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空虚な殻の奥【3】



「伽藍さん、おはようございます」

「ん……んん……」


トリシェに負けないよう務めて優しい声で挨拶する。

被っていたシーツがずれ、白のタンクトップが見えた。

こんな服いつ買った?


「月さん、伽藍さん昨日買い物したんですか?」

「うん? ああ、服の類を持っていないと言うからな。モデルとしてやっていくのにも服の知識は必要だろう?」

「んなぁぉ! ずるいですぞ! 私に断りもなく伽藍さんとお買い物なんて! 伽藍さんに似合う服なら私だって選びたかったです! ハッ! 今日私の仕事が終わってから買いに行きましょう伽藍さん!」

「……う……」

『あー、ダメだこれ。熱がある』

「え!?」


肩にいたトリシェの耳を疑うような言葉。

伽藍は目を開けることなく唸る。

戦闘種族、幻獣ケルベロスの中でも伽藍は極めて珍しい虚弱体質。

トリシェの神力で大分改善されたものの、だからと言って他の兄弟たちのような完全な健康体というわけではない。

トリシェがこの世界に伽藍とともに来たのは、伽藍の体調がまた悪くなった時のことを考えてでもある。

残念ながら、その心配は現実となったようだ。


『仕方ないね、俺は一晴くんから離れるわけにもいかないし……』

「というか一晴はそろそろ現場に向かった方がいいのではないか? CMの仕事は地上波でないとはいえ大口だろう?」

「ですが……伽藍さんの体調が……!」

「アホなこと言ってないで早く仕事へ行きなさい。もう前金頂いてるんでしょう?」

『え、もう遅刻ギリギリ? 伽藍に解熱術かける時間もない感じ?』

「そんな術が!? どうぞどうぞ!?」


ぐったりした伽藍の頭にトリシェを近付ける。

丸い形の手が白い髪に触れる。

それから約十秒。


『ふぅ、こんなもんか?』

「トリシェさん、あまり無理なさらないでください」

『ヘーキヘーキ。この体は熱なんか出ないもんね〜』

「?」


そりゃあぬいぐるみが熱など出すはずもない。

何を言っているのやら、と半ば呆れる。

ともかく、解熱術とやらが終わったのなら一晴は出勤しなければ。


「ではいってらっしゃい。気を付けて」

「伽藍さんに私が帰宅しましたらぜひ一緒にお出掛けを……言うなればデートを!」

「……それは、彼の体調次第ですね」

「ですよね!」


とか言いながら出掛けたものの、正直またあんな奴らに襲われでもしたらどうしよう。

不安いっぱいのまま無事CM撮影を終え、寮ビルに帰る。

そして少し考えてから地下駐車場で彗に伽藍の居場所と体調について問うメールをした。

時間はまだ午後三時前。

デートなら十分できる。

今日は久しぶりに仕事も早く終わったので夜は実家に寄ろう。

だが、その前にどうしても、どうしても伽藍とデートがしたい。


『マジで伽藍とデートするつもり? まあ、あいつこの世界のこと何にも知らないから、世間勉強的な意味では歓迎だけど』

「……そういえば二人きりにはなれんのでしたな……」

『いや当たり前でしょ。大体妖刀だってまだキミの中にいるんだよ?』

「それなのですが、今日は全く以って大人しいです。トリシェ殿が私の体に十秒ほど憑依しただけでこれならば、一晩眠っている間トリシェ殿に憑依して頂ければ妖刀は私から出ていってくれるのでは……」

『いやー、どうかなー? 魂に同化した妖刀を剥がすのは容易なことではないからな〜』

「でも漫画やアニメだと好きな人の説得やキスでなんとかなったりするではないですか! 伽藍さんにチューして頂ければ出ていってくれるのでは!」

『…………。ん?』


何言ってるんだこいつ。


『……漫画や“あにめ”と一緒にしないでよ……。っていうか懸想してる相手からの口付けでぼくが剥がれるなんて、本気で思ってるの?』

「………………妖刀が起きました……」

『だろうね』


とかやっていたら、彗からメールが返ってきた。

伽藍は無事回復して、出掛けるのにも応じるそうだ。

今、地下駐車場に向かっているとのこと。

両手を挙げる一晴。


『……ねえ、まさか本当に見目だけであの獣をつがいにしようっていうの?』

「ふ、夫婦などと……! 気が早いですな!」

『何言ってんの』

『あ、そうか人間って夫婦って言うのか。まぁいいや、ねぇどうなの、本当に見目だけなの?』

「勿論、伽藍さんの見目の麗しさは最大の要因ではありますな! けれどあの方の無知なところも好ましく思っておりますよ! 可愛いですな〜」

『この世界の常識は確かに知らないけどね……第三の眼は開眼してるんだ、決して無知なわけではないんだけど……』

『……要するにほんとに見目だけってことじゃん。……ま、きみがどうなろうとぼくには関係ないけどさぁ』

「何を言っておるのですか……人間見た目が九割ですぞ」

『……さっきからおかしいなぁと思ってたんだけど、もしかして紅静子と会話してる?』

「へぇ、そうなのか」

「え?」


気が付けば白いシャツとジーパン姿の伽藍。

そして、呆れた感じのトリシェ。

それよりも何よりも、来てくれた伽藍にテンションがだだ上がりする一晴。


「伽藍さん! お加減は!?」

「トリシェ殿が熱を取ってくれたおかげでよく眠れてな……もうだいぶいいよ。彗殿にきみが街を案内してくれると聞いたんだが……」

「はい! お任せください!」

「ああ、頼む。人間の世のことはまだよく分からないから……」


と、照れて笑う。

拳を握り締めて、噛み締める一晴。

そんな一晴に冷めたモノを送るトリシェと紅静子。


「車で行くのかい?」

「いえ、せっかくですからこの辺りのお店などをご案内致します。生活に必要な物など大きな物を買いに行くのなら車を使うのですが…………ああ、そういえば伽藍さんのベッドはどうしますか? 私と同じベッドでは……勿論それでも構いませんけれど! ……しかしやはり狭いですからな……」

「うん? いや、彗殿は俺の部屋には家具があると言っていたぞ?」

「!? 私の部屋で同棲すると言う話では!?」

「え? いや、きみの隣の部屋が空いているからそこを使えと……。きみが隣にいるから分からないことはなんでも聞けるだろう?」

「なるほどそれはそれで萌るシチュエーションというやつですな!」

「………………?」

『………………』

『………………』


神様と妖刀も呆れる頭のおかしさ。

とはいえ、寮ビルにコンビニは入っている。

なので近所のスーパーや雑貨屋、美味しいカフェなどを巡ろうと地下駐車場を出た。


『まず基本的なこと……買い物の仕方を教えてあげてほしいな』

「え!? 伽藍さん、買い物の仕方をご存知ないのですか!?」

「かいもの?」

『人間は生活に必要な物を仕事で得た金銭で物々交換するんだよ。まぁ、この世界には神楽や橘なんかが長く住んでいるから、第三の眼で神楽の知識を借りてもいいとは思うけど……実際体験した方がいいだろう』

「? 第三の眼?」

「俺の一族は三番目の眼で、他の一族の者が得た知識や記憶を“視る”事ができるんだ。まあ、書庫に移されたもの以外、視られるモノには条件や制限はあるんだが……」


そういえば獣の姿になった時、額に不思議な模様があった。

むしろ三本の尾の方が印象に残っている。


『つまり要するに簡単に情報交換できる一族なんだよ。これでも『理性と秩序を司る番犬』だからね』

「そ、それはつまり伽藍さんと色々してしまうと伽藍さんのご兄弟、ご親戚に覗き見られてしまうという……!?」

『一晴くん、どんどんアホになっていくみたいだけどマジで大丈夫?』


歩きで地下駐車場から出て、まずはスーパーにでも、と一晴が方向転換した時。

一晴の携帯がピリピリと音を立てる。

画面には弟の名前。


「すみません、弟からです」

「きみ弟がいたのかい?」

『へぇ、いいよ、出て』


一応断りを入れて、通話を押す。

もしもし、という前に焦ったような「にいちゃん!」という声。


「太陽? どうしたのですか?」

『大変なんだよ! アイツが変な奴らを連れてきて、刀を寄越せって家の中を荒らしまくってるんだ!』

「!?」


スッと、冷めた感覚。

一晴の顔付きが明らかに変わる。

その空気に伽藍も目を細めた。


「今すぐ帰ります。太陽、大成と一緒に皆を連れていつものところへ」

『分かった!』

『アニキ、ごめんな……仕事大丈夫か?』

「大丈夫だよ、今日の仕事は終わったところだから。そんな心配はいいから、皆を頼んだよ」


優しい兄の声。

いつもと違う口調。

電話を切ると、ほんの少し、悲しそうな表情。


「すみません、伽藍さん……私から誘っておきながら急用ができてしまいました」

「気にしなくていいさ。それより、随分切羽詰まった会話をしていたな?」

「はい、叔父が帰ってきたようで……行かなくてはいけません」



『待って。その叔父さん、変な奴らを連れてきて刀を探してるって言ってたよね? ……伽藍も連れて行こう。万一の時、俺より戦える』

「え、し、しかし……!?」

『大丈夫。本当にもしもの時のためだし、そうなったら周りに迷惑がかからないように結界を張るから。キミのご家族に怪我一つさせないさ』

「ああ、俺も同行する。一応、昨日きみが木偶に襲われた話は聞いてるしな」

「………………、……すみません……」


妖刀の件は伽藍やトリシェには本来関係がないのに。

そんな申し訳なさを抱えたまま、寮ビルから駅と逆方向の道を走る。


「ここから近いのかい?」

「はい、私が彗さんと出会ってから家族も寮ビルの近所に引っ越してきましたので……!」

『へぇ、そうなんだ? ……でも一緒に暮らしてはないんだね?』

「……私が家にいると……家族の迷惑になるのです……」

「……?」

『…………………………』


駅から離れ、住宅地に景色が変わる。

十字路の角に建つ一軒家に、一晴は迷わず入った。

扉は開いている。

玄関は大量の子どもの靴が散乱し、そこから繋がる廊下も服や小物で埋め尽くされていた。


『……ゴミ屋敷予備軍?』

「いつもは綺麗ですよ!」

「あ! にいちゃん!」

「アニキ!」

「お前たち、まだいたのか!? いつものところに行けと言ったのに……」

「アイツが逃がしてくれなかったんだよ……」

「……!」


同じ顔の少年が二人。

伽藍も同腹兄と同じ顔なのでそこまでの驚きはないが、人間にも同じ顔があるのには驚いた。

しかも……。


「「兄さま!」」

『!? ダ、ダブル双子……!?』

「いえ、トリプルです」


次々出てくる同じ顔の少年。

こちらは先の二人より幼い。

ズンズン歩いていくと、今度はあまり似てない少女が二人出てくる。

彼女たちは最後の双子ちゃんの手を繋いで現れた。

まだ言葉もうまく話せなさそうな幼児の双子に伽藍は今度こそ驚く。


「一晴兄さん……」

「一晴兄さん、ごめんなさい……ごめんなさい……アイツが……」

「構わないよ。太陽と大成と、みんなであの場所に行っていなさい」

「……でも……出掛けようとするとあたしたちの下着、ネットで売るって……」

「ブラとかパンツとか取られたの!」

「…………。必ず取り返すよ」

『………………』


見た所中学生くらいの女の子。

なるほど、こんなお年頃な少女たちがつけ始めたばかりだろうブラジャーを人質に取るとは……なんたる卑劣。

需要も一部には大有りだろう。

こんな少女たちの下着を人質に取るような奴は無条件でやばい奴に違いない。

正直、早くも吐き気がしてきたトリシェ。

少女たちを次男と三男らしき双子に預けた一晴は、更に廊下を進んでダイニングの扉を開く。

そこには昨晩と同じスタイルの男が二人と、ヨレヨレのスウェットを着た無精髭のおっさん。

三人はダイニングの端々を盛大にひっくり返している。

その様はまるで盗人だ。


「刀はこの家にはありませんぞ」

「アア? ……おお〜、一晴じゃあねぇかぁ……ヒック……」

『え……酔ってる……?』

「……叔父はアルコール中毒なんです」


小声でトリシェに告げる。

まじか、と呟くトリシェ。

引き出しという引き出しを粗方開けた三人は、次の部屋へと行こうとしていた。

そこに一晴が帰ってきたのだ。

赤い顔の一晴の叔父は、ケタケタと気味悪く笑う。




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