておきたいから井戸探しまでは三人で一緒にやろう。ついでに薪も拾っておきたいしね』


一拍の間。

顔を見合わせる伽藍と一晴。


「トリシェ殿は頼りになりますな」

『キミまで“殿”付け呼び!? ……思ってたけど喋り方古臭くない!?』

「子役の頃より時代劇にばかり出ておりましたから、その影響でしょうか。……さん付けの方がよろしいですか? 個人的には伽藍さんとお揃いがいいのですが」

『(アホなの?)子役上がりなの、へー。……殿でもさんでもどっちでもいいよもう……じゃ行こうか』

「こやく?」

『子どもの役者のことだよ』

「伽藍さん、今の話、私は本気故」

「ああ、陽が落ちてからだと探すのに手間取るだろうからな。頑張ろう」

「井戸と薪の話ではなく! 交際の話です!」

「へ!?」

『その話は後回ーーし!』



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