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空虚な殻の奥【4】



「なぁ、一晴あれ、アレ、かたなぁ? それをさぁ、ここのお二人が一千万で売ってくれってよぉ〜……あるんだろ〜?」

「……その方々が欲される刀はありません。お引き取りを」

「またまたぁ〜、知ってるんだぜぇ〜……お前がこないだ義姉さんの親父さんの墓参りに行った時、パクって来たんだってぇ」

「盗んでなどおりません。言いがかりはおやめください」

「あ〜〜…………いいからさっさと刀出せやァ! ぶん殴られてぇのかアア!?」


フラフラしていた叔父が、突如恫喝し始まった。

それに動じない一晴。

むしろ冷めきった目で見下ろしている。


(慣れてるな……)


と、トリシェが一晴を見る。

普通の人間なら怯えそうな大声にも一切動揺した様子もなく。

むしろ胸ぐらを掴みかかった叔父の手を掴み、力を込める。


「‼︎ いっ……いででででで!?」

「……ご冗談を。この程度でまた骨折したと言って、慰謝料だの治療費だのと脅すつもりですかな」

「骨折したぁ!」

「……マジか……」


大袈裟に転がり、携帯電話を取り出して119を押す叔父に一晴は溜息を吐く。

なるほど、とトリシェは先程一晴が「家族と暮らすと迷惑になる」と言っていたのを思い出す。

この男、アルコール中毒で……“たかり”なのだろう。


『一晴くん、ご両親は?』

「父はトラック運転手、母はパートを掛け持ちしているのです。……叔父の借金を、私の両親が払っている状況でして」

『……そうなんだ……』


そんなことよりも、叔父が転げ回っている間、黙々と家探しを続ける木偶どもだ。

人の話をまるで聞かないこいつらをどうやって家から排除するべきか。


「トリシェ殿、あれはどうしたら我が家から出ていって頂けますかな」

『……そうだね、昨日と同じ方法でも良いけど……今日はキミの叔父さんがいるからな……。……伽藍』

「ああ」

「?」


バキ。

拳の骨を鳴らす伽藍。

キッチンに移動した二体の木偶を背後から近付いた伽藍がその拳でーー


「!?」


人間でいえば心臓の部分だろう。

伽藍の拳が貫通する。

背後からとはいえ、一晴にもはっきり見えた。

119に電話している叔父は気づかない。

ずぼ、と引き抜いた伽藍の手には水色の小さな石。

途端、木偶はサングラスと黒いスーツを着た枯木に変わる。


「それは……」

「木偶の核だ。まあ、本霊と分霊を繋ぐモノだな」

『俺は伽藍程素早く核の位置を見極められないんだよね。戦闘が得意なわけじゃないから』

「(よく言うぜ……)……だがゴミは出ちまった。悪いな」

「いえ! ……ありがとうございます……」


本物のゴミはまだ床に転がって119の隊員に怒鳴ったりごねたりしているアレだろう。

むしろこの困った叔父をどうするか。

少女たちの下着を人質に好き放題している。


「……あの、私は叔父の相手をしますので伽藍さんは弟たちを外へ連れ出して頂けませんか?」

「大丈夫かい?」

「要するに金が欲しいのですよ、この男は……」


と、一晴は財布からカードを一枚伽藍に手渡す。


「これで弟たちに何か食べさせてください。使い方は会計の時に店員に渡して一括で、と言えば良いだけですから」

『そうしてあげな、伽藍。分からないことは「俺は海外暮らしが長くって」って言いながら一晴くんの弟くんたちに聞けばいい』

「……分かった、やってみる。きみも無理し過ぎるなよ」

「ありがとうございます」


少し疲れたような笑み。

振り返る伽藍が見たのは荒らされた一晴の実家。

酔った男は酷い罵声を電話の向こうに浴びせている。


(人間って大変だな……)




***




「こっちだぜ、美人さん」

「伽藍だ」


一晴の弟×6(全員双子)。

と、二人の女の子。

一晴に言われた通り八人を引き連れ外に出て来たはいいが、さて、どうしたら良いものかと困り果てる伽藍。

しかしそこは何やら小慣れた弟くんたち。


「アイツが来たらいつも行くファミレスがあるんだ」

「舞姉、瑞樹姉、歩道側歩けよ、危ないぜ」

「う、うん」

「ありがと」


と、女子と伽藍を歩道側に押し込める次男と三男。

彼らに案内されて入ったファミレス。

慣れたように一番広い席に移動する子どもたち。


「やはり土曜はお客さんが多いですね」

「伽藍さん、こちらへどうぞ」

「え!? あ、ああ?」


椅子を引くちびっ子双子。

更に小さい双子ちゃんはお姉ちゃんたちが抱っこしたままソファー席の奥に。

その間、上の双子が赤ちゃん用の椅子を二つ持って来てお姉ちゃんたちに渡す。

なんという連携プレー。


「そういえば我々兄弟の自己紹介がまだでしたね」

「兄さまに聞いているかもしれませんが、改めて名乗らせて頂きます。僕は鶴城環つるぎたまきと申します」

「僕は鶴城葵つるぎあおいと申します。鶴城家の四男と」

「五男になります」

「お、おお……」


なんかとっても一晴の弟っぽいな、という感想。


「んで、俺が太陽たいよう、こっちの生意気そうなのが」

大成たいせいだ。因みに俺が数秒こっちの馬鹿そうなのより兄貴になる。ま、眼鏡掛けてる賢そうな方が俺って覚えてくれや」

「ってめ……!ほんのちょっと俺より勉強できるからって……!」

「で、姉さん方の横にいるのがふくさちだ。二人とも人見知りで家の外と知らない人の前だと喋らねぇが、慣れると幸はうざいくらいうるせぇから楽しみにしててくれ」

「ええと、大成と太陽と、葵と環と、福と幸か……。それで、その……」

「あたしはまい、こっちは瑞樹みずき。あたしたちはこの子たちの従姉妹なの」

「すっご〜っく不本意だけど親父はあの酔っ払いのクズ! ……母さんはアイツが嫌で出て行ったんだ……」

「あ、因みにあたしがお姉ちゃんね。中学一年生なんだ〜」

「あたしは来年中学なの!」

「そうなのか……」


と、返してはみたが、ちゅうがくって、なんだ?


「美人さんはにいちゃんの彼女? 彼女?」

「伽藍だ」

「馬鹿が失礼したな。伽藍さんはうちのアニキと付き合ってるのか?」

「大成兄さま、質問内容が同じです」

「あたしも知りたい! 伽藍さん、お兄ちゃんと付き合ってるの!?」

「だとしたらお兄ちゃん、すっごい美人ゲットじゃーん!」

「…………………」


つきあう?

何に?

困り果てる伽藍。

彼らの言っている意味がまるで分からない。

こんな時トリシェが居てくれたなら……。


「兄さま、姉さま、伽藍さまがお困りです」

「それに無礼ですよ。もっと品を大切になさってください。我々は一晴兄さまの家族なのですから」

「そうです。一晴兄さまの家族である我々がはしたない、間違った真似をすれば一晴兄さまにもご迷惑がかかるのですよ」

「うっ」

「あははは! それもそうだな、悪ぃ悪ぃ」

「う……うん、ごめんなさい伽藍さん。お兄ちゃんがこんな綺麗な人連れて来たの初めてだったからつい……」

「う、うん、ついはしゃいじゃったの……」

「い、いや……」


そこでハッとする。

一晴からは弟たちに何かを食べさせてほしいと頼まれていたのだ。

なのにここに入ってから自己紹介と質問責め……しかし、室内を見回しても食べ物のようなものはない。

いい匂いは、するけれど……。


(……いや、そもそもここは何をする場所なんだ?)


トリシェには海外暮らしが長いから〜と例の言い訳を使って分からない事は一晴の弟たちに聞けと言われたけれど……。


「あ……いや、まずは俺の自己紹介もか。……ええと、楠木伽藍だ。その……社会勉強のために留学して来てる。……今は一晴と同じ事務所でモデルのアルバイトをしている」


昨日、モデルのレッスンの時に彗に考えてもらった自己紹介。

多分これが一番、諸々疑われにくい、との事。

困惑気味にそういうと、女子たちの眼差しがより一層キラキラと輝いた。


「すっご〜い! 一晴お兄ちゃんと同じ事務所って事は、望月月さんとか、神野栄治さんとかと同じって事ですよね!?」

「でも確かに伽藍さんめちゃくちゃ美人だし! 納得〜!」


通用した。


「なるほど、同じ事務所の人だったのか。てっきりアニキの恋人かと思ったぜ。まぁいいや、それよりなんか頼まねぇと。いい加減店員さんに失礼だ。ホラ、お前ら好きなもん頼みな」

「だな! 伽藍さんも好きなもの選べよ! 金の心配ならすんなにいちゃんのクレジットカード預かってるからよ!」

「大成兄さま、太陽兄さま、母さまと父さまに連絡をしておきました」

「了解、との返事が来ましたよ」

「おお、サンキューな葵、環」


あれよあれよと進んでいく話に目を白黒させているとメニュー表が回ってきた。

色々な料理の写真が載った冊子に、必死で頭を巡らせる。


(食べ物……頼む? お金の心配……ええと、確かこの世界では金銭とやらで物々交換するとかトリシェ殿は言っていたが…………ダメだ、分からん)


これはもう、トリシェに言われたことを実行するしかない。


「あの、すまないんだが俺は海外暮らしがながくてこの国の事をまだよく知らないんだ。良かったら、今何をしている状況なのか教えてくれないか?」


……ポカーーーン。

がやがや話していた一晴の弟たちと、従姉妹の女子たちが押し黙る。

やばい、変な事言ったか?


「そうだったのですね。申し訳ありません、配慮が足らず」

「ここはレストランなんです。“あの人”が来た時はここに集まって父さまや母さまが帰ってくるのを待つのが決まりなんですよ」

「それまで何も注文しないのはお店に失礼ですから、好きなものを一品必ず注文するのです」

「太陽兄さま、ちゃんと野菜も食べてください」

「好き嫌いはいけませんよ、瑞樹姉さま」

「う」

「うっ」


なんてしっかり者の四男と五男。

とりあえず、状況としてはここは金銭を支払い食事をするところだという事を覚えた。

人間は食べるものまで商売にするのか。

すごいな。


「金の心配はしなくていいぜ、アニキからクレジットカード預かってるんだ。こっちで払う」

「かーど?」


これだ、と大成に差し出されたのは黒いカード。

だが伽藍も一晴にカードを預かっている。


「……それと似たようなものを俺も一晴に預かったぞ。これで弟たちに何か食べさせてやれと言われた」

「え?」


伽藍が一晴から預かったのは青みがかったカード。

しかし大成と太陽はそのカードを見ると顔を見合わせた。

そして葵と環が次男と三男に向かって謎の頷きを見せる。


「……ああ、それもアニキのクレジットカードだな。いや、大丈夫だ、こっちで支払うよ」

「気ぃ使わせて悪いな、伽藍さん! 大丈夫だからあんたも何か食べてくれ! どーせにいちゃんのカードだし気にすんな!」

「?」


つまり弟たちが持っているのも一晴のもので、用途は同じという事らしい。

それにしても、なんというか、不思議な違和感を覚える。

この子たちの取り繕うような明るさ。

わざと元気そうに振舞っているような……。

そんな事を考えていると、真ん前で幼児用の椅子に座る末っ子の幸がグズグズと泣き出す。

ギョッとする伽藍。

そういえぼ人間の赤ん坊(よりは少し大きいけれど)なんて初めてだ。


「幸? どうしたのですか?」

「……うっ、うっ……」

「……う……ううううぅ……」

「大丈夫ですよ、幸と福の分もちゃんと頼みますからね」

「そうです、店内で泣いてはお店の方や他のお客さんのご迷惑になります。泣いてはいけませんよ」

「……だ、だってぇ……」


今の今まで静かに黙っていたのに。

ぐず、ぐず、鼻水をすする二人に葵と環が必死に言い聞かせる。


「………………」

「………………」


そんな末っ子たちを見ていた年長さんの女子たちも、笑顔を消して俯いてしまう。

なんだなんだどういう状況だ?

困惑する伽藍に、太陽が「悪い、伽藍さん」と小声で謝る。

謝るくらいなら状況を教えて欲しい。


「あー……びっくりしただろう? あのオッサン」

「? ……ああ、お前たちの家にいたあの男かい?」

「ああ」


驚いたか、と聞かれると、正直そんなに、だ。

人間は欲に弱い生き物。

知性があるにも関わらず、学ばず、堪え性がない。

世界で生まれる争いのほぼ全ては“ヒト”の欲から生まれる。

むしろ一晴や、この弟たちのような理性的なものの方が珍しいんだろう。


「普段はあんまり来ないんだ。金が尽きるとたかりに来る。いつも現金と酒が用意されてて、それを渡すと帰ってくんだけど……」

「今日は変なのを連れてきたから驚いたのか」

「ああ、なんか刀を出せ〜! とか言いながら入ってきてさぁ。にいちゃん、剣道習ってたから竹刀は持ってたけど……うちに刀なんてあるはずねぇっつの!」

「なんだったんだろうね、刀だなんて……」

「どうせいつもの訳わかんない訳わかんない事だよ!」

「酔っ払いの戯言かい?」

「そうそれ!」


一晴の両親は共働きでほとんど家にいない。

本来なら、子どもたちだけにはしておけないはずだ。

それなのになぜ、一晴はこの子たちと一緒に住んでいないのだろう?


「きみたちの兄上はなぜきみたちと一緒に暮らしていないんだい? 近くに住んでいるなら、余計一緒に住んでいた方が良いと思うんだが」

「それは……」

「一晴兄さまは僕たちのために一人暮らしをしているのです」

「あのオッサンはアニキやオヤジたちに金や酒をせびってくるからな、留守だと少なくとも俺たちじゃあ酒は買って来れないだろう?」

「だーかーら、苦肉の策でとうちゃんやかあちゃん、にいちゃんとは別居してるんだ。まあ、近くに住んでるから会いに行くのは簡単なんだけどさ」

「叔父には父さまや兄さまの住んでいる場所を教えないんです」

「でも、母さまは毎日ちゃんと僕たちのご飯を作ってくれるんですよ! 兄さまも仕事の合間によく面倒を見に来てくださいますし」

「あたしと瑞樹は、瑞樹が中学生になったらあの家から出るの。あの男がいつあたしたちにひどい事するか分かんないから」

「年頃になったら絶対危ないって、おばさんに言われてるの! そしたらおじさんとおばさんと一緒に暮らすんだ〜」

「オヤジたちがアイツの借金全部返したら絶対施設に入れてやるって言ってたしな」

「俺たちも早くバイトできるようになりたいよな〜。にいちゃんみたいに子役やりたいけど、にいちゃんみたいに演技できねぇし」

「ま、俺たちには無理だよな」

「不甲斐ありませんね……」

「口惜しいです」

「……そうなのか……」


なんで子どもたちだけだと酒は無理なのかよく分からないが、彼らがそれが最善として取った方法ならばそれが最善なんだろう。

いや……分からないことは聞くべきだ。

トリシェがいれば教えてくれるだろうが、ここには一晴の弟たちしかいない。

彼らに分からないことは教えてもらえ、と言われたじゃあないか。

聞かぬは一生の恥ってやつだ。


「なんできみたちだけだとお酒は無理なんだ?」

「え? ああ、この国では二十歳未満の子どもはお酒が買えないし、お店は売っちゃいけないんだ! 法律でそう決まってるんだぜ!」

「へえ、そうなのか……」


聞いて良かった。


(それにしても……)


人間の世界とケルベロスの世界は違う。

力でほとんどのことを解決しようとするケルベロスの世界と人間の世界。

家族間だけで、こんなにも。


(守るものがあると人間は強いと聞く。……妖刀に抗い続けている一晴の精神的な強さはこれか……)


例えトリシェという神が寄り添っていても、魂という生き物の根幹を冒されてそれでも無事でいるのは本来難しい。

地が強くなくては。

例えばあの一晴の叔父だという男ならトリシェの助力があっても妖刀の甘言にはころりと呑まれるはずだ。

妖刀の声は伽藍たちには聞こえない。

だがきっと妖刀は一晴に甘言を囁き、彼を闇へと突き落とそうとしているはず。

それに負けないのは一晴が強いからだと思う。

本人にその自覚は、なさそうだが。


(……人間が守りたいものか……)


ケルベロスたる己には使命がある。

世界の『理性と秩序』を守る事。

鶴城一晴という男はきっとこの無垢な笑顔を守るために、今も言葉で戦っている。

内に邪悪な妖刀を抱えたまま、あのしょうもない身内と。

そんな守り方、戦い方もあるのか。

人間は弱く、愚かで、学ばず繰り返し、欲望に忠実。

上の兄たちが繰り返し言うそれらと、伽藍が初めて出会ったあの人間は違う気がした。


(…………最初に出会った人間がきみで良かった)


もっと彼のことが、人のことが知りたい。

ひっそりとそう思った。






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