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妖刀の夢【5】



シャワー後、起きてきた彗と共に月の作った朝食を頂く。

月の作ったスクランブルエッグとトースト、ベーコンに目をキラキラさせる伽藍。


「これが人間の普段の食事……いい匂いだな」

「! そういえば伽藍さんはこの世界での拠点はどちらになさるおつもりですか? もしよければ私と一緒に住みませんか? 私、こう見えて料理がかなり得意なんですぞ!」

「確かに拠点は必要でしょうね。良いんじゃないですか? 一晴は事情も知っていますし、トリシェさんも離れられません。一晴はご家族が多いので、うちの寮に入ってもらってるんですけど……本当に料理が上手なんですよ。自分でお弁当も作ってますし」

「べんとう?」

「こういうものだぞ」


月がなぜかお弁当を作っている。

なんで。

トリシェがやや嫌な予感を感じつつ弁当の理由を求める。


「今日は俺が仕事だから、彗の分だ」


いかん語尾にハートマークが見えた。


「目が見えれば料理くらい自分でするんですけど……。僕、料理は得意ですし」

『知ってる』

「そうなんですか?」

『プロ並みの腕前なんだよね。一番得意なのはお菓子類』

「そうなのか? そうか、そういえば彗は菓子類が大好きだな」

「世界一貴方にだけは言われたくないですね」

「ですなぁ……」

『そうなんだー……』

「かしるい?」

『お菓子だよ。甘いもの! 大好きだろ、キミたち』

「甘いもの!?」


朝食を出された時よりも目を輝かせる伽藍。

一晴が同じくらい目を輝かせながら「甘いものがお好きなのですか!?」と食い付く。

そう、幻獣ケルベロスは甘いものが大好き。

彼らの住む森には甘い果物はなく、人間の文化と隔たりが激しいためお菓子類は希少なのだ。

よその世界で甘味を覚えたケルベロスは、甘いものを求めて人間に関わるようになるとか、そうでないとか……。

人間に化ける術を身につけたのも、武術の類を習得するという理由がもっともらしく伝わっているが果たして本当にそれだけか……と言う疑惑が未だ残る。


「それで、拠点はどうされるのですか」

『そうだね、多少不安は感じるけど俺が一晴くんから離れると妖刀の呪いが進んでしまう。キミの神器探しを伽藍一人に任せるのは荷が重すぎるだろうし……一晴くんちにお世話になるのが合理的かも。伽藍もそれでいい?』

「ああ、トリシェ殿に従うぜ」

「……………………」

『うわ、きも……』


無言でガッツポーズする一晴に紅静子だけが気付いて呟く。

ついでに「今日からお菓子の練習ですな」とも。


『ところでその一晴くんが住んでる寮ってどこなの?』

「このビルの五階です」

『このビルの中かい!』

「俺の自室の隣だぞ。あんまり帰ってはいないがな。ははは」

「お、おお……近いな……?」

「僕の部屋とは入り口が違いますから、気をつけてくださいね。ああ、僕、普段はこのビルの二階の事務所にいるので……」

『……存外行動範囲狭いね……いや、助かるけど。……それじゃあ今日は一晴くんが仕事中、伽藍の事を預けてもいいかな? 伽藍は異世界初めてだから、一人歩きさせるの不安でしかないんだよね』

「いいですよ」


と、言われると不満げな顔をする伽藍。

唇を尖らせてみせるが誰一人、伽藍の気持ちを組むものはいない。

せいぜい「可愛いですなぁ」と悶える者がいるくらいだ。


「おお、これはこれは、両手に花かな。ははは」

「月さん! 伽藍さんに手を出したら貴方でも殺しますぞ!」

「なぁに、俺は彗一筋だ。そうがなるな」

「怪しいんですよね……」

「いいから早く食べて出かけたらどうだ? 現場に一時間前に到着しておくのがプロだろう」

「言われずとも頂きます」


月も「俺も今日は女子のモデルと一緒の撮影があるからなぁ」と誰への報告なのか分かるようなわかりたくないような呟きを漏らしながら食事を進める。

恐らく月が訴えたかった旨は訴えたかった相手に届いているだろう。

伝わってないだけで。




朝食後、多少バキバキ感じる体を解しながら一晴は駐車場へ。

伽藍は月と彗に案内され、同じく一度地下駐車場に降り、そこから正規のビルの玄関へ回り込むとエレベーターで二階へ上がる。

芸能プロダクションの事務所だという部屋の鍵を開けて中に入ると、月が電気をつけたりカーテンを開けたりと準備を始めた。


「手伝うぜ」

「そうか? 助かる」

「そうだ、この世界に長く滞在するのでしたら神楽さんのように学校へ行ってみたり仕事をしてはいかがですか? 彼はそうやって人間への理解を深めつつ、文化を学んでいましたよ」

「神楽兄様は、人間として生活していたのか!? 噂には聞いていたが本当にすごいな!」


……と、感心しながらも頭の中で「え、それを俺が? 無理じゃないか」とも思った。

気を抜けばすぐに耳や尾が出てくるのに……。

そんな不安を感じたのか、彗は笑顔で「立っているだけでいいお仕事やりません?」と畳み掛けてきた。


「うん、伽藍は美人だし背も高いし体幹もしっかりしているようだし、向いているな」

「でしょう。ケルベロスは美しい容姿の方が多いですからね」

「?」

「それに人間の世界で生きていくのにはお金が必要になります。お金は仕事をして報酬として得るものです。どうです、うちの事務所でモデルの仕事をしてみません? 大丈夫、分からないことは月がなんでも教えてくれますよ」

「うんうん、なんでも教えるぞ。必要なら手も足も取って教えるぞ」

「……し、仕事か……。確かにこの世界にいつまで滞在するか分からないし、郷に入れば郷に従えと言うし……」

「ではここにサインを。文字の読み書きはできますか?」

「へ? あ、ああ、転移系の魔術はそういうものが組み込まれているから……って、まだやるとは言ってな……!」


あれやこれやと理由を並べても、彗と月の二人がかりで言いくるめてくる。

世間知らずな伽藍がそんな二人に敵うはずもなく。

結局、名前を書いてしまう。


「……うん、でもこの世界では名前の他に苗字がいりますね。伽藍は下の名前に使うとして……さて、苗字は何にしましょうか」

「一晴と同じにしてしまえばいいのではないか? 喜ぶぞ」

「それとこれとは話が別でしょう。……さて、どうしたものでしょう……ケルベロスの苗字……うーん…………あ! そうです! 伽藍さんは今日からこう名乗ってください」

「……くすのき? これは……?」

「……貴方のお兄さんたち……橘や刹那さんなんかがこの世界で使っていた苗字です。兄弟ですし、こう言う時は都合がいいので使ってしまいましょう」

「!? 神楽兄様以外にも一族の者が来ていたのか!?」

「ええ、橘は神楽さんの弟子ですし、同じく神楽さんの弟子の刹那さんは神獣化する前の神楽さんを里に連れ戻しにこの世界に来て、そのまま修行の地として今も居着いているそうですよ。他にも何人か行ったり来たりしているとか、いないとか……」

「……し、知らなかった……」

「伽藍さん、苗字は楠木で構いません?」

「俺はこの世界の、その、みょうじ? と言うルールはよく分からん。任せる」


じゃあそれで。

と、話がまとまって書類を作成していく彗と月。

今しがた作ったばかりの名前を書き込み、彗が判子を押して完成。

心なしかニヤリ……と悪い笑みを浮かべているように見えなくもない彗と月に伽藍は若干嫌な予感を感じる。


「では早速仕事を……」

「待ってくれ。俺は貴殿の神器探しを最優先させてもらいたいんだが」

「! ………………そう、ですね……確かに一晴の事もありますし……神器探しを最優先させてもらった方がいい、かな? でも実際問題どうやって探すんですか? 僕は今『彼』がどこで何をしているか知らないんですけど……」

「え!?」


トリシェが『とりあえず神器の持ち主にヒントを聞いてみよ〜』と言っていたので伽藍もそのつもりだった。

当然のように、神器の本来の持ち主なら、今神器がどこにあるのか分かるものだと……。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! トリシェ殿は貴殿に聞けば何か分かるだろうと……」

「あはは……分かれば自分で何かしらのアクションは起こしますよ〜」

「……お、おいおい……マジかよ……? 本来の持ち主なら神器の在処を感知したりできないのかい?」

「……そういえば貴方たちケルベロスはご自身の霊剣の場所は感知できるんでしたね。なるほど……神器の感知ですか……うーん、試した事ないですね」

「やってみてくれ」


早急に。

ジト目で睨むと苦笑いされる。

目は見えずとも声でなんとなく相手の表情は分かるのだ。

しかし、どことなく不安げな表情の彗。

目を閉じて俯いた彗の横に、月がしゃがむ。


「………………」

「彗、ほら、俺の霊力を使うといい」

「!」

「!」


霊力不足。

そうか、よく考えれば分かる事だったと伽藍はあの不安げな表情の意味を今やっと理解した。

神器を長く失っていたのなら、神としての神力が衰えているに決まっている。

肉体にまで影響が出ているのだ、神器の感知が難しくなっているのだろう。


「……月……」

「彗が元気になるのは俺としても嬉しいからな。もしかしたら彗の目が見えるようになるかもしれないんだろう? 彗の目が見えるようになったら、きっと俺を好きになってしまうぞ。俺は美しいからな! ははは」

「……………………」

「そ、それはどうでしょう……?」


なんの自信だ。

冷ややかに見る伽藍。

若干見直し掛けたのに、台無しだ。

確かに望月月という男は美しい。

伽藍はこの男以外、一晴しか人間を見たことがないので断言できないが、人間は美醜に拘るところがあると習った。

その点で考えれば月も一晴も伽藍の一族の者(の人形体)と遜色ない顔立ちをしている、と、思う。


(まあ、一番美しいのはトリシェ殿だろうけどな!)


ぬいぐるみの中の魂の輝きときたら、一族の中でも見た事のない美しさだ。

一人ウンウン頷いていると、月が彗の手を掴む。


「……少し、本当に少しだけ借りますね……月……」

「いくらでも使え。……俺はお前のものだからな」


細くなる瞳の優しさに伽藍は首を傾げる。

“神さま”への信仰心とは、何か違った“情”を感じた。

逆に彗は随分申し訳なさそうだ。

手のひらを合わせて、それでも目を閉じる彗。

集中して、神器の場所を感じ取ろうとしている。


「…………ありがとう。もういいですよ」

「もういいのか?」

「あまり貰うと今日の月の仕事に差し障りますから。……伽藍さん、神器の大体の場所が分かりました」

「どこだい?」

「ここから三時間ほど東に行った場所ですね。……ただ、向こうは移動中のようで、動いていました。都内に近付いているようでしたから、今から動くのはおすすめしませんね」

「そうか。……まあ、どのみち一度トリシェ殿に相談だな。あまり遠くにある訳ではないようだから、急くこともないだろう。最優先には、するけどな」

「ありがとうございます」


では。

がしっと月に肩を掴まれる伽藍。

えっ。

目が点になる。

その表情ときたら、彗に対するものとは別物だ。


「俺の仕事場を見学からだな。俺の仕事が終わったらこのビルの三階にあるレッスンルームで立ち方や歩き方の練習をしよう」

「は………………」


なぜか、生命の危機を感じた。





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