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絶望の中の希望【2】



「一晴!」


手を伸ばしたところで間に合わず、一緒に穴に落ちてから拾おうとしても、気がつけば何もないコンクリートの地面に前転していた。

突然の穴。

落下していった一晴は、比重の違いからトリシェを手放してしまっている。

伽藍の肩に着地したトリシェ。

まずいどころではない。

一晴はトリシェが触れていなければ妖刀に喰われる。

いや、それ以前に……あの穴の先は?

落下したということは、下手したら今頃もう……。


「お前……! 一晴をどこへ!?」

「うーん? ……ふふふ、まあ、こいつらの生まれた場所……ってとこかな?」

『っ……』


木偶どもを親指で差し、笑う風。

弱い結界だと甘く見た。

これは、最初から罠だったのだろう。

一晴から伽藍とトリシェを引き離し、殺すための罠。


「さてと、それじゃあ俺はこの辺で失礼するよ。これでも忙しいものでね」

「待て! 逃さんと言ったはずだぜ!」

『伽藍、体を貸せ』

「! え……」

『……久方振りに……ほんっきであったまきた……!』


そもそもトリシェは戦闘の得意な神ではなく、伽藍はまだまだ修業中の未熟な半人前。

こんな初歩的な罠に引っかかってもむしろ仕方がない。

だが、それでは済まないのだ。

人一人の命が奴の欲望のためだけに奪われるなんて、そんなのは――。


「分かった、好きに使ってくれ」

『遠慮なく――』

「!?」

「借りるよ!」


白いシャツにジーパン姿だった伽藍の服が、純白に青の鎖が絡まった騎士風の衣装に変化する。

髪は腰にまで伸び、毛先に伽藍の面影を残すような青から白へのグラデーション。

赤みがった瞳は紺へ。

これは、昨晩の一晴への憑依とは――別物。


「……っ、ええ……ちょっとちょっと、顕現とか、反則でしょ!? 俺はあんたとやり合うつもりはな――……」

「五月蝿い」


一歩。

足を踏み出した瞬間に昨夜と同じ光の刃が周囲を囲んでいた木偶ごと結界を消し飛ばす。

八草風の姿をしていた木偶も粉微塵に吹き飛んだ。

なんて脆い。


「……八草の血族はほんとにロクなことしないな………………っていうと沙織ちゃんに怒られそうだけど……」


ふわりと、青い髪の人形が浮かぶ。

トリシェの普段使っている器を回収し、今度はトリシェ自身の結界で風が施した結界を上書きする。

風本体は必ず近くにいるはずだ。


(探索は彗くんの方が得意なんだけど、今はそんなことも言ってられない。伽藍の魔力量なら街一つ覆うのは余裕だし、多少の無理は許してもら……)


みょん、みょん。

頭に耳が現れた。

尾骶骨の辺りから、三本の尾が揺れる。


「…………。ほんと、修業が足りないんだよ、お前……!」


獣の姿になるのも時間の問題だ。

そうなると、元々が人間のトリシェには全く使ったことのない獣の体を使うことになる。

それは、圧倒的に不利。

というか体を動かすことに集中しなければならなくなって結界の維持そのものが難しい。


(このままだと詰む! ぬいぐるみの器でこの規模の結界は維持できない。かと言って伽藍の鼻で辿ろうにもスガタ本体の匂いは分からないから……やっぱ伽藍の体が原形に戻る前に本体を探し出すしか無いね。となると……)


バン!

木偶どもを乗せてきた高級車の一台に、勢いよく触れる。

詰む、なんてらしくないことを考えたものだ。

散々奇跡の叩き売りをして気づけば神になっていたのに。

フッ、とつい笑みが溢れる。


「……俺は『絶望の中の希望』を司る神……四方八方塞がってたって、諦めなければ必ず救いを与える神なんだから。……そんな俺を敵に回して、勝てると思うなよ八草の血族! ……『エンシャイン・アヴァイメス』!」


媒体としては大きすぎるが、すでに神器の核を譲ってしまったトリシェにはどうしても神器の器となる媒体が必要だ。

黒い高級車が宙に浮かび、純白の盾に姿を変える。

エンシャイン・アヴァイメス……トリシェの生まれた世界で『絶望の中の希望』の名を冠するトリシェの神器。


「ちょっと乱暴だけど、お互い様ってことで」


街一つ囲った結界。

無関係な人間を排斥し、周囲への影響を無にするためのもの。

けれど、そこからほんの少し、結界の張っていない現実世界と“リンク”させる。

うっすらと本来の景色が見えて、歩く人、走る車が風景の一部に加わった。

それなりの力ある者ならばこの薄ぼけた景色の中に、トリシェの姿を見るだろう。

巨大な盾を持った、犬耳と犬尻尾の白い男。

考えただけで頭が痛む。

そんな姿を見てしまった者はさぞや目を疑うだろう。


「……………………みーっけた」


やはり結界の外にいた。

木偶を身代わりにして、結界の中には入らず少し離れた場所にいる。


「……エンシャイン・アヴァイメス……俺の神器はカウンターにこそ真の力を発揮する。けど、キミが操る木偶に注がれた魔力の残滓を辿る事もできるんだよね。……一晴くん……というか、妖刀の妖力や『サカトキノミツルギ』の神気も微かに混ざってるし間違いないな。…………………………」


目を閉じると伽藍の体が真白の獣の姿に変わる。

再び目を開いた獣は帰宅する人々が往来する道に座り込んでいた。

その背には青い髪のぬいぐるみ人形。


『伽藍、追うよ。俺がナビするから走って!』

『? いや、それ以前に何がどうなったのかを教えてくれ』

『移動しながらね〜』


トリシェが憑依すると、器にされた者は眠ってしまう。

その間の記憶はもちろんない。

適当に掻い摘みで説明すると、伽藍は加速した。


『逃げられる前に、喉元噛み切ってやる!』

『一晴くんと『サカトキノミツルギ』の所在を聞き出した後にしてね』

『分かってる!』


ママ〜、あのわんちゃん喋ってた〜、という幼女の声が聞こえてトリシェが伽藍を殴る。

伽藍のあまりのでかさに通行人のほとんどが「え、虎?」「ライオン脱走したの!?」「すげぇ、ホワイトウルフ!」「なんだあれ、犬!?」「でかい!? ヤバい!?」

「超大型犬が脱走したのか!?」「きゃー!」等、大騒ぎ。


『人の姿に戻れ伽藍! 八草を追い詰めるどころかお前が警察に追いかけられるぞ!』

『ええ〜……』


それでなくとも帰宅時間で人が多いのに。

実際携帯電話で警察に通報している者や、伽藍の姿を撮影している者も見えた。

ビルとビルの間に入り込み、人目につかない場所で集中する。


「お、おし……」

『おし、じゃ、ねーよ! この未熟者!』

「うう……返す言葉もない……」


人の形に戻った伽藍は、気を取り直す。

トリシェのナビに従って八草風を追い掛けて辿り着いたビルは見覚えがあった。

この世界に来て日の浅い伽藍が分かる建物……。


「彗殿の事務所ビルじゃあないか!? どういう事だ!?」

『妖刀を手に入れて満足したから彗くんに『サカトキノミツルギ』を返しに来た……とか……? どのみち一晴くんの所在は確認したいね。それに、妖刀を何に使うつもりなのかも』

「……一晴……本当に……もう死んだのか……?」

『あの穴の下が地面みたいに硬いものなら落下の衝撃で死んでるね。……妖刀を取り出すには一晴くんが死ぬのが一番手っ取り早いもの』

「…………………………」

『これもまたお前の未熟さ故の結果だよ。お前の兄たちならば、結界の罠にも気が付いたかもしれない。落下している一晴くんに一瞬で追い付いて助けられたかもしれない。キミたちケルベロスにはそのくらい簡単にできる身体能力が本来備わっているからね。とにかく今は気持ちを切り替えて八草を追い詰めるよ』

「……分かった……」


ビルに入り、エントラスからエレベーターで事務所のある二階へ登る。

この時間帯はまだ事務所にいるはずだ。


「……………………」

(うーん、存外落ち込んでるなぁ。初めて出会った人間だもんね、一晴くんは……。……ま、すべてのケルベロスが一度は通る道だ、仕方ない。……ケルベロスは人間より遥かに長寿……どんな形であれ、いつか必ず死別する事は避けられない。これも修行の内だよ、伽藍……)


エレベーターで二階に登る間、明らかに表情を曇らせる伽藍。

箱入りケルベロスにはさぞや応えたのだろう。

二階に到着して、事務所の扉を開けるまでに表情はきりりとしたものに戻ったけれど……その心情はまだ切り替えきれていないはずだ。


「……。……彗殿!」


一瞬、扉の前で立ち止まる。

それから勢いよく、扉を開いた。

むせ返る血の匂い。


『! 伽藍! あとはよろしく!』

「え!?」


扉の真横で腹に穴を開けた月が倒れているのを見つけたトリシェは速かった。

ぬいぐるみの体を捨てて、月の中へと消える。

大量の血が腹や口から溢れる月の、消えそうな命を救うつもりだ。

トリシェは憑依型の神。

大怪我や大病なども、トリシェがその身に宿れば治癒される。

時間はかかるし、トリシェが憑依している間は意識が眠ってしまうけれど。


「……う…………その、声は……伽藍……さん……、トリシェ、さん……」

「! 彗殿!」

「バレるの早かったなぁ」

「お前……ッ」


五体の木偶を引き連れた八草風の本体。

匂いがある、本物だ。

内一体の木偶の腕は血まみれで、もう一体の木偶の木の腕は彗を絡め捕らえている。

側には倒れた車椅子。


「……あかり……あかりは…………」

「他の男の名前を呼ぶな!」

「……!?」


突然の大声に伽藍が目を見開く。

先程は人を小馬鹿にしたような、どこか飄々とした印象だったのに。

木偶の腕に絡め囚われた彗の顎を掴み、映りもしない瞳に己の顔だけを映させようとする。

伽藍にはいまいち理解できない、人間のその感情……それは、嫉妬だ。


「ずっと貴方を迎えに来たかった。ようやく貴方を俺だけのものにできる…………さあ、家へ帰りましょう。貴方の部屋はもう用意してあるんですよ。ふふふふふ、これでもう独りじゃないぞお……ようやく、ようやく僕に家族ができたあ……ふふふ、ふふふふふふ……」

「………………」

「……っ……」


すり、すり。

風が彗の頰に己の頰を擦り付ける。

恍惚とした表情は人間の感情に疎い伽藍ですら異常と分かるものだった。

神器を奪い、力を失った人の体を持つ神を家族にする?


(こいつ、頭がおかしい……)


未知の存在に恐怖を感じた。

人間なんて、ケルベロスからすれば短命で脆い生き物だったのに。

子どもの体で……更に長く神器を失っている彗は木偶相手に抵抗できない。

伽藍が助けてやらなければ。


「訳の分からないことを言っていないで……!」

「……邪魔はさせないぞ……」

「!」


胸の核を取り除けば木偶は消滅する。

だが、昼間に一晴の家で出くわした木偶とは強度とスピードが違う。

本来のろまな木偶が、伽藍の拳を腕代わりの枝で絡め取った。

枝、というのにはうねうねとしたそれは触手に近い。


「くっ」


もう片手で剥がそうとする。

しかしその柔らかく柔軟で強度の高い枝に残りの手も捕まった。


「な、めるな……!」


幻獣ケルベロス族は黒い裁きの炎を大人の証とする種族。

伽藍にはまだ、その炎を燃やすことはできない。

けれど炎属性の魔法は使える。

炎こそ、ケルベロス族の誇り。

両手で火炎の魔法を引き起こす。


「……!?」

「ふふふ……無駄だぜ? うちの可愛い木偶たちは“明人様”の神気を啜って大きくなった子たちなんだ。半端な炎じゃあ燃やせない!」

「……な……」


彗の神気は『水属性』と『光属性』。

炎の魔法は『水属性』に掻き消される。

ならば水の苦手な『地属性』の魔法を……。


(いや、ダメだ……! 『木偶』は本来大地に根をはる植物が原形……! 『地属性』の魔法は“同属性”になる……逆に力を与えてしまう! ……どうすれば……)


みしみしと腕の拘束が強くなっていく。

普通の人間ならとっくに骨が粉微塵だろう。

鎧毛を持つケルベロスであってもこれが長時間続けば腕がおかしくなる。


「!」


だがそれよりも腕から更に胴体にまで伸びてくる枝に焦りを覚えた。

この力で全身ねじられたら流石に痛い。

痛いというか、流石に怪我をする。

ケルベロス故にどんなに強化されていようとも木偶如きに殺されはしないだろうが……。



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