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神と獣と人間と【2】



『あの? いい?』

「あ、ど、どうされましたか?」

『あー、いや実は道に迷っちゃって!』

「………………」


固まった。

運転手の人間は喋って動いた人を真似たぬいぐるみを盛大に凝視して……固まる。


「………………に、人形が……喋……?」

『あ、凄いでしょこれ! 俺、が作ったぬいぐるみ型ロボット! ロボットっていうか最新型携帯電話の試作品的な物かな? 俺、入院中なんだけど退屈でさー、これで彼と旅をしているの! あ、彼は伽藍。俺はトリシェ! 彼とは海外で出会ったんだけどね〜、一度日本に来てみたかったんだよ、だから二人で来たんだ! そしたら道に迷っちゃって! 申し訳ないんだけど街の方角教えてくれない?』

「どうやってこんな辺鄙なところで迷われたのですか……? この辺り、バスも通っていないのに……」

『ハイキングしてたの! そう! 歩けども歩けども道はあるが街はなくて困り果てていたんだよ!』

「はぁ……。……しかし、町はここから車でも四時間近くかかりますよ? 徒歩では暗くなってしまいます。……この辺りは猪や熊も出ると言いますし…………あの、もしお時間があるなら私の祖父の家で一泊していかれませんか? 私、これから亡くなった祖父の遺品整理で祖父の家に向かっているんです。宜しければ明日町までお送りしますよ」

『え……あ、うーん?』


首を傾げて考え込むトリシェ。

正直伽藍の戦闘能力なら猪や熊など片手でどうにかなる。

というより、獣の類はそもそも寄り付かないだろう。

人間などより余程、獣の方が勘がいい。

それに伽藍が原形体の獣の姿になれば車で四時間の道も半分ほどで着くだろうし、何より別に急いではいない。

しかし急いでいないと言うことは時間はあると言うこと。

無理に断るのも“人間のふり”をしている以上おかしな事。

何しろ“外国人”が“ハイキングで迷った”ふりをしているのだ、普通の人間なら本来相当疲れている。

バスも通っていない場所なら尚更、ここで断るのはアホだろう。


「……それにしてもハイキングされていたにしては随分軽装ですね」

『(ギクッ!)あ、ああ! そうなの! 途中で猪に追いかけられてリュック落としちゃって! そ、そう! だから困ってたんだよ! いいの!? 泊まらせてもらって! 迷惑じゃない!? 迷惑じゃないならぜひ! いやぁ、すごく助かるよ、ありがとう! ほら、伽藍もちゃんとお礼言って! 一晩泊めてもらうことにしたから!』

「え!? あ、ああ、そうだな、ありがとう?」

「いえ、とんでもない。私も祖父の家に一泊する予定でしたからお気になさらず。……しかし猪に追いかけられたなんて本当に大変でしたね」

『?』


軽装に関して言われるともう諦めるしかない。

旅行者、というのもこのラフな格好では正直確かに怪しい。

ので、ここはそんな嘘をつく。

そんなポンポンスラスラ嘘の出る神様に伽藍が呆れかえっていたところに話を振られたものだから、伽藍も慌ててお礼で誤魔化した。

だから青年の熱視線に気がついたのはトリシェだけ。

車から降りて来た青年は端正な顔立ちで、ワイシャツの第一ボタンまできっちり締めたいかにも育ちの良さそうな品があった。


「申し遅れました、私、鶴城一晴つるぎ いっせいと申します。どうぞ、こちらです」


助手席の扉を開いて、促される。

掃除の行き届いた車内は彼が几帳面な人物なのだと推察できた。

お言葉に甘えて車に乗り込み、トリシェに『そこの紐をココに挿すの』と教えられる。

しーとべると、というらしい。


「……“からん”さんと仰いましたよね? どういう字を書かれるんですか? 随分日本語お上手ですが、お国はどちらから……」

「え!? ええと……」

『あー、彼はいろんな所のミックスなんだよ! 御伽話の伽に藍色の藍で伽藍って書くの“いっせい”くんはどんな字?』

「数字の“いち”に“晴れ”で一晴と読みます。それで、伽藍さんはなぜ日本に? どこか日本で行きたい場所があったのですか? 日本のどんなところにご興味を?」

「え……ええと〜……」

『日本にはちょっと探し物があってね〜! でも俺が出国直前で入院しちゃってこんな姿になったんだ! ああ、でも観光も目的の一つだよ』

「探し物?」

『知り合いに頼まれているんだ〜。まぁ、簡単に見つかるものじゃないからしばらくはのんびり観光しようかなって』

「そうなんですか。…………ちなみにお二人はご友人……? まさか恋人ということは……」

「は!?」

『あははは、まさか〜。友人だよ友人』


なるほど!

……と、トリシェはようやく理解した。

鶴城一晴と名乗った青年がやけに伽藍をご機嫌にチラ見していた理由を。

関係に探りを入れて来たということはつまり……彼は伽藍を女の子だと勘違いしている!

通りで祖父の家とはいえ一泊どうですか、なんて誘ってくるわけだ。


(っていうかそれだとコイツ、ナチュラルに女の子ナンパしてお持ち帰りしようって腹じゃねぇかァァア! 真面目そうに見えたのにとんでもなく手ェ早いぞコイツ!)


初異界体験の伽藍は人間を見るのも初めて。

案の定色々困惑している。

別にお目付け役を張っている訳ではないが、一応幻獣ケルベロス族とは浅くない間柄だ。

一緒について来た理由も『知り合いの神様の神剣を取り返して欲しい』と依頼した手前、サポートくらいはしようかな、という気紛れと伽藍の病弱さを治癒したもののしばらくは経過観察した方がいいかな〜という優しさから。

確かに戦闘種族にしては幻獣ケルベロス族の『人形』は見目麗しい者がほとんど。

人外は人に化ける時、どうしても極端に美醜が偏る。

伽藍は病弱だったせいか線の細い美少女に見えなくもない。

それにこの子は黒毛のはずの幻獣ケルベロス族にしては極めて珍しい白毛の子。

恐らくアルビノなのだろう、瞳が赤みがかかっていたり身体が弱く巣の奥から出られなかったのはメラニン不足のせいもあるはずだ。

彼らの一族が備える“あらゆる攻撃を跳ね除ける”鎧代わりの毛皮……『鎧毛』に生え変わってからは陽に当たっても平気そうだが……。


「ですよね! 因みに恋人はいらっしゃるのですか!?」

「へ……? え、いや……」

『ねえ! ……発車してもらっていい?』

「はっ! ……そ、そうですよね! 申し訳ありません!」


グイグイくる人間の青年よ、これは女の子ではない。

女の子どころか、人間ですらない。


『ヤベーな、人間あるあるだよ……』

「なんだ、人間あるあるって?」


一晴に聞こえないように小声で伽藍に話し掛けるトリシェ。

人間あるあるっていうか、ケルベロスあるあるかもしれないけれど。


『あの子、キミのこと女の子と勘違いしてるかも』

「は?」


彼のお兄さん達の中にも中性的な容姿の『人形ひとがた』が多い。

体格は戦闘種族らしくちゃんと見れば男と分かるのだが、何分人外なので顔が綺麗過ぎる。

伽藍も例に漏れず人間の感覚で言えば美しい。

悲しいかな、病弱だったせいでお兄さんたちよりやや細身なのが災いしている。

けれど声はちゃんと男と分かる低音なのだが……。

……恐らくトリシェが代わりに喋りまくっているから声で判別までいっていないのだろう。

発進した車内で謎の沈黙。

しかし、やはり伽藍が気になるのかチラチラと視線が飛んでくる。

不躾な訳ではないが気分がいいものでもない。

とはいえ、今夜お世話になると話はまとまってしまった。

下手に変な空気にはなりたくない。


「(話題を変えましょう)……あの……私、実は俳優をしておりまして」

「はいゆう?」


なんだそれ、とトリシェにコソッと聞く。

勿論、聞こえないように超小声で。

トリシェが『演技で人を楽しませる仕事だよ』と簡潔に教える横で一晴の話は続く。


「一応、名前はそれなりに売れているんです。いえ、勿論まだまだ勉強不足ですが! ……伽藍さんはどのような映画がお好きですか?」

『…………!(これはーー……! 好きな映画や俳優を聞き出し相手の好みを探りつつ己の得意分野である土俵に引き摺り込みながらあわよくば最新作の話題を出して次に会う予定まで取り付けようという魂胆の気配!)……ああ、伽藍も俺もそっちには疎くて〜! 音楽系も全然明るくないんだよね!(ついでに流れで出そうな話題も絶っておこう。嘘は言ってないよ!)』

「そうなんですか……(くっ、またも先手を打たれたか……! このトリシェという御仁……やはり侮れませんな……! ならば……)……ではテレビはどう言ったジャンルをご覧になられるので?」

『(めげないね! テレビのジャンルで攻めてきたということはそこから切り崩しに掛かろうって腹か! 生憎この子はテレビの存在しない世界で暮らしてきたのさ〜!)それが伽藍の家は超厳しいお家でテレビは見せてもらえないんだよ。勿論ゲームなんかも全然!(嘘は言ってないよ!)』

「……それは、それは……(テレビの流れでゲーム系も潰されましたか……! 手強い……! いや、だがそれならば防ぎようのない話題で攻めると致しましょう)では好きな食べ物は? 先程色々な国のハーフ、と仰っておりましたがやはり親しんだ料理がおありなのでは?」

『(ふん、馬鹿め! そう来ると思ったよ!)好き嫌いないんだよね、伽藍は! なんでも美味しいって言うからさ〜!(……実際ケルベロス族は幼年期の主食は竜……人間の食べ物はなんでも美味しいって言う奴が多いし伽藍も同じっしょ、多分)』

「それは素晴らしいですな〜……!(くぬぁぁ!)」

「?」


一晴とトリシェの間に何か攻防のようなものを感じるが、それがなんなのかは伽藍には分からない。

ただ戦闘中のピリピリとした緊張感を感じる。

戦闘種族なのだから、戦いなら自分に任せてくれればいいものを。

……でも何と戦っているのかは分からない。


「あ! そうだ、食べ物で思い出しました。夕飯はカップラーメンになるのですが、よろしいでしょうか? 自分の分しか持ってきておりませんので物足りないかもしれないのですが」

「へ? ゆうはん……?」

『人間は一日三食食べなきゃ体を維持できない生き物なんだよ。だから朝昼晩と食事を摂るんだ』

「そうなのか……。……いや、俺はそん何腹減らないから気にしないでく……あで!」

『うん、ありがとう! 俺はこの通り食べなくても平気だけど!』


お前は人間のふりをしてるんだから食わなきゃダメだ!

……と、暗に言われて口を噤む。


(……うう……この人間に出会ってからまだ数分だと言うのに……俺の人間に対する知識のなさ! トリシェ殿が案じておられた理由はこういう事かぁ……)


面倒くさくてもさっきのマシンガントーク聞いておけば良かった。

そうこうしながらも車は砂利道を進み、細い坂道を登っていく。

さっき歩いてきた時にはこんな道があるなんて気がつかなかった。

小さな山の中腹くらいまで登っただろうか、一軒の屋敷が現れる。


『ええ〜? なかなかに立派なお屋敷じゃないの〜!?』

「うわ、ほんとですね。……辺鄙なところすぎて不便極まりないですけど」

「ん? いや、だが畑があるぞ。自給自足していたんだな」


大きな門を潜って広過ぎる庭先に車を停めて降りるや三人は感心して屋敷を見あげる。

伽藍が真っ先に気がついたのは屋敷の脇にある畑だ。

手入れの主を失っても、植物というのは実に強い。


『これなら野菜炒めくらい作れそうだね〜』

「トリシェ殿は調理ができるのかい?』

『こう見えても……! …………ああ、いや、人の身だった頃にね……』

「ふーん……なんなら俺の体を貸すが?」

『アホ言わないの。一度体験しているんだ、分かるだろう? 俺に体を貸したら意識も俺が乗っ取ってしまうんだ。俺はそういうのは……本当は好きじゃないんだから……』

「……そうだったな……」



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