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空虚な殻の奥【1】



「はあ、やっぱり遅くなりましたな〜」

『洋画の吹き替えって本当に時間かかるんだね……なんか見てただけなのに俺まで疲れちゃったよ〜』

「調子のいい時は、半日くらいで終わるんですけどね」


ええと、明日の予定は……いや、もう“今日”だ。

スマートフォンを開いて確認する。

駐車場に入って、車の鍵を取り出した時にようやく車の側にスーツ姿の男が二人佇んでいるのに気がついた。

胸がざわっと粟立つ。

とっぷり夜に暮れた時間に、黒服とサングラスの大柄な二人組が真っ直ぐに自分の方を見据えていれば緊張もする。

道に迷った風ではない。


『あいつら……』

(妖刀のお知り合いですかな)

『ぼくを欲しがってる奴らだ。……へえ、もうきみのところまで嗅ぎつけてきたんだ?』

「……………………」


妖刀の夢に……そういえば出てきた男たちに似ている。

こんな深夜に。

更に駐車場の電灯なんてたかが知れているのにサングラス。

この時点で既に相当怪しいというのに……。


『……? 何あいつら。人間じゃないね?』

「やはりですか?」

『……そうか、一晴くん、割と“分かる人”だっけ』

「ええ、まあ……」

『うふふ、ぼくの妖力でなおの事“感じる”んじゃない?』

「不本意ながら……」


男たちの足元から茹るように上がる黒い霧。

妖力紅静子が初見、一晴の体を乗っ取って現れた時とはまたタイプの異なる何か『悪いもの』だ。

普通の人間には見えないだろうし、妖力を宿す前の一晴にも分からなかっただろう。

元々多少霊感の様なものが強い質ではあったけれど、こんな事は初めてだ。


「鶴城一晴さんですか?」

「……どちら様でしょうか?」


こんな深夜に。

出待ちにしても遅すぎる。

無論ファンの雰囲気ではないけれど。

屈強な男二人相手に襲われたら逃げきれるだろうか?

車はあるが、男たちの真後ろだ。


「我々はとある方からの依頼で、あなたのお爺様が所有していたはずの刀を探している者です。早急に引き渡して頂きたい」

「……ええと……」


やはり。

第一に感じたのはそれだが、困惑した風を装う。

伊達に役者で食べてはいない。


「……すみませんが、これから帰宅するので……」

「刀を早急にこちらに渡して頂きたい」

「いえ、あの……こんな時間なので後日にしていただいてもよろしいでしょうか?」

「刀をこちらへ……さあ」

「…………」


会話が成立、しない。


『……何こいつら。きもーい』

『刀……って……もしかしてまさかまさか?』


頭の中で妖刀が。

耳元で囁くような確認をしてくるトリシェ。

少し考えてからトリシェに「さて」とだけ答えた。

何やら察してくれたらしい神様は、にじり寄ってくる男たちに聞こえないように更に囁く。


『……後ろにも二人いるよ』

「!」


駐車場の入り口に二人。

電灯に照らされて影が伸びているのが分かった。

この有料駐車場の入り口は一つ。

車用の出入り口なので広くはあるものの、四人の屈強な男に追いかけられるのは勘弁願いたい。


「……どうしたものでしょうか……」

『……見た所、命令遂行型の木偶の類だね。かなり人間に近付けて作ってあるみたい。やだなぁ、内臓とかまで作り込んでたらどうする?』

『血の匂いがしな〜い。首落として帰ろうよ〜、飽きた〜』

「…………………………」


自由すぎる。

しかしそれぞれこの男たちを見て感じる感想が違う事に、はっとした。

黒服の男たちはじりじりと一晴に近付き、相変わらず「刀をこちらへ渡してください」と繰り返す。


「……あの、トリシェ殿……私の中のものは血の匂いはしないと言っているのですが……トリシェ殿から見てこの方々は首をはねれば無事帰宅できると思われますか?」

『え、何それ物騒。……いや、無理かな。木偶は基本的に植物が原材料だから。……それに、ただの木偶じゃないよ。なんだろう……これ……木偶なのに『地属性』の気配はまるでしない』

『……えー、何それ矛盾してるじゃん神さまのクセに〜。……首落として死なないなら切り刻む?』


じり、じり。

中と外で小さく交わされる会話に耳を傾けながら、対処法を巡らせる。

とりあえず、帰って寝たい。

こんな気味の悪い連中とはさっさとおさらばしたいのだ。

帰って愛しい伽藍に「おかえり」を言ってもらいたい。

今日、それだけを糧に頑張ったのだから。


「その、申し訳ないのですが……なんのことを言っておられるのかわからなくてですね……」


男たちへの返答として、妖刀を身に匿っていることを伏せる事にした。

少なくともこの男たちに魂にへばりついた妖刀をどうこうできるとは思えない。

何しろ格の高い神さまが『俺一人じゃむりー』と仰っているのだ。


「いいえ、ご存知のはずです」

「お爺様のお屋敷の土蔵を、我々は確認しております。目覚めているはずです」

「穏便に済ませたいのですよ、こちらとしても」

「さあ、妖刀を我々に引き渡しください」

「……………………っ」


真っ二つに割れたあの蔵を見たのか。

妖刀が目覚めて、そして一晴の中に入ると知っている。

誤魔化すことはできそうにない、が……。


『……ぼくを渡す、なーんて軽はずみなこと言ったらダメだよ』

『これは、渡すとか言ったらその瞬間問答無用で襲われるパターンだね。妖刀を所有者から引き剥がすには……器のキミを殺すしかない』

「それ、つまり戦闘不可避的な展開では……?」


じり、じり。

下がったところで後ろには二人、更に男が控えている。

逃げ場はない。


『落ち着いて。多分、妖刀に取り憑かれたにしてはキミがまだ自我を保っているからおかしいと思って声をかけてきたんだよ。妖刀は目覚めているはずだけど、取り憑かれたはずのキミがいたって普通に生活しているから様子を伺っているんだ』

「なるほど……しかし……」

『……そうだね……』


妖刀に取り憑かれているのは、事実。

そして男たちの目的が妖刀の奪取であるのならば……やはりそれには一晴を殺す以外方法はない。

と言うことは――戦闘不可避。


『……仕方ない。俺が少し力を貸してあげる。木偶相手に普通の人間が逃げきれるわけないしね』

『そんな事しなくったってぼくを使えばいいじゃない。すーぐ終わらせてあげるよ〜』

「トリシェ殿、どうしたらいいのですか?」

『チッ』


そんな口車に乗るか。

あからさまな妖刀を無視してトリシェに指示を仰ぐ。

伽藍を小さな光の球体で吹っ飛ばすような神様だ、きっとなんとかなる、と、思う。


『身体強化の魔法を掛けてあげるから、それで前方の二人をかわして一気に車に乗り込んで。さすがに車には追いついてこれないでしょ』

『ぼくが戦えば一発で全員バラバラにしてあげるのにぃ』

「……しかしトリシェ殿、まだ駐車料金を払っていないのですが……っ」

『! それがあったか……!』

『……え、この状況で何気にしてるの……』

「駐車料金を払わねば車を出せんの時代なのです」


駐車料金を払う前に男たちに近づいてしまったのが運の尽きだったか……ここの駐車場は盗難防止も含めて駐車中はタイヤがロックされるタイプなのだ。

先に駐車料金を払わせてもらう、訳にもいかない雰囲気。


『ぼくが手伝ってあげるってば』

『警察に通報しちゃう?』

「通用するかは分かりませんがやってみますか」


紅静子総無視で、トリシェの案をとりあえず実践してみることにした。


「なんなのですがあなた方は! 警察に通報しますよ!?」

「刀を引き渡してください」

「そうすれば我々はすぐに立ち去ります」


じり、じり。

一歩が縮んだ。

が、男たちの主張に変化はない。

携帯を取り出して110番を押そうとすると、男の一人の腕が持ち上がる。

紅静子の『刃尾』のようにヒュルリと伸びて一瞬で一晴の携帯を弾き飛ばした。


「なっ!?」

『やめといたらぁ? けーさつって普通の人間なんでしょ? 木偶相手にじゃあ返り討ちにされちゃうよ?』

「そんな事より腕が伸びましたぞ!? なんか鞭みたいになりましたぞ!?」

『木偶って基本植物だからね。腕くらい蔦になるよ』

「そんな冷静に!?」

『ん?』


ぴたり。

急に前方の男二人が立ち止まる。

サングラス越しに目が赤く光っているのが分かった。

嫌な予感しかしない。


『……これ、何かの分霊が入ってんじゃない? 木偶の中に何かいるよ?』

「ぶんれい?」

『え? 何? 分霊?』

「トリシェ殿、妖刀があれは何かのぶんれいが入っているのではないかと……」

『……! そうか、植物の木偶を分霊が操っているのか……! それならこの木偶らしくない流暢な喋り方や行動も納得できる! ……ん、だけど……』

「……何か?」

『それが分かったところで事態は良くならないんだよね。むしろ分霊が入ってるってことは、奴らそれなりに思考があって動けるって事だもん。事態悪化だよ』

「そんなっ!?」

『というか、こんなグダグダ喋ってる暇もなさそうだよ。ほら』

「!?」


二人の木偶が顔を見合わせて何かを話している。

こちらもボソボソ対処法を話し合っているので相手のことは言えないが、何やら気味が悪い。

サングラス越しの赤い目が一晴の方をギロリと睨むと、先程携帯を弾き飛ばした時のように木偶たちの腕が伸び始める。

地面についても尚、伸び続ける腕は樹木のような色と形に変化してとぐろを巻く。


「……ト、トリシェ殿……」

『やる気だね。仕方ない。あんまりやりたくなかったけど、ご近所様に迷惑は掛けられないしキミの仕事を考えると迂闊に防犯カメラに撮られる訳にもいかない。結界を張って、始末するしかないね』

『ぼうはんかめらって何?」

「悪い事をされないよう監視の役割を果たすカメラの事です」

『んん?』

「あ、すみません。……ではなく、結界を張って始末する、とは?」

『できれば上手い事逃げたかったんだよね。木偶の製造主がなんで妖刀を欲しがってるのか分かんないから。でも、分霊が入っているとなると逃げるのは難しい。なんの分霊か分かんないし、少なくとも分霊を作れる程の力ある何かが木偶の製造主と関わりを持ってるって事。こっちの力をある程度示す必要がある』

『それはぼくも同意だな〜。少なくとも分霊の程度で本霊の実力が多少把握できる。それに、そのちんちくりんな神さまの実力ってやつも見られるし♪』

「…………! トリシェ殿が戦われるのですか?」


その姿で?

確かにあの伽藍にぶん投げた小さな光の球体は大層な威力のようだったけれど……。


『一晴くん、十秒だけ身体貸して。十秒で終わらせるから』

「え!?」

『大丈夫、無傷で返すよ』


この程度ならね、と付け加えられる。

ちらりと後ろにいた二体の黒服……木偶を確認すると奴らも同じように腕が樹木のように伸びて地面にとぐろを巻いていた。

あんなもので四方から締め上げられたら……。


「分かりました」

『じゃ、借りるね』

と、声がしたと思ったら肩に隠れていたぬいぐるみがボトッと落っこちる。

驚いて下を見ると、今度は自分が宙に浮かんで自分の体を見下ろしていた。


『これは……!?』

『ふーん』

『! 紅静子……!』


真横に初めて出会った時のように紅静子が浮かんでいる。

なんだ、ここは。

幽体離脱か。


『そん何ビビらないでよ。きみの意識が体から少し離れてるだけ。多分、ほくがいるせいできみの意識が沈み込む隙間がなかったんでしょ』

『意識って体から離れちゃうものなんですか!?』

『さすがに一つの器に三つも入らないよ。そういう体質の人間は別だけど……。きみの体の中にはぼくの本体があるから容量不足なの。それより見なよ、あのちんちくりんな神さまが戦うみたいだよ』

『え……』


見下ろすと、己の体が薄く光っている。

右足が浮いて、コンクリートの地面を勢いよく踏み付けるとそこから光の輪が水面を揺らすかのように広がって駐車場を囲った。

これが……!



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